六話 俺の畑1
そこは町から少し離れた位置にある森。
広さはだいたい富士の樹海ってところか。
町の住人の間では『モフリスの森』と呼ばれているそうだ。
「ねぇ、言われるままに森に来たけど、ここに一体何があるのよ」
「まぁまぁ、そう急かすなって。直に分かるからさ」
俺は荷車を引きつつレイナを森の中へ案内する。
ちなみに猫神様は車の荷台で気持ちよさそうに丸まっている。
きっとお腹いっぱいで眠くなったのだろう。
均された道を歩き続けること数分、俺達の視界に左右に分かれた道が現れる。
ちょうどその中心には看板が置かれていて、それぞれどこに繋がっているのか教えてくれる。
「到着っと。猫神様、そろそろ起きてくれ」
「うにゃん? なんだ、もう着いたのか」
猫神様が荷台から飛び降りる。
だが、レイナは首をかしげて状況をよく理解していない様子だった。
「こんな森の、しかも道のど真ん中に用があるの?」
「あ、やっぱ魔法使いでも分かんないか。さすがカインのくれた道具だな」
「ちょっと、勝手に納得していないでちゃんと説明しなさいよ」
俺は道の分かれ目にある看板に向かって「開け俺の聖域」と唱える。
すると、景色がぐにゃりと歪み、三つ目の道が現れた。
振り返ってレイナを見れば、驚愕からか目を見開いて呆然としている。
「な、なな、なんなの今の……」
「カイン曰く幻惑を見せてあるはずのものを、認知させないようにしているんだとさ。そこに刺さっている杭が原因らしいが、説明されてもよく分からなかったな」
レイナは看板の後ろに突き刺さっている杭を見るや否や、手で口を押さえて後ずさりする。
「こ、これは! 幻惑の杭! A級の魔道具をカインはこの男に!?」
「A級? すごい物なのか?」
「すごいって物じゃない! これを売るだけで十年は余裕で遊んで暮らせるわ! 現代の魔法使いには再現不可能な
さっぱりなので俺の知恵袋である猫神様にお聞きすることにした。
「
「へぇ、じゃあカインがくれた物はとんでもない物ってことなんだな」
「その顔、お前絶対に理解してないだろ」
しょうがないだろ。まだ転生したばかりで無知なんだ。
それにこう言っちゃなんだが、俺はあまり賢くはないからな。
しょぼい・普通・すごい、ってくらいの判断しかできないんだよ。
「それより先へ行くぞ。こんなところで時間潰している暇はないんだ」
「平然としているなんて……もしかして貴方、実はとんでもない大物?」
俺はスタスタと先へ進む。
本日は快晴。ぽかぽかと陽気な光に照らされて気持ちがいい。
猫神様はあくびをしながらうとうとしていた。
分かれ道から歩いて三、四分のところで目的地へ到着。
目の前に広がる光景にレイナは奇声をあげた。
「ぎゃぁぁあああああっ!!」
俺と猫神様は思わず飛び跳ねて驚く。
だってそうだろ、ただ畑を見せただけでこんな驚きようだ。
心臓が口から飛び出るかと思った。あー、びっくりした。
だが、彼女はそれだけにとどまらずわなわなと震えていた。
彼女の見ている光景はいたって平凡な畑だ。
ただし、かなり広大だがな。
畑の面積は正確には分からないが、おおよそ皇居がすっぽり入るくらいだと思う。
もちろん俺一人でこれを作ったわけじゃない。
カインとダリオスに手伝ってもらったりしたのだ。
その甲斐あって今では鮮やかな緑の葉っぱがびっしりと地上を覆っている。
「ああああ……アイテムが……こんなに……」
「おい、勝手に抜くな!」
レイナは畑から勝手に作物を引き抜いていた。
その視線は根っこには十本のポーションがぶら下がっていた。
「異常よ、ここは異常だわ……だってここにある全ての根っこにポーションがあるなんて……」
「一体なんなんだ。そんなに驚くようなことか」
「当然でしょ! ポーションが地面で山のように大量生産されている現場を見れば、誰だって驚くに決まってる! 調薬師ならきっと卒倒するわよ!」
そうなのか? その感覚は俺にはさっぱりだ。
むしろ驚くべきなのは費用ゼロで金儲けができているところなんだけどな。
しかしながら大量生産が可能となった当初ってのはこんな感じなのかも知れない。今までの常識を覆すわけだからな。改めて俺のチートがチートだってことに気づかせてくれる。
