エクストラステージ2 魔物の裁き
とにかく、イカササの町は魔王軍の支配下に入った。あのデュラハンが新たなる町の長になり、俺たちの支配者になった。あのデノシーの側近たちは一人一人検査が行われ、ある者はそのままデュラハンの部下になりある者は暇を出され、ある者は牢獄に入れられた。そう、デノシーにより魔物の内通者呼ばわりされた人間たちと交換で。
「改めて人間たちに告ぐ、これまでと変わらぬ暮らしをせよ。外敵があれば我々が守る。お前たちはその代わりとして税を我々に納めるのだ」
デュラハンの言葉を、俺らは素直に受け入れられなかった。当たり前だ、魔物と言う圧倒的に強い力を持った上に人間とまったく見た目の違う生き物が今日から支配者になりましただなんて言ったのをはいそうですかと聞けるもんかい。たとえそれを破ったとしても、俺達には逆らうだけの力はない。これからどうなるのか、俺たちは最初不安で不安で仕方がなかった。
しかし税率は、これまでと変わらなかった。でも生活は苦しくなった。親父の仕事ぶりが鈍っちまったからだ。
「どうしたんだよ親父、北の農村に道具が卸せねえからやけになってるのか?」
「んな事はねえよ……」
あれほどまでに作品の出来にこだわりを持ってた強い親父が、すっかりおとなしくなっちまった。槌を叩く音も何だか今までより鈍くてぬるく、どこか空回りしている感じだった。一日二日ならまだしも、数日間ずーっとそうだ。
「魔物が何を考えてるか、俺にはわからねえんだよ。なぜ魔物は俺を生かした?」
「俺に言われても……」
「カスと勇敢なる戦士ってのが同じ意味だとしたらさ、俺らは穏やかに従うのが道だって事なのかなってさ」
「んなことねえだろ、惑わされるな!」
「あんなに大見得切っといてよ、もらったのはお義理のような後ろ蹴り一発。俺はこれから何のために生きりゃいいんだろうな本当…………」
命がけで反抗しようとした、俺と母さんのために。それを跳ね返されたんじゃなくて、かわされた訳だ。その力の行き場を失った親父は、どうしたらいいかわからなくなっちまったんだろう。
「俺と母さんのために生きてくれよ、なあ!」
「そうか、お前らがいるもんな。ありがとよ」
一応俺の言葉でそれなりに元気は取り戻してくれたけど、あくまでもそれなりにだ。もう、あの魔王たちに挑む前の親父は戻って来ねえんだと心底がっかりした。
だが、そんな俺に魔物たちは優しかった。北の農村に矢継ぎ早に攻め込みこれまでと同じ額の租税を払うことを条件に支配下に置くと、親父に農具を作るように命じて来た。
「ったく、俺らがあんな善良な農民様を取って食うみたいに怯えやがってよ」
「その収穫の半分を寄越せばそれでいい、それが人間がやってる事と何か違うのかね」
収穫の半分と言うとずいぶんと大層持ってかれるように聞こえるが、実際はほとんど変わらなかった。いやむしろ、その前が戦時体制だったとかのせいで下がっている所もあったぐらいだ。それでも生活が苦しかったって農家の人もいたらしいけど、それは農具で魔物たちに殴りかかろうとして叩き割られた結果らしい。ある意味では自業自得かもしれねえ、親父と同じように。そんで反抗しようとした農民たちはやはり親父と同じように、背中を数秒間踏まれただけで終わったそうだ。
とにかく、こうしてイカササの町一帯は魔物の勢力地になった。そこでは魔物たちが我が物顔に歩き回り、金をばらまいていた。
「飯をくれよ、ほら」
「ちゃんとあるからね。ほら待った待った」
「ヘッ、また来てやるからな」
びた一文まけろと言わない、人間が払うのと同じだけの金を置いて物を持って行く。言葉や手付きこそ荒っぽいがそんなのはどっちもどっちだ。何せここは職人の町だから、男も女も荒っぽい。俺だって親父からもお袋からも、ぶったり蹴られたりもした。同じ職人のガキ同士、ケンカもした。
でも不思議な事に、ルールがあった。一歳でも年の違う同士は、年下から吹っかけられた場合以外決してケンカをしてはいけない。参ったと言わせるのが大事であり、決してそれ以上に手を加えてはならない。逆に言えば参ったと言わなければ負けではなかった。そのしつこさに屈してあーはいはいお前の勝ちでいいやとなってしまう話も結構あった。そしてケンカには男も女も関係なかった。強い奴が笑い、弱い奴が泣く。同性でのケンカが多かったけど、異性同士でも結構あった。男のくせに女のくせになんて言葉はなく、平等にケンカをし合った。親父とおふくろも、子どもの時のケンカ仲間だったらしい。
「ったくよ、オレらが怖くないのか?」
「ちゃんと金を払ってくれる分には客だよ」
「俺らは誇り高き魔王様の配下なんだぜ?」
誇り高き魔王様か…………俺たちの誇りはこの町であり、自分たちの製品だった。でも親父が農具職人なりに懸命に打った剣は一刀両断され、町には魔物たちが溢れかえっている。俺たちの誇りは、文字通り砕かれた。それで俺らこそ支配者だと言わんばかりに振る舞うのならばともかく、「誇り高き魔王様」の配下らしく言葉遣いこそ荒いが決して乱暴な真似はしなかった。
たまにもめ事があっても、あくまでも魔物同士のケンカであって俺らとそんなに変わらねえ。喰う物も変わらねえ、吸う物も変わらねえ、飲む物も変わらねえ。変わってるのは、魔物たちがその牙を頼りに肉や魚の骨すら平気でかみ砕くことぐらいのもんだ。その姿に恐怖を感じるような奴もいない訳じゃねえらしいけど、俺はどうでもいい。
「そんなにゴクゴク飲むなよ」
「親父も飲めよ、って言うかこれ親父が作った事忘れてねえか?」
そんで、気が付けば魔物の支配下に入って半年近くが経っていたイカササの町のある日の事、俺はいつものように親父の手伝いをしながらため息を吐いていた。
その頃から増えた飲み物がある。牛乳だ。北の農村の支配階級たちが普通の農民に成り下がって食い扶持に困った時、魔王軍の連中が牛を飼えと言って来た。その牛の乳の内一番いい奴はよそに売られ、残りが魔物や俺らに配られた。親父はその牛乳を運んだり飲んだりする器を作る役目を命じられ、それで金を稼ぐようになっていた。
「わかっちゃいるよ。でもよ、何か悔しいんだよな。お前は平気なのか?」
「信用はしてねえよ、でもこれと言って何かされたか?」
「よその国じゃこの親父が作ったコップ一杯で銀貨五枚するらしいぜ、それで魔物は金を稼いでいるらしい。俺はこれを銅貨十枚で買ったのにな」
「やっぱり魔物は魔物だな」
商売なんて何も産み出さねえじゃねえか、俺らは自分の腕で使える代物を作ってるんだぞ。農家や鉱山夫、それから漁師なんかと一緒にするな、と。商人でも尊敬されるのは飯の作り手ぐらいであとはみんな下層階級。腕力も技もねえ奴が仕方なく選ぶような食い扶持の稼ぎ方、それが商売って奴だった。この町の人間は大体そう思っていた、でも俺らよりずっと強いはずの魔物たちはそれを平然とやっているらしい。強いはずの奴がなぜそんな事をするんだろう、やっぱり価値観が違うんじゃねえのか。そう思いながら親父のコップをテーブルに置くと、なんかざわざわした声が聞こえて来た。
「いよいよ本格的な攻撃の始まりかよ」
「んなこと起きるのかね、王城ですら死者二百人。この町ですら死者一人、北の村なんか文字通りの無血開城だぜ?どうせまた大将様が圧倒的な力を見せつけてはい終了だよ、あーあつまらねえな」
どうやら、魔物たちが次の戦場に向かうようだった。目標は東の町、それで町長であり総大将であるデュラハンが町を出る事になるみたいらしい。
「どうなんのかね親父」
「俺に聞くかね」
「他にいねえもん」
「東の町は何度か行った事があるがそんなに国の大きさは変わらねえ、ここがあっさりとやられた以上な」
