十話 開店記念パーティー2


「なんだレイナもいたのか」

「何よ。私がいちゃいけないわけ」

「珍しいなって思っただけさ」


 カインとダリオスはテーブルにつく。

 俺がフォークと器を出すと二人は目をぱちくりさせた。


「食べていいの?」

「せっかく来たんだから食べていけよ。とは言っても、具材を足さないといけないかもしれないがな」


 と言いつつ俺は内心で悩む。

 一応まだ具材はあるが、果たして男二人を満足させるだけの量があるかどうか。

 今から買い出しに行っても店はほとんど閉まってるだろうし、なかなか悩ましいところだ。


 するとカインがストレージバッグらしき物から包みを取り出した。


 受け取った俺は中を見て顔をほころばせる。

 それは薄くスライスされた肉だった。

 しかも綺麗なさしが入っていて高そうである。


 加えてダリオスが袋から野菜などを次々に取り出す。

 受け取った俺は思わぬ食材の追加に歓喜した。


「いやぁ、実は僕らも君と夕食を食べようと思ってたんだよね。それで色々買い込んでたんだけど、まさかレイナと食事していたなんて予想外だったよ」

「たまたまよ。彼がどんな料理を作ってくれるのか興味があったし。そこから出身地も探れるかと思っただけ」

「なるほどね……でもこの感じだと僕らの知らない場所から来たのかな」


 カインは鍋をのぞき込んで笑みを浮かべる。


 なんだ、まだ俺のことを調べてたのか。

 どうせ分かりっこないのに。

 ざくっと白菜を切りつつ呆れる。

 そこへダリオスが台所へとやってきた。


「俺も手伝おう」

「いいって。お客さんはゆっくりしてくれよ」

「そうはいかない。突然の訪問を快く迎えてくれたのだ、せめて料理の手伝いくらいはさせてくれ」

「ははっ、ダリオスは律儀だな」


 とりあえず彼には野菜を切ってもらい、その間に俺は余った材料でもう一品作ることにした。

 

 確か鶏肉がまだあったと思うが……お、あったあった。

 保管用の箱から鶏肉を取り出し、金属製のボールの中で調味料を投入して下味を付ける。あとは油の中へ入れてカラッと揚げればできあがり。

 急ぎで作ったから美味いかどうかは保証しかねるが、食べるだけなら問題ないだろう。


 リビングへ戻ると俺はギョッとする。


「お前らもいたのかぁ。アタシはアレだ、たまには明に構ってやろうかななんて思ってさ。と言うかそっちはオマケで本当は猫に会いに来たんだけどさ、あははは」


 また一人。新たに客が加わっていた。

 リサ、お前いつ入ってきたんだよ……。


「これ、いけるわね。こんな上等なワインを客にも出さずに隠してるなんて、ちょっと説教しようかしら」

「あー! 俺の隠していた酒!」

「うん? ああ、お先に飲んでるわよ」


 しれっとレイナがグラスにワインを注いでいる。


 こいつ! それは俺が開店記念で買っておいた物だぞ!

 じっくり寝かせて十年後くらいに飲んでやろうと思ってたのに!


 くそっ、もうほとんどないじゃねぇか。ちくしょう。


「まぁまぁ、ワインなら僕も持ってるから」


 カインの袋からワインボトルがいくつも出てくる。

 こいつの袋……まさか四○元ポケットか!?


 気を取り直して俺は鍋に具材を入れて、テーブルに唐揚げを置いた。

 他にもトマトのような野菜をスライスしたものに、チーズを載せておつまみとして出している。

 図らずも大きな開店記念パーティーになってしまったな。


「では仕切り直して、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 再び食事が再開する。先ほどとは変わりずいぶんと賑やかだ。

 そう言えばこんな人数で食事をするなんて何年ぶりだろう。

 社会人になってからはずっと一人だったからなぁ。


「もう腹が一杯だ。我が輩は一眠りするぞ」


 猫神様が俺の膝の上に乗って丸くなる。

 満足そうな寝顔は見ているとこっちまで幸せになりそうだ。


「なんて羨ましい! 私の膝にも乗って欲しい!」

「お前だけズルイぞ! アタシにも触らせろ!」


 過剰に反応するのはレイナとリサだ。

 レイナに関しては猫好きと言うことが分かっていたが、リサもそうだったとは気がつかなかった。猫神様大人気だな。さすがはウチの看板猫。


「そろそろいいかな」


 カインが不意に声を発した。

 全員の視線が彼に集中する。


「今日ここへ来させてもらったのは、明君に頼みたいことがあるからなんだ」


 頼みたいことだと? なんだろう?

