ステージ6 妖精たちの懊悩

 八月三十一日、土曜日。ハーウィン・コーファン・トモタッキーの3人は、ちゃぶ台を囲みながらこの数日で作り上げた資料をまとめていた。


「死刑執行数、昨日もさらに増えて五十四……」

「もはやそれだけの戦力を備えて来るとは思わなかったな」

「思ったより動きが早かったですね、これは私たちの失策です」


 三人とも、浮かない顔をしながら数字を見つめていた。ある意味八月三十一日と言う日付にふさわしい顔をし、ふさわしい目をした三人の二十歳以上という事になっている女性たち。その構図だけ見ると、背丈だけ大きくなった小学生である。そう考えれば笑えなくもないが、彼女たちにそんな事を考える余裕などなかった。


「どの世界にも悪しき人間はいる、わかっていたはずですけど」

「国家権力による殺人……そんな事を言ってる人もいますよ」

「向こうでは当たり前なんだけどな」


 自分たち妖精はそれほどじかに関わって来た訳でもないが、人間の国でも魔物の国でも国家権力による処刑は行われて来た事は知っている。そして、そういう物だと聞き流して来た。だが尊敬するジャンが統治するようになってみると、途端に自分たちの処刑がどこか野蛮な物に見えて来た。


 国家転覆、殺人、強姦。日本と言う国で死刑になるのは、おおむねそれぐらい。そして一人を殺しただけではなかなかそうはならない。魔族は人を殺してなくても死刑にした事があるが、それは相手がよほど非道であったからだ。だが魔王やジャンが来るまでのあの世界での処刑は、かなり乱暴だった。王に対する反逆と言うだけで、首謀者のみならず三族皆殺しと言う事も珍しくなかった。そうでないとしても首謀者の親族は揃って良くて新領主の家臣、下手すれば奴隷以下の身分に落とされそのまま野垂れ死にするケースも少なくなかった。


「法律にのっとった処刑。それはあくまでも裁判と言う手続きを経た上でのちゃんとした国のやり方」

「でもさ、いつ殺されるかわからないまんま拘束されているだなんて怖くねえか?」

「そうそう、ある意味では残酷かもね」

「私はそれほどの罪を犯したのだから仕方がないと思いますけど、それより」

「わかってるよ、この前の俺の失態だろ……」


 即座に殺されるのといつ殺されるかわからないの、どっちがより残酷かと言うのはどうしても議論が分かれるだろう。実際、三人の意見は割れていた。そしてそれについて議論するより大切な現実に向き合うかのように、ハーウィンはため息を吐いた。


「間違いないよねー、絶対にそれ以外考えられないもん」

「魔王アフシールのやり方ですよ」


 蔵野次男と言う男。勇者ジャンこと伊佐新次郎を会社から叩き落とし、その事に何の罪の意識も持たずにヘラヘラ笑っているような大悪人。その存在を利用すれば、必ずやあの時のような事ができる。そう考えていたとしても全く不思議ではない。







 巨躯を震わせながら迫るジャンの倍以上の背丈をした巨大なトロール、巨躯でありながら足が速く厄介な存在。武器は持たないがその怪力で、当たったらおしまいのパンチを幾度も繰り出した。その上に守りも堅く、ジャンの剣で斬ってもかすり傷しか負わせられなかった。とにかく敵を狩る事だけを目標に動いていたのでコーファンの変身の力による幻惑作戦も通用しない。トモタッキーの作り出した映像からの攻撃も破壊力に乏しかった。結局ハーウィンの加速能力により急加速したジャンが飛び上がってトロールの目を付いて視界を奪い、そこにさらにハーウィンの力を使って傷が治る前に限界を超えた速度で暴走させ、トモタッキーの力で開けた大穴に落とし、そしてジャンが飛び込んで首を斬り落とすと言うかなり手間のかかる戦い方を強いられた。トロールへの対処と体力の回復だけで3日を潰してしまったのは今となってはいい思い出だという事に、ジャンも3人もしたかった。


 そしてそのトロールに、かつて処刑された暴利をむさぼる高利貸しの男の魂が使われていたことを知ったのは魔王を倒した後の事だった。リシア姫から聞かされた、魔王の恐ろしい計画。その計画の一環として高利貸しの男は処刑され、彼により苦しめられ続け彼の妻を殺めた男は軽い罪に終わっていた。殺して魂を取っても、大した魔物にはならないからだ。


「とりあえず、この辺りで活動しているのは間違いないわけね」

「そうとも限らないですよ、死刑執行は各地で行われているのですから」

「でもこの前の事件テレビで観ただろ、こっからどんだけ離れてると思ってるんだ?」


 あの強盗殺人事件の犯人の魂も、回収されたのだろう。あるいはその回収した存在がわざわざその場所まで行ったのかもしれないが、いずれにせよまともな話ではない。だがそれが、あの魔王と同じレベルの持ち主の力だとすれば。


「一応ここ数日魔力を高めて悪意を探しているのですが、まだぼんやりとこの辺りという事しかわかりません」

「敵だって隠してるんだよ、何かそれっぽい情報とかないの?」

「実はあの時、二十歳ぐらいのイケメンを見たんだよ。もしかしたらそいつかもな」


 魔力により探索を行っても成果が上がらない以上、結局は口コミや視認と言う大時代的な方法に頼るしかない。一応視力は常人の倍以上ある3人だったが、この世界に来て近くばかり見るようになりやや視力が落ちている。それでも遠くからでも他人の顔を見ることができるし、その存在を記憶する事もできる。