この町の人的損害は実質一人……まったく、ある意味実に損害の少ねえ戦いだった。あれから半年、この町で血が流れたのは子どものケンカと親の血豆だけだ。人の死がなかった訳でもねえが、ただの病気。葬式に関しても、魔物たちはまったく不干渉。せいぜい、墓掘りの手伝いをしてくれただけ。その時に死んだ爺さんの胸に手を当てて使えねえなとかぼやいていたのが聞こえたけど、まあ別にどうって事もねえ。いくら名工でも、死んじまったらそれまでだ。この町なりのあったかさのつもりだ、故人の遺言でもあったしな。とにかく、この町は奇妙なほどに平和だった。どうせ同じようにちょこちょこっと終わって、そんで適当に偉そうな魔物が町長の代わりになって、何事もなく生活が続くんだろう。
そして次の日、デュラハンが町民を集めてこれから遠征を行う旨言い出した。
「実は十日前、向こうの町に使者をやった。交渉の条件としては私と向こうの町の総大将または一番強い戦士との一騎打ちを行い、私が勝てば町ごと服属し私が負ければ十五年間手を出さない、と。だが町の者たちは、その使者を殺した。しかも魔物ではなく、この町のゴブリンだ。ゴブリンの一部がその町にもいて人間に味方している事を知りながら、だ」
ゴブリンってのは、あの魔王が出る前は一体どこにいたのかわからねえ連中だった。でも魔王が出て来るや唐突に現れて人間に付くのと魔王に付くのとに別れ、種族の生き残りを図ろうとしたらしい。イカササの町にも、兵隊や運搬役としてある程度の数のゴブリンがいた。魔物ほどではないけど人間とは違った生き物、ちと違和感はあったけど治安を乱すような事はしなかったせいかいつの間にか俺らも慣れていた。
それで今回一人のゴブリン、魔物側ではなく人間側に付いたゴブリンがデュラハンの依頼を受け、使者として派遣された訳らしい。それがぶった斬られたと言うのだ。
「魔物に支配されたくないと言う気持ちが分からないとは言わない、だがゴブリンはただの使者ではないか!それを斬る必要がどこにある、断るなら断ると言えば良いだけの話ではないか!よって今回、全力を挙げて攻撃する事となった!」
戦争の事は俺にはよくわからねえけど、非常にまずい真似をしたってことだけはわかった。少なくともこのデュラハンって魔物が治めているこの町は平穏だった、その事をわかっているんだろうか。わかっていても魔物には支配されたくねえってのもあるかもしれねえけど、それにしたって乱暴だ。
「よって今からこの町にいる魔物軍を上げて、町を攻撃する事となった!大将である私自らが先陣を切る!ハイオーク、この町の守りは任せた」
「わかりましたぜ」
「人間たちはただこれまでと同じように暮らしていればいい、それだけだ。では行くぞ」
デュラハンたちは、それだけ言うと町の東門から出て行った。それに付き従う一部の魔物たちは、俺らが作った武器を持って町から出た。
「何か急にガラーンとしちまったな」
魔物たちのせいで、イカササの町はずいぶんとにぎやかだった。ゴブリンは町に居着かず近所から通って来ていたが魔物たちは町に住み着いたので空き家がなくなった。その分だけ忙しくなり、金の動きも激しくなった。
おまけに魔物ってのは声がデカい。俺らもデカいが、もっとデカい。その魔物の数が一気に減ったもんだから、本当に静かになっちまった。しゃれじゃなくてマジでずいぶんと静かになった、淋しくなった。
もしこの時、俺が後ろから俺を睨む視線に気づけていたら運命はどうにかなったかもしれねえ。でもまあ、そんなに変わりはしなかっただろう。少なくとも俺に関しては。
とにかくだ、デュラハンがいなくなったこの町で代理を務める事になったのがあのハイオークだった。親父の剣を叩き折った、あのハイオーク。そいつは見回りと称し、ゴブリンをふたり引き連れてのしのし歩きまわっていた。
「おいこら、このイカササの町が平穏なのは誰様のおかげだ?」
「領主様のおかげだ」
「デュラハン様の事か?」
「ああそうです」
「俺様はデュラハン様の側近、この町の門を吹き飛ばした男だぜ!この町で二番目に偉いのはこの俺様!そしてデュラハン様のいねえ今は一番偉いんだぞ!」