 俺は微笑むカインを見ながら首をかしげる。


「僕らの依頼に付いてきて欲しい」

「は? 俺が?」

「そう、もちろん安全は保証する。絶対に君に危険が呼ばないように僕らが全力で守るよ」


 マジかよ。冒険者の依頼に付いてこいなんて素人の俺にしてみれば自殺行為だぞ。

 この世界にはドラゴンなど魔獣と呼ばれる規格外な生物がうようよしている。それらを倒し、報酬を得ているのが冒険者だ。分かりやすく言うなら魔獣に特化したハンター。


 しかもカイン達はその筋では有名な一流冒険者……らしい。

 その辺は俺も詳しくないのでよく分からないが、あの戦いぶりを見ればただ者じゃないことくらいは教えられなくてもすぐに理解できる。


 一方で俺はと言うと殴り合いの喧嘩もまともにできない臆病者だ。

 ましてや生き物をまともに殺したこともない。ずぶの素人。

 そんな俺に彼は何を期待しているのだろうか。


「と言うか仕事はどうするんだよ。今は大切な時で休めないぞ」

「一週間後って言うのはどうかな? それなら店も多少は落ち着いてる頃だし、君も定休日くらいは決めてるだろ」


 休みの日に誘ってるのかよ。

 はぁぁ、休日はゴロゴロする予定だったんだが……断れないよな。

 カインの頼みだしさ。


「ちょっと、私達はそんな話聞いてないわよ」

「アタシも初耳だな。で、その依頼、派手に暴れられるのか?」

「場合に寄るだろうな。行くのはケブラ遺跡だ」

「「なるほどね」」


 勝手に納得していないで説明しろ。

 俺のそんな意思が伝わったのかダリオスが説明をしようとする。

 が、すかさずカインが手を出して止めた。


「僕は彼にぜひ前知識なしで遺跡を体験してもらいたいんだ。それにその方が僕も楽しめそうだしね」

「お前、俺が恐怖に泣き叫ぶところを見たいだけだろ」

「ふふ、そうなるかはまだ分からないよ。でも、今回の話は君にとっても有益だ。絶対に来た方がいいと言っておくよ」


 カインは「詳しい詳細は後日話す」とだけ言って締めくくった。


 俺にとってもか……気になるな。

 そうだ、この際俺からも話をしておくか。


「お前らと出会えて俺は心から良かったと思ってる」

「なによ急に……」


 俺は床に正座してカイン達に頭を下げた。


「その上で言わせてくれ。俺はもう充分だ。恩返しはもう充分すぎるほどもらった。と言うかもらいすぎなくらいだ」

「そうかな? 僕としてはまだまだって思ってるくらいだけど……どう思うダリオス?」

「俺も同じだ。命を救われた恩義はこの程度では返しきれない」

「いや、もう充分だから! むしろ重たい!」


 家に店に土地に、俺はタダで高価な物をもらってしまった。

 これはどう考えても身に余る。だから俺はずっと考えていた。

 どうすれば彼らの気持ちを無為にせずに、俺が気持ちよく生きられるのかを。


「家と店の代金は俺がちゃんと返す。土地だって一部を貸してくれればそれでいい、ちゃんと賃料を払うからさ」

「それだと僕とダリオスの気持ちが納得できない。君はダリオスの命を救ってくれたんだ。それは僕の命を救ったのと同義、だから僕は君に多くの物を与えている」

「分かっている。分かっているんだ。でも、それだと俺が楽しく生きられない。だから俺に多額の融資をしたってことで、なんとか気持ちを収めてくれないか」

「…………」


 とにかく必死で頭を下げる。

 くそっ、なんだよこの状況。

 俺が助けて向こうが助けられた側なのにさ。

 けど、俺がこうするだけのことを彼らはしてくれた。

 もう満足しているんだ。充分なんだよ。


「じゃあ僕からも条件を出していいかな」

「条件?」


 喉がゴクリと鳴る。

 どんな条件を出されるのやら。

 額から汗が流れた。


「あの土地はもらって欲しい」

「へ? それだけ?」

「うん。僕らの気持ちを収めるには、それなりの物を受け取ってもらわないとさ。家や店は良しとしても、あの森だけはやっぱりもらって欲しいな」


 うーん、やっぱり一つは受け取らないといけないか。

 だが、これは逆にありがたいかもしれない。

 俺のチートは土地がないと役立たずだからな。

 カインもそこを分かっていて指定したんだろ。


「ありがとう。家と店の代金は売り上げから少しずつ返すよ」

「ははっ、でもあの調子だとすぐに返せそうだけどね」

「だといいけどな」



 その後、カイン達は深夜に帰って行った。





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