第5話 どうやら、裏ダンで強くなり過ぎたみたいです

 わたしが石板に手を置くと、シルヴィアが石板を持ち上げじっと見つめる。

「アリカちゃんのステータス、かあ。えーと、どれくらいかな?」

 興味津々なのは分かるけど、それだと身長的にわたしが見えないんだけどな……。

 石板を覗くことを諦めたわたしは、店主さんに、

「ねえ。わたしくらいの年齢だったら、大体どれくらいのレベルなの?」

「そんなの1に決まってるダロ? だって魔物を倒して経験値を稼がないとレベルは上がらないモノ。まあ、ステータスなら個人差はあるけどサ」

 ……ん? 魔物を倒さないとレベルが上がらない?

 そう、わたしが首を傾げたときだ。

「……ええ――――――っ!?」

 あまりの大声に、耳がきーんってなった。

 シルヴィアは、石板を見つめながら、まるで未知と遭遇したみたいに固まってる。

「ど、どうしたんだイ? 君が悲鳴をあげるなんて、珍しいじゃないカ?」

「あ、す、すみません、お恥ずかしいところを……。あと、ごめんなさい。失礼しますっ」

 いきなり、シルヴィアは石板を持ったまま、わたしの手を取りお店を飛び出す。

 広場の噴水傍までくると、わたしの目を見つめるように腰を落として、

「アリカちゃん。あなたって……一体、何者なの?」

「……ど、どうして? 質問の意味がわからないなー?」

 けれど、シルヴィアは我を忘れたみたいに、真剣な眼差しをわたしに向けるだけ。

「…………。もしかして、わたしのレベルそんなにおかしかった?」

 こくり、とシルヴィアが頷く。

 うわあ、やっぱりそうだったんだ……。正直、魔物を倒すとレベルが上がる、って聞いたときから嫌な予感はしてた。だって、裏ダンにいた頃は日常的に魔物を狩ってたもの。

 迷宮で暮らすってことは、食料や衣服をダンジョン内にある素材で何とかしないといけないわけで。必然的に、魔物を倒さないと生きていけない環境だったのだ。

 多分、そのせいで他の子よりレベルが高かったんだろうな。どれくらい、とかは見当がつかないけど……たとえば、レベル10くらい、とか?

「ねえ。わたしのレベルってどれくらいだったの?」

 しかし、シルヴィアは無言のまま、わたしに石板を差し出す。

 そこに書かれているのは、わたしのレベルとステータス、だ。


 名前 アリカ・ヴァルニーナ

 種族 人間

 レベル 99

 ステータス 力:528 頑丈さ:642 敏捷:721 器用さ:677 賢さ:999 魔力:999

 スキル 『闇魔法Lv10』『冥王魔法Lv5』『恐怖耐性Lv10』『瘴気耐性Lv10』『即死無効Lv10』『状態異常無効Lv8』『野営Lv10』『探索Lv10』『危機察知Lv7』『女神の加護』『隷属』


 …………………あ、あれ?

 気のせいかな、なんかレベルのとこに99って数字が……。

「アリカちゃんっ、これどういうことなの!? レベル99って『鑑定石』で表示出来る限界の数字なんだよ!? しかも『闇魔法』とか物騒なスキルばっかり並んでるし、『女神の加護』とか『隷属』とかとんでもないスキルまで持ってるし……!」

 そ、そんなにこのステータスっておかしいのか……。

『女神の加護』って、この永久ロリでいる身体のことだよね。あと、『隷属』って怖い名前があるけど、これって何なんだろ?

