第3話 ここがいわゆる、最初の村ですか?
森を出ると、そこは平原だった。仄暗いダンジョンで生きていたわたしにとっては、溜め息が零れるくらい綺麗な一面の緑。
そんな平原の中にぽつんと佇むのは、まるで西洋の絵本に出てくるような、牧歌的な村。
もしかして、あれがララちゃんが暮らしてる村なのかな?
門を抜けて通りを真っ直ぐに行くと、わたしたちは村の中心にある、石畳で出来た広場に辿り着いた。広場の真ん中には水の流れていない噴水があって、そこから円を描くみたいにいくつものお店が並んでいる。
ララちゃんは、広場にいた人影にぶんぶんと手を振った。
「アリアルさんっ! 大変です大変です、大事件なんですっ!」
アリアル、という人が振り返り……その姿に、わたしはきょとんとした。
それは見事なまでの、骨、だった。
どこからどう見ても、そこにいたのは――スケルトン、だったのだ。
「おう、どうしたんだララ。何か愉快なことでもあったのか?」
喋ってる。スケルトンなのに、当然の権利ですけど?と言わんばかりに喋ってる。
「あのあのっ、ララは森の中で木の実を集めてたんです! そしたら女の子がいてけどお耳と尻尾がなくてそれに迷子みたいで! だからララはお家に帰してあげたくて……!」
「……んん? なんだそりゃ。迷子って、その友達が?」
アリアルさんはわたしをちらりと見て、そのまま石のように固まった。
……そして。
「――うわあああああああああっ! 人間の幼女だあああああああああああ!?」
まるで幼女に怯えるように、アリアルさんは村に響き渡るくらいの悲鳴をあげた。
……いやでも、これって立場が逆なのでは? 幼女とスケルトンなんだし、本当ならわたしの方が驚くべきなのでは。
「お、おいおいマジかよ。人間なんて数十年ぶりに見たぞ……。っていうかこんな小さい女の子なんて初めて見たかもしれねえ……」
「……えっ? 人間を見るのが、数十年ぶり?」
疑問に思ったその時、背後からざわざわと人の声。
振り返れば、そこには村人らしき人たちが集まっていて――その誰もが、一目で分かるくらい不思議な人ばかりだった。
尖耳をしたエルフのお姉さんがいた。筋骨隆々のオークのおじさんがいた。ララちゃんみたいな獣人族の子どもたちがいた。そして、人型のトカゲであるリザードマンがいて、全身もふもふな人狼がいて、ツギハギだらけの肌をしたグールがいた。
そこにいるのは――異種族と魔物ばかり、だった。
その中で、額に一本角を持つお姉さんが取り乱しながら、
「わわっ! ど、どうして人間の女の子なんているの!? い、いや、それより私たちどうするべきなんだろ? 人間が来るなんて初めてだし……!」
村人のみんなは慌てるばかりで、広場は喧騒に包まれる。
その中で、呆然としているのはわたしだけだ。どうしてこの村には異種族と魔物ばかりなのか、疑問を抱くばかりで……そんなとき、隣からララちゃんの声。
「アリカちゃん……? 怖く、ないですか?」
「えっ? ……その、何ていうか」
そりゃまあ、怖くはない。何しろ裏ダンには魔物なんてごろごろいたわけで、正直魔物がいない生活なんて考えられないレベルなのだ。
けど、何もしないのは不自然だし……やるしかない、か。
そう覚悟を決めた直後、わたしはララちゃんの小さな胸の中に飛び込んだ。
演技のポイントは、照れも恥じらいも投げ捨てること、だ。
「――うわああああん! 怖いよ、ララお姉ちゃん! わ、わたし、食べられちゃうのかなあ……?」
「そ、そんなことないです! ララが絶対に何とかしてあげますから!」
ああ、ララちゃんって本当に優しい……けどその優しさが今は苦しい……。
ララちゃんはわたしの背中を撫でながら、アリアルさんを見ると、
「ら、ララはどうするべきですか? アリカちゃん、人間さんですけど迷子なんです。だから、だからララは何とかしてあげたくて……」
「あ、ああそうだな。まずは事情を聞きたいけど俺らが相手じゃ怯えるだろうし、とりあえず村長のとこに――ああ、くそっ。そういえば無理だったな、それは」
アリアルさんは困ったように、頭をがりがりとかくと、
「じゃあ、シルヴィアのとこにその幼女を連れてってくれるか? あの娘だったら、このアリカって娘も平気だと思うしよ」
「はいっ、分かりました! アリカちゃん、もう大丈夫ですよ?」
「ぐすっ……うん。ありがと」
まさか、一七才にして幼女に慰められる日が来ようとは……。
ちょっとした辱めを受けながら、わたしはララちゃんと一緒に広場を離れる。背後を見ると、アリアルさんは村人のみんなにわたしのことを説明していた。
やっぱり、人間はわたしだけ、だよねえ。
わたしが案内されたのは、広場から少し離れた一軒家だった。
「すみませんシルヴィアさん! ララです、ララは困ってるんですー!」
ララちゃんの呼び掛けに扉が開き――現れたのは、一〇代半ばくらいの少女。
「あっ……どうしたの、ララちゃん? 私に何かご相談、かな?」
その瞬間、わたしは我を忘れてしまっていた。
それくらい綺麗な少女だった。背中まで届く長髪は清流のような水色で、ドレスのような服装に身を包むその身体は、見惚れちゃうくらい美しい。わたしが男の子だったら一目惚れしてたんじゃないか、って本気で思っちゃうほどだ。
そして、何よりも目を惹くのが、両手で抱いている青色のぷよぷよした生き物。
なんとその少女は、スライムを抱きかかえていたのだ。
「大変なんです! ララがお外に出たら人間さんの迷子がいて! それで、アリアルさんが、シルヴィアさんなら何とかしてくれるって……」
「人間……? え、ええっ!? ほんとだ、人間の女の子がいる……。ど、どうしよ、とりあえずお茶とお菓子の用意をした方が良いのかな……?」
あわあわと慌てる女の子。わたしはといえば、その腕の中にいるスライムに興味が隠せないでいた。
「へえ、スライムなんて初めて見た。……可愛いなあ、この子」
「……可愛いって、この子が?」
少女がきょとんとしたのは、一瞬だった。
突然、さっきの動揺が嘘みたいに、にこにこした笑顔を浮かべると、
「うん、そうなの! スライムって何処にでもいるモンスターだけど、見てると癒されるんだよね。人間の女の子なのに分かってくれるなんて、嬉しいなあ」
「このぷるぷる震えてるところとか、最高にぐっときますよね」
「そうそう! 守ってあげたいっていうのかな、見てるとつい時間を忘れ――」
「あ、あのあのっ! 今はスライムよりも迷子のアリカちゃんを……!」
ララちゃんの言葉に、スライムのお姉さん――もとい、シルヴィアさんは恥ずかしそうにはにかむと、
「あっ、ごめんね。とりあえず、お家に上がってくれるかな? お話はそれから、ねっ? ……ララちゃんもありがとう。後は私に任せて?」
「はいっ! アリカちゃん、もう大丈夫ですよ? 異種族さんも魔物さんも、みんな優しい人たちばっかりですから。きっとお家に帰してくれます!」
そう言い残し、ララちゃんは大きく手を振りながら去って行く。
本当に優しい女の子だな。わたしには、ララちゃんみたいな耳も尻尾もないのに。
「アリカちゃん、って名前なんだね。年齢も言えるかな?」
「えっと……アリカ、です。とりあえず七才です」
「ララちゃんと同じくらいだね。ちゃんと自己紹介出来るなんて偉いなあ。でも、無理して敬語を使わなくてもいいよ? 私のこと、お姉ちゃんだって思ってくれると嬉しいから」
「お、お姉ちゃん……? う、うん。ありがと、シルヴィア」
シルヴィアは、よしよし、と優しい手つきでわたしの頭を撫でた。
むう。この人もわたしのこと子ども扱いするのか……。でも、どうしてだろう。
頭を撫でられているのに、それが不思議と心地良いのだ。
……あれ? もしかしてわたし、可愛がられて喜んでる?
い、いやいや。そんな馬鹿な。わたしだってもう一七才なわけで、こんなの恥ずかしいだけのはずなのだ。嬉しいなんてきっと気のせいだろう、うん。
案内されるままにテーブルに着くと、やっと今まで不思議だったことを口に出来た。
「ねえ、シルヴィア。この村って、異種族と魔物ばっかりだよね。どうして?」
「アリカちゃん、この村のこと何も知らないの? ……そっか。じゃあ、大事なことだからちゃんと言わなきゃいけないね」
こほん、と軽く咳払い。
そして、まるで旅人を歓迎するような言葉を口にするのだった。
「ようこそ、アリカちゃん。ここは世界でたった一つの、異種族と魔物が共存する村――ラフィール村、です」
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