第6話 『隷属』っていったい、何ですか?

 ドラゴは、何が起きたのか分かんないみたいに、きょとんとわたしを見つめて……やがて、ゆっくりと身を起こし、子猫みたいにわたしに頭をこすりつけた。

 驚愕したように言葉を零したのは、背後にいたセシリアさん。

「う、嘘だろ? 何だよこれ、夢でも見てるのか? ドラゴンが人間に、それも女の子に服従するなんて……!?」

「やっと大人しくなってくれたんだ。……飼い主さんの言葉は、ちゃんと聞かなきゃね」

 鋼みたいに硬い鱗を撫でると、ドラゴは気持ち良さそうに喉を鳴らす。その姿に思わずつい頬を緩ませていると、またもやセシリアさんが、

「な、なあ。君、怖くないのか? 君が触ってるの、ドラゴンなんだよ?」

「うん、それなら全然平気。慣れてるから」

「……は? 慣れてる?」

「わたしが前に暮らしてた場所にも、何種類かドラゴンって棲んでたから。たまに狩りに行って、竜鱗とか尻尾とか素材を集めてたんだ。……ドラゴンを討伐した日は料理が豪華だから、食事が楽しみだったなあ」

 わたしの言葉に、セシリアさんはただ呆然とするばかり。まあ、幼女がドラゴンを討伐するなんて、もはやシュールなギャグにしか聞こえないもの。

 ただ、裏ダンに生息してたドラゴンたちは、ドラゴに比べて翼が小さかったけど。今思えば、あれは迷宮で生きる内に翼が退化したんだろうな。

 そんなとき、だった。

「――うんっ! やっぱり、私の思った通りだった!」

 いきなり、シルヴィアはわたしに駆け寄ると、嬉しそうに思いっきり抱きついた。

「むぎゅ」

「良かったあ……。アリカちゃんが普通じゃない女の子で、ほっとしちゃった」

 シルヴィアの身体はとても良い匂いがして、胸の中だって気持ち良いけどそろそろ限界。わたしがタップすると、シルヴィアは恥ずかしそうに身を離した。

「あっ……ご、ごめんね? ちょっと、お姉さんらしくなかったよね?」

「ぷはっ……! う、うん。それはいいけど。それより、セシリアさんとドラゴには悪いことしちゃったかな? ちょっと、やりすぎちゃったかも」

「そんなことないよ、むしろわたしたちが感謝しなきゃいけないくらい。ドラゴのことは、村人のみんなが困ってたことだもん。それに……これで、私が知りたかったことははっきりしたから」

 ……シルヴィアが知りたかったこと、って何のことだろ?

「アリカちゃんに相談したいことがあるの。……私の家でゆっくりお話ししない?」


 シルヴィアの家に戻り、テーブルに着いた時だ。留守番していたスライム君が、ぴょん、とわたしの膝に乗っかった。もしかして、ここが気に入ったのかな。

 わたしがスライム君をぷにぷにしていると、シルヴィアが開口一番に、

「アリカちゃんは、『隷属』っていうスキルのことを知ってる? アリカちゃんが取得してるスキルの一つなんだけど」

「そういえば、そんな可愛くない名前のスキルがあったっけ。よく意味が分からないんだけど、それがどうかしたの?」

「アリカちゃんって、自分がとんでもない女の子だって気づいてないんだね。……『隷属』って、人間が絶対に取得不可能だって言われてるスキルの一つなんだよ?」

 ……ん? それってどういうこと?

「『隷属』っていうのは、調教を必要とせずにどんな命令でも従わせる――つまり、魔物に忠誠を誓わせるスキルなの。命令によってはその魔物の限界以上の能力を引き出せるから、使い方によっては世界を壊しかねない、とっても危険なスキルなんだよ?」