「お、落ち着いてよ。これ、故障だと思うよ? まだ子どもなのにこんなにレベル高いなんて、絶対におかしいでしょ?」

 実際は幼女じゃなくて一七才なわけだけど、それにしたってこの数値は異常だ。

「うーん。でも、店主さんのステータスは間違ってなかったんだよね……」

 シルヴィアは、うんうんと頭を悩ませながら、

「たとえば、経験値がたくさんある強い魔物を倒せば一気にレベルが上がるけど、それでもこの数字は異常だし……そもそも、アリカちゃんって魔物を倒したことあるの?」

「えっと、実はあるけど……幼い女の子が魔物を倒すって、そんなにおかしい?」

「ううん、珍しいけどあり得ない話じゃないよ? 異種族の子どもなら、スライムとかホーンラビットとか日常的に狩るみたいだし、弱い魔物なら倒せても不思議じゃないもん」

「あっ、そうなんだ! 良かった、変な女の子に思われるかもって心配だったんだ。……でも、そうだよね。わたしでも倒せるくらいの魔物なんて、大したことないよね」

 そして、わたしは世間話でもするように、けろっと口にするのだった。

「ケルベロスくらいの魔物なら、誰だって倒せるもんね」

「……えっ? ケルベロスって……ええええええっ!?」

 ……あれ、なんだろ。何か、とてつもない失言をしてしまったような気が……。

「あ、アリカちゃん、ケルベロスって頭が三つある犬の魔物のことだよね!? そ、そんな凶暴な魔物を倒したことが……!?」

「きょ、凶暴って……ケルベロスって、そんなに強いの?」

 だってケルベロスといえば、裏ダンでは最弱クラスの魔物なのだ。裏ダンで数年も暮らしていればいつの間にか倒せるようになるような、野良犬くらいの魔物。

 だから、この世界でも大した魔物じゃないのかなって思ってたん……だけど……。

「強い、なんてもんじゃないよ!? ケルベロスっていえば、地獄の番犬って異名があるくらい凶暴な魔物なんだから! 熟練の冒険者だって、死を覚悟するくらいなんだよ!?」

「そ、そうだったの? わたしが暮らしてた場所だと、食物連鎖の一番下くらいの魔物だったんだけど……」

「ケルベロスが食物連鎖の下って、今までどんな世界で暮らしてたの!?」

 知らなかった……。どうやら、わたしは大きな勘違いをしてたようだ。

 わたしの想像以上に、裏ダンは強大な魔物が棲む人外魔境だったらしい。一〇年暮らしてレベルが99になるのも納得だ――裏ダンでは、ケルベロスより強い魔物たちを毎日のように狩って生活してたんだから。

 シルヴィアは、目をぐるぐる回しながら、

「な、何か頭が混乱してきちゃった……。アリカちゃんがこんなにレベルが高いのって、平気で強い魔物を倒すような生活をしてたから、なの? で、でも、まだ幼い女の子がそんなこと出来るはずなくて、えっと、えっと……」

「……多分、シルヴィアの言う通りだよ。信じられないと思うけど、ね」

 本当なら、誤魔化した方が穏便に済むんだろうな。

 けど、見られちゃったのはしょうがないし、これ以上シルヴィアを困らせたくない。

「そ、そうなの? じゃあ、レベルがカンストしてるのも……?」

「故障なんかじゃないと思う。ただ、どうしてかは言えないんだけどね」

 動揺するシルヴィアに、わたしは小さな笑みを浮かべて、

「でも、レベルなんてどうでもいいんだ。1だろうが99だろうが、わたしには関係ないよ? わたしは魔物を倒したいわけじゃないし、冒険がしたいわけでもない。……この世界でのんびり暮らしたい。ただそれだけだから」

「……そっか」

 シルヴィアは柔らかい笑顔を浮かべて、

「うん、分かった。じゃあ、この話は終わり」

「やけにあっさり引き下がってくれるんだね。質問攻めされるかも、って覚悟してたのに」

「びっくりしたけど、誰にも言えない秘密がある、ってアリカちゃんの気持ち分かるから。だから、話したくないならそれでもいいよ。……でも、一つだけ教えて欲しいんだ。もしかして、旅をしてるって言葉、本当だったの?」

