十一話 新社員
早朝、店の前には大行列ができていた。
俺は建物の陰からその様子を覗きながら震える。
「今日は新商品の発売じゃの。ぬふふ」
「やっぱり毒消しと麻痺消しもポーションくらいの値段で販売されるのかな」
「早く開かないかなぁ。待ち遠しい」
「おい、割り込みするなよ! ぶっ飛ばすぞ!」
老若男女がずらりと連なる。
その数はおよそ三百近い。
ヤバいって。めちゃくちゃいるじゃねぇか。
まだ朝の六時くらいだよな。
みんな早起き過ぎるだろ。
ひとまずこっそりと裏口から店内へ。
猫神様がカウンターに飛び乗ると、大きなあくびをした。
「今日は新商品の発売か。忙しくなるぞ」
「おかしい。俺は転生してダラダラ生活する予定だったのに……」
「何ブツブツ言ってんだよ。早く掃除しろ」
くそっ、猫はいいよな。働かなくてさ。
そもそも人間に転生しようとするところから間違いなのかもしれない。
そうだ、次は猫に転生しよう。
可愛い女の子に飼われてハッピーな日々を送るんだ。
「おはよ~」
頭を押さえたレイナが出勤する。
なんだかいつもより髪がボサボサだ。
いくら低血圧とは言っても身だしなみは最低限整えていたと思うが。
「う~、ちょっと水もらえる? 胃がムカムカするの」
「なんだ二日酔いか。ま、あれだけ飲めばそうなるよな」
「なにいっているかわからない。とにかくもらうわね」
ふらふらとした足取りで水瓶に近づいて喉を潤す。
大丈夫だろうか。余り酷いようなら裏で休ませることも考えておいた方がよさそうだ。
俺は店内を箒で掃く。
レイナは窓やカウンターを拭いて準備は完了。
窓から覗く客達の視線が鋭く向けられていて怖い。
恐る恐る玄関の扉の施錠を解けば、客が静かに入店する。
だが、彼らの目は獲物を探す獣そのもの。
きょろきょろと店内にある商品を探して視線を彷徨わせる。
「嘘だろ! 本当に毒消しと麻痺消しが格安で売られてる!!」
見覚えのある少年二人が、棚にある毒消しと麻痺消しを手に取ってカウンターへと走る。
すると他の客達が商品棚へわぁっと群がる。
「おじさん、頼むからこれからもこの町で商売続けてくれよな! 俺達ずっとこの店に通うからさ!」
「ああっ! 次の新商品が待ち遠しいぜ!」
二人の少年冒険者はそう言って購入した物を抱える。
嬉しい言葉だ。こういうのが生きがいになるんだろうな。
「ぬほほほっ! コレは素晴らしい! 噂に聞いてやってきたが、毒消しも麻痺消しも間違いなく本物だ! それどころか他よりも質が良い!!」
老人が店内で小躍りしている。
なんだろうかあのじいさん。
どうでもいいが他の客の迷惑になるので、早く購入してくれないかな。
老人はポーションに毒消しと麻痺消しを数個買うと、満面の笑みで出て行った。
それからの俺は無我夢中で会計を続けた。
レイナは二日酔いなど忘れて忙しく走り。
猫神様は客達に露骨にこびを売る。
全ての商品が完売したのは昼頃だった。
昨日よりも客の入りが多く、早い段階で在庫は空っぽになってしまったのだ。
表にある札を閉店に変えると、俺達は一気に息を吐いて倒れ込むように椅子に座った。
「つかれたぁ……」
「こんなの毎日続けてたら早死にしそう」
「あいつら我が輩の毛をこんなに乱しやがって!」
元気が残っているのは猫神様くらいだ。
俺もレイナもしばらくは動きたくない気分。
毒消しも麻痺消しは念の為に千個ずつ用意していたんだけどなぁ。
カインに設定してもらった値段だからなのか異常なほど売れた。
これに関しても他店の値段を知るのが怖い。
果たしてどれほどの安さだったのやら。
「ねぇ、これって店の狭さが問題なんじゃないの?」
「それもあるだろうな。けど、そうなると新たに人を雇わないといけない。二人だけじゃ捌ききれないだろ」
レイナも一時的なバイトだし、これからどうしたものか。
一応、町の求人場所には貼りだしているんだけどな。
やっぱり給料が安いのかな。もう少し高めに設定したら人も来るだろうか。
「これからも働いてあげてもいいわよ」
不意に発せられた言葉に俺は目が点になる。
「なんて言った?」
「正社員になってあげてもいいって言ったの」
お? おお? おおおおおおっ!!
正社員キター! これはスゲー嬉しい!
内心でガッツボーズをしつつ理由を尋ねる。
「急にどうしたんだ?」
「よく考えてみたの。私って冒険者で魔法使いだけど、これからもそれをずっと続けるのかなって。でね、やりたいことを考えてみたら、誰かの笑顔が見られる仕事につきたいって思ったのよ」
「ふーん、でも冒険者はどうするんだよ」
「そっちも続けるわ。いつも仕事があるわけじゃないし、合間にこっちの仕事をすれば良いだけだから。でも人はちゃんと雇った方がいいわ。このままだと貴方、早い内に疲労で死ぬわよ」
ははは、そんな大げさな。日本ならこんなの序の口だよ。
俺なんか朝の八時に出社して夜の十一に帰宅する生活をずっと続けてたし。
……あれ? なぜか涙がこぼれそうだ。
とにかく人を雇うのは最優先だ。
店を大きくするのはしばらく見送りだな。金もないし。
「あのー、すいません」
店のドアを誰かが叩く。
見れば小さな女の子がさらに小さな男の子と一緒にいた。
「はい、何かご用で?」
俺は鍵を開けて対応する。
見れば少女の顔は薄汚れていた。
服もボロボロで青い髪はくすんでいる。
隣にいる少年も同じような有様だ。
「張り紙見ました。ここで働かせてください」
おいおいマジかよ。
この子、まだ小学五、六年くらいの歳だぞ。
隣にいる男の子は低学年くらいだし。
「さすがに子供は……」
「悪くなさそうね。雇ってあげたら?」
脇からひょっこり顔を出したレイナがそんなことをのたまう。
本気で言ってるのか。相手はまだ子供だぞ。
俺は彼女の正気を疑った。
「このくらいの歳で働くなんて珍しくないじゃない。弟君はちょっとアレだけど、お姉ちゃんならしっかり教えればバリバリ働いてくれると思うけど」
「ワタシ、お給料の分だけしっかり働きます! だからお願いします!」
「はぁぁ……」
少女に抱きつかれて懇願される。
俺は思わず大きなため息が出てしまった。
どう考えてもこの子らを雇うのは問題がありそうだ。
でも、現状は人手もなくて猫の手も借りたいくらい。
最高のタイミングで人が来たのは確かなんだよなぁ。
「分かった。そこまで言うのなら雇ってやる。でもな、ヘマをするようならすぐにでもクビにするからな」
「はい! ありがとうございます!」
姉の様子を見ていた弟が「おねがいします」と同じように頭を下げた。
不安だ。実に不安だ。ちゃんと働けるのだろうか。
「さ、中に入って。このレイナお姉ちゃんが一通りの仕事を教えてあげる」
「お邪魔します……」
「おじゃまします」
その後、俺達は自己紹介をした。
青い髪のツインテールをした少女が『ピリカ』
青い短髪をした男の子が『トール』
二人はこの町で病気の母親と一緒に暮らしているそうだ。
事情を聞いてしまうとますますやりづらく感じる。
これは簡単にはクビにはできそうにもないな。
俺は二人と話し合って給料は一人分しか払わないことに決めた。
しばらく様子を見ると言うのもあるが、トールはどう見ても戦力外。
なので彼はピリカの付き添いという形となったのだ。
彼女も弟の面倒を見る為に連れてきていると言っていたので問題ないだろう。
「じゃあ明日からよろしく。それと店用の服はこっちで用意してやるから、せめて髪は綺麗にしてこいよ」
「はい。ありがとうございます。一生懸命に頑張ります」
二人は挨拶すると、嬉しそうに店から出て行った。
「子供用の服、買わないとな」
「良い店を知ってるから連れて行ってあげる」
それはありがたい。
なんにも分からないからな。
明日からはさらに忙しくなりそうだ。
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