第4話 アリカ十七才、異世界で初めてのおつかいです
「ようこそ、アリカちゃん。ここは世界でたった一つの、異種族と魔物が共存する村――ラフィール村、です」
「異種族と魔物が……? そっか、だからわたしみたいな人間って珍しいんだね」
「あ、あれっ? アリカちゃん、あんまり驚かないんだね……」
「ううん、これでもびっくりしてるよ?」
そう、実際驚いてる。だってまさか、裏ダン以外にも魔物が人間のように生活する土地があるなんて、思いもよらなかったから。
つまりわたしが最初に訪れた記念すべき村は、異世界でもかなり特別な村、らしい。
「魔物の中には、ごく稀に自我を持ったり、人間と同じくらい賢い魔物が生まれることもあるの。でも、魔物が普通の村で暮らすなんて難しいよね? そんな、平穏に暮らしたいけど出来ない異種族や魔物のみんなが、この村に辿り着いて暮らしてるんだ」
シルヴィアは、にこりと笑いながら、
「だから村人たちにとって魔物は、人々に害を為す悪者じゃなくて、人々と支え合う仲間なんだよ? その子みたいに、ね」
シルヴィアの視線を目で追うと、そこにはわたしの足に擦り寄っているさっきのスライム君。その姿は健気で愛らしくて、思わず膝の上に乗せてみた。
うわあ。初めて触ったけど、むにむにしててすごく気持ち良い。
「アリカちゃん、スライムのこと怖くないの? これでも一応、魔物だよ?」
「だって可愛いよ? スライム。わたし、可愛いものなら何でも大好きなんだ。それが動物でも、魔物でも。……あっ、ぷるぷる震えてる。あはは」
「……良かった、アリカちゃんが魔物を嫌わない女の子で。人間って魔物を怖がる人が多いんだ。この村に人間がいないのも、それが理由の一つだもん」
そっか。だからみんな、わたしを見て驚いてたのか。……ん?
「でも、シルヴィアもこの村の村人さん、なんだよね?」
「この村に来たばっかり、だけどね。まだ一年くらいしか暮らしてないもん」
「だけど、シルヴィアもわたしと同じ人間に見えるよ? それはいいの?」
「……あはは。さあ、どうしてかなー? 実は、私はちょっと特別なんだ」
特別……? でも、普通の耳や尻尾のないお尻とか、やっぱりどう見ても普通の人間だ。
あえて特筆するなら……服の上からでも分かる大きな胸、だろうか。
ずるい、と思う。わたしも同じくらいの年齢なのに、こんなに違うなんて不公平だ。まあ、わたしの場合は加護で永久ロリになっちゃったから仕方ないんだけど……。
「アリカちゃん、どうしたの? 私のことじーっと見て」
「いや、シルヴィアって胸にも二匹のスライム飼ってるのかなー、って」
「……? ううん、今いるのはその子だけだよ?」
素で返された。
そっかー、自覚がないのかー。良いなあ……。
「ごめん、何でもない。聞かなかったことにして……」
「そう? えっと、どこまで話したっけ。……そうそう、この村は異種族とか魔物ばっかりだから、アリカちゃんみたいな女の子はびっくりしたよね。でも、もう大丈夫だよ? わたしがアリカちゃんのお家まで連れてってあげるから」
「それなんだけど……実は、迷子とはちょっと違うんだ」
ぽかん、とするシルヴィアに、わたしは思い切って話す。
「わたし、旅人なんだ」
「……うんうん、分かるよー。女の子でも冒険したくなる時ってあるもんね。でも、もうそろそろ帰らなきゃ。良い子だからお姉さんの言うことは聞いてね?」
「い、いやいや。本当だってば。ほら、これがその証拠だよ」
背負ってたランドセルから、いくつもの革袋を取り出す。中にあるのは、非常用の食糧とか喉を潤すための水とか、転移した後のために用意していたものだ。
革袋の一つから銀色に輝く鉱石を取り出すと、シルヴィアは感嘆の溜め息を零して、
「わあ、すごく綺麗だね。まるで宝石みたい」
しかも、これは人跡未踏の裏ダンジョンの奥底に存在する超レア物なのだ。これだけ珍しい物であれば、きっととてつもない価値があるはず。
「これをお金にするために、換金出来そうな場所を探してるんだ。それで、この世界の何処かでのんびり暮らしたい――それが、わたしの旅なの」
一〇年も暮らしていた裏ダンジョンを旅立ったのは、実にシンプルな理由だ。
毎日を幸せに思えるような、ゆったりした日々を過ごしたい。それに尽きる。
裏ダンジョンというのは迷宮だけあって、魔物に襲われる危険もあるし、食べる物も着る物も全て自給自足という、サバイバルみたいな生活なのだ。
今までは、それでも良いかなとも思ってた。裏ダンでの暮らしにも慣れていたし、何よりもお父さんがいたから。それだけで、わたしには十分過ぎる生活だった。
それでも旅立ちを決心したのは、そのお父さんの言葉からだ。
この昏く小さい世界だけでなく、陽に当たった大きい世界を知りなさい――だからこそ、わたしはこの世界で暮らそうと決めたのだ。
「アリカちゃんの旅? ……そっか、そういうことなんだ」
果たして、どれだけわたしの熱意が伝わったのだろう。シルヴィアは、わたしが手にした鉱石を物珍しそうに見つめて、
「もう、駄目だよ? お家にあるもの勝手に持ち出したら。しかも売ろうとするなんて、お父さんとお母さんが悲しんじゃうよ?」
うん、そんな気はしてた! だってわたし、幼女だもん!
「そ、そうじゃないってば。えーっと……」
必死で考えても打開策は浮かばなくて……ようやく、わたしは現実を受け入れた。
この世界では、わたしは幼女として生きなければならない、らしい。
「……実は、おつかいに来たんです。おとーさんとおかーさんに、この大切な石をお金に換えて欲しい、って」
「そっか、それでこの辺りまで迷い込んじゃったんだね。でも、小さな子どもに一人でおつかいさせるなんて、良くないと思うけどなあ」
シルヴィアはわたしに手を差し出すと、
「じゃあ、私が換金に付き合ってあげる。この村にもアイテム屋さんがあるから、はぐれないように手を繋いで行こっか?」
「……もう、また子ども扱いする。そんなの平気だってば」
「だーめ。またアリカちゃんが迷子になったら大変でしょ?」
……まあいっか。シルヴィア、本気でわたしのこと心配してくれるみたいだし。
思えば、女の子と手を繋ぐなんて生まれて初めてかもしれない。シルヴィアの手は柔らかくて、こんなにあたたかいのかって驚いてしまうくらいだ。
その瞬間、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど。
幼女になるのも悪いことばかりじゃないのかな、なんて思ってしまった。
「きゃーっ! あなたが噂の人間の女の子ね! へー、本当に耳も尻尾もないんだ。可愛いなあ。ねえねえ、少しだけ触っても良いかしら?」
「ええ、全然構いませんよ?」
通りすがりの犬耳をした若い女性はわたしの頭を思う存分撫でると、「今日は素敵な日になりそう、無事に帰れるといいわね」と告げて去って行った。
もうすっかり子ども扱いされるのに慣れたのも、アイテム屋に向かう途中で、さっきからずっと村人のみんなに声をかけられているからだ。
「みんな、わたしのこと気にかけてくれてるのかな。……良かった。人間が暮らしてないって言うから、みんな人間が嫌いなのかなってちょっと思ってたから」
「そんなことないけど……それが、村長が決めた掟だからね」
シルヴィアの表情に浮かぶのは、困ったような笑顔。
「この世界で最も繁栄している人類は、我々にとって害を為す種族である。故に、村に迎え入れてはならない。……って、ごめん。アリカちゃんにはちょっと難しいよね」