「うん、まあね。やっと信じてくれるんだ?」

 シルヴィアは考え込むように俯くと、やがてぱっと顔を上げた。

「ちょっとだけ、アリカちゃんに来て欲しい場所があるの。付いてきてくれないかな?」

 来て欲しい場所……? それが、わたしが旅をしてるのかっていうさっきの質問と、何か関係があるのかな。

「わたしは構わないけど、いいの? わたしがいたら、この村に迷惑をかけちゃうよ?」

「少しだけなら平気だよ。それに、本当のこと言うと、もうちょっとアリカちゃんといたいの。だって、本当に妹が出来たみたいなんだもん。……な、なんちゃって。こんなこと言われても、アリカちゃん困っちゃうよね?」

 ……本当に良い人だな、シルヴィアって。

 わたしが普通の女の子じゃないって知っても、今まで通り接してくれるんだもん。


 わたしたちが辿り着いたのは、村からちょっとだけ離れた牧場だった。

 けど、ただの牧場じゃない。そこで飼われているのは、牛や羊なんかじゃなくて――魔物、だったから。

「うわー……」

 感嘆の溜め息が零れてしまうくらい、壮観だった。

 灰色の毛並みをしたウェアウルフ。巨大な銅像のようにぼーっと立ってるゴーレム。鶏の頭と蛇の尾を持つコカトリス。

 そんな魔物たちが、まるで自然の中にいるみたいに、のんびりと過ごしていた。

「ラフィール村は、こんな風に魔物を飼って生活してるの。魔物の卵とか毛皮を商会の人に売却してるから、こんな小さな村でも暮らしていけるんだ」

「魔物が生み出した物なのに、買ってくれるの?」

「都市に暮らす人たちにとっては貴重品みたいだよ。野生の魔物を狩猟しても量にも質にも問題があるし、魔物を育ててるのはこの村だけだからね。やっぱり、アリカちゃんにとっては珍しいのかな?」

 ……実をいうと、そんなこともなかったりする。わたしが裏ダンにいた時は、魔物が生活の中心だったから、食べる物も着る物も魔物の素材が中心だったのだ。

 でもそれは、魔物を狩るっていう、サバイバルみたいな生活をしてたからだ。こんな風に魔物を飼ったことなんて一度もなかった。

 それからわたしたちは、魔物を室内に飼っている厩舎へと移動する。

「アリカちゃんにここに来てもらったのは、あるモンスターに会って欲しかったからなの」

「別に良いけど、それだけで良いの?」

「うん。……でも、一応最初に謝っておこうかな」

 いつものような素敵な笑顔で、シルヴィアはぽつりと口にする。

「もしアリカちゃんが怖くて気絶しちゃったら、ごめんね?」

 ……ん? 今、何か不吉な単語が聞こえた気が――そんな時だった。

 ――グオォォォォォ……!

 晴天に響く、ケダモノのような咆哮。シルヴィアに先導されて、声がする方へと向かい……その正体を理解した。

 そこには、巨岩に結ばれた鎖で繋がれた魔物。雄々しい翼と、鮮やかな鱗。

 二メートルくらいの大きさをした、ドラゴンだった。

「うわ、すごいなあ。ラフィール村って、ドラゴンまで飼ってるんだ」

「……何となく予想してたけど、ドラゴン見てもいつも通りなんだね。普通なら、驚いて失神しても不思議じゃないんだよ?」

 そう言って、シルヴィアは困ったように笑う。

 見た感じ、ドラゴンはとても人に懐いてる風には見えない。ドラゴンは怒り狂ったように暴れていて、まだ成長期だから何とかなってるけど、これ以上大きくなれば鎖なんて簡単に引き千切っちゃうと思う。