わかっちゃいるがむかつく、これまではずいぶんとおとなしかったみたいだけどどうしちまったんだろうか。大方、デュラハンがいなくなってのびのびしてたんだろうな。にしたって昼間から酒場の所まで来て何のつもりだか。
「ハイオーク様、ちょっと」
「ああん!?ゴブリンの分際で俺に逆らうのか!?」
「デュラハン様の耳に入ったら」
「俺様が何だ?袖の下でも取りに来てるように見えるのか!?どうせ戦争はそんな簡単には終わらねえんだよ、まだまだ魔王様の戦いは続く!だからちっとばかしその為の金を徴収しに来ただけなんだよ、ちゃんとデュラハン様に納めるからな!」
……と思ってたらいきなりのカツアゲかよ!戦争の前に臨時徴収を行う、この前の戦いもそうだったしそれほど珍しくもない。だがそれって本当にデュラハンの命令なんだろうか。通りすがりの俺がそんな疑問を持ってると店の人は無言で銀貨を差し出した。
「それでいいんだよ、デュラハン様のためにしっかりと使ってやるからよ!」
「……」
「おっ、なんだその目は!?お前まさか俺らのことを信じてねえのか!?」
魔物がこの町にやって来て初めての話だった、こんな事をするだなんて。それで戸惑ってるんじゃねえかと思ってたけど、このハイオークには自分たちを信じていないように見えたらしい。ものすごく嫌らしい笑顔をしながらにじりよった。
「あーまったく本当に俺傷付いた、あー傷付いたわー。俺のことを憎むのは勝手だけどデュラハン様まで信用してねーみてーに言われるの本当に傷付くわー。あー資金が足りなくって武器や食糧が買えなくなって略奪なんかしたくねーわー、あー魔王様の家臣としてまじ恥ずかしいわー」
「…………」
「おいおいおい、ほんのちょっと愚痴っただけなのにさー、まあきっちり納めさせてもらうけどなー。じゃ、失礼」
なんだよこれ。自分では脅しじゃねえつもりだろうけど、完全な脅しじゃねえか。その脅しに屈するように酒場の店主が銀貨をさらに一枚差し出すと、ハイオークは心からの笑顔になって店から去って行った。
俺が魔物を憎たらしいと思ったのは、その時が唯一だった。それまで我が物顔に歩き回る連中を見ても何とも思わなかったけど、こいつだけは憎たらしいと思った。親父の事もあるけど、それ以上にやり方が許せなかった。
だがその瞬間的に沸き上がった憎たらしさは、瞬間的に消えた。
その俺を嬉しそうに見てる人間の存在に気が付いたからだ、それがかわいい女子ならばまだしも小汚いオッサンが。そのオッサンがあのハイオークの暴虐を歓迎している事を瞬間的に悟った俺は、そんな奴と一緒になりたくねえと憎しみを消し飛ばした。
「あーあ、早く帰って親父の手伝いしよ」
俺がわざとらしく大声を出すと、視線が歓迎から失望に変わった。何だい、知った事かい。
とにかく俺が家に帰って文字通り親父の手伝いを始めると、いきなり金属音が鳴り響いた。親父が使う槌とは違う音が、外から聞こえだした。
「時は来た!」
その言葉と共に、地響きが起こり始めた。何十人かの鎧を着て剣を持った連中が、町中を走り始めた。向かう先は旧政務官館、現魔物軍駐留所。
「魔物たちからイカササの町を取り戻し、王たちの無念を晴らすのだ!腕力に身を任せ袖の下を取るような輩に従う必要はない!」
ずいぶんと勇ましい事を言いながら、連中たちは町を駆けずり回り出した。でも、不思議な事に見知った顔も声もひとりもいない。後で知った事だが、この連中たちは全員王宮からの避難民たちだった。イカササの町に逃げ込みもう一戦のつもりが何もできないままイカササの町が魔物軍の傘下に入ってから、ずっとこの機会をうかがっていたらしい。
連中はここぞとばかりにハイオークの蛮行を叫びながら、剣を振るった。大勢でかかれば怖くないとばかりに数人でひとりに襲い掛かり、かと思うとゴブリンを足蹴にした。その結果いわゆる市街戦になり、建物や道路が壊れまくった。俺たち普通の人間たちが逃げ惑うのなんか全然見えてねえかのような有様、建物があっちこっち壊れちまった。あーあったくこれ直すの面倒だったんだよ。
