ステージ18 勇者ジャン、家族と再会す

「ええい!」


 トモタッキーは右手を振りながら、実体化させた剣を降らせる。数多の魔物に命中させているはずだが、即席のせいか焦りのせいかどうも打撃力がない。

 ハーウィンは勇者ジャンの下へ伝令に向かっており、コーファンは勇者の家族を守るバリアを張らねばならない。と言う訳でほぼ一人で戦っているトモタッキーだったが、どうにも数が多すぎた。







「私もこの力で」

「ダメよ、事前の打ち合わせどおりにして! 勇者様のためにも!」

「……わかりました」


 コーファンの変身能力は、実は意外に戦いに使えなかった。ある程度以上のレベルの敵になると、どんなに変身して数を増やしても案外簡単に本物を見抜く。

 三人ともジャンに心服している事に変わりはなかったが、その程度が一番高いのはコーファンである。それが、コーファンの認めていないトモタッキーとハーウィンの共通認識だった。


(妖精は一人きりだった。でも勇者様と共に戦い、仲間の強さ、家族の強さを感じる事が出来た。だからこそ、勇者様の家族を手にかけさせるわけには行かない!)


 もし自分がアフシールJr.なら、勇者ジャンの元の世界での家族を狙うだろう。殺すか、人質とするか、さもなくば言葉などで絡め取るか。残念ながら先に接触されどうやらこの世界に連れ込まれてしまったようであるが、いずれにせよ命を失うような事があってはいけない。そうなれば、どれだけ勇者ジャンが苦しむだろうか。傷つくだけならば、いくらでも立て直せる。だが死んでしまえばそれこそそれまでだ。

 一度は全てを投げ捨てた人間だからこそ、もう投げ捨てられない。ジャンは、幾度も自分たちにそうこぼしていた。その言葉に負けないように、ジャンは必死に戦い抜いて魔王アフシールを倒した。元の世界では何一つ成し遂げられなかったという言葉が信じられないほどに立派な働きをした、猪突猛進だけでなく時にはさっと引く真似もして見せたような存在に、無駄な悲しみを味わわせたくない。その事は、三人とも一致していた。

(あのアフシールJr.が一番恐れる物、それはまぎれもなく勇者ジャン様。そのジャン様を討つために此度行動を起こしたとあらば)

 一番力を振るうべき相手は、自分たちではなくジャンだろう。あるいはジャンを討つべく、最精鋭を送り込んでいるのではないか。ジャンさえいなくなれば、自分たちなどアフシールJr.一人にさえも勝てるかわからない。配下のインキュバスなら1対1で何とかなる気がするが、それを片した所でどうなる物でもない。コーファンはハーウィンの行動の遅さをそう理由づけ、そして伊佐家を探し求めた。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※




「北本菊枝ですか、なるほど。彼女たちもそんな偽名を名乗っていたのですね」

「偽名だと」

「僕の父を殺した男、その名は勇者ジャンと言います。そのジャンのしもべのひとりが、まさか先生のご実家にいらっしゃったとは驚きです」


 泰次郎の驚愕の表情に対するアフシールJr.の言葉は、決して嘘ではない。勇者ジャンがそうであるように、そのジャンの配下である三人の妖精もまた父親の仇である。できることならば討ち取りたかった。だが自分の力では人間ではない三人を暗殺する事はできない、殺せない訳ではないが自分たちのそれだと探知されてしまう。結果的に決定的な証拠をつかむ事が出来ないまま時が過ぎ、ついにつかめないままここまで来てしまった。


「それにしてもこの世界の軍事力とやらはなかなかすさまじい物ですね」

「まさか……」

「少ない小遣いを見繕って買い集めた軍事雑誌とやらを見ていれば、戦力の程度と言うのはわかります。僕だって警察官とやらが持つ銃の弾を二、三発受ける程度ならばまだともかく、あの戦車とやらの弾を受けてしまっては肉体が持ちません。かと言って生まれ故郷の世界に戻ればただの父親のやり直しです。父ほどの力も兵の数もないのに勝てる訳がありません」

「つまりずいぶんと理屈を捏ねて来たのは全部後付けかよ!」

「理屈なんぞひとつでなくても別にいいじゃないか」


 最終目的は何か。父親の仇討ちか、それともディアル大陸の征服か。それを二十四時間ほど考えて父親の仇であるジャンを討てばディアル大陸の征服などたやすいと考えたアフシールJr.は、ジャンを討つ事に決めた。そして地球とディアル大陸それぞれで動いた場合のメリットとデメリットを考え、結果的にそのどちらでもないこの世界を選んだ。


