九話 開店記念パーティー1
俺達は在庫補充を済ませて、夕食の買い出しに市場へと向かう。
正確な時刻は分からないが夕方なのは間違いない。
ごった返す人混みをかき分けつつ、俺達は目的の店へと足を進めた。
「相変わらず賑わってるわね。やっぱり夕食時だからかな」
「レイナはこの時間には来ないのか?」
「まぁね、私って買い溜めする方だし面倒なことは昼間に済ませちゃうのよ」
「へぇ、でもその方が効率は良さそうだな」
まず最初に立ち寄るのは八百屋だ。
山積みにされた野菜から良さそうなのをチョイスする。
この世界の野菜はどれも見たことのないものばかりだ。
中でもとびっきり変わっているのが”ムカデ茄子”である。
ムカデのように長く形がいびつなのが特徴だ。
他にも虎柄のキャベツ”タイガーキャベ”などがあって俺の目を飽きさせない。
しかし、今日はそれらには用はない。
俺が手に取ったのは大根、白菜、ニンジン、椎茸、ネギなどに似た野菜だ。
若干日本の物とは色や形が違っているが、味はほぼ同じことがすでに判明している。
「それにしても異世界なのに地球に似た食材が多いよな気がするな」
「当然だろ。神々はすでに存在する世界を参考にしながら天地創造を行う。その結果、どこの世界でも似たり寄ったりになるのだ」
「なるほどね。ちゃんと神様達のテンプレートがあるのか」
猫神様はレイナの肩から下げるバッグの中から顔を出していた。
その姿は可愛すぎて微笑ましい。
道行く人々がさりげなく見ているのはごく自然なことだ。
「はぁはぁ、私の鞄に猫ちゃんが! このままお持ち帰りしたい!」
「どこへ行くつもりだ魔法使い。猫神様を勝手に連れて行くな」
興奮するあまり走り出そうとするレイナを、俺はバッグの紐を掴んで引き留める。
こいつ猫が絡むと油断も隙もないな。
ただ、同じ猫好きとして気持ちが分かるのが辛い。
猫神様は俺が知る猫の中でもとびっきり可愛いのだ。
さて、それはそうと買い物の続きだ。
俺達は次に精肉店へと向かった。
「よっ、明! クズ肉を買いに来たのか!」
「残念だったな。今日はちゃんとした肉を買いに来たんだよ」
「うはははっ、相変わらずおめぇは馬鹿だなぁ。そんな普通のことを自慢げに言うんじゃねぇよ。で、何が欲しいんだ」
店長のおっさんにからかわれながら俺は適当な肉を指定する。
おっさんが店の奥へ消えたところでレイナがじろりとこちらを見た。
「クズ肉って……あれだけ儲けてるのにそんなものを食べてるの?」
「しょうがねぇだろ。貧乏で育ったから贅沢に慣れてないんだよ。じゃなきゃウシガエルとってて死ぬわけないだろ」
「ウシガエル……?」
「あ、悪い。こっちの話だ」
危ない危ない。余計なことを言うところだった。
そこへ袋を抱えた店長が戻ってくる。
「はいよ、銅貨四十三枚な」
「それとクズ肉も頼む」
「なんだよ、結局そっちもいるのか。前々から思ってたんだが、クズ肉はニャンコにやってんのか?」
「いや、俺も食ってるぞ」
「じゃあ腹壊すなよ。責任とれって言っても聞かねぇからな」
店長はクズ肉も袋に詰めてくれた。
この人、なんだかんだ言って面倒見が良いんだよな。
バッグから顔を出した猫神様がすんすんと鼻を鳴らす。
「クズ肉じゃねぇか! 今夜の我が輩はそんなもの食わねぇからな!」
「ぶはははっ、ニャンコは鼻が良いな! しっかり美味い肉食わせてやれよ!」
「へいへい、そんじゃあまた」
精肉店を後にして、俺達は自宅へと帰る。
オレンジ色に染まる帰り道、レイナはキョロキョロしながら俺の後を付いてきていた。
「この辺りに家があるの?」
「あれ? レイナは俺の自宅知らなかったか?」
「そりゃあそうでしょ、貴方の身の回りを整えたのはカインだし」
そう言えばそうか。
しかしあいつほんと何者だろう。
絶対にただ者じゃないよな。
ぴょんと猫神様がバッグから飛び出す。
そのままスタタタッと道の先を走れば、とある庭付きの一軒家に飛び込んだ。
玄関のドアに設置されている、猫専用のドアをくぐると一足先に帰宅する。
なんだろ、喉でも渇いていたのかな?
