十三話 ボロ小屋
町のはずれにあるボロ小屋。
壁には至る所に隙間があって、ひゅーひゅーと風の通り抜ける音がしていた。
屋根なんてあってないようなものだ。
薄い板がめくれてその下が見えている。
漂う臭いも鼻を押さえたくなるほどだった。
酷い。それくらいしか言葉に言い表せない建物だ。
そこへピリカとトールはドアを開けて中へと入る。
一瞬、俺とレイナは顔を見合わせた。
猫神様に至っては「こんな汚ぇところに我が輩は入らないからな!」とか言って全力で拒否する有様だ。そこまで言うことはないだろう。
俺達は恐る恐る中へと入る。
見た目通り狭い。
室内は八畳ほどの部屋が二つあるだけ。
床はいくつかの板が腐っていて穴が開いていた。
ヤバい。これほどとは考えていなかった。
「お母さん、店長さんが来てくれたよ」
「そうなの? じゃあ起きて挨拶しないと……ごほっごほっ!」
「いえいえ、お構いなく! 寝ていてください!」
俺は慌ててベッドから起き上がろうとする女性を止める。
トールがどこからか椅子を持ってきたので、俺達はすぐ傍で座ることにした。
「初めまして。俺は
「こんな状態でお迎えして申し訳ないです。見ての通り病気で動けないものでして……」
母親はやつれていて病的なまでに痩せ細っていた。
肌はカサカサ、身体には骨が浮き上がっている。
病気な上に栄養不足なのは一目で分かる。
「明日からピリカちゃんを正社員として雇わせていただきます。ですが、その前に保護者であるお母様にご挨拶をと思い来させていただきました」
「正社員ですか。ピリカはご迷惑をおかけしていませんか? あの子は要領は良い方ですが、何分育ちが育ちですし……」
「とんでもない。彼女はとても優秀でウチの店は大助かりです。特に会計の際は計算が速くて、我々だけでなくお客さんも感心しているほどです」
ここにきてようやく母親の顔に笑顔が見られた。
「あの子には言葉遣いと計算を教えたんです。親として私ができることと言えばこのくらいしか。ですが、お役に立っているのなら安心しました」
「ええ、お母様の教育の賜物です」
「そんなことを言っていただける日が来るなんて……うう……ううっ」
母親は手で顔を覆って泣き始めるではないか。
ちょっとこの展開は予想していなかったな。
とりあえず伝えることは伝えたし退散するべきか。
ガタンッ。
突然、レイナが立ち上がる。
「子供の為にも元気にならなくちゃ! ちょっと待てて!」
「え? え? おい、レイナ」
彼女はストレージバッグからいくつも食材を取り出す。
部屋の隅にある釜に行くと、鍋を取り出して料理を作り始めた。
俺は彼女に近づいてこっそりと話しかける。
「どういうつもりなんだ」
「実は私もお母さんだけしかいなかったんだ。今のピリカちゃんとほとんど同じ。だからなのかな、三人を見てるとすごく辛い」
「レイナ……」
「お節介だと思うけど、少しくらいは力になってあげたいでしょ」
彼女が感情的なのは珍しい。
しかも過去まで話してくれるなんて。
だが、そのおかげで納得できた。
彼女が妙にピリカ達に親身な気がしていたのだ。
彼女は野菜や肉を形がなくまで煮込む。
できあがったスープを器に入れると母親に手渡した。
「それと後でこの薬を飲んで。効くと思うから」
「ありがとうございます……ごほっごほっ!」
俺達は家を出る。
するとピリカとトールが追いかけて声をかけてきた。
「ありがとうございました! ワタシ、明日からもっともっと頑張りますっ!」
「ぼくも、がんばる!」
レイナはピリカの頭を撫でてから微笑む。
「じゃあ、また明日」
「はい!」
俺達は今度こそ帰路につく。
「あのお母さん、きっとロッキング病よ」
ロッキング病?