「さあ、人間たちよ!今こそ立ち上がれ!」
どうやらその事を期待していたらしい、でも同調しようとするやつはひとりもいなかった。俺を含め、町の人間の大半が他人事のようにこの騒ぎを眺めているか震えているかのどっちかだった。あの酒場の店主さえも、店を閉めちまっただけだった。
「魔物軍が戻って来たぞ!」
「そんな、早すぎる!」
そんな反乱軍が崩れたのは、一瞬だった。この反乱を察した魔物軍がいきなり引き返し、この反乱軍たちを次々になぎ倒した――――なぎ倒しただけで、殺しはしなかった。
「くっ……王子様!今そちらへ参ります!」
人間は何人か死んだけど、全部自殺だった。魔物はひとりも死ななかった。残った奴は全部捕らえられ、デュラハンの下に引き立てられた。この無茶な反乱の後に残ったのは荒れた建物と血の跡、それから折れた剣や鎧。あーあ、ったくもったいねえなあ。
デュラハンはあのハイオークを横に侍らせながら、反乱軍たちを見下ろしていた。幾十人もの人間が後ろ手に縛られ、魔物たちに取り囲まれている。
「すべては我々を討つためか?」
「その通りだ!」
反乱軍の首領だと言う元王宮の騎士は、えらく汚れた格好でデュラハンを睨み付けた。後ろでは男の奥さんと娘が心配そうに見つめている。ったく、この二人の事が考えられねえのかね。
「教えろ、なぜこんなに早く!」
「後で教えよう。ただ内通者などいなかった事だけは確かな事実だ」
「おのれ……!」
「お前は三年ほど、鉱山で強制労働だ。妻子とはしばらくお別れだな」
「あなた!」
「大丈夫だ、三年で返す。証文を書きたいので紙を寄越せ」
ペンを手に取って何かを書き記し、奥さんに手渡した。証文のようなもんだろうか。
「三年間我慢する事だな、ここに書いてある日付でお前の刑期は終わらせる、約束する。生きて妻子に会いたいのだろう?私の背中を突きたいのだろう?」
「……後悔するぞ」
「後悔したい物だ」
デュラハンの小脇に抱えられた首はニヤリと微笑み、余裕を見せていた。そしてペンを置いて剣を持つと、それを軽く振った。それと同時に、ハイオークの首がゴロリと落ちた。
「魔物たちよ、少しでも人間を粗雑に扱う者はすぐさまこうなる。覚えておけ」
俺たちも驚いた。見事なまでの剣捌きにも、このやり方にも。自分たちを殺そうとした人間がたったの三年間の強制労働で、人間から税金を普通より多く搾り取ろうとした奴が死刑だって言うんだから。
「罪を犯した者は魔物でも人間でもゴブリンでも容赦なく処罰する、それが魔王様のやり方だ」
人間に対してめちゃくちゃ甘い処置をしておいて説得力のねえ言葉だったが、それでもこの現実は大きい。だが罪さえ犯さなければ魔物も人間もゴブリンも同格だとも言える。実際、この半年間の統治はずっとそんなだった。
「ゴブリンの報告を受けて私たちは舞い戻ったのだ。まったく、ここまでの不届き者を出してしまうとは我ながら不覚だった。来月の租税は一割引きで良い」
もしハイオークがあんな真似をしなければ、こんなに早く戻って来ることはなかったのかもしれねえ。そうなれば魔物も人間もゴブリンもこの町もますます損害が膨れ上がっていたのかもしれねえ。それだけ安全を大事にしていると同時に魔物の蛮行は絶対に許せないって言う事か。
「ずいぶんと立派な心掛けだな」
「心掛けは具現化させなばならん。残った者たちは一年間牢獄に入れ、それまでだ」
「ちょっと待ってください」
「何だ」
「こいつが剣を振り上げたせいでうちの壁が崩れちまったんだよ!」
「そうだよ、こいつらの一味がうちの前で自殺したせいで目の前が汚い上に血の臭いがひどくって」
「わかった、町の人間に迷惑をかけた罪としてもう六ヶ月長くする。これからも町の一員でいたいのならばその事を詫びるんだな」
