ステージ8 いじめ、カッコ悪い
九月五日、木曜日。龍二は放課後、掃除を終えた旨担任の伊佐雄太に報告した。
「掃除終わりました」
「ご苦労様」
職員室の外には、数人の生徒が龍二を待っている。不破龍二と言う存在は、わずか一日で学内の中心に立った。そして、その不破龍二を慕わない存在は急速に孤立していた。
「不破は部活には入らないのか」
「それより早く誕生日が来て欲しいですよ、早く金が欲しいですから」
「金?」
「バイトを始めたいだけです」
雄太や不破の所属する学校では、高一でも十六歳であればアルバイトを行う事が認められている。実際、大学に進学する生徒など3分の1もいないようなレベルの学校だからその先の就職に向けてそれで足場を固めたいと言う生徒も多かった。このためか、この学校の部活動の成績は概して悪い。この夏の甲子園の予選も1回戦負けするようなレベルであり、そしてこの学校に勝った高校が2回戦でシード校に5回コールド負けを喰らった。あのパフォーマンスを見て龍二を部活動に誘おうとした人間は山といたが、龍二は帰宅部以外選択する気はなかった。
「当てはあるのか」
「とりあえず、駅前のファストフード店を考えています」
「あそこか、でも最初はまず週一ぐらいだな」
「ええ、土曜日午後数時間を勝手に狙っています」
伊佐雄太と不破龍二との会話は、実に平和だった。その事もまた、不破龍二を好かない存在には不快だった。不快はいら立ちとなり、嫉妬となり、憎悪になる。そして、すぐさま攻撃に変わった。初日で決着がついていたはずなのに、まだ悪あがきをしようとする者がいた。まったくレベルも上がっていないのにだ。龍二は、そんな存在をどう育て上げるかと言う事を考えていた。
(かつてあの勇者ジャンは、父さんが凶悪な強盗犯の魂を依代にして召喚したゴーレムに挑んで敗走した。それで勝てないと知るや、あの妖精たちと徹底的に己を鍛え上げ策を練った。油断はしていなかったつもりだけど、もし魔物召喚のシステムに不備があるとすればそこかもしれない)
元の魂が邪悪であればあるだけ、魔物は強くなる。だが父親は、死体からしか魂を取り出すことはできなかった。死体になった瞬間、邪悪さを深めていく事はできなくなる。つまり、死んだ瞬間にその魂の運命と強さの程度は決まってしまう。努力と言う形をもって力を高めていく事ができる魔物もいない訳ではなかったが、それはあくまでも根っからの魔物であって召喚された魔物ではない。そしてそのような事ができるような存在は、もうジャンとの戦いで全滅してしまった。
「あと2週間か」
「ええ、九月二十日ですよ、九月二十日」
「……そうか」
まず目の前の伊佐雄太と言う魂は、使い物にならない。その九月二十日と言う日に生まれた、一人の男性の事に思いを馳せている以上それほど冷酷ではない。ましてや教師と言う職業を十一年間続け一人の女性と結婚し二人の子供をもうけている。
「いいか、どんなことになっても悔いのない人生を送れよ」
「はい!」
悔いのない人生、と言う事で言えばあの男は悔いしかない人生を送って来ただろう。そんな存在を身内に持ってしまっただろう人間の言葉は力強く、実に善良な物だった。あるいは生前の彼を依代とすれば、強力な魔物が作れたかもしれない。その事に対する不満とバイトなどする気のない事を隠しながら、龍二は席を立った。そして帰宅部の部活動を始めた龍二に、一人の女子生徒が色目を使いながら声をかけて来た。これもまた、三日連続の出来事である。
「不破君!」
「僕?」
「そうそう、実はその、私とLINEとかさ」
「僕スマホ持ってねえもん」
「ガラケーなの?」
「一応ね、でも家に置いてある」
そして今日の女子生徒は、より積極的だった。そして龍二はその相手をここ二日と同じように適当にあしらいながら、家へと向かった。実際にはいわゆるガラケーすら持ってなどいない、あくまでも今日日そんな物も持ってないのかと言われて騒ぎを起こすのを嫌うための方便である。もちろん、ケータイもなしにバイトをすると言う話に信憑性を持たせるのは難しいかもしれないと言うのもある。