「えっ、そうなの? 言われてみれば、昔から魔物には懐かれやすかった気がするけど……でも、どうしてそんなのがあるんだろ」

「そうなんだよね。だって『隷属』っていえば、取得した者は魔王になれるって言われるくらいレアなスキルだもん。アリカちゃんが持ってるなんて、ありえないはずなのに」

 魔王――もしかして、と思う。

 多分わたしが『隷属』を持ってるのは、お父さんの影響だ。

 お父さんは、自分で冥王って名乗るほど裏ダンでも別格の魔物だった。だから、お父さんも『隷属』を持ってて、知らない内にわたしも取得しちゃったのかな。

「それでね、アリカちゃん。ここからが大事なお話なんだけど、聞いてくれる?」

「そういえば、シルヴィアってわたしに相談したいことがあるって言ってたっけ?」

「うん、そうなんだ。まだ住む場所を見つけていなくて、それに魔物と仲良く出来るアリカちゃんだからこそ出来る相談事」

 そしてシルヴィアは、わたしが想像もしてなかった一言を、笑顔で言うのだった。

「もし良かったら――このラフィール村で暮らさない?」

「…………えっ?」

 そっか。この村を出ることばかり考えてたけど、そういう選択肢もあるんだ。

 ラフィール村で暮らす、か。それは……かなり良いかもしれない。

 他の村の場合、わたしがただの幼女じゃないってバレたら騒ぎになって生活すらままならない。けど異種族と魔物ばかりのこの村なら、こんなわたしでも受け入れてくれるかも。

「でも、それって難しいんじゃないの? だって、この村には人間が訪れてはいけないっていう掟があるんだよね」

「うん、そうなんだ。それさえ何とか出来ればアリカちゃんもこの村で暮らせるんだけど。せめて新しい村長がいれば、掟を変えることも出来るんだけどなあ」

 ……あれ。何か今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気が。

「そういえばシルヴィア、村長が出て行った、って言ってたよね? もしかして……代わりの村長がいないの?」

「いない、っていうより誰も出来なかったの。ラフィール村って特殊な村だから」

 シルヴィアは困ったように頬に手を当てて、

「村長の基本的なお仕事って資金の運営とか村人のお世話をすることなんだけど、一番大事なのは、村を代表して問題の解決をすることなの。けど、ラフィール村ではそれがすごく難しいんだ。たとえば、飼っている魔物が暴れたりして村人が困っていたら、村長が解決しなきゃいけないんだけど……」

「それって嫌な予感が……。だって、相手は魔物なんだよね?」

「そうなの。この前の村長代理をしてた人も、キラープラントっていう花の魔物に食べられちゃって。何とか助かったんだけど、あの時のジョンさん、もうやだ村長やめる~っ! ってべとべとになりながら泣いてたなあ……」

 うわあ、そんなことが……。誰だか知らないけど、可哀想なジョンさん……。

「だから、この村では誰も村長が務まらないの。……本当は、すぐにでも誰かが村長をしなくちゃいけないんだけどね。村長さんがいなくなってから、みんな忙しそうだし」

「それに、わたしが暮らすためには村長の許可がいる、と」

 わたしはスライム君をむにむにしながら、小首を傾げる。

「でも、それだったらわたしがこの村に住むの、そんなに難しくなさそうだけどなあ」

「……えっ? ど、どうして?」

「だってね――」

 そして、わたしは口にする。

 全ての問題が一度に解決する、とても分かりやすい一つのアイディア。


「――ということで、今日からこのラフィール村で暮らすことになりました、アリカです。どうぞよろしくお願いします」

 夕暮れの牧場にて、わたしは集まってくれた村人たちに、ぺこりとお辞儀をした。

 小さな村だから、見知った顔も含めて全員で四〇人ほど。そのほとんどが、信じられないって風に、わたしの言葉にぽかんとしていた。

 その中で、小さな子どもが手を上げて、ぴょんぴょんと跳んでいる。ララちゃんだ。

「あのあのっ! ララにはよく分からないですけど……それって、アリカちゃんがラフィール村の村人になる、ってことですか?」

「うん。実は、わたしは迷子じゃなくて新しく暮らす場所を探してただけなんだ。だから、これからもよろしくね?」

「ほ、ほんとですかっ!? すごいです、人間さんとお友達になれるなんて初めてです!」

「お、おいおい、ちょっと待てって」

 異議を挟んだのは、スケルトンのアリアルさんだ。

「迷子じゃない、っていうのは百歩譲ったとしてよ。言いづらいけど、この村で暮らすのは無理だぜ。何しろ、人間が訪れてはならないって掟がある。俺たちの一存じゃ、アリカがこの村で暮らすのは決めれねえよ」

「それはよ~く理解してます。……でも、もし村長がわたしを認めてくれたら? そうなれば、わたしも皆さんと一緒に暮らしてもいいですよね?」

「まあ、そうなったら俺も歓迎するけどさ。でも、この村には村長がいないんだぜ? ほとんどの村人は村長を辞退しちまってるし、早く何とかしなきゃいけねえんだけど……」

「だったら――わたしが立候補しても、いいですか?」

「……はい?」

 きょとん、とする村人のみんなを前に、わたしは宣言する。

 大事なのは、子供らしく元気いっぱいに、だ。


『わたし、まだ幼女ですけど――この村の村長として頑張ります!』

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