十二話 偵察

 六日が経過。

 店は変わらず客で溢れている。


「いらっしゃいませ!」


 カウンターで商品を会計するピリカ。

 弟であるトールは姉の隣でじっと様子を見ている。


「合わせて銀貨六枚です」


 客の男性からお金を受け取って一礼する。

 たった六日で彼女は一通りの仕事をこなすようになっていた。

 悔しいが俺よりも物覚えが良い。非常に優秀な子だ。


「お姉さん、ポーションがなくなってるんだけど」

「はい! すぐに補充します!」


 レイナが裏に回って在庫を確認する。 

 そろそろ今日の分がなくなるころだ。

 戻ってきた彼女は客に頭を下げた。


「申し訳ございません。本日の在庫は売り切れてしまいました」

「それなら仕方ないか。明日来るよ」


 ポーションが目当てだった客は足早に出て行く。

 そして、レイナは外に出て列に並ぶ客に売り切れを知らせる。

 いつもの流れだ。


「うにゃん。にゃんにゃん」

「ここの猫ちゃん可愛いわねぇ。連れて帰りたい気分だわ」


 どこかのマダムが猫神様を撫でながら微笑んでいた。

 ただ、猫神様はさりげなく触っている手を猫パンチで弾いている。

 あの表情を見るに苦手な相手なのだろう。香水きつそうだし。


 で、俺は何をしているかというと表に新たな張り紙を貼っている。

 書かれている内容は『新商品発売予定! 五種類の身体魔力上昇アクセサリー発売します!』といった感じだ。

 発売日は明日。すでに充分な在庫も確保している。


「アクセサリー系アイテムってこと?」

「おい、これってもしかすると!」

「ふぉふぉふぉ、これは見逃せぬのぉ」


 人々が俺の周りに群がる。

 まだ張っている途中なんだが、まるで俺のことなんか眼中に入っていない。

 客ってのはほんと商品と値段しか見てないんだな。改めて実感するよ。


 そこへ見覚えのある三人の女冒険者がやってきた。


「へぇ、アクセサリーを出すのかい。こりゃぁ興味あるね」

「ここって格安が売りの店でしょ。アクセサリー系アイテムって言っても大した物なんか並ばないわよ。下手をすると偽物かも」

「でもこの前使ったポーション、すごく効き目が良かったし。もしかしてってこともあるかもよ?」


 会話を聞きつつ彼女達の胸元をさりげなく確認する。

 それぞれ一個ずつアイテムらしきネックレスが下げられていた。


 需要はあるが高価な為に数はそろえられないと言ったところだな。

 ぬふふ、お前達の驚く顔が今から楽しみだぜ。

 レイナ曰く絶対にこの値段では売れない品質だと断言していたからな。


 張り紙を貼り終えると、俺は店内に戻って様子を見る。


 カウンターではピリカとレイナが会計を行い。

 弟のトールはカウンター裏でうとうとしている。

 数分くらいなら店を開けても大丈夫かな。


「少しだけ店を頼めるか」

「え? どこか行くの?」

「ちょっとな。すぐに戻ってくるから十分だけ上手く回してくれ」


 レイナに店を任せて、俺は斜め向かいにあるアイテム屋へと走る。

 実は前々から偵察をしたと思っていた場所なのだ。

 ライバルを調べるのも店主の仕事の内だ。

 それにそろそろポーションが、本来はいくらで売られているのかを知るチャンスだった。


 カラン、ドアを開けるとベルが鳴る。


 俺は閑古鳥が鳴くようながらんとした店内にしばし唖然とした。

 沢山の棚にはびっしりと小瓶や薬草にアクセサリーや武器なんかが置かれている。

 だが、全く売れている気配はない。

 それに人がいないせいかひんやりとしていて肌寒かった。


「いらっしゃい……」


 カウンターで頬杖を付く店主はぼーっとしている。

 ダメだ。完全にやる気を無くしている。

 俺はさっそく高級ポーションの値段を確認した。


 ……あれ? マジでこの値段なのか?


 この店では高級ポーションはウチの十倍の値段で売っていた。

 高級ポーションが一つ銀貨十枚だなんて高すぎる。

 いや、むしろウチが安すぎるのだ。

 そりゃあ十分の一で売られていれば誰だって買うよな。


 ちなみにだがこの世界では銅貨一枚が百円。

 銀貨一枚が一万円。金貨一枚が百万円くらいの価値だ。


 十万円が一万円になれば俺でも飛びつく。

 しかも品質が同じならなおさらだ。


 初級や中級を確認してみたが、やはり値段は十倍違っていた。

 他にも毒消しと麻痺消しが八倍差。

 五種の向上アクセサリーは六倍差だった。


 ヤバいだろコレ! ウチの店は年がら年中大バーゲンってことかよ!


 カインの奴、やりやがったな。

 この値段を見て確信した。あいつはこの町から猫の畑キャットファーム以外のアイテム屋を一掃するつもりだ。

 ウチの値段に付いてこられない店は確実に潰れるぞ。


 俺はいくつかの商品をカウンターへ置いた。

 これからの商売の参考にする為だ。


「おっちゃん、儲かってるか?」

「斜め向かいの店ができてからさっぱりだ。あれだけ安けりゃ客だって飛びつくだろうよ」

「そうか……」


 商品を袋に詰める店主は覇気がなかった。

 俺は申し訳ない気持ちになる。


「けどよ、それが商売ってもんだ。強みがなけりゃあ消えるだけ。ウチも来月にはたたもうかと思っている」

「え!? 店をたたむ!?」

「新商品を次々に売りだしゃぁ、なんとかやっては行けるだろうが、こんなおっさんにそんな体力はもうねぇさ。畑仕事でもしてのんびり暮らすことにするよ」


 店主は「頑張れよ若いの」と俺の肩を叩いた。

 多分、彼は俺の正体に気がついてる。

 それでも応援してくれる心の広さに頭が下がる。


 そうだよな。

 一度始めたのならどこまでも進まないと。

 忘れがちだが商売は戦いなんだ。


 俺は自身の店へと戻る。



 ◇



 本日も早々に店じまいだ。

 店内ではピリカが疲れ果てて魂が抜けている。


「ほら、今日の分だ」

「あっ! ありがとうございます!」


 ピリカに本日の給料を支払う。

 子供に支払うには結構な額だが、それだけの働きをしてくれたと俺は思っている。

 これで病気の母親と弟に美味いものを食わせてやって欲しいものだ。


「おねえちゃん、今日もご飯食べられる?」

「帰ったらうんと栄養のあるものを作ってあげる」


 まだ幼い弟はピリカに抱きつきながら嬉しそうだ。

 しかし、姉の方は姿はまともになったが、弟の方は依然として小汚い。

 ピリカの場合、接客するので服を買ってやったが、弟は寝ているか遊んでいるだけだしな。あえて俺が整えてやる必要はない。

 けどやっぱり気になるよなぁ。


「じゃーん!」


 小さな服を持ったレイナが満面の笑みで現れる。

 サイズ的にトールの物だと思うが、まさか買ってきたのか。


「ほら、着てみて」

「でも……お金ない」

「いいのいいの。これは私からのプレゼントよ」


 ちょっと感動した。こいつ……なんて優しい奴なんだ。

 俺なんて金が減るからってためらっていたんだぞ。


 ふと視線を感じる。

 猫神様が俺をジト目で見ていた。


「なんだよ」

「やはりお前は気が利かない奴だな」

「五月蠅い。お、俺だって服くらい買ってやろうって思ってたんだよ」

「ふん、弟は役に立たないから金をかけてやる意味がないな、とかどうせ考えていたんだろ。お前には情というものがないのか」

「うぐ……」


 この猫、的確に突いてくるぞ。

 分かったよ。少しは大人らしいことをすればいいんだろ。

 どうせそろそろ行かないと行けないとは思ってたしさ。


「うんよく似合うわ! ぴったりね!」

「ありがとうごしゃいます」


 トールは年齢から想像できないほど丁寧で律儀な子供だ。

 俺がこのくらいの時は鼻水垂らした生意気なガキだったように思う。

 それと比べると何倍も可愛らしい子供だ。


「それじゃ帰ろっか」

「うん」


 帰宅しようとする二人を俺は慌てて止める。


「なんですか店長?」

「今日はお前達の家に行ってもいいか」

「別に……構いませんけど……」


 案の定、ピリカは遠慮気味だ。

 現状を見られるのには抵抗があるようだった。


「お前はよく働いてくれるし、すでにウチの授業員と言っていい。これからも雇うなら保護者にちゃんと挨拶をしておかないといけないだろ」

「正社員にしてもらえるんですか!?」

「まぁな。これでもお前には期待しているんだぞ」


 最初は子供に務まるのかなんて思ったりもしていたが、ピリカは頭の回転が速くて行動力がある。もしこの子がこれからもウチで働いてくれるなら願ったりだ。

 とするならやっぱり保護者への挨拶は欠かせない。

 どこかで話がこじれて働けなくなったなんてのは避けたいからな。


 つんつんと肘でレイナが俺の横っ腹を突く。

 その顔はどこか嬉しそうだった。


「私も付いて行くから」

「好きにしてくれ」



 俺達は店の戸締まりをしてから兄弟の家へと向かった。





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