三話 気がつけばオープン前日
町に戻って店の準備をしないといけない、カインがそう言ったところでレイナ達は慌てて彼を捕まえて引っ張って行く。
仲間も寝耳に水の話だったのだろう。
四人はこそこそと話し合いを始めた。
「お店の準備ってどう言うことなの!? ちゃんと説明して!」
「あれ? 話さなかったかな?」
「全然聞いてない! 突然すぎてあっけにとられてるわよ! だいたい貴方はいつもそう、勝手に決めて勝手に話を進めて、私達が後でどれほど困惑させられているのか分かっているの!?」
「悪かったよ。ちゃんと説明するから怒らないで」
とは言っても俺は耳が良いから、こそこそ話も丸聞こえなんだけどな。
聞いていないふりをする為に、猫神様と猫じゃらしで遊ぶことにした。
「僕の勘だけど、彼は非常に困っているんじゃないのかな。何も持たずにこんな森の奥地にいるなんてどう考えても不自然だろ」
「行く当てもなくお金もないってこと?」
「そんな感じがするよね。もしかしたらどこからか逃げてきたって線もあり得なくはないけど、僕達に怯えている様子は見られないから違うと思う」
レイナとカインがこちらをチラリと見てから会話を再開する。
「悪い人には見えないわね。確かに貴方の言うとおり、何も持たずにこんな場所にいるのは不自然な気がするわ」
「だよね。それで考えたんだけど、彼に僕らのサポートを頼めないかなって思ったんだ。あの力があれば今回のような状況も防げるかもしれない」
レイナは「なるほど、そう言うことね」と納得する。
しかし、すかさずダリオスが核心を突く質問をした。
「そこからどうして店に繋がる。俺の勘違いでなければ、カインが彼に店を構えさせると言っているように聞こえたぞ」
「君の認識で間違ってないよ。僕は彼に商売をさせるつもりだ」
「理由を聞いてもいいか?」
「君も彼の力を見ただろ。あれは驚嘆すべきとんでもないスキルだ。詳しいことは僕も分からないけど、高級ポーションを何もないところから増やすなんて普通じゃないよ。もし彼が本気で稼ぐつもりならあっという間に成功するだろうね」
「ふむ……」
今度はダリオスが俺の顔をチラリと覗く。
彼はすぐにカインに述べた。
「成功させることが彼の為になるのか?」
「少なくとも僕はそう思ってる。恩人が行くあてもなくお金もなくて困っているのなら、どうにかするのが恩返しじゃないか。君は彼に安心して暮らしてもらえるように、生活基盤を整えてあげたくはないのかい」
「……その通りかもしれない」
ダリオスは納得した様子だった。
すると今度はリサが話に入る。
「勝手に話が進んでるけど、そもそもあいつ信用できるのかよ」
「たぶん大丈夫だと思う。もし僕らをどうにかしようって考えていたなら、きっと助けることはなかったし、あの力を見せてくれることもなかったと思うんだ。それに僕らとはどこか毛色が違う印象も受けるしさ」
「あー、それはあるかも。馬鹿正直に人の善意を信じてそうな目をしてるもんな」
「それは言い過ぎだと思うけど、少なくとも現時点では信じられそうな相手ではある」
手元を見れば猫神様はいつの間にか、猫じゃらしに飽きて寝転がっていた。
彼も会話を聞いていたようで「打算的な恩返しだな」などと呟く。
「どう言う意味だ?」
「カインって奴は、お前をどうしても捕まえておきたいようだ。なんせ上手くいけばタダで高級アイテムが使い放題、聡い奴はこの機会を絶対に逃しはしないだろうな」
「それもそうか。ちなみに猫神様はどう思う」
「いいんじゃないか。実際、お前はこの世界に転生したばかりで行くあてもない。だったらここは素直に好意に乗れば良いと思うぜ。都合が悪くなればとんずらすればいいんだよ」
おお、神様からのご神託だ。
さすがは猫神様。考えることが猫っぽい。
カイン達は話がまとまったのか、こちらへと戻ってきた。
「お待たせしてごめん。さっきはいきなり過ぎたね。一つ聞くけど、君はこれからどこかに帰ったりするのかな」
「実は俺は流れ者で。帰る家がないんだ」
「やっぱり僕の予想は当たったんだね。じゃあもし良かったらなんだけど、これから町で商売を始めてみないか。もちろん僕らが全面的に援助するし、仕事をする上で欲しいものがあるならなんでも手に入れてあげるよ」
「それはどんな商売なんだ?」
カインは笑顔で「もちろんアイテム屋だよ」と言った。
それにしても援助とか、このカインって奴はそんなに儲けているのだろうか。
