【書き下ろし】「女王の化粧師」紹介短編
〈芸技の国〉デルリゲイリア。女王とその継嗣たる王女を同時に失ったこの国では、上級貴族の娘たちから五人の女王候補を立て、玉座を争わせている真っ最中だ。
〈女王選出の儀〉――通称、女王選と呼ばれるその争いに挑むミズウィーリ家では、当の女王候補が自室で卓上の招待状を払いのけ、筆記具を放り投げて、空いた空間に突っ伏していた。
「もうだめもうむり絶対いや」
「マリアージュ様……」
卓を挟んだ対面の席に着くダイの元にまで、招待状が飛ばされてくる。
散らばったそれらを集めつつ、ダイは呆れながら主人に尋ねた。
「せめて半分は終わらせましょうって申し上げませんでした?」
「あんたが勝手に言っただけでしょ。むしろ褒めなさいよ、わたしを。これだけ書いたのよ!?」
「そういえば確かに。連続で書いた枚数としては新記録ですね。休憩にいたしましょうか」
ダイは壁際を振り返った。控えていた侍女が頷いて、心得た様子で退室していく。焼き菓子と茶が速やかに運ばれてくるだろう。これでマリアージュも気を取り直して招待状に取り組んでくれるはずだ。たぶん。
面倒くさいと唸りながらも、最後はきちんと職務を果たす。それがダイの主人、マリアージュ・ミズウィーリ。この度の女王選において、玉座から最も遠いと侮られる女王候補である。
御年は十七。紅茶色の髪に胡桃色の瞳。人を惹きつける確かな魅力はあっても、ほかの女王候補と比べれば、美貌の面では一歩劣る。 その彼女を美しく見せるべく付けられた化粧師がダイだった。
退室していた侍女が戻り、瀟洒な茶器と皿に盛られた茶菓を卓上に並べる。
注がれた紅茶を一口含んで一息つき、マリアージュは恨みがましい顔でダイを睨んだ。
「そもそもよ? なんであんたがわたしの休憩時間を決めるのよ?」
「別に決めていませんよ。マリアージュ様がお疲れの頃合いを見計らってお茶を差し入れる係を、ティティたちと務めているだけです」
通り名を呼ばれた侍女がにっこり笑う。
マリアージュが苦虫を噛みつぶした顔で唸った。
「絶対そんなんじゃないでしょう……」
「苦情は任命したリヴォート様へどうぞ。……あ」
噂をすればなんとやら。
ダイをマリアージュのお目付役にした当人が、軽い叩扉の音を響かせて室外から名乗る。
「リヴォートです」
「入りなさい」
入室の許可を得て現れた男は、初見のだれもがいっとき息を呑まざるを得ない美丈夫だ。
金蜜色の髪に澄んだ蒼の瞳。端整な顔立ちと体躯。貴公子然とした物腰の彼は、ヒース・リヴォート。
上級貴族十三家の中で底辺にいるミズウィーリを盛り立て、マリアージュを女王候補にした立役者。マリアージュの父から任じられた当主代行の役を負う男だ。
彼は足取り優美に距離を詰め、マリアージュに一礼すると、ダイが重ね置いた招待状を一瞥した。
「休憩に入られたと伺いました。何枚終わったのですか?」
「二十枚です」
「ちょっとダイ、もう五枚は書いているでしょう。数え間違えないで」
「やり直しですよ、マリアージュ様。終わりのあたり、飽きて投げやりになっていたでしょう?」
招待状とひと言にいっても、個別に挨拶文を添え、さらに趣向を凝らすため手間がかかる。手を抜くとすぐにわかってしまう。
あぁああ、と、マリアージュが頭を抱えた。ここでやり直しの意見に反論しないところが彼女の美点だ。
そんな主人にヒースが優しく声をかける。
「二十枚が終わっているならよいでしょう」
「珍しいですね、リヴォート様」
ダイは背後に立つヒースを振り返った。
「リヴォート様なら終わるまでしてくださいっておっしゃるかと思っていました」
「飽きている仕事を能率の悪いまま続けていただいても仕方がありませんからね、ダイ」
「あんたたちわたしに対する敬意とかもう少し示したらどうなの……」
「さて、気分転換をなさりたいマリアージュ様に朗報です」
マリアージュの訴えをきれいに無視してヒースが微笑む。
