第10話「絶対零度の旋律」
崖から望める青い海。
逆巻く海原を優しく包み込むように広がる青い空。そして、輝く太陽。
風がそこにいる三人の間を柔らかく通り抜けていく。
輝く黄金の髪をきらめかせて少女剣士は、かつてないほどの真剣な表情で目の前の青年を見つめ、そんな彼女から絶妙な距離を保って片目を隠した長い髪の少年のような姿のジュークは相変わらず無表情で二人を見守っていた。
「僕の故郷もこんな風に青い空と海が見渡せた」
シモラーシャとジュークに背を向け、琥珀色の髪の毛を風に揺らしながら、マリーは呟くようにそう言った。
その彼の髪の毛が、日の光を受けて銀色に煌めいたように見えたのは気のせいか。
「美しい世界、美しい人々、統制されたそこでは、すべてが同じように見え、同じような物しかない、そんな世界だったんだ」
彼は吐き捨てるようにそう言った。
「僕はそんな世界でただ一人、異質だったんだよ。ほんのちょっとだけ皆と違っていただけだったんだ」
「…………」
シモラーシャが何か言おうとした。
だが、彼女の腕をジュークが触った。
彼女はジュークを振り返り、彼が微かに首を振っているのを見た。
彼女はわかったというふうに頷く。
「たとえば…」
すると、背を向けていたマリーが振り返る。
そして、ジュークを指さして「黒い瞳」と言い、その指をシモラーシャに向け「青い瞳」と言う。
「茶色な瞳、赤い瞳、緑の瞳、もしかしたら金色の瞳や銀色の瞳もあるかもしれない。剣士たちの持つ剣のように、様々な色合いの瞳が。だが、ごく稀に左右の瞳の色が違う者もいないわけじゃない。長い旅、様々な場所を訪れて、僕はそういった左右違う色を持つ者に巡り合ってきたものだ。そして、彼らは矢張り、その世界では異形の者として弾圧されていた。わかるかい、そういう人とは違うことで差別され続ける者の気持ちが」
そう言うマリーだったが、彼は失念していた。
人でもなく神でもないジュークの立場や、人間とは思えない力の持ち主であるシモラーシャが、今までいかに辛い生き方をしてきたことか、を。
それをマリーがわからないはずがないのだ。
ジュークについては、確かにマリーは彼の過去の生い立ちはわからぬので、自分の気持ちなどわかるものかと思ってしまうのもしかたない。だが、シモラーシャについては、わからないはずがない。今までずっと一緒に旅をして、彼女を見てきたのだ。
つまり、それこそが彼の本質。
自分のことしか見えていない愚か者。
そして、それを気づきもしないのだ。
黙って彼の言葉を聞くジュークも、シモラーシャさえもそれに気づいていたが、それでも彼に好きに喋らせようと思っているようだ。
「ほんのちょっとだ!」
マリーは叫ぶ。
「ほんの少し違うだけなのに、それなのに、家族や親族、そして周りの者たちは僕を迫害したんだ」
握りしめた拳がブルブルと震える。
その時のことが思い出されるのか、まるでそこに自分を迫害した者たちがいるかのように怒りを見せる。
すると、それに呼応するかのごとく、彼らの周りの空気が変わった。
どこからか微かな音が聞こえるようだ。
それは、美しい調べのようであり、或いは、誰かのすすり泣く声、また或いは、何かをこすりつけるような不快感を抱く音だった。
それらの音が混ざり合って、あたりの空気を震わせていた。
「でも…」
その瞬間、重苦しく立ち込めていた空気が、たちまち晴れ渡った。
少なからずジュークとシモラーシャはホッとした。
「たった一人、僕を理解してくれた人がいたんだ。優しい人だった。僕のことを奇跡の子供だと言ってくれた。二つの種族を繋ぐ懸け橋となるだろうって…僕は嬉しかった。サーラがいれば誰もいらないと思ったんだ。サーラだけが僕のことわかってくれた」
少しづつ、マリーの口調が幼い子供のようになっていく。
彼はきっと過去へと意識が飛んで行こうとしていたのだろう。
たった一人、自分を理解してくれた、その人のもとへと。
