八話 三日目
営業三日目。
この日も多くの客が店に押し寄せた。
在庫数は昨日と同じ千個用意している。
だが、客の数は昨日よりも増えていた。
ポーションは飛ぶように売れ、みるみる棚から消えて行く。
レイナがいくら補充しようがその速度は増すばかりだ。
一体どこからこれだけの客が流れてきているのだろうか。疑問だ。
「初級三個、中級五個、高級六個。あわせて銀貨七枚と銅貨三十枚です」
「はいよ。しかしとんでもなく安いな」
中年の男性冒険者は代金を支払ってそうぼやく。
そうか、とんでもないって言葉が付くほどウチの商品は安いのか。
これはいよいよ他店の値段を見に行かないといけないな。
中年男性は商品を受け取ってから俺に質問してきた。
「表に張っている張り紙、あれは本当なのか?」
「ええ、明日からポーションの販売は限定百個にさせていただきます」
「違う違う。もう一つの方だ」
「アクセサリー系アイテムの販売ですね。書いてある通り一週間後に販売開始いたします」
俺の言葉に店内がピタリと静まりかえる。
うおっ! みんな俺の話を聞いてたのかよ!
しかもこちらを見つめる目が血走っていて怖い。
見覚えがあるぞ。あの目はバーゲンセールに来た主婦の目だ。
もっと言うなら獲物を探す獣そのものだろうか。
「それはどんなアイテムで値段はいくらほどだ?」
「えっとですね、身体向上が四種に魔力向上が一種。販売価格は銀貨十枚とさせていただきます」
店内がわぁぁっと盛り上がる。
レイナが希望する値段設定にしたのだが、反応を見るにかなり安いらしい。
それにアクセサリー系のアイテムの需要が高いのも、喜ばれる理由の一つかもしれない。すると他の客から別の質問が飛び出る。
「張り紙に書いてあった”毒消し”と”麻痺消し”は、本当にあの値段で販売してくれるのか!?」
「ええ、明日にも二つの商品を販売開始いたします。お値段は初級ポーションと同じ銅貨十枚。個数も多めにご用意しておりますので是非お求めください」
再び店内に歓声があがる。
俺が店の表に貼った張り紙には三つのことが記載されている。
まずは今後のポーションの販売個数は一日百個限定。
次にアクセサリー系アイテムの販売予定。
最後に明日から二種類の新商品販売の告知。
新商品を熱望する客達には大ニュースだろう。
「はいはい、騒がないで! 購入したら店を出てね!」
レイナの声に従って客達は再び流れ始める。
ちらりと窓から外を覗けば、やはり今日も行列ができているようだ。
ふぅ、今日も早めに店じまいしそうな感じだな。
「ふにゃ~、こんなにフカフカだと眠くて仕方がない」
猫神様はカウンターであくびをしながら尻尾を揺らしている。
彼が丸くなっているのは、レイナが持ってきた小さな籠だ。
レイナ曰く、看板猫はそれにふさわしい寝床が必要だそうだ。
なるほどと俺は納得した次第だ。
猫神様の寝顔を見ながらの仕事は最高かもしれない。
「完売しました! 本日の営業は終了です!」
レイナが店の外で客達に営業終了を教えていた。
棚を見ればすっからかん、あれだけあったポーションの山はすっかり消え失せている。
いくら安いとは言え町の人はなぜそんなにも回復薬を求めているのだろう。
俺が日本で暮らしていた時は、そこまで傷薬なんて必要なかったように思うが。
その疑問に答えるかのごとく店先でとある光景を目にする。
「しっかりしろ! ここなら格安でポーションが手に入る!」
「だめだ……もう意識がぼんやりと……」
「死ぬんじゃねぇ! やっとここまで戻ってきたじゃねぇか!」
身体を支え合う血に濡れた二人の男性。
どうやら格好から見るに兵士のようだ。
一人は腹部に深い傷を負っており、もう一人は体中に切り傷を受けてはいるが致命傷はないようだった。