そして人間の蛮行も許さなかった。解放とか言えば体はいいけど無駄に犠牲を出しただけじゃねえか、もう少しやり方ってもんがあるんだろと言わんばかりの処分。この見事なまでの処分を、俺たちは好意的に受け止めた。俺たちが立ち上がってくれることを期待していた連中はすっかり意気消沈してしまい、魔物に追われてすごすごと牢屋へと連れ込まれて行った。
この一件により、俺たちは魔物の支配をすっかり受け入れた。身内に厳しく、被支配者に甘い政治。ソータって奴は俺たちを骨抜きにさせるための政策だって憤ったけど、説得力は宿らなかった。
「俺たちは何だ?魔物のしもべか!?この前もまた、一人処刑されたのだぞ!」
ソータってのはあのデノシーの弟で、兄の腰巾着野郎だ。兄にくっついてはいつも一緒にいて、それであの時デュラハンに兄が殺される直前に町から遠くへ逃げ出していた。そしてひっそりと隠れ住みながら、兄の仇を取ろうとしていたらしい。この事件を聞いて何を勘違いしたのかのこのこと出て来やがったけど、この町で最低に近い人気のデノシーの弟なんて名前はマイナスにしかならねえことがわかってなかったのかね。
あのさ、処刑って言ったって強盗犯だったんだぜ。人間が治めている頃でも処刑されてしかるべきような人間だろ。魔物を追い出すためならなんでもいいのかね、ったく。そんなんを犠牲と数えるような人間に付いてくるような奴は誰もいない。って言うか、犯人はあの反乱の時によその家を叩き壊した自称解放軍だぜ? 一年半も牢屋に入っていてまだそんな事をやるのかね、ったく救いようのねえ話だ。そんな連中、俺たちが好きになるわきゃねえだろ?そんなんとつるんでるような時点で、ソータってのはその程度の連中だ。
そんでこの町が勇者様により解放された今でも、ソータの奴の出る幕はない。ずっと城壁のそばのちんまりした家で、本当なら私が町長なのにとブツブツ言いながら過ごしているらしい。ったく、往生際の悪いこった。
ちなみにそのソータとつるんでいたホコリタカキ騎士様たちは釈放された後腑抜け同然になっちまったか、ゴブリンにも手を出すようなより人間至上主義に凝り固まった人間になっちまったか、そいつのように野盗同然になっちまうかのどれかだった。現在は、ひとりも生きていない。なあ、これって誰のせいだと思う?
その魔物の支配を終わらせたのが、あの勇者様だ。デュラハンたちを町からおびき出し、何十回と剣で打ち合った挙句討ち取ったらしい。大将がやられてはどうにもならねえとばかりに総員撤退し、この町は一瞬にして魔物の支配下から脱した。今の支配者は…………えっと誰だ?まあ勇者様は王城を占拠する魔物も倒して第二王子様を解放してくれたからその第二王子様改め国王様らしいけど、それが果たしていい事なのかね。実際、その新しい王様も魔物の残した法律を取り除こうとしなかった。それだけいい代物だったって事だ。
――魔物はあくまで、汚い人間の魂を求めていた。そのために汚い人間が生まれるように人間を守る必要があり、全てはそのためにこんな寛容なやり方をしていた――魔王が敗れたのちに勇者様からそう聞かされたけど、ふーんとしか言いようがねえ。って言うか、俺は今忙しいんだ。親父と一緒にこれまでの戦いや魔王の攻撃で打撃を受けたよその国にこの町の製品をくれてやらなければならねえ、その為には商売なんて言う魔物の真似事をしなきゃならねえ。それからこれまでなんとなくで存在していた、魔物たちが持ち込んだ法律とやらもちと窮屈だったけどあって困るもんじゃない。魔物だろうが人間だろうが、振るう奴次第だろう。悪い奴だったら変えろと言うが別にないからそのままでいい。魔物が作ったから悪とか言う奴らの言う事にはもう耳を貸す必要はねえ、それが俺の答えだ。
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