「不破君って真面目だよね」
「そうそう、絶対に廃課金とかしなさそうで、スマホ持ってもうまく使いこなしそうなのに」
「世の中そんなもんだよね」
もっともそれはそれで耳目を集めてしまうのがうっとおしく、それ以上に彼女たちがやはり「使い物にならない」事に対するいら立ちもあった。
(いっその事争わせて凶悪に育て上げるのもありかもしれない、だがそういう事はインキュバスに任せた方がいいか、あいつに相談しておこう)
物思いにふけりながら歩く姿、それでいて横断歩道など止まるべき所ではきちっと止まる姿は実に格好良く、いちいち男女の感心を集めた。無論、誰もその物思いと言うのがいかなる物なのか気付いてもいなかったが。ある者はスマホを買ったら何をしたいのか考えていると思い、ある者は今日の夕飯どうなるかと考えているのかと思い、ある者は単に真剣に考えている俺カッコいいと思ってるだけだろとも思っていた――――無論、あの彼らは3番目である。
「お前らあのホストの息子の事どう思ってるんだよっつったんだよ、したら何っつったと思う?」
「そんな言い方するなって?」
「いいや、ホストってのは子どもすらあんなカッコよくなるのかねーだってよ。D組の浅野って奴の事なんだけど」
「そいつ男だろ!」
「女はもう全滅だよ、唯一気に入らなかったっぽいF組の女も今じゃすっかりご機嫌取りに走ってる感じでな」
これで成績でも悪ければカッコ悪いと笑えるのだが、三日間の授業を見る限りその可能性はどうも薄い。完全無欠と呼ぶには少々愛想が足りないが、それはそれで女子たちを引き付けてしまっているのだから全くずるい話だ。天は二物を与えずだなんて大ウソつきだよなと、そのことわざを書いてこの学校に合格した一人の男子生徒は足を踏み鳴らした。
「どうする?」
「悪い噂でも流してやるか」
「どんなだよ」
「例えば、おっとここから先はLINEでな」
インターネットのサービスもまた、全ては使い様だった。仲間と楽しくコミュニケーションを取るべきLINEと言うSNSはこの時、デマを流し練り上げるための凶悪なツールになっていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
九月六日金曜日、トモタッキーこと北本菊枝がハウスキーパーとして伊佐家に来る日である。玖子はこの女性を実に温かい目をしながら迎えた。だがトモタッキーには彼女の心が温かいままでいられるのは、自分が痛点を付かない限りと言う条件が付いている事をよくわかっていた。
「それで本日息子さんは」
「私もねえ、もっとお金があれば週一なんて言わずに週二回でも三回でも呼びたいわよ。私料理が下手だからねえ、あなた本当にうまいわよ、盗みたくなるぐらいに。料理教室にも通ったけれど、お金をドブに捨てるのと大差なかったわね。うちの人も外食ばっかりしちゃっててね」
彼女は、やたらに多弁だった。とくに、トモタッキーの話が子どもに及ぼうとするとやたらに自分自身の話をしたがる。トモタッキー自身、世間が広い方でもない。生まれてからずっと森の中で過ごし、たまに自身の存在を聞き付けて来た不届き者を能力で追い払う、そんな生活をして来た。不届き者でない人間の存在を知ったのは、ジャンと出会ってからだった。それで様々な人間や魔物と出会い、それなりに相手の気持ちも読めるようになった。
「俳優さんでしたよね」
「一応ね」
玖子がするジャンの弟についての話は、ほぼそれが全てだった。仮にも芸能人と言う目立つべき職業のはずなのに、他人である自分にアピールしようともしない。
「それで今日のメニューは」
「お米がいいわ、まあリゾットとかそういう気取った物じゃなくてチャーハンとかでいいんだけれど」
トモタッキーはリクエストに従い、冷蔵庫から適当に食材を選び出した。そして包丁で切り刻み、鍋に油をしいてご飯を投入する。その後鍋の振り、おたまで斬り交ぜて行く。玖子も見とれるほど見事な手際であったが、実はこれは全くの見よう見まねだった。
(あの時の勇者様は実に生き生きとしてらっしゃった……)