 そして、傍にあるのは半壊した木造の厩舎。本当はあれがドラゴンの住処なのに、壊しちゃったんだろうな。

「あっ、シルヴィアーっ! こんなとこ来ちゃ危ないぞーっ!」

 ドラゴンを眺めていると、頭からちょこんと一本角を生やした女性が駆け寄る。

「っていうか、さっきの人間の子どももいるじゃん! 駄目だろそんな娘連れてきたら!」

「あはは、いきなり来てごめんね。アリカちゃん、この娘はセシリアっていう鬼人族の女の子。このドラゴン……ドラゴの飼い主さんなんだよ?」

「あっ、そうなんだ。えっと、初めまして。アリカ、って言います」

「お、おう。うむ、礼儀正しくて大変よろしい――じゃなくてっ! 何でこんなとこいるんだよ、最近ドラゴが私たちに反抗してるの、シルヴィアも知ってるだろ?」

「それなんだけどね……どう、アリカちゃん。ドラゴのこと、怖いかな?」

「はあ? そんなの当然だろ。ドラゴンっていえば、人間にとっては災厄の象徴に喩えられるくらい危険な魔物なんだぞ?」

 ……もしかして、泣きじゃくったりした方がいいのかな、幼女として。

 でも、どうもそんな気になれない。シルヴィアは、わたしが普通の女の子じゃないって知っててここに連れてきたのだ。じゃあ、わたしらしくするのが一番な気がした。

「わたしなら大丈夫だよ? 怖くないから」

「こ、怖くない? もしかして、恐怖のあまり感情を失くしちゃったとか……」

「そうじゃないってば。それより、このドラゴンかなり暴れてるね。どうして?」

 セシリアさんは、苦虫を噛み潰したみたいな顔で、

「ドラゴンって、基本的にどんな異種族にも懐かないからね。賢くて誇り高い種族だから、私に飼われてるのが気に入らないんだろ。昔は、言うこと聞いてくれたのにさ」

「ドラゴって、卵の頃から村人全員で大切にしてたよね。でも、自分がドラゴンだって自覚したのかな。今だと誰が来ても暴れるから、セシリアでも世話をするのが大変なの」

 ……なんか、それってやだな。

 今まで可愛がってくれたのに牙を剥くなんて、たとえドラゴンでも間違ってると思う。

 そんなわたしの気も知らないで、ドラゴは今もわたしたちに向かって叫んでいる。ここから出せ。俺を解放しろ。そう主張するように。

 その態度にむっときて、わたしはゆっくりと足を動かす。

「えっ――ちょっとちょっとちょっとっ!? 君、何でふらーっと近寄ってるの!? 相手はドラゴンなんだぞっ!」

 多分、あまりに予想外だったから、セシリアさんも反応出来なかったんだろう。ドラゴは怒りで我を忘れたように、わたしがいる地面へと爪を叩きつけようとしていて。

 だから、おしおきをすることにした。

 今まで、裏ダンにいた魔物にそうしてきたみたいに。

「『黒の一撃』」

 魔術を唱え、かざした手のひらに闇を凝縮したような黒い珠を作る。これは、お父さんから教えてもらった魔法――『闇魔法』の一つだ。

 魔術を、えい、とドラゴに放ち……直後、爆風が巻き起こる。

「きゃっ……!」

 あまりに強い風圧に、背後からシルヴィアの小さな悲鳴。やがて風が収まり……そして。

 そこには、さっきまで元気に暴れていたドラゴ君が、ぐったりとしていたのだった。

「――えええええええええっ!! ど、ドラゴがっ、ドラゴがぶっとばされてるっ!」

 あ、あれ? 『闇魔法』でもかなり弱い魔法だったんだけど……。裏ダンの魔物にはほとんど効かなかったけど、本当はこんなに威力があったんだ。

 驚愕したセシリアの声を聞きながら、わたしは虫の息になったドラゴに近寄る。

 腰に両手を当て、いたずらっ子を叱るように、思いっきり言い放った。

「もうっ、飼い主さんを困らせたら駄目でしょっ! 言うこと聞かないと、めっ、だよ!?」

 ――しん、と。辺りが静かになった。

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