俺も家に入ろうとすると、レイナがじろじろと我が家を観察していることに気がつく。
「意外に良いところに住んでいるじゃない。建物もそんなに年数が経過してないみたいで綺麗だし。大きい」
「カインが言うには、俺達以外も暮らせるように大きめの家を確保したそうだ。いざという時はパーティーの第二の拠点にするそうだぞ」
「そういうことね、納得したわ。ただ買い与えたってだけじゃないのね」
そのいざって時がいつなのかは知らないが、俺としては無条件に与えられるよりよっぽどいい。
タダより怖い物はないからな。
玄関を開けてレイナを招くと、恐る恐る彼女が足を踏み入れる。
「……普通ね」
一体どんな家を想像していたんだ。
家具はまだまだ少ないが至ってまともな暮らしをしているぞ。
「夕食の準備をするから、適当にくつろいでくれ」
「じゃあ遠慮なく」
適当なソファーに座ったレイナに俺は妙な感覚を味わう。
よくよく考えてみると、女性を自宅に招いたのって初めてだよな。
前世でもなかったシュチエーション。
気がついてはいけないことに気がついて急に緊張し始める。
「すっきりしたぁ、神ともなるとそこら辺でできないから難儀だ」
猫神様がリビングへとやってきた。
なんだトイレに行っていたのか。
どうりで急いで帰るわけだ。
俺は材料を持って台所へ移動。
まな板と包丁を用意して、さらに鍋も準備する。
「お、今夜は鍋か」
「猫神様って食べれないものってあるのか?」
「我が輩は一見猫に見えるが実は身体のつくりが違う。食事に関しても通常の猫が食べられないものも食すことができるのだ」
「ってことはネギも大丈夫なんだな」
猫の食べてはいけない物は、タマネギ、ニラ、ネギ、ニンニク、アボガド、チョコレート、アワビ。
食べ過ぎると危険な物もある。
生のイカ、青魚、大量のレバー。
あとは牛乳なども注意が必要だ。
基本的には人間の食べるものは食べさせない方が良い。
しかしながら猫神様は転生しても神様だ。
その辺は色々と都合良くできているのだろう。
俺は鍋に水を張って前日に精肉店でもらった鳥の骨を入れる。
これから鶏ガラスープを作るのである。
「手伝うわ。ずっと待ってるのも暇だし」
レイナが台所にやってきて髪をポニーテルにする。
改めて見るとこいつスゲぇ美人だよな。
顔とかめちゃくちゃ小っちゃいし。
服の上からでも分かるほどスタイル抜群だし。
そこでハッとした。
おっと、いかんいかん。
よこしまな心は料理の味を悪くする。
今は最大限に食材に感謝しなければな。
邪念を振り払って俺は調理に集中。
二人で具材をナイフで切り分け、鶏ガラスープは塩、砂糖、酒で味付けする。
全ての準備が完了したところで、野菜と肉を鍋で煮込む。
「うん、良い匂いがしてきたわね」
「にゃん、腹が減ってたまらないぞ」
「完成だ。リビングで食べよう」
鍋をリビングのテーブルに運んで蓋を取る。
白い湯気と共に、ふわりと食欲をそそる匂いが部屋に漂った。
見えるのは沸騰する黄金のスープに煮込まれた野菜達。
おたまでそれぞれの器に分ければ、半透明になった大根と白菜が汁から顔を出していて、視覚で強烈に胃袋を刺激する。
「変わった料理ね。こちらではあまりみない感じかな」
「鍋物っていうんだ。俺の故郷の味だから是非食べてくれ」
レイナはフォークで料理を口に入れた。
そして、目を見開く。
「美味しいっ! お野菜に味がしみこんでいてとっても!」
「だろ、まだまだ沢山あるから味わってくれよ」
俺はほくほくの大根に舌鼓を打つ。
やっぱり鍋はいいな。
「あちっ! んにゃっ、熱すぎるぞ!」
猫神様は白菜と格闘していた。
やっぱり猫舌だったんだな。なんとなく予想はしていた。
コンコン。
誰かが玄関のドアを叩く。
俺は軽く返事をして向かった。
「やぁ」
「邪魔する」
そこにいたのはカインとダリオスだった。
ど、どうしよう。
具材足りるかな……。
冷や汗が額から流れる。
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