五話 二日目も絶好調

 オープンした次の日。

 俺は店の前に並ぶ行列に目を丸くした。

 ざっと数えても五十人くらいはいる。

 お、おかしいな、まだ朝の六時半くらいだぞ。

 まさか徹夜で並んでいたとかないよな。


「ふぁぁ~、まだ開店しないのかよ。やっぱ徹夜すると眠いなぁ」

「あの激安ポーションは絶対に逃せない。中級は最低でも十個買っておきたいわね」

「マジでほんとだって。ここだとあの高級ポーションがめちゃくちゃ安いから。え、水で薄めてるんじゃないかって? それが使った人によると効果はまったく一緒らしいぜ」

「もうバカ売れじゃわい。昼前には売り切れて店を閉じたほどじゃからの。うかうかしてると絶対買い損ねるぞい」


 客達の会話が聞こえる。

 マジで徹夜してたのか……。

 それにしても昨日はカインに値段のことを聞きそびれたな。

 今日も不安を抱きながら商売しないといけないのか。はぁ。


 とりあえず裏口から店に入り、軽く店内を掃除する。

 猫神様はカウンターであくびをしながら、外の様子を窓から眺めていた。


「そう言えばこの店の名前ってまだ決めてないよな」

「ん? ああ、確かにそうだな。看板にはアイテム屋としか書いてないし」

「じゃあ我が輩が決めてやろうか?」


 少し考えてみたが、良さそうな名前は思いつかなかった。

 昔から名前を考えたりするのは苦手だし、ここは素直に猫神様の提案を受け入れることにしよう。神様ならネーミングセンスも素晴らしいに違いないからな。


「パーフェクトゴッドキャット亭って言うのはどうだ」 

「猫神様が人間だったら思わずぶん殴ってたよ」


 猫神様は「くっ、人間には神のセンスを理解できなかったか」と悔しそうだ。

 いやいや、いくら俺でもそれだけはないって分かるから。

 仕方がない。店の名前は俺が候補をいくつか出して決めるか。


「おはよぉ、今日はよろしくぅ」


 裏から入ったレイナが挨拶をする。

 ただ、目がとろーんとしていて眠そうな顔だった。


「大丈夫か? ずいぶんと眠そうだが……」

「気にしないで。私、低血圧で朝は弱いのよ」


 彼女は目をこすりながら腰にエプロンを付ける。

 いつもは赤いローブを着ている彼女だが、今日は動きやすそうなシャツとズボン姿だった。絹糸のような艶やかで細い金髪をポニーテールにすると、両手で頬を叩いて気合いを入れる。


「よし、頑張って売るわよ!」

「お、おう……」


 意外にやる気あったんだな。

 昨日はあんなに嫌そうだったのに。


「手伝うと決めたからにはきっちりやるわ。目指すは完売よ」

「ふむ、では我が輩はのんびりそれを見守るとしよう」

「何言ってるのよ猫ちゃん。貴方はこの店のマスコットなんだから、お客さんにはしっかり愛想を振りまいてもらわないと困るわ」


 猫神様は露骨に嫌な顔をする。


「なぜ我が輩が人間共に愛想を振りまかなければならないのだ」

「そんなの分かりきったこと。貴方がとんでもなく魅力的な猫だからよ。お客達はきっと貴方の可愛さにメロメロになる。そうなった時に外で自然と話題にあがるはずよ。可愛い猫のいるアイテム屋、なんて噂にでもなれば店の宣伝になって売り上げは倍増。ポーションは連日完売よ」

「み、魅力的な猫だと……この我が輩が?」


 猫神様はレイナの言葉にまんざらでもない顔になる。

 なんてチョロい神様だ。だが、そこが可愛い。

 よし、俺も援護射撃をしてやろう。


「猫神様、俺からも頼むよ。売り上げが上がればその分、食事も豪勢になるし、毎日腹いっぱいに肉が食べられるようになるんだ。昨日食べたステーキがずっと食べられるんだぞ」

「…………」

「猫神様?」

「うにゃぁん、ごろごろ」


 彼は寝転がってぱっちりとした瞳をこちらに向ける。

 ヤバいめちゃくちゃ可愛い。これが猫神様の本気か。

 ただ、同時にステーキの為にプライドを捨てたんだなとも思った。


「そろそろ時間だな、レイナも猫神様も今日はよろしく」


 俺は二人に笑顔でそう言ってから、店のドアの施錠を解いた。

 ドアを開けた途端、客は昨日と同様になだれ込む。

 急いでカウンターへ戻ると、レイナに目線を送る。

 彼女はうなずいて店の外に出て行った。


「店内に入れるのは五人のみとさせていただきます。慌てず順番を守ってください」


 レイナはテキパキと乱雑に並んでいた客を整理してくれる。

 そのおかげで客の流れがスムーズになり、陳列されていた商品は昨日よりも速いペースで消えて行く。加えて彼女は俺が指示するまでもなく倉庫から在庫を引っ張り出して、商品の補充をしてくれたりもした。