ある時宿に泊まり自炊をする事になった際にジャンはディアル大陸に自生する、この世界の米と同じ類の穀物を炭火で熱した釜で炊き、さらに金属製の鍋で振り回した。まったく見た事のない手つきであり、剣よりうまく使いこなしているなとハーウィンが言ったのは皮肉などではなかった。具は今回よりずっと少なかったが、それでもこういう食べ方がある物かと感心したものだ。だから、トモタッキーは自炊する時も勇者様の手つきを思い出しながら作っていた。もちろん、玖子はそんな事など知らない。
「ずいぶんと手付きがいいけど」
「一応得意料理ではありますから」
適当に相槌を打ちながら、チャーハンを皿に盛りつける。ガスを止め、鍋を水につけて洗い、そして片付けて元の位置に戻して食卓へ運んだ。
「手際がいいのね」
「プロですから、一応。ではいただきます」
2人前のチャーハンを囲みながら、2人の女性は手を合わせて頭を下げた。普段はいただきます以上の事を言わないトモタッキーがそんな事をするのは、これまた勇者ジャンの真似事である。ハーウィンからもコーファンからもがさつ呼ばわりされているトモタッキーだが、この食事の挨拶だけは欠かさなかった。
「うちの嫁と競い合わせたいレベルよ」
「それは」
「褒めてるのよ、雄太もいい嫁さんを見つけた物よねって。雄太は昔」
「昔?」
「ああ昔二十五年ほど前にチャーハンを作ってくれた事があるけど、もうそれがまずいって言うか塩味がきつくってきつくって、水を一人3杯飲んでトイレに行列よ。あああの時は本当に漏れちゃうかと思ったわ」
「それは災難でしたね」
自分より確実にこの女性は、ジャンこと伊佐新次郎のことをよく知っているはずだ。そのジャンが自分たちに料理を振る舞う姿を思い浮かべ、こちらの世界でも慣れていたのだろうなと思ったのは無理からぬ発想だった。あるいはかつて勇者様の料理を食べた事があるのかもしれないこの女性はその時にいったいいかなる感想を抱き、ぶつけたのだろうか。
「実は私、お慕いしてる方がいまして」
「どなたかしら?」
「まあいわゆる遠距離恋愛と言う物で、しかも彼女持ちの上にさらに2人に思い寄られている方で」
「大変ねえ」
「灯台下暗しと言いますけどねえ」
「今度夫に聞いてみたいわね」
何とかして、ジャンの話を聞き出したい。どういう人間だったのか、これから改めて主として仰ぐためにどのように振る舞えばいいのか、その事を一番身近な存在から知りたい。と言う願望は、そんなに大それた物ではないはずだった。だがトモタッキーなりの誘導尋問にも、玖子は全く動じなかった。ある意味魔王より手ごわい相手との戦いにトモタッキーは苦しんでいた。
(遺影の一枚でもあればいいのに……)
玖子不在の隙を付き、掃除のついでにアルバムを漁った事もある。だがその中に、家族写真はない。あったとしても、三十年以上前の夫妻に抱きかかえられた幼い雄太の物しかない。そしてそのくせ、雄太の結婚写真や初孫を抱く玖子と泰次郎の写真はたくさんある。明らかに、その中間の写真が抜き取られているとしか思えなかった。注意深く元に戻したトモタッキーは、玖子の心の深い闇を覗き見た気分になった。
(あの時はずいぶんどやされたけどね)
その時はそんな事が露見してクビにでもされたらどうするの、そう2人に迫られた。実際、その結果掃除がおざなりになり、しっかりしてよと玖子に怒られた。だが現在の所、それまででしかない。アルバムを動かした事はともかく、覗き見た事は露見していないようだった。今の所、それ以上の問題はないはずだ。だからもしそれを理由として怒鳴りかかって来るのならば、その時こそ堂々と聞いてやりたい。なぜそこまで邪険にするのか、と。その回答によって、これからの行動はいくらでも取りようがあるはずだ。
「ごちそうさまでした」
「残すと怒られますからね」
「いい親を持ったものね」
米粒1つ残さず全てを飲み込んだ2人は仲良く立ち上がり、皿とスプーンを台所に運んで洗い合った。そして皿を戸棚に戻したトモタッキーは、次の仕事である洗濯に取り掛かった。五十代後半の老夫婦らしくそれほど多くはなかった洗濯が終わり、そして乾燥と取り込み、収納が終わると残るはもう自由時間だった。