畑をふらふらするレイナを余所に、俺はさっさと今日の作業を済ませることにした。
同じように中級、高級と引き抜き、木箱に入れると台車に載せる。
近くの小屋へ移動すると、丁寧に根っこからポーションを収穫する作業に移る。
傷を付けると商品にならないからな。できるだけ丁寧に優しくする。
「ごめんなさい。私も手伝うわ」
ようやく納得したのかレイナが落ち着いた様子で戻ってくる。
適当な木箱に腰を下ろして、俺と同じ作業を行い始めた。
「それにしてもよくこの森で畑を作ろうと考えついたわね。ここって凶暴な魔獣が出るって噂になってたと思うけど」
「ああ、それならこれがあるから平気だ」
俺は胸元からネックレスを取り出す。
それは小さな水晶に魔法陣のが刻まれたものだ。
「それって魔獣避けのお守りじゃない。かなり高価なものでしょ」
「らしいな。この辺りは”幻惑の杭”のおかげで魔獣は入ってこないし、俺自身もこれで魔獣には狙われないから問題ないのさ」
「貴方、よほどカインに気に入られているのね」
やっぱりそうなのか。
手回しが良すぎて他の奴にもこれくらいするのかと勘違いしそうだったよ。
けど、これではっきりしたな。あいつは俺をここへ縛り付けたいんだ。
ま、今のところ悪いこともないし、それはそれでいいかなとも思いつつある。
「でも勝手にこんなところに畑なんて作って良かったの? 私は土地に詳しくないからなんとも言えないけど、領主とかに見つかったら怒られるんじゃないかしら」
「ああ、それに関しては問題ない。だってここ俺の森だし」
「……もう一度言ってみて? よく聞こえなかった」
「だからここは俺の森なの」
レイナはぽろっとポーションを手元から落とす。
「はぁぁぁぁぁああああっ!?」
「うわっ、五月蠅いなっ!」
俺の胸ぐらを掴んだ彼女は、なぜか怒気を露わにして怒鳴る。
「どういうことよ!? ここは貴方の所有する土地ってこと!?」
「だからそう言ってるだろ。放してくれ」
「なんで!? いくら田舎って言っても平民が土地を与えられるわけがない! それこそ騎士になって武功を立てるくらい――まさか、またカイン!?」
「大正解」
これこそがカインからもらった物の中で一番驚いたものだ。
奴は俺に缶ジュースを渡すくらい気軽にこの森を譲渡しやがった。
『畑を作るなら広い方がいいよね。じゃあ、僕の持っている土地で余っているものをあげるよ』
奴はそう言ってポンッとこの広大な森を与えたんだ。
いくら異世界事情に無知な俺でも分かる。
土地はヤバい。いくらなんでもあり得ない。
レイナの反応は至って普通なのだ。
「頭痛くなってきた……」
俺を解放して腰を下ろしたレイナは、額を押さえてため息をつく。
そこへ猫神様が俺の足下にやってくる。
今すぐモフりたいが、何やら話がありそうなので今は止めておく。
「あのカインという男、一体何者なんだ?」
「さぁね、仲間である私達も知らないわ」
「仲間なのにか?」
「三年前だったかな、私とリサの前にカインとダリオスが現れたのは。それ以来パーティーとして活動をしてるけど、実際のところどこの誰なのか聞いてないのよ」
「謎の男か。実に気になるな」
猫神様はずいぶんとカインを気にしていた。
その間、俺は黙々とポーションを根っこから引きちぎる。
日が暮れるまでに終わらせないと夕食の時間が遅くなるからな。
「でも謎って言えば貴方達もそうよね。奇妙なスキルを使うし、猫ちゃんはしゃべるし。私からすればカインと同じくらい底知れない何かを感じる」
「フ、我が輩の神秘性にようやく気がついたか。ではしっかり敬うがいい」
「ほんと可愛い猫ちゃん。私も貴方を飼いたいわ」
「うにゃん!? 止めろ、我が輩は崇高な存在――にゃふぅ、気持ち良いにゃぁ」
レイナが猫神様を抱き上げて膝の上に載せる。
お尻の辺りをなで始めると、猫神様は気持ちよさそうに喉をごろごろ鳴らし始めた。
くそっ、俺も存分になで回したい! お前だけズルイぞ!
その後、作業を終えた俺は次なる仕事に取りかかる。
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