「しかし、そのジャンとやらと俺たちに何の関係があるんだ?」

「さあどうだか」

「真面目に物を言え!」

「実際問題、皆さんには申し訳ない事をしたと思っています。なぜなら」

「アフシールJr.!!」


 アフシールJr.の説明に、甲高い声が割り込んだ。アフシールJr.と同じように背中に羽を生やした人間。しかしこちらは蝶の羽のように透き通ったそれを持った色白で派手な髪色の美女。その美女は右手を高く上げ、伊佐家の建物に向かって大きく振り抜いた。


「おやおや、とうとう追いついたかコーファン」

「アフシールJr.、何のつもりですこれは!」

「そっちこそ何のつもりだ?僕がまさかこの人間の家族をむやみやたらに害しようとしているとでも思ったのか?」

「思っていると言ったらどうします!?」

「ハハハハ!」


 勇者の家族を守るべくバリアを張ったコーファンを、アフシールJr.は平然とした表情をしながら見上げる。そしてコーファンにしてみれば当然のはずのセリフをぶつけられると、今度は腹を抱えながら笑った。


「やだねえ、魔王だからって庶民をほしいままにしようとするだって?ずいぶんと醜い固定観念に染まったもんだねえ。ブラックコーヒーとやらでも飲んで頭を落ち着けた方がいいんじゃないかな」

「じゃあ何だって言うんです」

「無駄な殺生はしないのが父の方針だ、僕はそれを受け継いだだけ。僕にとって重要なのは、ジャンとお前らだ」

「勇者様の怒りを買いたいのですか!」

「百も承知だよ。だいたいお前がどんなに怒ろうとお前はジャンじゃない、ただの妖精だ。僕一人でもじゅうぶんに戦える。わかってるよね」

「それでも私は」

「お前は後だ、ジャンが先だ。では失礼」

「待ちなさい!」


 コーファン自身、アフシールJr.と対峙したのは実はこれが初めてである。その舌に丸め込まれ続け、肝心要の勇者の家族をここに連れ込んだ理由を聞き逃してしまったのはコーファンにとっては不覚だった。


「妖精さんって本当にいるんだねー」

「頑張れ、妖精さん!」


 二人の子どもたちの無邪気な声援が、伊佐家の大人達を元気付けていた。

 妖精さん、確かにその通りかもしれない。あれが勇者の家臣だと言うのか。あれほどまでの存在を味方につけるような人間が伝説の勇者だと言うのか、なれば相当な物かもしれない。そんな一方的な期待を好き勝手に膨らませる子どもたちと、やはりおそらくは一方的に好都合な夢を見ながらぐっすりと眠っている玖子。五十三歳の年齢差のある魂たちを見つめていたインキュバスもまた、いつの間にか姿を消していた。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※




「ふぅ……まったく、叩いても叩いてもキリがない!」


 時間にしてみれば、ほんの二分足らず。だがその二分が、今のトモタッキーには二十分にも三時間二十分にも思える。


「精鋭部隊はどうやら思惑通り、ディアル大陸を狙っているようだ」

「それはやはり、勇者様の邪魔をするため!」

「倒せればよし、倒せなくとも力を削る事はできる。またディアル大陸に魔物が現れたのではないか、このまま放置してアフシールJr.様の所に来て良いのかと言う戸惑いを与える事もできる」

「あっ、インキュバス!」


 インキュバスの声と姿を認めたトモタッキーは腕を振り、インキュバスに向けて火の玉を振らせる。しかしインキュバスは腕組みをしたまま横滑りして火の玉の雨をくぐり抜け、余裕の笑顔でトモタッキーを見上げる。期せずして、コーファンとアフシールJr.の構図とほぼ同じになった。火の玉の雨により穴が空き煙がくすぶり始めた幹線道路の上で、インキュバスは黒く大きな翼を広げた。


「勇者のしもべがずいぶんと荒っぽい事をする…………もしここが本物の勇者の故郷ならば勇者は嘆き悲しむぞ?多くの建物を壊し、多くの人間を死に追いやったと」

「黙りなさい!だいたい、多くの人間をとか言うのならなぜ……伊佐家の人間を巻き込んだの!」

「不慮の事故だ。これは本当だ」

「もう少しましな言い訳をしなさいよ!」


 インキュバス本人から言わせれば、嘘ではない。あくまでも二人の目当ては、勇者ジャンであり「財宝」だった。その財宝の付属物にはまるで用はなく、今すぐ送り返してもいいぐらいだった。それをしないのは、インキュバスに言わせれば妖精たちのせいである。