男性は弱っている男性を店先に寝かせると、店内に駆け込んでくる。
「ここに格安の高級ポーションがあると聞いた! 売ってくれ!」
「あの、それが、先ほど完売しまして……」
「一つくらいないのか!? 頼む、俺の同僚が死にそうなんだ!」
「…………」
助けを懇願する男性に俺は困り果てる。
在庫を把握しているレイナを見ても、彼女は黙って首を横に振るだけだ。
今はたった一個のポーションもウチにはない。
だが、このまま無情に追い出すのもどうかと思ってしまうのだ。
ちらりと猫神様を見れば、呑気に顔をぺろぺろと洗っていた。
「猫神様……」
「しょうがねぇな。裏に行くぞ」
俺は男性に少し待ってくださいと言ってから、猫神様と共に店の裏へと走る。
小さな敷地に出ると、もしもの為に持ち歩いている高級ポーションの種を地面へと埋める。
「お願いします先生!」
「任せろ」
ふぅ、と息を吹きかければ地面から芽が出る。
みるみる急成長を遂げて花が地面に落ちれば複製完了。
俺は地面から引き抜いて高級ポーションを引きちぎると、再び店内へと駆け込む。
「はぁはぁ、これ! これが最後の一個です!」
「ありがとう! これであいつも助かるよ!」
血に濡れた銀貨を受け取った俺はようやく実感する。
そうか、これがこの世界の日常なんだ。
いつ命を失ってもおかしくない世界で彼らは生きている。
きっと俺が想像できないような不安を抱えているに違いない。
だからこそ人々はこぞってポーションを求めるんだ。
あるだけで心に平穏が訪れる。
そして、いざという時にあって良かったと安堵するのだ。
少し分かった気がする。
俺はなんの為に商売をするべきなのか。
「見てくれ、傷が塞がった! ここのポーションはすごい効き目だぞ! 心なしか体力も戻った気がする!」
「良かった、本当にお前が死ぬかと思った……」
「おいおい、こんなところで大の男が泣くなよ」
「泣いてねぇよ! うし、団長に報告に行くぞ!」
二人の兵士は町の中心にある領主の屋敷へと走り出した。
俺達はその背中を見送りながら微笑む。
「この辺りで兵士にあんな深い傷を負わせるような魔獣なんて、いなかったと思うけど……」
「じゃあ人か?」
「もしかすると盗賊に遭遇したのかもね。警戒の為に巡回していたところをやられたんじゃないかしら」
彼女の話によれば、最近この辺りで盗賊が出没しているらしい。
その為、兵士が周囲を回っているとのことだそうだ。
あの二人は命からがら逃げられたと言うことなのだろう。
「どうにかできないのか?」
「冷たいことを言うようだけど、冒険者は慈善でやっているわけじゃないの。そこに報酬が発生しないのなら私達は動けない。それにこれは兵士である彼らの仕事だわ。出世する機会を奪って後で恨まれでもしたら後味悪いでしょ」
それもそうか。下手に首を突っ込まない方がいいかもな。
ひとまずドアにかけている札を『閉店』に変えると、俺とレイナは店の中へと戻る。
「おい、明。今日は手助けしてやったんだからご馳走だよな」
俺の足に身体を擦り付ける猫神様が嬉しそうにそう言った。
うーん、売り上げは上々だしもう少し贅沢してもいいのかもな。
「レイナはこの後、用事とかあるのか?」
「え? 別にないけど……」
「じゃあ俺の家で夕食食べてくか」
「夕食ねぇ」
彼女はしばらく考えてからニコッと微笑んだ。
「変なことをしないのならいいわよ」
「しねぇよ! まだ信用ねぇのか!」
「あると思ってる方が驚きだわ」
そんなこんなでレイナは了承。
俺の家にてささやかな開店記念パーティーすることとなった。
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