こういったときは大抵ろくなものではない。
「「……朗報……?」」
「ええ、とびきりの」
ダイとマリアージュがおうむ返しに尋ねると、ヒースは悪党の顔で四つ折りにされていた書類を円卓の上に広げた。
その題字をマリアージュが読み上げる。
「第七聖堂における叙勲式……?」
「文官武官、市井の商人や、研究者。様々な分野で国に貢献した者たちが、女王から勲章を与えられることはご存知で?」
「あんたこの間、今年はクリステルが聖女の役を務めるってわたしに報告してきたでしょう。そんなにすぐ忘れないわよ」
「それは失礼いたしました。ダイは知っていますか?」
「そういう式典があるって聞いたことはあります。……いまその知らせを持ってきたってことは、マリアージュ様に何かお仕事ですか?」
日がな癇癪を起こして使用人に当たり散らしていたマリアージュが国に貢献しているはずがない。女王候補としての彼女に、何か役目が振られたと考えるほうが自然だ。
マリアージュが小馬鹿にした様子で鼻を鳴らす。
「そんなわけないじゃないの。叙勲式の日取りを見なさいよ。今夜よ」
「それがマリアージュ様、そのまさかです」
ダイの推測を肯定したヒースに、マリアージュは思わずといった様子で開口した。
「……はぁ?」
ヒースいわく。
女王とその継嗣が不在の場合、勲章を対象の各人に授ける役を、女王候補のひとりが行う。
ただし、女王としてではなく、主神より祝福を受けた古き魔女――主神と並んで信仰される、聖女に扮して。
今回はその聖女の役をマリアージュと同じ女王候補、ホイスルウィズム家のクリステルが請け負うはずだった。
「ところがその当のクリステル嬢が今日の昼食会で転倒して足を痛めたらしく、役を果たせないと通達が参りました。代役が必要です」
「わたしにしろっていうの?」
「しろ、などとは申しませんが、していただきたいとは思っています――ご決断を」
「いま!?」
「えぇ。……あと四半刻もすれば、ほかの女王候補の方々もこの知らせを受け取り、代役を務めると申し出るでしょうから」
どのような手を使ったのか。ヒースはホイスルウィズム家が出した『通達』とやらを一足はやく得たらしい。ただし、マリアージュに猶予を与えられるほどの余裕はないようだ。
理由も述べずにマリアージュに選択を迫る。この男はこれだから彼女と口論になる。
ダイはヒースに説明を求めた。
「いまから代役を務めるなら、準備が大変なことになりますよ、リヴォート様。それでもこの件を予定にねじ込みたい理由を教えてください」
「受勲の対象者はいずれも各所の有力者です」
ヒースはマリアージュを見たままダイの問いに答えた。
「女王選の票を稼ぐ人脈を得るにこれほど最適な場所はありません。通常の社交では関われない方々ともつながりを得られる。なにより、マリアージュ様から勲章を授けられた、という体験が残ります」
その体験はマリアージュという女王候補の存在を、鮮烈に彼らの記憶に刻み込むだろう。
「繰り返しますが、これは強制ではございません。ただ……」
ひと呼吸を置いたヒースが切り札を切る。
「アリシュエル様にこの役目を取られるのはお嫌でしょう?」
アリシュエル・ガートルードは女王候補の筆頭。
マリアージュが敵愾心を燃やす相手だ。
マリアージュが口の端を苦笑に歪める。
「……言ったわね、あんた」
「代役を、お引き受けになりますか?」
「するわよ……すればいいんでしょ」
「ありがとうございます。……ティティアンナ」
「はい」
壁際に控える侍女を振り返ってヒースが命じる。
「マリアージュ様を急ぎ支度部屋へ。皆を集めてありますから、準備に取りかかるように」
「手際がいいこと」
「事前準備を大切にしているだけですよ」
「いまのは嫌味よ。わたしが断っても、あの手この手で結局させるつもりだったんでしょ、聖女役」
マリアージュが紅茶を一気に飲み干して立ち上がる。彼女はそのまま侍女と連れだって退室していった。