「まあ強いて言えばお前たちの力を削るためかな。お前たちの事だから彼らを守らないわけには行くまい、ジャンはともかく」

「勇者様の事だって無論!」

「勇者様?勇者様がはたしてあんなやり方を望んだか?何なら勇者様の命令であると言いふらしてもいいんだぞ?」

「私の独断だ!」


 インキュバスらしからぬ、嫌らしい口。本意ではないが、それでも魔王のためならばそんな事も軽々と言えた。勇者を倒すためならば、手段は選べない。自分たちがその段階にまで至っている事をよくわかっていた。アフシールには怒鳴られるかもしれないが、それでも別に構わなかった。

 そして人間の声はないが、魔物のうめき声はあった。火の玉の雨のせいで火事が起きたのに気づきしまったとばかりにあわてて召喚した氷の槍を受けて魔物が倒れ、そのうめき声が辺りに響き渡る。氷の槍は火を消し止め火事の煙はなくなったが、その代わりにうめき声が巻き起こり始めた。程度の差こそあれど味の悪い事には変わりはないし、ましてや白い煙ならばまだ雲や焚き火と言えなくもないが、うめき声などただ苦痛を訴える存在の証明でしかない。


「そのせいでこっちは強い魂を回収しそこねたのだ」

「あれは、本当にたまたまだった!まったく気づきもしなかった」

「それはお互い様だ、知っていれば私なりに止めたりアフシールJr.様に告げたりしていた。いずれにせよお前は、その必要のない人間を無為に傷付けた」

「それをやらねばそっちがやってたんじゃないの!」

「まあその通りだな、私たちはたまたま邪悪な魂を探していただけだった。そこで見つけたのが、あの連中だった。だが、お前のが早かった。そして次もまた、先手を打たれてしまった。我ながら不覚だ、魔王様とは違うな……」


 もし罪と向き合い悔やんでいるのならばそれでよかった。いやそれ以前に主であるジャンなら、今更そこまでする理由もないだろうと言うに決まっている。でも私的な感情として許せない面もあったし、魔王の道具を増やすのも許せなかった。だから自分たちは動いたのだ、動ける範囲で。だがその結果、アフシールJr.に利用されなくなった魂は一体いくつできたと言うのか。


「ともあれアフシールJr.様の尽力により挫折こそあれ、また時もやや早まった物のおおむね必要な分の魂は入手できた。地球と言う地の一番汚い部分を我々は掃除しただけだ、だがそれが我々には宝だったというだけの話だ。何が宝で何がゴミかなど、それぞれにより違う物ではないか」

「その力で勇者様を倒してどうしようって言うの!」

「また幾百年かけてゆっくりと仲間を増やす、そして一からディアル大陸の征服をやり直す。先代アフシール様の無念を晴らす、それだけだ」

「勇者様の功績を無為にするなんて、許せない!」

「どちらが無為になるのは、もはや仕方があるまい。これは戦いだからな、頼むぞ」


 トモタッキーとインキュバスの口論の間に、また別の魔物が湧き出ている。叩いても叩いても出て来る魔物たち、これを始末するのがトモタッキーのそもそもの目的だった。




(ええい、くそっ……)

 気が付くと、魔物たちがトモタッキーを取り囲んでいた。無駄話をしている暇などなかったのだ、魔物を取り除くのが自分たちの役目ではないのか。激昂に駆られた自分を恥じ、トモタッキーは再び戦いに戻った。

 もっとも、インキュバスとてそれほど時間稼ぎをしてやろうとか言う気があった訳ではない。トモタッキーの言うように、叩いても叩いても湧いて来させられるわけではない。今手元にある、これが全てなのだ。自分たちが死に追いやったり、他の何らかの理由で死んだり、また何の罪もない「使えない」魂と取り換えたりしてようやく眠っていた魔物の肉体より少し多いぐらいの魂が入手できた。戦争において戦力の逐次投入ほどアホな事もないから、この戦いに全ての戦力を注ぎ込んでいる。だから、実際問題長引いたらむしろ不利なのは自分たちだと思っていた。

(トモタッキーの心をどれだけ揺るがす事が出来たか……本当ならばゆっくりと口説き落とすのが私の道だったのにな…………)