「あと1時間ございますけど」
「それじゃお茶を入れてくれるかしら、もうそれでいいわ」
お茶と言っても、茶葉から出るような本格的な緑茶ではない。ただの、スーパーで買って来た烏龍茶である。それをコップに注ぐだけだから15秒で終わった。この家に、茶葉はない。あったとしても、紅茶だけで緑茶はない。
「それでは上がりと言う事で」
「ありがとうね」
伊佐家に配属された初日、お茶を買って来てと言われて緑茶の茶葉を買って来てしまった時の事は覚えている。
「いやその実はね私が買って来て欲しかったのはそんな大仰な物じゃなくて単なるペットボトル入りの烏龍茶に過ぎないんだけどねああいいのいいの気にしないででも悪いけど私緑茶って苦手なのよ返品して来て下さる?ったく困るのよね年寄りだから緑茶を出せばいいだなんて、まあ私もまだ五十代後半だからって言うかもう五十代後半なんだけどね。ああ嫌になるわねこれから緑茶ばかり飲まされるかと思うと」
やけに早口で、緑茶を拒否する玖子。口は慌てているのに目は鋭く、なんでわからないのよと言う強い怒りが込められていた。説明を怠っておいて何のつもりだかと言うお話だが、その一件がトモタッキーの中の伊佐玖子と言う存在をまず固めていた。
やや太り気味だが、年齢からすればどうと言う事のない中肉中背。しかし、その肉体の奥底に潜む精神は非常に脆弱。それがトモタッキーの見た所による伊佐玖子の印象だ。そしてその事に対し、彼女はおそらく自覚を抱いていない。あったとしても、非常に薄くなっている。危険だ――――と思う。何かしてあげねばならないかもしれない。
そしてその帰り道、似たような存在と彼女は遭遇した。
「ねえお姉さん」
「何やってるのあなたたち」
「うちの学校に今度転校して来た不破龍二って奴がいるんですけど、聞いてくださいよ」
「何かあったの」
勇者ジャンの兄である雄太の勤務する学校の高校生たちだ。不破龍二に対する憎悪を瞬間湯沸かし器的に増幅、暴走させたその高校生たちは雁首揃えて一日かけて考え抜いたデマをまずこの女性からぶつけてやろうと思った。そして彼女が言ってたと言う事にしてネズミ算的に増やしてやろうと言うのが彼らの策である。
「不破の奴は自分たちがちょっと前の学校でどうしてたのか聞こうとしただけなのに、それをまるで相手にしないどころかお前と俺は違うって鼻で笑って、それで付き合いの悪そうなやつだなってこの子がぼやいたらその事を担任にチクりやがって、それですっかり俺達は悪役そいつは悲劇の主人公!担任もすっかりその気になってて」
まったくよくできた作り話であり、それでいて現実的と言う言葉をギリギリはみ出さない枠の中に入っている。集団知の賜物とも言えた。
「へぇ……大変なんだね」
「そうなんですよ、先生たちはみんなあいつの本当の姿を知らないだけなんです!」
「それでどうしろって言うの」
「このことを多くの人に言ってくれればいいです、それからSNSとかでも思いっきり」
「なるほどね、わかったわ」
「ありがとうございます!」
もっとも、しょせんは小説家でも漫画家でも脚本家でも俳優でもない素人の集まりである。伊佐玖子と言う年を重ねた分だけずっと老獪な女性の心さえ見破った実年齢と外見年齢が全く違うトモタッキーには、その心根がすぐに見えてしまった。――――そして、彼らがあの魔王の息子に利用される可能性が高そうな事も。
(少し、心を折っておいた方がいいかなーって感じ)
トモタッキーは彼らから遠く離れると、右手の親指を鳴らした。
「何だよ、こんな所になんで牛がいるんだよ」
「牛?」
茶色い毛をした、牛。都会のど真ん中には、およそいるはずのない生き物。それが急に姿を現した。何事かと思ったが、それでも未知なる存在に対する好奇心は存在していた。この奇異な存在をスマホで撮影してやろうと言う者もいた。もっとも、彼らにそんな余裕があるはずもなかったのだが。
「うわぁ!」
鼻息を荒げて、その牛が自分たちに突っ込んで来たのだから。たちまちにして、不良高校生たちはパニック集団になった。