「ううん、大丈夫だよ。けど、その村長さんってそんなに人間に厳しいんだね」
「ラフィール村では、人間が原因で何度も諍いがあったから。あまり好意的に思ってなかったみたい。……その村長さん、今はいないんだけどね」
「えっ、そうなの?」
「半年くらい前にこの村を出て行っちゃったから。もしあの人がアリカちゃんのこと知ったら、私もみんなも罰則を受けてただろうなあ。……わたしたちって悪い子だね」
「……ううん、そんなことないよ。ありがとう、シルヴィア」
そっか。シルヴィアも、ララちゃんも、それにこの村にいる全員も。ルールを破ってまで、迷子のわたしのこと助けようとしてくれてたんだ。
でも、だったら換金が終わったらすぐにこの村を出なきゃ。これ以上、わたしのせいでみんなに迷惑はかけられない。
……そう、思ってたんだけど。
「査定が終わったヨ。全部で占めて、三〇ギニーダネ」
「えっ……た、たったのそれだけ?」
アイテム屋にて、わたしはふよふよと浮いてる店主さんに抗議をする。
店主さんも魔物で、ゴーストという種族らしい。黒いマントを全身に羽織っていて、その奥は満月のような二つの目しか見えない。
ちなみに、査定の間にシルヴィアに教えてもらったけど、ギニーっていうのがこの大陸の通貨みたい。一〇〇ギニーだと、麦のパンが一つ買えるとか買えないとか。
「だって、こんな鉱石知らないモノ。君は子どもだから宝石と勘違いしたかもしれないけど、この鉱石に価値なんてないヨ。言っちゃえばただの石ころと同じサ」
「い、石ころ……? あんなに頑張って集めたのになあ」
裏ダンに存在するものであれば、きっと貴重なはず。その考えは間違ってなかったみたいだけど……まさか、珍しすぎて価値が付けられない、なんて。
シルヴィアは、まるで自分のことのように傷ついた表情で、
「本当に、三〇ギニーぽっちなんですか? こんなに綺麗なのに……」
「それは認めるヨ。原石なのに透明度も輝きもこんなに見事だなんて。まるで芸術品ダ。……けど、正確に価値を決めようと思ったら宝石商と交渉しなきゃならナイ。もっとお金が欲しいなら、あと一ヶ月は必要カナ?」
「うーん、そんなに待てないよ。えっと、他に換金出来そうなのってあったかな……」
わたしがランドセルを漁っていると、店主さんはやれやれ、と呆れたように、
「これだけ君の遊びに付き合ったんだから、もういいダロ? ほんとはこんな石いらないんだけど、君はまだ子どもだからネ。三〇ギニーはお駄賃のつもりサ」
ぐぬぬ。この人、わたしが幼女だからって馬鹿にしてる……。
「何とか出来ませんか? 頑張っておつかいに来たのにこれだけなんて、アリカちゃんが可哀想です」
「シルヴィアの気持ちも分かるけど、ボクも商売だからネエ。まあ他に目ぼしいものがあったら見てあげるけど、期待はしない方が――」
そこで、店主さんが息を呑んだみたいに沈黙した……どうしたんだろ。
店主さん、わたしが取り出したナイフを見つめてる。
「嘘ダロ。……何だよ、コレ。こんなのあり得ナイ」
店主さんの言ってる意味が分からなくて、わたしは不思議そうな顔をしてるシルヴィアと顔を見合わせて……ぽつりと、店主さんが呟いた。
「――三〇〇〇万」
「えっ?」
「そのダガー、最低でも三〇〇〇万はくだらないヨ。それほどの逸品ダ」
ぽかん、って音がしそうなほど、わたしもシルヴィアも呆気に取られた。
「ラフィードっていう暗殺者を知ってるカナ? 彼は暗殺王と呼ばれた歴史的に有名なアサシンで、世界中に熱狂的な愛好家がいるほどなんダ。貴族の中には、彼の使っていた食器を五〇〇万ギニーで購入する者もいるくらいだヨ。それだけに贋作も多いんだけど、ボクが言うんだから間違いナイ。……それは真作の、ラフィードが愛用していたダガーだヨ」