銀色の髪、白っぽいトーガを身に着けた十歳くらいの年齢の少年が崖の上から海を眺めていた。その少年の姿は神々しいまでに美しく、肌の色は髪の色と同じく銀色だった。不思議な形相をしたその少年は、もう長い時間、そこで海を眺めているようだった。すると、彼の後ろの森から誰かが近づいてきた。
「マリー」
女性だった。彼と同じく銀色の長い髪と銀色の肌と、そして見事なまでに銀色の双眸を持つ震えがくるほどの美貌の持ち主。その彼女がもう一度呼ぶ。
「マリー」
飽かず眺める少年がようやくゆっくりと振り返った。
その少年と女性はひどく似ていた。
まるで親子かと思えるほどに。
だが、ただ一点だけ、二人には相違があったのだ。
瞳だ。
少年の瞳は左が銀色、そして右目は目も覚めるような輝きを放つ黄金色だったのだ。
「サーラ…」
にこりとも笑わずに海を見据えていた少年の表情が和らいだ。
「………」
女性はサーラといった。
マリーはサーラに駆け寄ると彼女の懐に飛び込む。
「どうしたの。また誰かに何か言われたの?」
驚いた表情でサーラは問う。
だが、マリーは首を振るだけで何も言わない。
彼女はため息をつくと、優しく声をかけた。
「本当にマリーは甘え子さんね。これじゃあ、私がいなくなったらどうなるかしらね」
「サーラ、どっかいっちゃうの?」
少年は急に顔を上げると叫んだ。
彼女の顔を見つめる少年の左右色の違う目の必死さが、彼女の心を打つ。
(なんて美しい瞳でしょう)
彼女は思う。
この小さき友人の稀有さを。
彼女らの種族は銀の種族。肌も髪も瞳もすべてが銀色だった。
そして、この世界には銀の種族とともに、金の種族も存在し、互いにこの世界の神として世界をより良く導く仕事を担っていた。
だが、二つの種族は太古の昔から反目しあい、とても仲が悪かったのだ。
しかし、ある事がきっかけで、二つの種族は少しづつ歩み寄るようになった。
そのきっかけとなったのがサーラであったのだが。
しかし、歩み寄りはまだ始まったばかりで、それも世界の中心に位置する惑星で始まったに過ぎず、いまだ遠くそれぞれの母星で暮らす多くの神たちは互いの色に嫌悪感を抱いていた。
そんな中、銀の種族にマリーが生まれた。
マリーはごく普通の者から生まれたのだが、なぜか右目だけが金の種族と同じ金色だったのだ。
(彼にとっては不幸な生まれだろう。けれど、この子はこの世界の希望となる。私はそう確信している)
サーラはマリーを見つめながらそう思った。
そして、この小さき友を安心させるように彼女は言った。
「私はどこにもいかないわよ」
「ほんとに?」
「ええ、ほんとに」
マリーの表情がぱあっと輝いた。
「………」
そんな彼を眩しそうに見つめると、彼女は心で呟いた。
(この子には話せないわね…)
実は彼女には縁談話が上がっていた。
銀の種族と金の種族の橋渡しをするきっかけとなった彼女であったが、本来なら金の種族のある若者と縁を結ぶはずだった。
だが、その話がのっぴきならぬ事情で立ち消えとなり、できれば彼女としては将来ずっと誰とも縁を結ぶつもりはなかったのだが、いかんせん、彼女は銀の種族の次期長と定められた存在。そのような立場から、長としての務めを果たさねばならないことはよくわかっていた。なので、彼女は金の種族の誰かと縁を結ぶ決心をしたのであった。彼女は女としての喜びを捨て、種族の為に生きる、それをようやく受け入れることにしたのだった。だが──
(この子のことを思うと…この子を残してあちらに嫁いでいくことに不安を感じるのも確か…)
彼女はひたむきに自分を見つめる金と銀の瞳の少年を見つめ返す。
本能では、この子の傍から離れてはいけないという確信がある。だが、己の立場からも逃れられない。その狭間で彼女も苦しんでいた。
(今回の縁談話で何か悪い事でも起きなければいいのだけど…)
マリーを抱く腕に微かに力を込めて彼女はそう思った。
そんな二人に海風はあくまでも優しく通り過ぎて行った。
だが、運命はどうあっても彼らに試練を与えるつもりであるようで、悲劇はすぐさま訪れた。
サーラの縁談話をマリーの両親は彼に話して聞かせたのだ。
「お前が幾らサーラ様を慕ったとしても、お前のような半端者がどうこうできるものではない」
「そうよ。私達が親戚だとはいえ、本来なら近くにも寄れない御方なのだから」
彼の父と母は、日頃から彼がサーラと一緒にいることを不満に思っていた。
それより何よりも、自分たちの子供がこのような片端であることを恥じていたので、自分たちの事を棚に上げて彼らは息子を蔑にしていた。ただ、身内であるので、酷い虐待とかはしなかったが、幼い頃から言葉の暴力は日常茶飯事ではあった。
マリーは自分の両親のことを下から睨み付けた。
「なんという目をしているのだ。お前は悪い子だな」
「そうね。本当に悪い子だわ。私達の子供とは思えない」
(間違いなくお前達の子供だよ。僕はこんなにも心が醜いのだから)
彼は心でそう呟くと、口を開いた。
「ではサーラはお嫁に行くんだね」
「その通りだ。もうお前はサーラ様には会えないのだ。それを肝に銘じなさい」
「………」
(ずっとそばにいるって言ってたのに…)
裏切られたのだ、というその思いしか彼の心には存在しなかった。
そう思ったとたん、どす黒い感情が湧きあがり、ほとんど無意識のうちに彼は叫んでいた。声にならない声を。
その瞬間、彼の目の前にいた両親がその場に倒れこんだ。
そして、マリーは動かなくなった二人を冷たい瞳で見つめているばかりだったのだ。
彼の両親が息子によって命を落としてしまったことは、たちまちのうちに人々に知れ渡ってしまった。それはサーラの耳にも入ってしまい、彼女は恐れていたことが起きてしまったのだと後悔した。
マリーは己の生家で軟禁されていた。自らの手で他人を殺めることは彼らの世界でもご法度。だが、裁くのは彼らの長であり、犯罪者の罰はいまやサーラに委ねられていた。
彼女はまだ完全に長の地位におさまったわけではないが、彼女の結婚と同時に彼女は長になることになっており、それはもうすぐそこまできていたので、今は長がいない状況だったのだ。なので、マリーの処遇はサーラの一存に決められることとなった。そして、それは長になるサーラにとって最初の仕事となることになってしまった。公平な裁きを下さなければならない。それによって彼女は長として試されるわけなのだから。
まもなく裁きの日がやってきた。
マリーは世界の中心の星へと連れてこられ、多くの神たちの前に立った。
この世界に生れ落ちてまだ十年しか経っていない幼き神。
銀色の髪は肩のところで真っ直ぐに切りそろえられ、ゆらりとも揺れず、彼の銀色の肌は恐ろしいほどに澄み切っており、まるで作り物の彫刻のようだった。彼の金と銀の双眸はじっとサーラに向けられて、その瞳には何の感情も見えなかった。
(マリー、憐れで可哀想なマリー)
彼女の銀の瞳はともすれば涙でかすんでしまいそうになった。
だが、泣くわけにはいかない。
ここで泣いてしまったら、マリーの為にならない。そして自分の為にも。さらにこの世界の為にも。
(彼のことはあの御方にお任せしよう)
そして、彼女は非情にも言い放った。
「マリエルとナリスの息子マリスよ。あなたはこの世界からの追放を言い渡します。期限は無期限。二度とこの世界に戻る事はできません。永遠にこの世界以外の世界をさまようことになるでしょう」
あたりにどよめきが起きた。
これほどに重い罰は今までになかったからだ。
確かにこの世界ではほとんど犯罪というものが起きたことはなかったのだが、以前にサーラ自身がこの世界を追放された時でも期限は存在した。それが期限なしでの追放など今までに一度だってあったためしはなかったのだ。
「…………」
マリーの瞳の奥が一瞬ゆらりと揺れたように見えた。
それはサーラにしか感じ取れなかっただろう、本当に微かな動きだった。
それはそうだろう。
まだほんの子供なのだ。
そんな稚い子供が一人で別の世界へと追いやられるのだ。不安に思うことは想像に難くない。
「お願いがあります」
その時、マリーが口を開いた。
サーラはそれを許した。
「ひとつ聞いてもいいですか」
「なんでしょう」
サーラの心はざわついた。
マリーは何を聞きたいのだろう。
「結婚すると聞きました。その人を心から愛しているのですか。愛しているから結婚するのですか」
彼の言葉に彼女は諭すように答えた。
どうか自分の言葉が彼の心に届きますように、と。
「マリー、あなたには信じて欲しい。確かに私は種族の為に結婚を決めたのだけど、本当に愛することができると確信をしたから結婚することにしたのよ。いずれあなたももっと大きくなればわかる時がくるはず。人を愛するということの本当の意味を。だから、あの御方のもとであなたは愛というものを学んでほしい。心からそう願っているわ」
「あの御方…僕はあの御方の監視下に置かれるのですか…」
初めてマリーの表情に戸惑いが見られた。
顔にも微かな赤みが差した。
「あの御方の教えは愛。愛こそが全て。あなたは学ばなければならない。愛を」
「………」
マリーは黙っている。すでにその表情はもとの無表情に戻ってしまった。
サーラはいつまでもそんなマリーを慈愛の目で見つめ続けた。
そよそよと風がマリーたち三人の間をそよいでいった。
語り終えたマリーは黙ってしまい、ジュークは風に琥珀の髪を揺らす青年を見つめ、シモラーシャは押し黙ったままうつむいていた。
「僕は両親を殺してしまった殺人者なんだよ」
そしてマリーはゆっくりとそう言った。
すると、ジュークが何かを言おうと口を開いた。が、それを遮る者がいた。
「君は殺人者ではないよ」
それはそこにいる誰の声でもなかった。
ぎょっとしてマリーが目をむいた。そして、ジュークも珍しくひどく驚いた表情を見せた。
「君は親を殺してはいない」
「シモラーシャ…?」
マリーはかすれた声でそう言った。
そう、その聞き覚えのない声は、確かにシモラーシャの口から発せられていた。
ジュークの横でシモラーシャはうつむいたままゆらゆらと身体を揺らしていた。まるで操り人形のようなその様子にマリーもジュークも何事が起きたのだろうかと不思議に思いながら、彼女を見つめた。
「君は私のもとに来なかったね」
その声からは怒りは感じられず、むしろ楽しそうな響きを感じさせた。
「ま…まさか…あなたは、あなたは…」
マリーはひどく怯えたような声をあげた。
そう、その声はすべての世界の神を統べる者の声。神という神が最も恐れ敬う至高の存在。
ざっと音を立てて、傍らのジュークが膝をついた。まるでその御方がそこに佇んでいるかのように。
「絶対零度の旋律」
シモラーシャから彼女の声ではない声が漏れる。
ざあーっと強い風が吹き、そこにいる者の髪を衣服を大きく揺らした。
「君の紡ぎ出す音はすべてのものを凍らす。心も体も、そして魂までをも。君はその容姿のせいで理不尽な思いをずっと抱かされてきた。だが、君が異質な存在であることは定められた運命だったのだ。君はそうあるべき姿で生まれ出でたのだ。君の親はそれを恥じるべきではなかった。だが、恥じた。だから罰を受けたのだよ。自らの血縁者によって。彼らは君が本当の意味での幸せに至らない限り、あの世界でずっと凍りついた時の中で眠り続ける。今もまだ眠り続けているよ。それを君に話そうとしていたのに、君はあの世界から姿を消したまま、私のもとにやっては来なかったのだ」
「なんということだ…」
マリーはその場に崩れ落ちた。
「死んでいない…? 僕は殺していなかったのか?」
「君は幼すぎたのだよ」
その声は続けた。慈愛に満ちた声音で。
「幼すぎて、彼らが死んだのかそうでないのかわからなかった。それだけだったのだ。本来ならば、世界からの追放という重い罰には当たらない罪ではあったのだが、私のもとに送ってもらう為ににあえて君が殺人者となったのだと公言することにしたのだ。だから、このことを知っているのは私とサーラのみ」
「……僕は殺人者ではなかった…」
マリーは呆然として呟く。
「殺してはいなかった…」
まるで己に言い聞かせるように彼は言葉を続けた。
「では…では、僕のやったことは、今まで僕がやってきたことは…」
マリーは膝をついて頭を抱えながら呆然として呟き続けた。
その姿は痛々しく、さすがのジュークでさえもいつもの飄々とした表情を保てないようだった。彼の、マリーの心情を思うとどうしてもそうなってしまうのだろう。そして、シモラシーャの口を借りているその人は続ける。
「ただ、君が今まで辿ってきた軌跡は君に必要なものだったのだと私は思っている。なので、今までのことに言及するつもりはない。そして、君はすでに自由だ。今その時に君が感じているその心の痛みが君へ与えられた罰なのだ。君は許された。これからは好きに生きていくがいい。この世界で神として生きるもよし。もし故郷に帰りたいと言うのなら、まだ両親は目覚めていないが、そのうち君の呪いも解かれることだろう…」
シモラーシャの中の人がシモラーシャの顔で意味ありげに微笑む。
「……故郷に帰るつもりはありません」
頭を抱えたままのマリーが答える。
「神として生きるつもりもありません。すでに僕は神としての責任も果たせる気がしませんから」
マリーはゆっくりと顔を上げる。その表情はいまだ戸惑いが見え隠れし、彼がまだ混乱していることを示していた。
「気が遠くなるくらいの時を、勝手気ままに生きてきた僕ですから、いまさら、世界の為に神として仕事を全うしろと言われても、苦痛でしかないです。ですが、そうなると僕は人間として生きていくことになるんでしょうね」
「いや、君は人間にはなれないよ」
「え…?」
「君は望もうと望むまいと、神として生きていくしかない。もっとも、神としての仕事をせよとも言うつもりはないから、君はこの世界で言うところの魔族として生きていくしかないね」
「魔族!」
マリーはひどく驚いた。
「僕が魔族として…それはどうしてですか?」
シモラーシャの姿をしたその人は語る。
魔族の真相というものを。
「かつてのサーラもそうであったように、神として生きていた者が罪人となって他の世界に流された時、その者はその世界に完全に溶け込むことはできず、己の力を持ったままその世界で生きていくことになる。そこでその力をコントロールできればその者は許され、後にもとの世界へと戻っていくことができるわけだ。だからこそ、たとえばこの世界で魔族が死ぬと、その魂が消えると言われているが、その魂は本当は消えるのではなく、その者の世界へと戻っていくのだ。この世界での転生が行われないから、魂が消えるのだと思われたのだろう」
(やはりそうだったのか…)
マリーは心で呟く。
彼もまた薄々はそうではないかと思っていたらしい。
神と同じような力を持つ魔族。それはまるで我々神と酷似していたのだから。
「僕はシモラーシャの傍にずっといたい。だからこの世界でこのまま生きていきたい」
マリーは呟くようにそう言った。
「ならば君はそのままこの地で暮らせばよい。君の思うまま好きなように生きていくがよい」
その人はその言葉を最後に、意識を本来の持ち主に返したようだった。
「マリー!」
彼の愛しい人の声が彼を呼ぶ。
マリーはハッとして顔を上げ、こちらに駆け寄ってくる最愛の人に視線向けた。
まるで体当たりをするかのごとく、シモラーシャはマリーの身体をかき抱いた。
「つらかったね、ものすっごくつらかったね」
「シモラーシャ…」
愛しい人に抱かれ、至福を味わいながら、だがそれでも彼は彼女の身体に恐る恐る手を回す。今までの彼女を考えればそれはしかたのないことだろう。また突き飛ばされるのではないかという恐れ、拒絶されるのではないかという恐れがあったから。
「誰が許さなくたって、あたしがマリーを許したげるっ! もう苦しまなくたっていいんだからねっ!」
シモラーシャはマリーの顔を両手で挟むとそのまま彼の唇に自分のそれを押しつけた。
「!」
突然の彼女の行動に目を白黒させる中、ああ、彼女は興奮してるんだな、これは正気に戻った時に平手打ちのひとつもお見舞いされるんだろうなあと、そんなことを思ったマリーであった。
そして、そんな二人をジュークはニコニコしながら見守っていた。
2015年1月23日記
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