「事前準備、ですか……」
「あなたも何か?」
「いーえ」
ダイは円卓の上を片付けながら、ヒースの問いに応じた。
「今日の夜は珍しくマリアージュ様の予定が入ってないなぁ、とか。そういえばこの間、ホイスルウィズム家の昼食会で、あなたが乗馬で足を痛めた人の話をしてお嬢様方を盛り上げていたなぁ、とか、ちょっと思っただけです」
クリステル嬢の怪我がどの程度かはわからない。しかし足を痛めたからといって、式典の聖女役ともなればそう簡単に辞退するものではない――本来ならば。
ヒースはあっけらかんと肯定した。
「偶然とは恐ろしいものです。……とはいえ、仮に足の怪我でのちに寝たきりとなった者の話を耳にしていたとしても、安易に務めを放棄してはならないのですがね。女王選はそれほど甘くないでしょう?」
ダイは天を仰いだ。光溢れる中庭で、この美貌の男に頬を染めて相づちを打っていた女王候補に同情した。
「さて、ヒース、聖女様の雰囲気のご希望はありますか?」
これからダイも急いでマリアージュの支度部屋へ向かわなければならない。
そこで、化粧師としての仕事がダイを待っている。
「いつも通り、あなたが決めてください。あなたの腕を信頼していますので」
ヒースが席から離れながら、ダイの肩をぽんと軽く叩く。
「任せます」
ダイは叩かれた肩に手を置き、ヒースに微笑み返した。
「任されました」
貴族にとっての化粧とは、忌避される習慣だった。
白粉を叩き、口紅を塗る。その最低限を身だしなみの一環として行うだけのものだったのだ。
ダイは花街の娼館で働く化粧師だった。それをヒースの一存で引き抜かれてマリアージュに付けられた。
単なる裏方ではない。貴人同然の扱いを受け、女王候補の隣に侍る、特別な〈職人〉としてだ。
異例も異例。だからこそ、それだけの化粧を、ダイは求められている。
「マリアージュ様はどのような聖女になりたいですか?」
色粉や白粉、色板と、マリアージュの彩りに用いる品々を卓上に並べながら、ダイは彼女に問いかけた。化粧の前準備のひとつ。場に求められる化粧と、施される側が事前に持つ印象の擦り合わせのために。
「なりたくないわよ、聖女になんて」
主人のにべもない返答にダイは苦笑した。
ダイの反応を見たマリアージュがわかっているわよ、と、口先を尖らせる。
「あんたがわたしの考える理想の聖女サマを目指そうとして訊いているのは。でも、今回はいきなりだったのよ。考えつかないわ」
「まぁ、そうですよね。じゃあ、マリアージュ様にとって、聖女様がどのような方かを教えてください」
椅子に座って対面の姿見を見つめるマリアージュの答えは簡潔だった。
「単なる偶像」
「……曲がりなりにもご先祖様に、なかなか辛辣なお言葉ですね……」
「毎日祈ったところで何になるというの」
「でも大昔、大勢をお救いになったんですよ」
「そう。本当に大昔にね」
マリアージュが突き放すように言った。
「本当に聖女だったなら、子孫が侮られないように、祝福のひとつやふたつ、残しておきなさいよ。聖女は何もしてくれない。だから、聖女はきれいな顔をした、ただの偶像だわ」
「マリアージュ様……」
「でも」
マリアージュが言いさして沈黙する。
ダイは彼女の言葉の続きを待った。
化粧の支度が整ったころ、マリアージュは零すように言った。
「祈りたくなるぐらい、力強いのかしらね……」
自身を救ってくれるのではないかと、望みをかけてしまうぐらいに。
マリアージュがダイを仰ぎ見る。
「……ちょっと、何で黙ってるのよ?」
「いえ……」
ダイは頭を振った。幻視した礼拝堂で祈る幼い娘の像を振り払う。
「色々考えられるようになりましたねぇ」
「しみじみ言わないで。どんな女王を目指すかだの、どんな風に振る舞いたいかだの、ことある毎に考えろってうるさいのはどこのだれよ?」
「わたしですね」
あっさり肯定したダイにマリアージュは呆れ顔だ。
「ありがとうございます。参考になりました」
ダイは微苦笑を浮かべ、姿見の中に映るマリアージュへ告げた。
「それでは、化粧を始めます。――そしてあなたを一夜限りの聖女にしてご覧に入れましょう」
まず、ダイは化粧下地を選んだ。
今日のものはさらっとした質感の乳液で、ほんのりと緑みを帯びている。化粧の密着度を上げるのみならず、肌の赤みをやわらげる働きも持つ。それをマリアージュの顔の輪郭や瞼のきわ、唇の縁に至るまで、ダイは丁寧に塗り伸ばす。
続けて、練粉。肌色の白粉だ。粉、といっても粘度は様々で、液体から固形まである。
ダイは小さな陶器に収められた練粉を薬指で擦りとった。それをマリアージュの頬の高い位置に丁寧に叩き込む。ここに散るそばかすを消すためだ。化粧に厚みが出ないように、量の加減に細心の注意を払った。
唇の輪郭にも練粉を塗布する。マリアージュの唇の厚みを消す下準備だ。
それらが終われば、肌全体への練粉の塗布。種類はマリアージュの肌色よりわずかに明度の低い固形のもの。
(道具は、筆)
ダイは求める肌の質感次第で、塗布に使用する道具を変える。
ダイは筆立てから大判の平筆を引き抜いた。選んだ練粉を筆で刮げ取り、その毛の根元を指で軽く叩いて、余分な粉を篩い落とす。
ダイはマリアージュの肌を磨くように筆を滑らせた。
姿見を見つめるマリアージュが呟く。
「陶器のようね」
「光沢感を抑えています。作り物のような肌を目指して」
瑞々しさや血色感はなくてもよい。ただし肌色は均一に。色むらや毛穴の影は許されない。
「つくりもの?」
「礼拝堂の聖女様のようにしたいんですよ」
ダイとなじみのある聖女は、安息日に礼拝堂で目にする、木製の彫像だった。
だれかが誤って転倒させれば、ひび割れて砕けんばかりの古さで、塗装は剥げ落ち、経年で黒ずんでいる。
その一方で表面は研磨されて滑らかに輝いていた。あらわになった木目は聖女の力の片鱗を宿す魔術文様のようだった。
燭台の橙色の灯のなかにたたずむ彫像。
けれども確かに人々の苦楽を受け止める聖女。
ダイは毛足の柔らかい筆で仕上げの白粉をマリアージュの肌に被せた。篩にかけて粒を揃えた細かな粉が、産毛の上に載って肌に透明感が出る。
満足のいく肌を作れたら、次は彩りだ。
ダイはマリアージュに囁いた。
「目元をします」
「何色を使うの?」
「
派手ではないが、艶のある色で、金粉を混ぜてある。蝋燭や魔術の灯りによく映える――この色のために、肌の光沢感を抑えたのだ。
マリアージュの上瞼に丁寧に銅色を付ける。眉にも色を足した。マリアージュの髪は紅茶色なので、銅色を重ねても違和感がない。
筆を大小と換え、時に指や海綿を用いて、濃淡を調節しながら、鼻筋、瞼のきわ、頬側面、と、色を足していく。
最後に、口紅。
紅筆にとられた色にマリアージュが呟く。
「深みのある赤紫ね」
「葡萄酒のようでしょう?」
マリアージュの顎に手を添えて、ダイは口紅の色を美酒に喩えた。
実際よりやや内側へ新たにくちびるの輪郭を描きいれる。葡萄酒色でくちびるを濃く塗りつぶした。
葡萄酒色は若さや華やかさを尊ぶ女王選で使いづらいが、深みがあって、飲食しても落ちにくい。使いどころを誤たなければよい色だ。
この色を主役に据えると決めていた。
大振りの筆で余分な粉を払い落とす。
粉よけに掛けていた布を取り去り、ダイは主人に声をかけた。
「いかがでしょうか、マリアージュ様」
マリアージュは己に施された化粧を改めて見直した。
今日の化粧は彩り控えめで地味だ。保守派の来賓の多い式典だからだろう。
ただ肌がきれいで――石膏を削り出したように、とても、きれいで。
銅の差し色は礼拝堂の飴色の木材を、唇に注された葡萄酒色はそれこそ、銀の器に注がれる神酒を思わせる。
裾の長い濃い赤を貴重とした衣装。髪は一部を垂らして冠のように編み上げ、白の野ばらの花冠を戴く。
衣装の調整をしていた侍女が壁際に下がると同時に男から声が掛かる。
「よくお似合いです」
「……珍しくちゃんと褒めてくるわね」
「これまでわたしがあなたを賞賛してこなかったと?」
「していてよ、棒読みで」
ダイは自身の支度のために傍を離れている。
向き合っていた姿見に、迎えに現れた男が映る。扉の側に佇む男をマリアージュは振り返った。
今は亡き父の命に従って、無能なマリアージュを補佐し続ける有能な男、ヒース・リヴォート。彼が珍しくはっきりとマリアージュに告げる。
「美しいですよ」
「わたしが美しいのではなくて、あの子の化粧が美しいんでしょ」
「えぇ、そうですね」
「この点だけ意見が合うわね。わたしも同意するわ」
ヒースが珍しくはっきりと渋面をつくる。
マリアージュは笑い出したい気持ちにかられた。
「何を困った顔をしているの? あんたは事実を言っただけでしょう」
マリアージュは美も智もない。無能な、玉座からもっとも遠い女王候補だ。
聖女とは、と、問うたダイに、マリアージュは『ただの偶像』と答えた。
マリアージュ・ミズウィーリはその偶像にすら劣る。
「でもね、ヒース。いまのわたしなら、礼拝堂に鎮座する、彫像ぐらいには、意味ある存在として振る舞える気がするのよ。それは――……」
マリアージュは姿見に映る己を見た。
そこに在るのは、礼拝堂の祭室で、あるいは壁のそこここに掛けられた宗教画を通じて、幼い頃より目にしてきた、聖女の姿。
「ダイの化粧が美しいから、でしょう?」
「……えぇ」
ヒースが肯定を返す。
マリアージュは微笑んだ。
「あの子の化粧で装えば、無能なわたしでも歩ける。あんたが切り開いた、女王への道を」
「マリアージュ様、お時間ですよ」
扉を開けたすぐ先にヒースがいて、ダイはぎょっとなった。打ち合わせでもしているのかと思えば、こんな入り口に突っ立って何をしているのか。
「あのぅ、つまらないことでマリアージュ様を怒らせるのは駄目ですよ、リヴォート様。お化粧剥がれやすくなりますし」
「なんでわたしが怒らせること前提なんですか」
「日頃の行いが悪いからでしょ?」
「マリアージュ様の?」
「ダイ……だからあんた、どっちの味方なのよ」
「マリアージュ様の味方に決まっているじゃありませんか」
ため息を吐く主人に歩み寄り、ダイは先導のための手を彼女に伸べた。
ヒースが控え室の扉を開ける。ばら窓から差す虹色の光が、祭室へ続く廊下に踊るように散る。
刹那の眩しさに目が眩み、ダイはいっとき夢を見た。
『……これは、貸し、ひとつですからね』
『わかりました。貸し、ひとつですね』
『女王陛下。そのように呼ばれるあなたの姿を目にすることができない。それだけが心残り』
『誇り高いことは結構だ。けれどそれは強い者にしか許されない』
『化粧がいったいどんな支えになるっていうの?』
『嫌い嫌いキライ! 醜いモノは、みんなキライよ!』
『好き、嫌い。それでは物事、立ち行かんさ』
『わかっているのか!? あいつは敵なんだぞ!!』
『わかっています!! わかっていますよ!! あなたにいったいわたしたちの、何がわかるっていうんですか……!!』
『たくさんの命をたすけられる国をめざそうと思う。そうしたら母上も、起きてもしあわせになれるな?』
『これは、血濡れた道だ』
『……ついてこられる?』
『もちろんです』
『なら――』
『……ついてくるのよ。最後まで』
「――ダイ」
ヒースの声にダイは瞬いた。
訝しげに目を眇めるマリアージュたちに笑いかける。
肩をすくめて男が力強く足を踏み出す。
混在する光と闇を払いのけるように。
彼の後に続いて、ダイはマリアージュと歩いていった。
これは王のために道を敷いた男と。
男を追うようにその道を歩いた女と。
彼女に王としての仮面を献じた、化粧師の話だ。
【書籍版】女王の化粧師 千 花鶏/ビーズログ文庫 @bslog
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