四話 いざ、開店!


 時刻はだいたい午前七時。

 俺は静かに店のドアの施錠を解く。

 外を見てみるが客が並んでいる様子は見受けられなかった。

 一応、張り紙でオープンの宣伝はしたんだけどなぁ。

 ぽりぽりと頭を掻きつつカウンターへ移動する。


「言われるままにアイテム屋を始めちゃったけど、俺って異世界でこんなことしたかったのかなぁ。なんか違う気がするんだよなぁ」

「まだ言ってんのか。お前のチートは戦闘向きじゃねぇの。一騎当千の世界最強なんて、夢のまた夢の話だ」

「ですよねぇ。チート転生しても現実は厳しい」


 確かにラノベのような異世界転生に憧れていた。

 けど、それは運が良くて強い奴の話。俺みたいになんの取り柄もない中途半端な奴が転生したって、世界最強とかハーレムとか所詮は絵に描いた餅だ。最初から分かってるんだよ。だからこそ悔しい。俺だってジュルジュル甘い汁を吸いたいのにさ。


「猫神様、どうか俺に新しいチートをお授けください」


 カウンターの上でごろごろしている猫神様に、手を合わせてお願いする。

 もちろんお賽銭だって払う準備はあるぞ。


「我が輩を拝んだって無駄だぞ。チートは一つまでだって言っただろ。そもそも転生した時点で、我が輩の最高神としての力はほぼ封じられている」

「なんでだよ。猫神様は神様だろ」

「あのなぁ、我が輩だって全知全能の存在ではないんだ。むしろ神々の中では下から数える方が早いんだからな。所詮は上位の神々が定めたことに従うしかできない中間管理職だ」


 猫神様は遠い目をしていた。

 神様って言っても色々苦労があるんだろうな。


「にしても全然客が来ない。今、何時くらいだ」

「午前八時ってところだ。そう焦るなよ。ここの価値に気がつくまでには、相応の時間がかかるもんだ」


 そう言ってから猫神様は顔を洗う。

 くそっ、猫は気楽でいいよな。

 こっちはいつ客が来るか分からなくてずっとドキドキしてんだから。

 なんだかんだ言ってもここは俺の店。人気店になってもらいたいし、売り上げだって期待しているんだ。


 やっぱり宣伝はもっと派手にするべきだっただろうか。

 たとえばレイナやリサに頼み込んで売り子をしてもらうとかさ。

 いやいや、それよりも超目玉商品みたいなのを用意しておくべきだったか。

 ヤバい、悩めば悩むほど手遅れ感が半端ない。


 その時、カランッと店のドアが開いた。


「へぇ、こんなところにアイテム屋ができたんだ」

「どうせ大した物なんか置いてないだろ。こんなところ止めて他へ行こうぜ」

「商品を見てからでもいいじゃん。もしかしたら良さそうな物があるかもしれないしさ」


 冒険者らしき二人の少年が店の中へ足を踏み入れる。

 一人は大人しそうな顔をしていて、もう一人は気の強そうな顔つきだった。

 俺はスマイルを保ちながら「いらっしゃい」と声をかける。

 ただ、内心では緊張していて心臓がバクバク鳴っていた。


 少年達はテーブルや棚に置かれているポーションを見る。


「なんだよこの店、ポーションしか売ってないのかよ」

「みたいだね……えぇ!? ちょ、この値段見てよ!」


 大人しそうな少年が値札を見てぎょっとした顔をする。

 気の強そうな少年も同じように目を見開いた。

 彼らはポーションを掴んで俺の元に走るようにやってくる


「お兄さん! この値段ってマジなの!?」

「お、おう……」

「オープン記念価格とかじゃなく、ずっとこの値段!?」

「お、おう……」


 少年達は「ヤベぇよこの店!」と満面の笑みで、下級ポーション四つと中級ポーションを二つ購入した。しかもその喜びようはかなりのもので、店を出ても「ヤベー! あの店ヤベーよ!」と大声で連呼していた。

 そ、そんなにこの店のポーションは安いのだろうか?

 ちょっと不安になってきたな。


 しばらくするとまた新たな客が来店する。

 今度は三人組の女冒険者だ。

 装備を見ると剣士、斧使い、魔法使いだと言うことはすぐに分かった。

 特に斧使いは飛び抜けて体格が良く、そこらの男でも片手でひねり潰せそうな印象だ。


「うわっ、小さい店。売っているのはポーションだけだし、オープンって聞いてきたけどハズレだったかなぁ」

「あっははは。こりゃあ数ヶ月で潰れるな」

「待って待って、商品の値段を見て! 嘘でしょ!?」


 三人は値札を見て目玉が飛び出るかと思うほど目を見開く。

 数秒間の沈黙の後、彼女達は手当たり次第に商品を手に取ってカウンターに並べ始めた。


「「「これください!!!」」」

「お、お買い上げありがとうございます……」


 売れたのは下級ポーションが十本、中級ポーションが二十本、高級ポーションが六本だ。俺は思わずカウンターから離れて商品の値札を確認した。


「これ、そんなに安いのか?」


 冷や汗が額から流れ落ちる。

 他の店がポーションをいくらで売っているのか知るのが怖くなってきた。

 今からでもオープン記念価格でしたってことにできないだろうか。


「む、おい明。早く商品を補充してカウンターに戻れ」

「どうしたんだ猫神様?」

「いいから言う通りにしろ」


 俺は店の裏に置いてある商品を持ってきて、テーブルや棚に並べる。

 その際も猫神様は「もっと沢山置け」と言ってきた。

 なんなんだよ一体。あれか、もしかして朝の食事を少し減らしたのがバレて、仕返しにこんなことを言っているのか。しょうがないだろ、ウチはあんまりお金がないから節約しないといけないんだよ。結構お肉って高いしさ。

 カウンターに戻るとドアが勢いよく開け放たれた。


「ここに激安ポーションがあるって聞いたんですけど!?」

「まだ在庫あるよな!? 今すぐ買うから売ってくれ!」

「おい、押すなって! 順番守れよ!」

「うぉおお!? おかしいだろこの値段!?」


 人が店内になだれ込んできた。

 しかも外にも大勢の姿が見える。

 軽く百人はいるだろうか。


 俺はほんの一瞬だが、意識が遠のくような感覚を味わった。

 これは本当に現実に起きていることなのか?