「そ、そうなんですか? でも、どうしてそんな凄い物をアリカちゃんが……?」
「……さ、さあ? どうしてかなー?」
言えない……裏ダンでたまたま拾ったから便利で使ってました、なんて……。
流石は裏ダンジョン。何気なく落ちてるアイテムも、とてもレアリティが高いみたい。
「まさかだけど……君、これを売るつもりなのカイ?」
「別にいいよ? まあ、果物の皮を剥くときとか不便かもしれないけど……」
「そんな使い方しちゃ駄目だよ!? 暗殺王のダガーなのに、果物ナイフみたいな扱いするなんて……!」
「うん、今のは聞かなかったことにしようカ。コレクターの人たち、卒倒するだろうカラ。……でも、残念だけどこのお店にはそんな大金なんてないヨ。個人的には、近くの都市に行ってオークションに出品するのをおすすめするケド……」
「ううん、いいの。ちょっとめんどくさそうだし、わたしは少しの資金が欲しいだけだから。そうだね、五〇万もあれば十分かな?」
「……君って、変わった女の子だネ」
店主さんは、何処か愉快そうにそう口にすると、
「困ったことがあったらいつでもおいデ。二九五〇万ギニー分の仕事は無理だけど、ボクに出来ることなら何でもするヨ? じゃあお金を持ってくるから、待っててクレ」
良かった、これでとりあえずの旅は何とかなるっぽい。
となると、現時点の問題は……隣で首を傾げてるシルヴィア、だろう。
「ど、どういうこと? たまたま拾った、なんてあるわけないよね? じゃあ何処かから盗んだ――ないない、絶対ない! アリカちゃんがそんなことするわけないもん!」
「やっぱり、気になる?」
「……うん。正直、アリカちゃんがどんな女の子なのか、分かんなくなっちゃった」
けれど、シルヴィアはわたしを優しい表情で見つめながら、
「でも、一つだけはっきり分かるのは、アリカちゃんがちゃんとおつかいを出来た、ってことかな。……良かったね。アリカちゃんがガッカリしたら、私も悲しいもん」
……なんか、シルヴィアって本当にお姉さんみたいな人だな。
そう思っている内に、店主さんが銀貨が入った革袋を宙に浮かせながら戻ってきた。ちなみに何故物が浮いているのかというと、店主さんが魔法を使っているから。ゴーストだから、基本的に物体には触れないみたい。アイテム屋なのに……。
「これで商談成立、で良いのかな?」
「いや、実はあと一つだけ、君にお願いしなきゃいけないことがあるんダ」
店主さんは、傍にあった石板をカウンターの上に置くと、
「質を入れる人が偽名を使っていないか確認スル。それが、この店のルールでもあるんダ。……この『鑑定石』に手を置いてくれるカナ?」
「……『鑑定石』? なにそれ」
「その人のレベルとか、ステータスが分かるアイテムのことだよ。基本的に冒険者が実力を測るために使うんだけど、店主さんは名前を偽ってないかどうか確認するために使って欲しいみたいだよ?」
シルヴィアが説明する横で、店主さんがコートに隠れた手を石板に重ねる。どうやら、幽霊でも反応するほど特別なアイテムらしい。石板には、店主さんの情報が書かれていた。
名前 ラウラ
種族 ゴースト種
レベル 17
ステータス 力:〇〇 頑丈さ:〇〇 敏捷:58
器用さ:107 賢さ:347 魔力:182
スキル 『念動力Lv5』『恐怖耐性Lv3』『光耐性Lv3』『透明化Lv5』
『審眼Lv8』『不死』
へえ、この世界ってゲームみたいに、レベルとかステータスが見れるんだ。裏ダンには『鑑定石』なんてなかったから、初めて知った。
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