色々気になる点はあるものの、住むところも明日の食べるものもない俺にはこの提案を断る勇気はなかった。いや、むしろ好都合。だらだら生活したい俺にとって、アイテム屋経営ってのは意外に悪くない選択だった。やることと言えば種を植えて育てるだけだし。
「その話に乗った!」
「うんうん、引き受けてくれて僕も嬉しいよ。これは恩返しの意味もあるからね」
てなわけで俺は異世界でアイテム屋を開くこととなった。
◇
ラムダ王国。諸国で四番目に大きい国と言われているそうだ。
中でも国の中心である王都は、一、二位を争う大きさを誇るとか。
俺はそんなラムダ王国の……辺境の田舎町で暮らすこととなった。
とは言っても田舎と侮ることなかれ。
町は堅牢な壁で囲われていて大きさ自体も結構なものだ。
特に驚いたのがその人口密度。
とにかく町のどこへ行っても人でいっぱい。
よく言えば活気に満ちあふれていた。
カイン達に案内されてこの町へやってきた俺は、あれよあれよという間に店と自宅を与えられ、気がつけばアイテム屋のオープン前日。俺はカウンターに頬杖を突いて店内を見ていた。
ここは客が十人も入れば歩けなくなるような小さな店だ。
棚にはチートで作った高級ポーションが並び、その他にも下級や中級ポーションが所狭しと置かれている。
商品の値段はカインと相談した上で決めた。
と言うかほぼ向こうの独断だけどな。なんせ俺は余所の店がどの程度の値段で売っているのかも知らないわけだし、高級ポーションが冒険者にとってどれほどの価値があるのかすらよく理解していない。ほぼ決まっている話に俺はうなずくだけしかできなかった。
「ふわぁ~、明日のオープンに緊張しているのか?」
「そんなところだ。猫神様はどう思う」
「この商売が本当に成功するのかってことだろ。さぁな、やり方次第だとは思うが、少なくともお前のチートが本領を発揮するのに最高のスタートなのは間違いない」
だよなぁ。俺のチートはアイテムで力を振るうわけだし。
けど、あまりにも待遇が良すぎて内心でちょっとビビってたりする。
実はこの店も少し離れたところにある一軒家も、カインが買い与えてくれた物だ。貸してくれているんじゃない、完全に譲渡されているんだ。
俺は最初、全面的に援助すると聞いて、カインがオーナーで俺は雇われるものだとばかり思っていたんだ。それが蓋を開けてみれば、奴は俺に何かを要求することもなくほいほい無償で高価な物をくれる。
もうすでに俺はカインに逆らえない状態だった。
あいつ綺麗な顔してかなりのやり手かもしれない。ブルブル。
しかもだ、店も家もまだ序の口だからな。
アレを与えられた時は、さすがの俺も腰が抜けそうになった。
どんだけ俺をここに縛り付けたいんだよって心の中でツッコんだほどだ。
こうなるともはやカイン達の要求は無償で聞くしかない。
高級ポーションを百個でも千個でも提供するしかないのだ。
カランッ、と店のドアが開けられてカイン達が入ってくる。
他の三人は店に来るのは今日が初めてだったはずだ。
「準備はどうだい? 確か明日がオープンだったよね」
「見ての通りだ。とりあえずしばらくはポーションだけでしのぐつもりだよ」
カインは棚に並ぶポーションを眺めて嬉しそうにうなずく。
「あ、言い忘れていたけど、ポーションの制作者にはちゃんと許可は取ってるからね。じゃないと後で揉めることになるし」
「それはありがたい。俺の力は複製であって一からの制作じゃない。苦労して作った人が損をするのは気持ちの良いもんじゃないからな」
「まぁね、だから売り上げの一割は、元となったポーション制作者に渡すつもりだよ」
「え? 一割取られるの?」
「え? 言ってなかったけ?」
初耳だよ。こいつほんと勝手に決めるよな。
まぁでも、一割くらいなら微々たるものか。
本来なら半分もってかれても文句は言えない立場だしな。
「気安く触るな! 我が輩はお前達よりも遙かに高位な存在なのだぞ!」
「ちょっとくらいいいじゃない。なでなでするだけだから」
フシャー、と猫神様が毛を逆立てて、レイナの右手を猫パンチで弾く。
するとガシャン、と小瓶の割れる音がした。下級ポーションをリサが落としたようだ。おまけにダリオスが店の中にあったベンチに座ったとたん、木製のベンチはべギィッと真っ二つに折れた。
その様子を見たカインは俺を見て冷や汗を流す。
「そ、そろそろ帰ろうかな……」
「…………」
カイン達はいそいそと店を出て「また来るよ」と去って行った。
どうしよう、あいつらしばらく出禁にしようかな……。
そんなこんなでアイテム屋はオープン当日を迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます