第四章
第四章
「はあ、なるほど。恵子さんに再婚話ですか。」
杉三たちの秘密基地、いしゅめいるらーめんにて、ブッチャーが、ジョチと杉三を交えて話をしていた。
「はい。そうなんです。恵子さんのお父様とお母様が、連れてきてくれたのですが、何でも、華岡さんの話によると、覚醒剤による逮捕歴があるとか。」
ブッチャーは、涙をこらえながら、そう話した。
「へえ、つまるところの犯罪者か。」
「そうなんだよ。杉ちゃん。恵子さんのご両親が、それを知っているかどうかわからないけどさ、俺、そういう人と、一緒にさせるなんて、あんまりだと思って、見ていられないよ!」
と言って、男泣きに号泣するブッチャー。
「まあ、それはそうかもしれませんが、前歴で判断してはいけません。今でこそ、本当によく働いてくれるのですから、そこを評価してやらなければ。」
「一体そいつは、どんなことをしたのか、気になるところだな。」
ジョチの発言に、杉三がそういった。
「そうですね。たぶんきっと、何年か刑務所で服役して、出所してから、恵子さんの御実家で働きだしたんだと思うんですが、逆を考えれば、そういう重大な犯罪をしたからこそ、ものすごい働き者になったということも考えられますよね。」
「そうですね。よく反省しているということでしょう。でもですね、ジョチさん。それと結婚となりますと、また別問題だと思うんですよ。だって、恵子さんは、一生小濱さんと暮らすわけですから、恵子さんにも、犯罪者の妻というレッテルが、付きまとうんですよ。俺、お姉ちゃんのことでよくわかるんですが、俺自身も、精神障碍者の弟ということで、結構隣近所から、ひどいこと平気で言われましたし。そういう辛さってのは、よほど理解してくれる人がいない限り、取れないんですよ。それは、恵子さんにはさせたくありませんね。」
「ブッチャーさ、それはどうかな?」
不意に、杉三が発言した。
「なんだよ。杉ちゃん。」
「なんだよじゃないよ。前に、青柳教授が言っていたことあるじゃないか。親の思いで、苦労させたくないからと言って、わざわざそういうところから離してしまうのは、究極の甘やかしでさ、本人が成長するのを妨げるって。人間多かれ少なかれ、苦労というものはするんだから、それをなるべくさせないってのは、やっぱり、間違っていると思うけど?」
「うーん、その苦労じゃないんだよ。たしかにさ、芸術みたいなのにはまりすぎて、金をなかなか作れないでさ、奥さんが働きづくめに働いて、という苦労は、よく聞く話だけど、其れとは、また違うと思うんだ。そういうことであれば、多少は仲間ができるかもしれないけど、犯罪というのは全部の人において、やってはいけないと言われていることだし。つまるところの、四面楚歌になってしまうんだぞ。」
「でもさあ、本人がいいといえばそれでいいんじゃないの?外国では、そういうカップルさんは一杯いるよ。」
「外国の話は持ち出さないでよ。日本で暮らしている限りは、日本のルールに従わなきゃ。日本では、ちょっとでも違うものを持っていると、すぐによってたかっていじめて、集団から追い出そうとするでしょう。それに、その人の人柄よりも、経歴や肩書に目が行く文化だし。」
「そうだねえ。でもさ、あの片腕男は僕が見る限り、頭が悪いということはないと思う。かなり切れるし、何回もいうけどよく働いてくれて、非常に役に立つことは疑いない。其れって、犯罪を犯してから変わろうと思ってそうしているのではないような気がするんだ。もともと、働き者だったんじゃないか?今だったら貴重な存在だよ。よく働いて、何でも手伝ってくれるなんて。今は、働くよりも、遊びたいという男のほうが、圧倒的に多いんだからな。」
「うーんそうだねえ、、、。杉ちゃんの話も分からないわけではないが、どうしても俺は、恵子さんにあんなものをくれてしまうと、どうしても、かわいそうだという気持ちが取れないのだが、、、。」
杉三とブッチャーは、解決ができない、長話を続けていた。
「まあね、そういう、特殊な過去を持っていると、排除しようとしてしまうのは、認めますよ。それは、日本にいる限り仕方ありません。ブッチャーさん。その人が、具体的に何をしたかというのははっきりしているのでしょうか?」
と、二人の間に割って入って、ジョチが聞いた。
「いや、俺はそこまで知らないんです。華岡さんの話では、覚醒剤を販売していた組織の一人だったようで、なんとも、一番初めに逮捕されて、その時に、組織の様子とか、主宰者の名前とか、全部供述してしまったので、華岡さんたちは、すぐにその主宰者を逮捕することができたそうです。」
「へえ!それも又すごいんじゃん!ある意味警察にとっては、英雄的な行為だなあ。」
ブッチャーがそういうと、杉三がまた割り込んだ。確かに、犯人を捕まえることが仕事である警察にとって、供述の中から、そういう話を聞くことができたというのは、ある意味貴重な証言だし、いい手助けでもある。
「なるほど、つまり、彼もその時点で、もう犯罪集団と決別しようと思っていたんでしょうね。そうでなければ、リーダーの名を簡単に口に出したりはしないでしょう。」
「そうだよ。きっと片腕なので、完全な悪人にはなれなかったんだ。そういうことさ。だって、片腕にしろ、僕らもそうだけど、必ず誰かに手伝ってもらわないと生きていけないんだからなあ。」
たしかに杉ちゃんの言う通りだ。左腕を肩から下まで、持っていないのだから、相当なハンディキャップだと思われる。
「そういうことですから、この勝負は杉ちゃんの勝ちです。あと、僕たちにできることは、彼本人にお会いして、しっかりとどんな犯罪をしてしまったのか、語らせること。そこをしっかりしておいて、
恵子さんを、安心させてやりましょう。」
「ジョチさん、恵子さんのご両親は、このこと知っているのでしょうか。」
ブッチャーは不安そうに聞いた。
杉三は、そうだなあ、と首をかしげる。
「ええ、知っていると思いますよ。そうでなければ、リンゴ畑の手伝いなんかさせないのではないでしょうか。田舎というのは、特に偏見の強い街でもありますから。」
こればかりは、本人たちに聞くしかない問題であった。
「で、ブッチャー、その片腕男はいまどうしてる?」
「はい。恵子さんと一緒に製鉄所の中にいます。水穂さんの容体が悪いので、留守番してもらっています。」
ブッチャーは杉三の質問にそう答えを出した。
「もうさあ、すぐに製鉄所にいってさ、何をしたのか聞いてみたら?襤褸は初めに見せておけ、そうすればいつでも天下泰平だって、あの、有名な詩人が言っていたじゃないか。僕、名前を忘れちゃったけど。」
三人の伝票をもってきたぱくちゃんが、杉三たちに言った。
「あら、ぱくさんが、相田みつをの詩を暗唱するとは珍しいですね。」
ジョチが、思わずそういうと、
「いや、最近女房が、日本の有名人くらい知っておかないと、ダメだというもんで、勉強を始めたの。あの人の本はとてもわかりやすくて、内容もおぼえやすいので、お気にいりなんだ。」
と、ぱくちゃんは照れくさそうに答えた。
「そうですか。まあ確かに彼の書は、王義之のような美しさもないし、顔真卿のようなかっこよさもないですけど、非常に大事なことを書いていると思いますよ。ついでに、彼の書を読んで、日本語の文法も勉強するようにしてください。」
「わかったよ、理事長さん。僕、頭悪いけど、一生懸命頑張るよ。」
と言って、ぱくちゃんは頭を掻いた。
多分きっと、王義之や顔真卿のような芸術的な要素がないからこそ、言葉がじかに心にはいってくるのだろう。
「まあ、脱線はここまでにして、とりあえず、製鉄所に行ってみますか。僕もその隻腕の方に会ってみたいですよ。」
「わかりました。じゃあ、ちょっと俺、恵子さんのところに電話かけますから、ちょっと待っててください。」
ブッチャーは急いでスマートフォンをとった。
そのころ、製鉄所では。
咳き込んでいる水穂の背を、秀明が、さすったりたたいたりしている。恵子さんは、また汚れてしまった畳をがっかりした顔で眺めながら、
「あーあ、この前張替てもらったと思ったら、また汚しちゃったのか。どうしてそう、何回も畳を汚したら、気が済むの?」
と言った。
「ご、ごめんなさい。すみません。」
水穂が謝罪すると、恵子さんは、うるさそうに言った。
「謝って済む問題じゃないわよ。もう、畳代を何円かければいいのか。そのくらい考えてよ。」
「ごめんな、」
水穂はもう一度謝罪するが、咳に邪魔されて、しっかり文書になっていない。秀明が、あんまりしゃべらないほうがいいですよ。じっとしていてください、なんて言うけれど、そんなことをしたら、申し訳なさが無理に増大してしまいそうだ。
「仕方ないじゃないですか。そういう症状なんですから、それは仕方ないと思って、受け入れてください。」
水穂は咳で返答した。
「まあねえ。理想的に言えばそうなんだけど、畳代がたまらないということは気が付いてもらいたいものだわね。ほら、またあ!」
恵子さんは、そういいながら、半分呆れた顔で水穂を見た。秀明が水穂の口に当てていたタオルが、また赤色に染まってしまったのである。
「恵子さん、もうこれは仕方ないことですから、水穂さんばかり責めるわけにもいきません。だったら僕たちで工夫をしなくちゃ。布団の周りに、ビニールの風呂敷か、レジャーシートでも敷いておいたらどうですか?そうすれば、畳が汚れる可能性は減りますよ。」
秀明はそう提案したが、どうもそのやり方をすることは、少し渋ってしまう恵子さんだった。それは女性特有の、可哀そうと思ってしまうきもちなのかもしれなかった。
「まあ、迷ってしまうことはわかるんですが、ここまで頻繁にせき込んで血を出しているわけですから、もう割り切ったほうがいいかもしれません。事実、畳代が頻繁にかかっていたら、水穂さんだってお辛いでしょうに。自分のせいで、高額な出費をさせているとわかったら、其れこそつらいですし、可哀そうですよ。」
「そうねえ、、、。」
まだ迷ってしまっている恵子さんだった。
「そうしてください。僕も、負担をかけるのは、申し訳な、、、。」
水穂も、咳に邪魔されながらそういうのだが、その様子は何とも哀れで、本当にかわいそうというか、ある意味では酷い風景であった。
「だから、しゃべらないでと言ったでしょ。薬が回って、止まったら、横になって休みましょうね。」
「そうね、もう強いのやめちゃったから、効く前に全部なくなってしまいそうね。」
恵子さんはちょっと嫌味っぽく言った。秀明は、相変わらず、水穂の背をたたいたりしているが、どうしても、この人が、前科者とは思えないのだった。華岡のような人は、犯罪者などごみのようだというのかもしれないが、ただ、目立ちたいとか、快楽殺人のような、自身の身勝手で犯罪をした、という人物ではなさそうな気がした。
なにかきっと、重大な訳があったのだろう。
恵子さんは、そう思った。
丁度その時。
「おーい、恵子さんすみません。今戻りました。なんでも、ジョチさんと杉ちゃんが、一緒に来てくれました。」
と、玄関先からブッチャーの声がした。
「ちょっと私迎えてくるから、水穂ちゃんのことお願いね。」
「わかりました。」
このころには、少し薬が効能をあらわしてくれたらしい。少し咳の数は減少しているように見えた。恵子さんは、秀明にあとは任せて、玄関先に行った。
「あ、どうも、曾我さん。」
「いえ、ご挨拶は特に必要ありません。僕も、変に敬意を持たれるのはあまり好きではないので。それより、隻腕の男性は何処にいますか?」
「ええ、今、水穂ちゃんと一緒です。お昼過ぎからずっとせき込んで大変だったんですけど、今やっと薬が回って、楽になって来たようです。」
ジョチの質問に恵子さんはそう答えた。ブッチャーが、やっと止まってくれたかあ、と、大きなため息をついた。
「じゃあ、ちょっとお話させてもらうわけにはいきませんか。」
「たぶん、良いと思います。水穂ちゃんも、薬が回れば、寝てくれますから。」
「僕もちょっと話を聞かせてよ。」
杉ちゃんまでそういうことを言った。まあ、重大な話をするときに、杉ちゃんがしてくれる面白い解説は、結構場の雰囲気を和らげるのに、良い要素になるのだった。それを承知でジョチさんが連れてきたんだろう。と、恵子さんは思ったので、はいどうぞと言って、中に三人を入らせた。
全員が製鉄所の廊下を歩くと、四畳半のふすまが開いて、秀明が顔を出した。やっぱり左腕が欠損していて、文字通り片腕であった。
「あ、お客様ですか。こんな時に変な話をして申し訳ないのですが、水穂さん、やっと薬が回ったようで、今眠ってくれました。たぶん、数時間は起きないと思いますから、僕はその間に、レジャーシートを買いに行ってきます。」
「レジャーシートなら、俺が以前買った物が一枚あるから大丈夫です。それより小濱さん、ちょっとこちらのジョチさん、じゃなくて、曾我正輝理事長からお話があるそうなので、ちょっと食堂まで来ていただけないでしょうかね。」
あら、ブッチャー、いつも口が下手なのに、今日は、なんて雄弁なの?何て恵子さんは思ったが、それは口にしないで置いた。
「わかりました。それなら、すぐに行きます。」
秀明も、何を語るべきなのか予測がついているらしい。すぐにふすまを閉めて、食堂へついてきた。
食堂に入ると、全員席に着いた。恵子さんは急いでお茶を準備した。
「では、形式的な挨拶はやめて、単刀直入にいきましょう。あなたは以前、覚醒剤取締法違反のため、逮捕歴があるそうですね。その詳細を詳しく話していただけないでしょうか。」
「そうそう。襤褸は初めに見せておけ、だ。そのあと天下泰平になるとは限らないがな。」
杉三が、またジョチの話に揚げ足とった。秀明は、少し考えたが、もう後戻りできないと思ったのか、
「お話いたしましょう。」
と、はっきりと口にした。
「あんまり長く話すなよ。それよりも、要点がわかるように言ってね。」
「あ、はい。もう、覚醒剤を使ってしまったことは事実なんです。打ったのは一度だけですが、其れでも、犯罪となってしまうのですよね。」
杉三が野次を飛ばすと、秀明はそう返した。
「しかし、なんでまた、お前さんのような働き者が、そういう危険な薬物に手を出したんだ?それを打ち続けていたら、働き者を続けることもできなくなるんだぞ。」
「ええ、そうですね。やめたときの禁断症状はものすごかったです。だからよそうと思いました。これはやっぱり、ダイエットできるとか、そういうものじゃありませんから。」
まあ確かに、若い女性によくあるのだか、ダイエットできるからと言われて、覚醒剤に手を出してしまった人は結構いる。
「それだけじゃないでしょう?」
ジョチはそう付け加えた。
「そんなに安易な理由で違法薬物に手を出すのは、比較的裕福で、世間のことをあまり知らない人たちなんですよ。」
「そうそう、ましてや、お前さんのような働き者がな。」
また杉三が野次を出した。
「ええ、そうかもしれないのですが。でも、これだけはどうしようもなかったんですよ。父が何とか、なるためには、そうしなければならなかったんです。」
秀明は、意味の深そうな答えを言う。
「はあ、お前さんの父ちゃんが?」
杉三が質問すると、
「ええ、僕は父が大好きだったんですよ。容姿だってそんなにたいしたことはないし、学歴も中卒のままでしたが、ものすごい豪華な振袖とかたくさん作っていましたので。」
と、答えが出た。
「へえ、つまり和裁技能士さんとか?」
杉三がまた聞くと、
「いや、縫うのはまた別の人の仕事で、父は染め物をする人でした。江戸友禅の職人でした。」
と、答えが返ってきた。
「江戸友禅か!かっこいいな、京友禅に比べると、地味だけど、味があっていいよねえ!」
杉三がそういうと、ジョチが、こら、脱線はしないように、と杉三の肩をたたいた。
「ああ、すまんすまん。で、その江戸友禅がどうしたの?お前さんはなぜ躓いたの?」
「はい。中学生のときでしたね。その時に担任教師から、親御さんが高校受験した時の作文を書いてこいという宿題が出されたんです。ところが、父は中学校を出た後、江戸友禅の修行に出てしまって、高校はいっていませんでした。母も料理の高等専門学校しか出ていなかったので、二人とも、高校受験は経験していなかったんですよ。だから僕は、どうしたらいいのかわからなくて、作文は白紙で提出したんですね。そうしたら、クラス全員の前で、担任教師に叱られてしまって、そのあとは、ひどいいじめの連続でした。その時に、左腕を切断するけがをしたんですよ。それで母は、父が高校を受験しなかったから悪いんだと言って、父と離婚して、留萌から、こっちへ来させてもらったんですが、、、。」
「なるほど。ひどい話だな。お父さんには何も罪はないじゃないか。」
「たしかに伝統分野の世界では、まだ高校にはいかないで修行をする人が多いようですね。しかし、それを悪事だとしてしまう担任教師もこまったものです。」
彼の話に、杉三とジョチは相次いで相槌を打った。
「それからの僕はもうあれに荒れて。尊敬していた父から、引き離されてしまったばかりか、母と二人しかいなかったんで、大して働き口もなく、その日その日をやっていくのに精一杯でした。母は、父のことは二度と口にするなと言っていましたが、ある時、北海道の親戚から、僕に手紙が来たんです。それは、父がもう留萌にいては助からないが、本土の大きな病院に入院させれば助かるという内容だったんで、、、。」
秀明の話がそこで止まる。
「そこから先の筋書きは大体わかるよ。お前さんは、お父ちゃんを何とか助けたくて、お金を稼ぐために、覚醒剤の売人になった。違うか?」
「ええ。」
杉三の質問に、秀明は静かに答えた。
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