「何やってるんだよ」
「ああすいません、後ろから牛が!」
「は?」
しかし、ようやく一人の老人に出くわして窮状を訴えようとすると牛はいなくなっている。まだ高校生のくせにボケてしまったのかと老人に注意され、皆首を傾げてしまった。そしてその老人がいなくなり再び彼らがある意味で孤立すると、今度は馬が現れた。それもサラブレッドやポニーではなく、シマウマだった。
「……」
なぜこんな所にシマウマがいるのか、そう思ったが誰も声を出せない。あわてて後ずさろうとして後ろを向くと、先ほどと似た牛が走って迫って来ていた。
「ああああ……」
高校生たちは自分たちがジャングルにでも迷い込んだような気分になり、そしてそのままやけくそになってシマウマの方がまだましだとばかりに正面に向けて突っ込むと、シマウマが自分たちに向けて走り出した。
「ぶつかる!」
と誰かが叫んでいっせいに目を閉じたが、ゆっくりと目を開けてみると何の感触も音もない。幻覚でも見たと言うのか、しかしこんな集団でいっぺんに同じ幻覚を見る事などあるはずもない。そしてあわてて後ろを振り返ってみると、再び牛はいなくなっている。
「真っ昼間から俺ら幻覚でも見たっつーのかよ!
「あの足音は本物だろ」
「映像だけ幻覚で音は本物って、これは一体どういう事よ!」
「まさかあの女の人が」
「バカを言えよ!……でももしそうだとしたら俺らとんでもねえ人に目を付けられちまったのかもな」
一人の転校生を姦計にかけようとした不良生徒たちは、道路の隅っこでへたり込んだ。いざこれからとばかりに動いたはたから起きたこの不可思議な事件は、すっかり心を折られてしまった。
「あのな、真面目に考えろよどうやってこんな事ができると」
そして彼らにとどめを刺したのは、鍋だった。ありふれたアルミの鍋が、いきなりたむろして震え上がっていた彼らのすぐそばに落ちた。もし頭に当たっていたら、痛いどころの騒ぎではない金属製の鍋が。その気になれば、いつでも殺せるのだと言う脅し。ガランと言う鍋の音が、今の彼らには銃声にも等しかった。
「ひぃぃぃ!」
「や、やめよう!もう謝ろう、二度とこんなこと考えないようにしよう!」
天罰と言うのかはわからないが、いじめカッコ悪いと言う言葉を目前に突き付けられてなお他人事扱いしていたツケを支払されたのかもしれない。その考えでこの集団は一挙にまとまり、脱兎のごとくそれぞれの家や駅へと駆け出して行った。
その哀れな集団を眺めるトモタッキーの目には、冷たさも温かさもなかった。ただ、過去だけを向いていた。
(やはり、こんな子どもたちは勇者様じゃないわね)
自分はかつて、ジャンと対峙した際にこの手で戦った。幻影と思いきや攻撃を受ける、という事は本気か。そう思わせておいて疲弊を誘う。やがてジャンの必死の戦いぶりで本物に比べ偽物が劣化コピーに過ぎない事を見破られてからは形勢が傾き、気が付けば彼の剣が喉元に突き付けられていた。実際、今ここで出した動物は色もポテンシャルも本物に比べれば作り物めいている。あのパーティー会場の時のワインだって、ディアル大陸にある安物のそれにすぎなかった。
(自分たちの事を必死に求めるあの戦いぶり、あれが私を、いや私たちを手に入れた本当の力。あれこそ勇者様のそれ。真の強者ってああいう物じゃないかしら)
ずっと、三人の中では自分が一番強いと言う自信はあった。だが映像と言う概念がディアル大陸に比べ全く一般的であるこの世界では、アドバンテージなどないどころかむしろ最下位かもしれないと言う現実。その事に打ちのめされた訳でもないが、トモタッキーは自分ではその力についてかなり謙虚になったつもりでいた。
「いいないいな、人間っていいな……」
そしていくら修練しても力の上がり方などたかが知れている自分たち妖精族の現実に失望し、いくらでも力を高められる存在への憧憬とわずかな嫉妬を、この世界で習った歌に乗せながら彼女はハーウィンとコーファンの待つシェアハウスへと向かった。
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