二話 アイテムの種


 レイナと呼ばれた魔法使いは顔を真っ青にした。

 高級ポーションとやらが一つしかなかったからだ。


「なぁ猫神様、高級ポーションってなんなんだ?」

「飲む傷薬だと思えばいい。下級なら切り傷を治癒するので精一杯だろうが、高級ともなると外科手術なしで骨をくっつけるし断裂した筋肉だって治してしまう。さすがに部位欠損は無理だけどな」

「スゲぇ、魔法の薬じゃねぇか」


 彼女達が冷や汗を流す理由が分かった。

 二人の内どちらか一方しか助けられないと言う状況に陥ってしまったのだ。

 俺は医者じゃないし二人の男性の詳しい状態ははっきりしないが、少なくともかなりヤバいってことだけは伝わってくる。


「どうしよう! ここから町まで最低でも三日はかかる! 一人は助けられてももう一人は確実に死んじゃうわ!」

「ポーションを半分に分けるってのは?」

「それは絶対ダメ! 半端な治癒はすぐに傷口が開いて結局同じようなことになるの!」

「じゃあどうするんだよ。アタシにはカインかダリオスかなんて選べないよ」


 頭を悩ませる二人に、ダリオスが胸を押さえながらも声をかける。


「カインに……飲ませてくれ。あいつはこんなところで終わるべき男じゃない」

「何を言ってるのダリオス!? まさか死ぬ気!?」


 レイナの言葉に彼は懸命に笑みを浮かべる。

 だが、誰が見てもその態度に余裕は感じられないだろう。

 彼女の言う通り、自らを犠牲にしてカインという青年を助けようとしているようだ。

 俺は思わずうるっとした。なんて仲間想いの奴なんだ。

 そんな様子を見ながら猫神様が俺にこっそりと近づく。


「おい、お前の出番じゃないのか?」

「え? 俺?」

「忘れたのか自分のチートを。それにあいつらにここで恩を売っておけば、安全に森を出られるかもしれない。力の使い方は身体が知ってるから、とりあえず行ってこい」


 行く? どこへ?

 首をかしげていると、猫神様が尻尾で四人の元へ行けと無言の言葉を伝える。

 確か俺のチートは【アイテムの種】とかだったよな。

 名前にアイテムって付いているくらいだし、物であの二人をどうにかするってことだろうけど、それから先の予想が全くできない。そもそも”種”ってなんなんだよ。わけが分からなすぎる。


「……分かったわ。ひとまずカインは助ける。けど、貴方も絶対に助けるわ。きっと二人とも救う手段はきっとあるはずよ」


 レイナは高級ポーションを、リサと呼ばれる格闘家から受け取る。

 そして、カインの頭を片手で抱えてポーションを飲ませようとした。


「待った! ちょっと待ってくれ!」


 俺は思わずレイナのポーションを持つ手を掴んだ。

 なんとなくまだポーションを使わせてはいけない気がしたのだ。

 レイナは怒りに満ちた表情で俺を睨み付ける。


「放して。今は貴方に構っている暇はないの」

「少しだけでいいから待ってくれ。多分だけど俺ならどうにかできるかもしれない」

「……どう言う意味?」

「そのまんまだよ。俺なら二人を助けられるかもしれないってことさ」


 彼女の目が僅かに見開くのが分かった。

 けど、すぐに冷たい目に変わる。


「どうやってよ。まさかここで一から高級ポーションを作ろうとか言い出すわけじゃないでしょうね」

「違うって。って言うか俺にそんな知識も技術もねぇよ」

「じゃあどうするの。でたらめだったらただじゃおかないから」


 俺の顎先に杖が向けられる。こうなると冗談でしたでは済みそうもない。

 しかしながら猫神様の言っていた、身体が覚えていると言う感覚は一向になかった。どうするんだこれ。このままだと魔法で爆散されるぞ。

 その時、俺の頭の中でチートの使用方法がどこからともなく湧き出す。

 内容を確認した俺はニヤリとした。


「一瞬でいい、そのポーションを渡してくれないか」

「はぁ? これを?」

「頼む。俺が二人を救えるって証拠を今から見せるからさ」

「…………」


 レイナは疑いの目を俺に向けつつも、渋々応じてくれた。

 ポーションを右手で受け取った俺はすぐにチートを使う。

 

 すると小さな粒が左手の中に一つだけ出現した。

 

 これこそがアイテムの種だ。

 俺はポーションを彼女に返し、現れた種を地面に埋める。

 これで準備は完了だ。


「よくやった。後は我が輩がなんとかしてやろう」

「猫神先生、お願いします!」


 猫神様は種を埋めた場所にフゥと息を吹きかける。

 それは不思議な光景だった。

 地面から芽が出たと思えば、そこからぐんぐん成長して膝ほどの高さまでになった。つぼみができると、次の瞬間には白い花が咲き始める。ポトッと花は枯れることなく地面に落ちた。