初めて聞く病名だ。
「この辺りでは珍しい病気なの。感染力はとても低いけど、一度かかると九割の確立で死ぬ不治の病なの。しかもあの様子だと末期。もう長くないわ」
「母親が死ぬってことをあの子達は知っているのか?」
「気づいているに決まってるでしょ。それでも生きる為には働かなくちゃいけない。あの二人は辛い現実を耐えて生きているのよ」
こう言ってはなんだが、聞きたくない話だった。
雇った子供の母親がもうじき亡くなるなんてさ。
やっぱり現実はどこに行っても現実か。
「一つだけ治す方法があるけど聞きたい?」
「あるのなら教えてくれ」
「前に
「それはどこに?」
彼女は待ってましたとばかりに人差し指を立てる。
「遺跡よ」
「遺跡ってもしかして数日後に行く……」
「そう、あの遺跡では過去、三つの霊薬が発見されてる。もう一つくらい隠されていてもおかしくないわよね」
おお、おおおおおっ! 霊薬!
それを見つければ二人の母親は助かるのか!
どうせ行かなきゃいけないなら、ついでに霊薬を探してもバチは当たらないはず。
それにこのまま放置するのも後味が悪いと思っていたんだ。
「おーい! 明!」
後方から声をかけられて振り返る。
見れば猫神様が走ってきていた。
やべっ、完全に忘れていた。
猫神様は俺の足下に来るなり、いきなり噛みつく。
「いでぇ!」
「我が輩を置いていった罰だ。ちゃんと敬え」
くそっ、理不尽だろ。
勝手にどっか行ったのにさ。
俺は涙目で足をさすった。
◇
本日はアクセサリー系アイテムの発売日。
いつにも増して店の前には行列ができていた。
店をオープンさせれば、客は新商品の値段を見るなり色めき立つ。
当然だ。他店よりも数倍安いのだからな。
客達はあらかじめ決めてきていたのか、一度に五種類を購入して行く者がほとんどだった。
そして、店の表でさっそく装備して性能を確かめる。
「本物であの値段かよ! やべーよ、やべーよ!」
「これがあれば格段に仕事が楽になるわ! ああ、今まで高いお金を払っていたのが馬鹿みたい!
客達の喜ぶ姿こそが一番の宣伝だ。
行列はさらに長くなる。
ふははははっ! 沢山買え! もっともっと買うのだ!!
アイテム屋として生き抜く覚悟をした俺は強いぞ!
棚はあっという間に空っぽに。
レイナが素早く補充して客達の手にアクセサリーが握られた。
この調子なら今日も早めの店じまいが予想できる。
連日の絶好調に感覚が麻痺してしまいそうだ。
昼を少し回ったところで全商品は完売。
今日も日が高い内に店じまいだ。
俺はレイナとピリカに片付けを任せ、本日の売り上げを数える。
カウンターに並んだ銀貨の山。思わず笑みを浮かべてしまう。
「すごいお金……」
姉の手伝いで掃除をしていたトールが目を輝かせる。
あんな貧乏暮らしをしているなら大金も見たことはないか。
俺はトールを膝に載せて見せてやる。
「これだけあっても手元に残るのは少ないんだ」
「そうなの?」
「領主に税金を納めないといけないからな。それに俺の場合、借金があってそれも返さないといけない。まだまだ俺も貧乏なのさ」
トールは「触ってもいい?」と尋ねる。
そうか、こいつお姉ちゃんにお金を触らせてもらえないんだな。
銀貨を一枚渡してやれば、興味津々で眺めていた。
「ぼくはいつになればはたらける?」
「そうだなぁ、あと数年は無理だろうな」
「お金をかせぎたい」
「いやいや、トールにはまだ無理だって」
少年はしょんぼりする。
可哀想だが年齢が一桁の子供に任せられる労働はウチにはないんだ。
植物の世話くらいならなんとかなりそうなんだがなぁ。
……植物の世話?
ハッとする。
こいつに魔獣よけのアクセサリーを付けて畑の世話をさせれば……。
待て待て、それでもやっぱり任せられないだろ。
畑のある森はここから離れていて簡単には様子も見に行けない。
おまけにあそこで迷子にでもなれば大変だ。
「トールってすごい特技があるんです。森に入っても道に迷わないんですよ」
「へー、じゃあ迷子になったこともないの?」
「はい。それに危険を察知する能力も高くて、この前なんか落ちてくる鉢植えを直前に立ち止まって避けたんですよ」
「それって察知能力を超えてない?」
レイナとピリカの会話を聞いて愕然とする。
こ、こいつ、完全に畑向きの人材だ。
「?」
トールは俺の顔を見上げながら首をかしげていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます