第3話「光輝神官の秘密」

「俺は醜い」

 ドドスはミーナの言葉を待たずに喋り出す。

「貴女のように美しい人は俺のような者の気持ちなどわからんかもしらんが、この容姿のせいで俺は子供の頃から周りのヤツらに虐げられてきた。どうしたってひねくれて育ってしまうのは仕方ないことじゃないかと思う」

 彼は搾り出すように言葉を続けた。

「だから他人のことだって信じられなくなる。でも、唯一テティは俺に優しくしてくれた。しかも、まさかと思ったが、俺なんかのことを好き…好きだなんて………」

 ドドスは、どもりつつ真っ赤になった。

「私には美の基準などわからぬ」

「!」

 ミーナの言葉にハッと顔を上げるドドス。

 彼女はすっくと立ちあがると、

「皆は私のことを美しい子供よと賛辞するが、美とは何だ、醜いとはいったいどういうものを言うのだ?」

 傲慢な表情でドドスを見下ろす神の子ミーナ。

 それを魅入られたような目で見つめ、ドドスは言った。

「美とは見ていていい気持ちになり、醜いとは見ていて不快に思うことでは?」

「ふん。不快に……な」

 鼻で笑う。

 それを見ても、ドドスは不思議と嫌な気はしなかった。

「では、美も醜も普遍妥当性というものではないということだな。お前を不快に思う者はお前が考えているほど多くはないと思うぞ。この世界の全ての人間に出会って確かめてみたというわけではないだろう?」

「だ…だがっ…」

 ドドスは反論しようとしたが、すぐにミーナに遮られた。

「ふむ。確かにこの世界ではお前のような姿の者は醜いと言われているのかもしれぬ。だが、たとえば他の世界ではお前のような者こそ美と称えられているだろうと思うぞ」

「そんなことは詭弁だ。他の世界が仮に本当にあったとしても、俺には関係ない。俺のいる場所はここなんだから」

「己に自信を持たぬ者に、いくら言って聞かせても無駄なこと」

「!」

 思わずキッと睨むドドス。

 だが、ミーナはふっと表情を和らげると、

「だがな、ドドスよ。私にはわかる。お前はまったく自信を持たぬ愚かな者ではないとな」

「……………」

 羞恥心から赤黒い顔を見せるドドス。

「よいか、ドドス。お前はそういうお前として生んでくれた親に感謝すべきだぞ」

 その言葉に、ドドスは不思議そうな顔をした。

 感謝すべきとは?

 醜く生んでくれたことを?

 なぜ?

「それはな、ドドス。醜いことでお前は他人の本心を知ることができるからだ」

「他人の本心を?」

「そうだ。美しければ誰でもが好いてくれるが、それは本当に好いてくれたとは言えぬと思うぞ。美しいことで好いてくれたのか、またはその本質を見て好いてくれたのかわからぬからだ。だから、醜くても好いてくれる者のその気持ちは本物だとわかる。そうではないか?」

「…………」

 ドドスは心の中で今の言葉を反芻した。

 確かにそうだ。

 テティは自分の容姿に関係なく好きだと言ってくれた。

 それに、最近の旅路でも、思いのほか昔よりは普通に接してくれる人たちが出てきた。

 別に自分の顔立ちが変ったというわけではないのに、なぜだろうと思っていた。

「テティというおなごと魂が混ざり合ったと言っていたな。まあ多少はそのせいもあろうが、第一にお前の心構えが変化したからだろう」

「心構え……」

「お前の生い立ちは私にはよくはわからぬが、予想はできようぞ。おそらく世を憎みきって生きてきたのだろうな。そういうときは、自然と他人もお前をよくは思わぬものだ。だが、そのテティとやらの気持ちに触れ、人としての心を取り戻したとき、お前は文字通り生まれ変わったのだ。清濁併せ持つ存在へとな」

 清濁併せ持つ───ドドスは初めて聞く言葉だと思った。

 訳がわからないといった彼の表情を見たミーナは、苦笑しつつ言葉を続けた。

「私はな、こう思うのだ。悪に染まってしまうのはもちろんいかんことだ。だが、正義ばかりに凝り固まるのもいかんのではないかと」

「正義に凝り固まる……」

 ドドスはますます当惑した。

 正義こそが唯一の道と、神々は教え諭していたのではなかったか?

 だが、その正義というものに疑問を抱いたのも彼にとっては事実であった。

 正義を貫いて人々が生きるのなら、なぜ自分のような醜いだけの存在を忌み嫌う?

 だからこそ自分は、正義なんぞというものは下らぬ、ただの格好つけだと思うようになった。

「お前にはわからんことだろうが…」

 考え込むドドスに、かんで含めるようにミーナは言葉を続けた。

「神が何も全て正しい存在であるというのも考え違いなのだぞ。その証拠に邪神たちはかつて神々として人間を正しく導いていたはずだ。それが、なぜに悪へと変る? それはあまりにも正しくあろうとしたことで、逆に悪へと染まりやすくなるからだ」

 そうして、ミーナはひどく酷薄な微笑を浮かべ、

「何事もほどほどが一番ということだな」

「……………」

 ドドスは、あまりのことにびっくりしてしまい、あっけに取られた顔をしていた。

 まったく今までに聞いたことのないことばかりで、少々ショック状態でもあった。

 あまりにも正しくあろうとしたことで悪へと染まりやすくなる───

 そんなことが本当にあるのだろうか。

 それほど頭のよくないドドスにとって、この考えは不思議でもあり、また新鮮にも感じられた。

 というか、何となく彼にはしっくりくるものがあった。

 自分という存在を、認める要素がその考えにはあると。

 そう思った瞬間、彼は、この黄金に輝く髪を持ち、清冽なブルーアイと太陽の印の痣を額に掲げた神の子に無性に興味がわいたきた。

 と、そのとき。

「のう、ドドスよ」

「…………」

 神の子の声が優しく響く。

 ミーナは、座りこむドドスの傍に膝をつき、さらにぐっと近寄った。

「ひとつだけおまえが死なずにすむ方法があるぞ」

「えっ?」

 彼女はニッと悪戯っぽく笑うと、

「私の光輝神官になればよいのだ」

「えええっ?」

 光輝神官───あの銀髪の青年はその光輝神官ではなかったか、とドドスは思い出す。

 神々しく美しい、あの銀色の髪と黒い瞳を持つ青年。

 確かジュークと言ったか?

 そんなことが、まさか自分がそんなものに?

 以前の自分は闇の神官だった。

 そんな自分が光の神の神官に?

 まさか本当になれるのだろうか?

 邪神教徒なのに?

 にわかに、そんな夢のような話は信じられない──と彼は思った。

「そんな……俺なんかに貴女のような方の神官などになれるはずが……」

「ふむ……」

 すると、彼女が考え込むように難しい顔を見せた。

(ほら、やはり……)

 ドドスはホッとしたと同時に、少々悔しくも思った。

 だが、ミーナはそういうことで考え込んだわけではなかったらしい。

 次の言葉で、ドドスはますます不可解な思いを抱いた。

「そうだな。今のままでは神官にしたくてもできぬか……おまえを神官にする儀式は、私が成人しなければ無理だからな」

「成人?」

 ドドスの問いかけに、ミーナは頷いた。

 そして、驚くべきことを彼女は口にしたのだ。

「光輝神官になるためには、神官になる人間と、その主である神が交わる必要があるのだ」

「え……? 交わるって……」

 それを聞いたドドス。

 彼女が口にした言葉を頭の中で咀嚼する。

 そして───

「ま、まさか……」

 彼の顔色がどす黒く変っていく。

 交わるとはすなわち───

 その意味することをドドスは気付いたが、あまりのことに動転してしまった。

「まさかそれは……」

 彼は馬鹿のひとつ覚えのように繰り返す。

 そして、それに律儀に頷く神の子ミーナ。

「そうだ。オリオンにはそういうことは人前で言うものじゃないといつも言われるのだが」

 彼女は苦笑しつつ続ける。

「光輝神官の儀式。それは、いわゆる、神と人間が肉体的関係を持つこと。それも特殊な交わりを。通常の交わりは、神と人間の合いの子が生まれるだけだが───特殊な条件で交わり合った場合、その人間はその主の光輝神官となり、不老不死と、その神の能力までをも受け継ぐのだ」

「な……なんと……」

 ドドスはあまりにも重大なことを聞いてしまったという怖れで、さすがの彼も身体が震えてくるほどだった。

 そんなことを、自分などが聞いてもよかったのだろうかと。

「だから、おまえも私と交われば、光輝神官となり永遠にその命が潰えることはないぞ」

 得意そうにそう言う太陽の神の子。

 だがしかし、ドドスは思う。

 この神の子は、その意味をちゃんと理解しているのだろうかと。

 いくら神の子だからといって、今はまだ十歳程度の人間と同じ存在である。

 それに、それに───

「交わればいいって……貴女は本気でそんなことを? こんな醜い俺と身体を重ねることができると? 本気で?」

 彼女は不思議そうな顔をして、

「どうした、信じられぬか? ではこれならどうだ?」

「!」

 ドドスは飛び上がりかけた。

 なんと、ミーナがいきなりドドスに口付けをしてきたのだ。

 一瞬目の前に火花が飛び散ったかと思ったドドス。

「なっ、なっ、何をっ……」

 ずささーっと三メートルは後ずさりをする。

 顔はどす黒く、だが、よく見れば羞恥心からか赤くなってもいたので、どす赤くなっている。

「なぜそのように嫌がるのだ」

 それを見たミーナは少し怒った表情で睨んだ。

 そして、立ちあがると再びドドスに近づく。

「…………」

 ドドスは心臓がとまってしまったかと思った。

 いったい今何が起きたのだ───と。

 まさか、まさかこの醜い自分に口付けをする存在があろうかと。

 だが、これが自分のファーストキスなんだと、そんな暢気なことまで頭に浮かんできた彼。さすがドドスである。

 森はシンと静まっていた。

 遠くでチチチと鳥の鳴き声が聞こえるだけで、どうやら近くには獣もいないらしい。

 世界中にただ自分と神の子ミーナだけがいる───そんな馬鹿げた思いがドドスの心に浮かんでくる。

(俺は……いったい……何が……ああ、くそっ!)

 彼はとにかく混乱しているようだった。

 この少女を助けたがために、自分の運命が大きく揺れ動き、そして、確実に何かが変ろうとしているのを、なぜかひしひしと感じつつあった。

 少しづつ近づいてくる。

 正視するのも眩し過ぎる黄金に輝く神の子。

 微かな微笑を、その幼いが妙に大人びた顔に浮かべ、ゆっくりゆっくりとドドスに近づいてくる。

 不思議と恐怖は感じなかった。

 むしろ、だんだんと恍惚感が浮かび上がってくる。

「ドドス……」

 彼女の唇から、彼の名前が。

「う……そんな……俺なんか……」

 彼は首を振る。

 恍惚感と恐怖心と、他すべてのもやもやしたいろいろな感情が渦巻く。

「今はまだ無理だが、必ずおまえを私の光輝神官にしてやろう」

「そ…そんな……」

「私は約束したことは必ず守る」

「ま…まさか……」

「私はおまえが気に入った。もしその姿がどうしても嫌であるなら、光輝神官に生まれ変わったときに姿も変えてしまえばよい」

「え…?」

 もう驚くことなど何もないと思っていたドドス。

 彼女の言葉に一瞬心を奪われた。

 姿を変えることが?

 そんなことが本当にできるのか?

「だが、私はそのままのおまえがいいと思うぞ」

「…………」

 ミーナはドドスに辿りつき、座りこむ彼の傍に自分も膝をついた。

 そして、再び彼に顔を近づけ、はっきりと言った。

「さあ、ドドスよ。約束だ。私の光輝神官になるのだ」

「ミーナっ!」

 そのとき、二人だけの空間に侵入者があった。

 その侵入者は大声で叫んだ。

「何を馬鹿なことを言ってるっ、光輝神官は僕がなるって決まってるだろっ!」


           2002年8月4日記

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