 

 この間、僅か五秒。

 

 本来なら一週間ほど時間をかけて育てるものだが、今回は緊急と言うこともあって猫神様が特別に成長を促進してくれたようだ。

 ただ、端から見ると完全に某アニメ映画の神様だな。

 俺は永遠の命なんて望まないので殺さないでもらいたい。


「ね、猫がしゃべった!?」


 レイナは急成長した植物よりも、猫神様に目をまん丸にしていた。

 そう言えばしゃべれることを教えてなかったな。


「ウチの猫は賢いから会話ができるんだよ」

「限度があるでしょ! めちゃくちゃ流暢に喋ってるけど!?」


 ブツブツ呟いているが、無視して生えた草を抜きにかかる。

 ボコンと地面が盛り上がり、大きな根っこが一気に引き抜かれた。

 それを見たレイナとリサは唖然とする。


 俺が引き抜いた草の根っこには、高級ポーションが五個ぶら下がっていたのだ。

 

 これこそ俺のチート『アイテムを種から育てて量産する』能力である。

 ぶちりと一つだけポーションをちぎって、レイナに渡してやった。


「え? え? 高級ポーションがもう一個??」


 レイナは渡された高級ポーションと元となったポーションを見比べる。

 それは完全に目の前の出来事に脳みその処理が追いついていない反応だった。


「どう見ても同じ物にしか見えない……どうなってるの?」

「俺の特技だよ。驚いただろ」


 彼女は俺の顔を見て未だにぽかーんとしていた。

 と言うか一部始終を見ていたリサも、何度も目をこすって俺の持っている草の根っこを見ていた。


「ほら、早く二人に飲ませてあげなよ。ぼーっとしている間に死んじゃったら大問題だろ」

「そ、そうね。とりあえずありがとう」


 レイナはカインにポーションを飲ませ、その後にダリオスに飲ませた。

 しばらく待っていると苦しんでいたはずの二人は、元気に立ち上がって身体を伸ばした。


「はぁぁ、本当にどうなるかとヒヤヒヤした。ダリオスが僕にポーションをあげるって言い出すから心底焦ったよ。あ、ちょっと待って、まだ喉に血液が溜まってるっぽい」

「ふむ、ようやくまともに呼吸ができるようになったな。言っておくが俺の判断は正しかったと思っている。カインはこれからの世に必要な人間だ」

「それはダリオスも一緒だろ。僕らは幼なじみで親友じゃないか、一人だけ生きろなんて寂しいことを言うなよ」

「はいはい、二人とも回復したならちゃんとそこの人にお礼を言いなさい。同時に助けられたのは彼のおかげなんだから」


 レイナは二人を俺の方に向かせる。

 だが、カインは頭をポリポリと掻いて、状況がよく分かっていない様子だ。

 一方のダリオスは一部始終を見ていたようで、無言で俺を強く抱きしめた。


「心から感謝する。君の素晴らしい力で俺はまた生きることができる」


 不思議な感じだった。

 俺は二十五年生きてきて、こんなに人に感謝されたことがなかったんだ。

 誰かの為に何かができるって気持ちの良いことだったんだな。

 案外悪くはない感覚だ。


「――そう言うことか。じゃあ僕もお礼を言わないといけないよね」


 レイナから説明を受けたカインは、納得した様子で何度もうなずく。

 彼は俺の傍に歩み寄ると、右手の手首を掴んで持ち上げる。

 その目は今も根っこにぶら下がった四つの高級ポーションに向けられていた。


「これは確かにすごい。この世にアイテムの複製ができるスキルなんてあったんだね。ちなみにだけど、制限みたいなものってあるのかな」

「制限? ああ、いくつ作れるかってことか。別に作ろうと思えば何個でも作れるよ。ただ、一週間くらいの時間が必要ってだけ」

「へー、でも君はこのアイテムを一瞬で作ったらしいじゃないか」

「今回だけだよ。特例中の特例ってやつ」


 カインは「なるほどね」と言いながらにんまり笑みを浮かべる。

 金の短髪に整った爽やかな顔は俗に言うイケメンだ。

 俺がもし女だったら鈍器で気絶させて、お持ち帰りしていただろうそんなレベルだ。

 彼はすっと俺に右手を出した。


「改めて助けてくれてありがとう。僕はカイン・クライムだ」

「俺は山田明。気軽に明って呼んでくれ」


 カインと握手をする。

 すると彼は微笑みながらうなずいた。


「それじゃあ町に戻って君のお店の準備をしようか」




 ……俺の店?



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