第2話 あれから10年後、立派な幼女になりました!

 一章 裏ダンジョンを抜けたら、異種族と魔物の村でした


「――うぅん……」

 ゆっくりと瞼を開けたとき、わたしは陽光の射す森の中で、仰向けに倒れていた。

 風に揺れる草花、きらきらと水面が輝く泉、そして何処までも澄んだ青い空。

 それは一〇年ぶりくらいに見た、鮮やかに彩られた景色だった。

「すごいなぁ。……異世界って、こんなに綺麗だったんだ」

 うん、間違いない。

 わたしは、無事裏ダンジョンからこの表世界に転移出来たんだ。

 お父さんが後で話してくれたことだけど、裏ダンから出る方法ってゼロじゃないみたい。たまに外側の世界から裏ダンに来る冒険者って職業の人たちがいて、そのタイミングを狙えば表世界に転移出来るんだとか。

 うぅ、でも太陽ってこんなに眩しかったっけ。目がじんじんする……。

「あっ、そうだ。それよりも……!」

 わたしはある重要なことを確認するために、泉を覗き込み……がくり、と項垂れた。

 水面に映るのは――一〇年前と同じ、わたしの姿。


 わたしは――幼女の姿のまま、一七才になっていたのでした。


 紅葉みたいな小さな手。流れるような黒い髪。あどけない瞳。家出した時に着ていた小学校の制服。旅の荷物が詰まった真っ赤なランドセル。

 どこからどう見ても、小学一年生の幼女が、そこにいた。

「………………。やっぱり、この姿のまま、なのか……」

 実を言えば、これが女神様がくれた加護の効果だったりする。

 それは――魔法の素養が与えられる代わりに、永遠に七才の身体でいるという加護。

 もう呪いなんじゃないかってすら思うよね、これ。

 でも、別世界に生まれた人間が魔法を使えるようになるのは女神でもかなり難しいことらしくて、相応の制約というものが必要みたい。

 その制約っていうのが、成長が止まっちゃう、っていうことなんだけど……。

「裏ダンジョンを出たら、もしかしたら加護が解けて一七才の見た目になってるかも、って期待してたんだけどなあ……」

 女神様、あなたはわたしに一生幼女で過ごせと言うのですか。

 いやまあ、加護をくれたことには感謝してるけど。でも、加護があっても魔法を覚えるのはすごく大変で、裏ダンでは何度も死にそうな目に遭ったし……。

「……い、いやいや。いきなりへこんでる場合じゃないって」

 何しろ、これからわたしはこの世界で暮らすんだから。

 まずは街に行かなきゃ。その後は……その時に考えればいっか、うん。

「問題は、この表世界にもきっと魔物っているんだろうな。無事に街まで行けると良いんだけど」

 用心のためにも、道中で魔物と遭遇することくらいは考えた方が良いだろう。

 確か、お父さんは表世界のことを「裏ダンで暮らしてたお前にとっては、大したことのない魔物ばかりだろう」って言ってたけど。弱い魔物ってことは……そうだなあ。

「ケルベロスとかアークデーモンとか、それくらいの魔物ならうようよいてもおかしくないよね。もしかしたらもっと強いのもいるかもしれないし、念のために気配は消しといた方がいいのかも」

 言いながら、わたしは森を抜けるために歩き出すのだった。

 ……ちなみに、あくまで余談なんだけど。

 実はケルベロスもアークデーモンも、街一つを壊滅出来るくらい凶暴な魔物で、こんなのがそこら辺にいたらとっくに人類滅亡している――そのことを知ったのは、もう少し後のことだったりする。

 

 見知らぬ森でも迷うことなく進めるのは、裏ダンで暮らしてたおかげだと思う。今まで複雑な迷宮に暮らしていたから、探索には慣れていた。

 森林浴でも楽しむように、のほほんと数十分くらい歩いて……やがて遠くから聞こえてきたのは、微かな女の子の歌声。

「わっ、びっくりした。誰かいるのかな……?」

 声がした方へと歩を進めて……一〇年ぶりに、魔物以外の存在と出会った。

 そこにいたのは、歌を口ずさんでいる小学生くらいの少女。女の子なんて久しぶりに見たからかな、感動しちゃうくらい可愛く見えた。

 ……けど、一つだけとても気になることがある。

 どうしてあの娘、狼みたいな耳と尻尾がついてるんだろ?

 ぽかんとしていると、少女はわたしに気づいて手を振ると、

「こんにちは、ですっ! あなたも、野草を摘みに来たんですか?」

「えっ……ううん、そうじゃないんだけど。それより、こんな森に一人でいたら危ないよ?」

「えへへ、ララのこと心配してくれてありがとうございます。でも、この辺りは危険な魔物もいませんから大丈夫ですよ?」

 ララ、ってきっとこの女の子の名前なんだろうな。あどけない顔には笑顔が浮かんでいて……そして、ふさふさの尻尾をふりふりと振っていた。

 これって、獣人族、ってことだよね?

 お父さんから聞いたことあったけど、会うのは初めてだ。

「でも、ララは慣れていますけど、森の奥に行くと暗くてとっても怖いんですよ? ……ですから、あなたは家族の許に戻った方がいいですよ。良い子ですから、お姉ちゃんの言うこと、聞いてくれますか?」

「……えっ? ちょ、ちょっと待って。お姉ちゃんの言うこと、って……?」

「……? ララ、変なこと言いましたか?」

 ララちゃんは、きょとんと首を傾げて、

「あなたは背が小さいですから、ララよりも幼いのかな、って思ったんです。だから、一人で大丈夫かな、って心配になったんですけど……」

 ……なるほどなー。

 まさか、幼女から幼女扱いされてしまうなんて。まあ、実はずっと年上だって言っても信じてくれないだろうし、説明はしないけど。

「でも、そっか。そんなにわたしって幼く見えるんだね……」

「あっ……も、もしかして違いました? ご、ごめんなさい、です! その、ララの方が背とか大きいみたいですし、だから――」

 言いながら、ララちゃんはわたしの頭を見つめて……どうしたんだろ。

 何故か、そのまま固まってしまったのだ。

「……な、なな――」

「な?」

「――無いですっ! よく見たら、あなたにはお耳がありません!?」

「髪に隠れて見えないだけで、耳ならあるよ?」

「違います違いますっ! 狼人族のララみたいな獣耳のことですっ!」

 それって、そんなに不思議なことかな。単純に種族が違うってことだと思うけど。

 けど、ララちゃんは相当動揺しているみたい。いきなりわたしに近寄ると、

「ごめんなさい――尻尾、拝見させて頂きますっ!」

 スカートの裾をつまみ、ひらり、と捲り上げたのだった。

 露わになるのはもちろん、わたしの桃色の下着、だ。

 足がすーすーしてくすぐったいけど、別に恥ずかしい気持ちにはならなかった。強いていうなら、可愛い下着を選んで良かった。もし裏ダンでいつも穿いてたような下着だったら、わたしの顔は真っ赤になってたと思う。

 けど、いきなり女子小学生のスカートを捲る幼女って……。まあ、この娘にも事情があるんだろうし気が済むまで見せてあげよう、うん。

「し、尻尾もないです……。あ、あなたは、獣人族じゃない、ですか?」

「そうだけど……そういえば、自己紹介が遅れちゃったね?」

 わたしは精一杯の笑顔を浮かべて、はっきり口にする。

「わたしの名前はアリカ――人間、です」

「ぎゃ――――――っ!」

 わたしが名乗るや否や、ララちゃんは耳と尻尾をぴーんとさせて、

「にに、人間さん!? 人間さんですっ! どうしてこんなとこにいるですか!?」

「……そんなにおかしいかな?」

「だってだって、ここは人間さんが来ちゃいけないところなんですよ!? ララだって、初めて見たくらいですから!」

 それって……人間という種族にとって、この辺りは禁足地ってこと?

 でも、どうしてだろ。強そうなモンスターとかいる気配ないのに。

「あのあの、人間さんは早く帰った方が良いですよ!? お父さんとお母さんは何処ですか? ララが連れて行ってあげます!」

「あっ、えーとね……」

「……どうしたんですか?」

 困った。旅をしている、なんて話してもきっと信じてくれないよね。

 でも、無理やり逃げたりしたら、ララちゃんが可哀想だし……そう考え込んでいると、ララちゃんは突然、わたしの身体をぎゅっと抱いた。小さな子どもを慰めるみたいに。

「……ララちゃん?」

「怖かったですよね? けど、安心してください。ララがきっと、アリカちゃんをお家まで連れてってあげますから。……迷子になっても泣かないなんて、本当に偉いです」

 Q、ここでいう迷子とは誰のことを指すか。五文字以内で答えよ。

 A、わ た し で す。

「えっと、あの、違うのララちゃん! 迷子とかじゃなくて、そう、ちょっと探検してただけなの! だから一人で帰れる――」

「そんなの絶対いけませんっ! アリカちゃんは小さいんですから、ララの言葉は聞いてください! 我がままは、めっ、ですよ?」

 もう一七才なのに、まさか幼女にめって言われる日が来ようとは……!

 ララちゃんはわたしの手を握ると、何処かに案内するように駆け出した。

 ……まあ、いっか。どうせ行く当てなんてなかったし、このままララちゃんにお任せしても問題ないと思う。それに、ララちゃんの優しさは素直に嬉しいし。

 ただ、これからもずっと幼女扱いされるんだろうなあ、やっぱり……。

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