 一方で猫神様はと言うと、すでにマスコットとして認知され始めていた。

 客は会計を待っている間に、可愛さマシマシの薄茶色の猫を撫でる。

 モフモフの毛並みに誰もが心癒やされ和んでいるようだった。


「この店ってポーション以外も販売する予定はあるのか?」


 とある男性客から質問される。


「ええ、商品が完成しだい販売するつもりです」

「どんな物を売り出すつもりなんだ?」

「回復系や補助系の服薬アイテムですね」

「装飾系のアイテムも安く売ってくれるとありがたいんだけどなぁ」


 男性客は「次の商品を楽しみにしてるぜ」と手を振って店を出て行った。

 装飾系のアイテムねぇ……ちょっと考えてみるか。


 ふと、妙な動きを見せる人間が視界に入る。

 ローブを着た中年の男なのだが、周りの客を必要以上にじろじろ見たり、棚に並ぶポーションを穴が空くかと思うほど念入りに見ていたりと、明らかに挙動不審だった。

 男は下級、中級、高級ポーションをそれぞれ一個ずつ購入して足早に店を出て行った。


「今の男を見た?」

「なんだか変だったな」

「万引きかと思って見てたけど違ったみたい」

「何者だろうな。ちょっと気になる」


 その後も、似たような行動をする客が数人ほどいた。

 おまけに彼らは会計の際に「どうやってこの値段を実現した」などと質問するのだ。

 当然だがその問いには「企業秘密です」とだけ答えている。アイテム栽培してますなんて言っても信じてもらえないだろうし。なにより説明するのが面倒だった。


 そして、午後二時を回ったところで完売した。

 売れた個数は昨日の二倍。

 なのに購入待ちで並んでいた客も昨日の二倍だ。

 おかしいだろ。客が減るどころかさらに増えているぞ。

 俺は不満を漏らす客に、明日も入荷しますと謝罪して今日のところは帰ってもらった。


「はぁぁぁ疲れたぁ。これなら魔獣と戦っていた方がマシよ」


 カウンターに突っ伏したレイナが不満を漏らす。

 猫神様に至っては若干不機嫌だ。


「二人ともお疲れ様、ちょっと遅くなったけどお昼ご飯だ」


 俺は店の裏で作ってきたサンドイッチをレイナに出した。


「私に? いいの?」

「よく働いてもらったからな。ほんと助かったよ」


 彼女は「じゃ、遠慮なくもらうわ」とがぶりと囓る。

 ちなみに猫神様には生肉ステーキを出している。


「うみゃぁ! にゃうにゃう!」


 昨夜同様にテンションMAXだ。

 前足で肉を押さえつけて塊から肉を引きちぎる。

 よほど嬉しいのか視線は肉に固定されているようだった。

 これで機嫌も少しは直るといいが。


「ねぇ、ところでこの店って名前はないの?」

「実はまだ決めてないんだよ」

「そうなんだ。だったら私も案を出していいかな」

「別に構わないが、変な名前だったら却下だからな」


 レイナは口元に指を当ててしばし考え込む。

 ぱっ、と表情を明るくすると俺に向かって身を乗り出した。


猫の畑キャットファーム! これどう!?」


 猫の畑? うーん、悪くはない気がするが……。

 と言うかそれじゃあ猫神様がアイテムを栽培しているみたいに聞こえる。

 アイテム屋なのに畑って付いているのも不自然な気もするしなぁ。


「ちなみにこれにはちゃんと意味があるの。農家では猫のうろつく畑を豊作の予兆として、とても歓迎するらしいのよ。この店も猫がいるし、繁盛祈願としてはぴったりじゃないかしら」

「なるほど、それはいいな。猫の畑キャットファームか」


 うん、良いかもしれない。

 意味を聞いてしっくりきたよ。


「それはそうと、明日の準備をしないといけないわよね」

「なんだ、手伝ってくれるのか?」

「当たり前でしょ。もし貴方が病気か何かで寝込んだ時、私が何も知らないと大変じゃない」


 それもそうか。レイナには一週間くらい手伝いに来てもらう予定だし、色々と説明をしていた方が後々都合がいいかもしれないな。


「よし、それじゃあ遠慮なくそうさせてもらうか」


 俺はレイナと猫神様を連れて店を出ると、そのまま町の外へと足を運ぶ。

 彼女は首をひねりつつも大人しく俺の後を付いてきていた。



 そして、とある場所に案内するとレイナは奇声をあげたのだった。





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