 トモタッキー、コーファン、ハーウィン。皆それぞれに、魅力的な女性だった。それを魅了するのが本来のインキュバスとしての役目だったのかもしれない。しかし彼女たちはみなジャンと戦い、敗れてその身をジャンにゆだねた。男性性の持ち主としての悔しさもあったし、無論魔物の側としての悔しさもあった。


「勇敢なるジャンのしもべたち、この手でそなたを討ち魔王様の無念を晴らす!」


 その悔悟の念を覆い隠すかのように、インキュバスは背中から大きな翼を広げた。スーツの上から生えたそのアフシールJr.のそれと同じ翼は揚力を起こし、インキュバスをトモタッキーと同じ高度まで押し上げた。







「…………」


 コーファンは戸惑っていた、アフシールJr.の狙いは本当にジャンの家族ではないのか。まさか自分たちの力を分散させるためだと言うのか、そしてその気になればいつでも有力な人質として使えるようにしていると言うのか。

 バリアを張ること自体はいとたやすい、だから魔物たちとの戦いにはほぼ集中していられる。しかし自分や相手の姿を変えた所で、なかなかうまく行く物ではない。同士討ちを誘おうにも、自分たち以外敵が存在しないとわかる程度の知能は魔物たちにもある。それで自分が魔物の姿に変化してみても、かもし出す力が魔物のそれと違っていて話にならない。ましてや目の前で姿を変えて一体何の意味があると言うのか。


 コーファンも、能力とは別に攻撃魔法を使う事が出来る。その一撃で、スライムを一匹焼き殺した。ただ、それ以上の威力の魔法はなかった。アフシールとの戦いでは、トモタッキーが広範囲牽制攻撃を行い、ハーウィンの加速能力を受けたジャンが魔王に主攻撃を当てて行くと言うのが流れだった。コーファンはその間、ずっと三人に体力と魔力を分け与えていただけ。無論重要な役割ではあったが、いざこうなってみると自分がひどく無力に思えて来る。

(アフシールJr.の狙いは一体何なんです!? 勇者様の家族を連れ込みこの世界、そう私たちしか戦えるものがいない世界へと引きずり込んだのは……)

 魔物の攻撃で壊れかけたマンションの一室から飛び出すガーゴイルの鎌を飛び退いて避けながら、視界の良い上空へと飛び上がるコーファン。まるで魔物に支配されたかのように人影がなく魔物ばかりが見える灰色の大都会、勇者の故郷。この警察官も自衛隊もいない世界に入り込んだ理由はわかった、だがなぜ勇者の家族を…………その狙いが分からない事が、コーファンの焦燥を煽り集中力を下げた。


「コーファン!」

「アフシールJr.、なぜ勇者様の家族を」

「どこを見ている」


 コーファンの集中力がアフシールJr.の方――伊佐家のある方向に向いた瞬間――コーファンの背中にものすごい衝撃が走った。その衝撃によりコーファンは地面に叩き付けられそうになり、かろうじて体制だけは立て直して二本の足を踏ん張って着地した。


「これは……!!」


 かつて、勇者と共に戦ったゴーレムと、色も形も全く同じそれ。しかし今度のは背丈は自分の十倍、かつてジャンと対峙したそれのおよそ三倍。それが、自分を片手で叩き落とした。それほどの存在に気付かなった自分に失望すると共に、相手の大きさに更なる絶望を覚えた。それでもとりあえず逃げねばならぬとばかりに力を込めて飛び上がったコーファンに、今度はアフシールJr.自らの右手から放たれた弾が飛んで来た。身をよじってかろうじて避けたコーファンに、アフシールJr.は魔物らしい笑みを浮かべながら目線を合わせて来た。


「このゴーレムの依代は誰だと思う?トモタッキーとやらから聞かされてるだろう、そう五部倫太郎だよ」

「そんな!」

「トモタッキーとやらのせいで気力が失われていてな、本当はもう少し強くなる予定だったんだがこれでもまあ十分だろう、お前たちを倒すぐらいなら」


 かつてジャンを冤罪で貶めた男の魂がこの体に突っ込まれ、そして再びこうして動いていると言うのか。また勇者ジャンの邪魔をしようと言うのか!本来ならば全力をかけて倒すべき相手なのに、とても勝てる相手ではないのもまた事実だった。


「お前たちがこの男を実質殺したも同然な事を知ったらどう思うだろうねえ?」

「どんな叱責でも甘んじて受けるまで!」

「潔いねえ、実に潔い。でもその潔さが果たして通じるかな?」

「アフシールJr.、お前は勇者様を何だと」

「あーあ、勇者様勇者様ってそればっかり。世の中の存在が、勇者様みたいな殊勝な奴ばかりじゃない事に気付かないもんかね。ああ、魔物もまたしかりだったからな」


 ふざけるなと言い返す余裕はない。実際、ジャンと一緒に戦った魔物たちの中にあまり奸計を施す物はいなかった。いたとしても小物ばかりで、まともに対峙すれば即鎧袖一触レベルのザコキャラだった。強くなればなるだけ紳士的になり、魔物のみならずゴブリンや人間からの信用も集めていた。

 例えばイカササと言う町の住民などしてから一年も経っているのに、未だに勇者になついている様子がない。それほどまでに九年間の魔物に因る統治が成功しており、為政者を尊敬させる政治が相当に成功していたことをうかがわせるに足る話である。勇者たちから見ると頭の痛かった話であり、最後の一ヶ月は補給すら勇者の魔法により昔の町に戻らねばならないほどだった。荒くれ者連中と戦って来た経験を持つトモタッキーはまだともかく、そういう魔物ばかり見て来たハーウィンは魔物の狡猾なやり方にほとほと辟易していた。


「そんな潔い対応を見て高く評価するほど真摯な存在ばかりがいる世界なんか、どこにもない。人間にも魔物にも、それで相手を許せるほど度量の大きくない奴もいる。あるいは相手を与しやすいと見て、どんどん付け上がって来る奴もいる。そういう奴は魔物の依代として使ってやる。それが僕らのやり方だ」

「改善しようと思わないのですか!」

「思わないね。どんなに救いの手を差し伸べても無駄なんだよ、ある程度以上に進んだ奴は。自分のやる事が絶対に正しいと思い、それにそぐわない意見に勝手に悪と言う名前を付けるから。自分こそが英雄だと思い、存在を救ってやらなければならないと言う思考になっちゃう。無論、そこまで行っていない存在は守って来たつもりだ。大した魔物にならないからね」


 ジャンの自信のない態度は、ある意味の防衛反応だったのかもしれない。少しでも英雄とか勇者とか言う名前にうぬぼれるような人間ならば、魔王によって魔物の依代とされていたのかもしれない。だからこそなるべく自分に自信のない魂が選ばれ、勇者の肉体の依代とされたのかもしれない――――などと言う少なくともこの場においてはどうでも事を考えながら、コーファンは逃げた。しかし、相手の方が圧倒的に大きい。

 スピードこそ勝っているが、リーチが違う。その真っ赤な肉体を震わせながら、ズンズンと言う地響きを起こしアスファルトに穴を開けながらコーファン――ジャンのしもべに迫る。まるで、自分の運命を狂わせたジャンこと伊佐新次郎に対する手前勝手な怒りをぶつけるかのように。

 

「ハハハハ!行け、行くんだ!父さんの仇を討つんだ、その仇の仲間を!」


 魔王らしく凶悪な、されどどこか演技的な笑い声を上げるアフシールJr.。彼はこの時、自然勝つ凶悪な笑い声を上げる事に腐心していた。威厳を付けるつもりはない、眼前の目的を果たすためにその相手を弱らせる。圧倒的な力の差を見せてやりたい、虚偽であったとしても。アフシールJr.は、魔王として目一杯あるべき行動を取ろうとしていた。


「しつこいな、ならば僕自身の手で」


 そして恥も外聞もなく、建物の損壊もわきまえずに逃げ回る存在に向けて魔力をぶつけてやろうと右手を高く掲げ、コーファンの目前に回り込んだ。


「ああっ!」

「まずはお前から……っ……」


 だがその時。




 真っ赤なゴーレムの肉体が、たちまちにして両断された。うめき声一つ上げないまま肉体は右半分も左半分もそれぞれ両側の建物をなぎ倒し、活動を停止した。後方の安全を確認したコーファンは飛び退き、アフシールJr.の放った魔力の弾は道路に穴を穿っただけだった。


「……まさかっ!」


 銀色の兜、銀色の盾、銀色の甲冑を身にまとい、輝く剣を右手に持った青年。その兜の下には、コーファンもアフシールJr.も見知った顔があった。


「勇者、ジャン……!!」

「勇者様!」

 

 無念の色と歓喜の色に染まった声が、彼に向けられた。

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