 夢のようだ。もしかすると本当の俺はまだ寝ていて、布団の中で猫神様を抱きかかえてよだれをたらしているのかもしれない。


「おい、明! 早く会計しろ!」

「あ、ああ、そうだった! すいませんお待たせいたしました!」


 俺は猫神様に促されて、カウンターに並ぶ商品の会計を大急ぎで始めた。

 一人帰っても新しい客が三人増えるペースだ。

 全然手が回らない。今すぐにでもバイトを雇いたい気分だ。


 そして、その時が来た。

 とうとう全ての商品を売り切ってしまったのだ。


「申し訳ございません! 本日の商品は売り切れとなってしまいました!」


 客は「え~!?」と落胆した表情だ。

 未だに客の数は百を下回らない状況。

 どこから聞きつけてやってくるのか不思議だった。


「明日には入荷いたしますので、どうかご容赦ください! もちろん値段は本日と同じです!」


 そう言うと客達は納得した様子で店を出て行く。

 ヤバかった。そうでも言わないと収拾が付かない状態だった。

 もうオープン記念価格でしたなんて言い出せない。


 カランッ、ドアが開けられて人が入ってくる。

 俺は本日の営業は終わりました、と伝えようとしたところで口を閉じた。


「すごい盛況ぶりだったね」

「なんだカイン達か。おかげさまで今日の分は売り切れたよ」

「売り切れたの!? すごいじゃないか! だって高級ポーションだけで百個くらいあったよね!?」


 そうなのだ。俺はカインの助言も受けて、かなりの数を用意していたはずなのだ。だが、実際は全然足りていなかった。完全に読み違えていた。


「まぁ、商品の確保はどうにかなるからいいんだ。それよりも問題は人手不足。客がカウンターに押しかけて、店内がぎゅうぎゅう詰めだったんだ。客の整理をできる奴が必要かもしれないな」

「そうかぁ、僕もそこまでは考えてなかったな。でも誰か雇うにしてもすぐにってのは無理かなぁ」


 分かっていたことだが、バイトを雇うとしても数日はかかる。

 当面は俺一人でどうにかしなくてはいけないってことだ。

 はぁ、経営ってすげぇ大変だな。


「それじゃあレイナを助っ人として出すよ。それならひとまずは解決かな」

「えぇ、私!? なんで!?」

「だってこの中でまともに接客できるのってレイナくらいじゃないか」

「リサは……確かにあれだけど、ダリオスがいるじゃない! 彼に頼めばいいわ!」

「ダリオスはお客さんを怖がらせちゃうかなぁ。ほら、無表情で強面だしさ」


 カインの後ろに立っていたダリオスは「え?」と少し驚いた様子だった。

 どうやら彼には自覚がなかったようだ。威圧的な大柄の体格に無表情な強面、子供なら近づかれただけで泣き出すに違いない。実際は温厚で優しいのにさ。


「しょうがないわね。分かったわよ、私が手伝えば良いんでしょ」


 レイナは大きなため息をついて承諾した。

 非常にありがたい申し出だ。

 これで明日はもう少しまともな対応ができるはずだ。


「あ、そうだ。ダリオス」

「そうだったな。危うく忘れるところだった」


 ダリオスはカインに声をかけられて店の外に出る。

 すると彼は金属製のベンチを抱えて店内へと戻ってきた。


「ベンチを壊して悪かった。これなら俺が座ってももう壊れることはないだろう」

「ありがとう。わざわざ作り直してくれたのか」


 ダリオスは僅かだが嬉しそうな顔をした。

 こうなるとバツが悪くなるのはリサだ。

 あの日、彼女はウチのポーションを一つ割っている。

 ぐぬぬ、と何かに悩む表情を浮かべてからリサは外へ出て行った。


「これ! これでポーションを割ったの許してくれよ!」


 戻ってきたリサは肉の塊をカウンターにドンッと置いた。

 分厚いステーキを三、四回は食べられそうな量である。

 それを見た猫神様は立ち上がってすんすんと臭いを嗅いだ。


「うにゃぁ、これはたまらないな。今夜はご馳走だな」

「開店祝いみたいなものさ。なぁ、これで許してくれるよな?」


 リサは身を乗り出して俺に顔を近づける。


「許すって。と言うか元々怒ってないから」

「よーし、これでアタシも無罪放免だぜ」


 彼女は新しいベンチに座って満面の笑みだ。

 なんとなくだがカインが、リサを助っ人によこさない理由が分かった気がする。

 大雑把で気遣いができないタイプなんだろう。この肉の塊で察したよ。


 その後、カイン達は軽い雑談をしてから去って行き、俺は明日の準備をしてから帰宅する。

 夕食はもちろん分厚いステーキだ。

 猫神様はテンションMAXでむしゃぶりついていた。


 ただ、俺は明日からのさらなる忙しさに溜め息をつくばかりだった。





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