「違うなあ」


 ハーウィンが紙にボールペンをこすりつけ描いたその男性の絵は、その気になれば今すぐ値段が付きそうなレベルの出来栄えだった。だが二人とも、感嘆する事はなく首をかしげるばかりだった。


「魔王の息子はもう少し若いはずよ、覚えたくもないけど覚えさせられたってお姫様が」

「じゃあどうだって言うんだよ」

「魔王の息子に一人だけ家臣がいたはずでしょう、あのインキュバスが」

「そのインキュバスって大したことないんじゃ」

「あの法務大臣って人を見たんだけど、どうもおかしいんですよ。一見まともそうに見えますけど、ここ最近の様子を見ているとやはり……」


 インキュバスの事なら知っていた、彼は力不足と言う理由で魔王との最終決戦に加わりさえしなかったような存在だと。実際、そのインキュバスは自分たちにも攻撃をかけて来た事もあったが、簡単に跳ね除けられた。それがこの世界に来てそこまでできるほど強くなったとでも言うのかと言うコーファンの疑問は、トモタッキーの言葉により解決した。平田洋子と言う存在がいかなる力を持っているのか三人はあまりよく知らないが、インキュバスの力に抗えるベクトルのそれを持っているとはとても思えないという事だけは間違いないと認識していた。


「どうやら法務大臣とやらはインキュバスに絡め取られたようね」

「死刑執行への署名だなんて、ただの仕事ですからね」

「このままじゃ死刑囚は全部殺されて、あいつらの兵器にされるな」


 もはや止めようがない事を悟った3人の顔は無念に歪み、クーラーが不要なぐらい背筋が寒くなるのを感じた。


「それでそうなりそうな存在はいないの、コーファンの傍に」

「そういう人は元から足なんか止めませんから。強いて言えばあの店長でしたが」

「ハーウィンがやっちゃったもんね」

「お前はどうなんだよ、トモタッキー」

「私と同じハウスキーパーの会社には誰もいないよ、まだ見習い扱いだから伊佐家にしか通ってないしね。それよりハーウィンだよ」

「俺?俺と同じゼミやサークルの連中、大学中見渡してもそんな巨悪は見つからなかったぞ。でもまあ、小物は結構いるな。例えば世間からああだこうだ言われても自分の研究を貫き続ける俺カッコいいな教授とか」

「それ悪人って言うかな」

「ツイッターってのがあってな、ほらこれ」


 ハーウィンがスマホを取り出してその教授のツイッターにアクセスすると、あるひとつのつぶやきに対して様々な反論が飛び込んで来ていた。教授と言うのは知的な研究や講義を行う事により飯を喰っている仕事のはずだ。だがその返答と来たら


「バーカ」

「うるさい黙れ」

「議論する価値もない」

「いやー、世間って本当に物を知らない奴が多いね」


 と言う、まったく上から目線の上に小学生レベルのボキャブラリーの単語ばかりだった。まったく何が大学教授なんだかと、コーファンもトモタッキーも呆れて物も言えなかった。


「今じゃそいつは物笑いの種だよ、講義を取る生徒もガタ減りらしくて。それでなおどうして皆自分の素晴らしい意見が耳に入らないんだって不機嫌らしくてな」

「危険ですね」


 自分は正しい、受け入れられないのは他人が愚かだからだ――――そういう考えに至った人間がどうなるか、答えはたやすい。孤立に孤立を重ね、自分の意見を是としてくれる狭いコミュニティに閉じこもる事になり、そこから自分の理論の正しさを証明するために異端者を排除し、さらに純度の高い蟲毒になって行く。


「そんでどうなんだよハウスキーパー、あのお方の実家って奴は」

「あのお方の物の痕跡は何にもなし、遺品すらどこにあるのか不明。遺影ぐらいあってもいいはずなのにそれすら皆無」

「話を聞かないの」

「息子さんの事はって何気なく聞いたんだけど、長男の雄太さんって人の事ばかり。それから勇者様の弟さんの話もちょっとはしてるけど、勇者様の事は全然出て来ない」


 立て板に水、ごまかすとか逃げるとかそういう色合いも一切なくまったく堂に入った話しっぷりで、絶対に新次郎の話をしたくないしされたくないという強固な意志をトモタッキーは感じていた。


「でも気になるのはあの五部って男の話」

「お前がやった奴か」

「そう。五部の事になるとやたら残念がってるの。なんであんないい人がって。だからいざとなったらやっちゃうつもりでいるけど」

「…………逃がすだけにしておくべきだと思います」

「当分は様子を見ようぜ」


 五部倫太郎と言う存在を高く評価していた、その事はあるいは伊佐玖子と言う存在がそうなのではないか。そういう疑念をトモタッキーに抱かせると同時に、魔王の息子は伊佐玖子を狙って来るかもしれないと言う不安もあった。その時、あるいは今のうちに伊佐玖子と言う存在に何らかの手を下すべきではないのか。そのトモタッキーの疑念に二人はためらい気味の返答をした。正義の味方とは悪が動かない限り何もできない物であり、また勇者様の母親としての恩と万が一の時の負い目もある。しばらくはその可能性は考えない方が良いという点は、トモタッキーも一緒だった。


「とりあえずだ、急な死者が出た辺りを追ってく事にするってのは」

「賛成」

「そうですね」

「じゃ、俺は洗濯するぞ」

「料理は作りますから」

「じゃ私は資料を片付けたらベッドメイク、後お風呂も沸かすから」

「結界忘れるなよ」


 やがてハーウィンの言葉により目先の方針を決めた三人の女性は、それぞれの担当する家事を始めた。三人の妖精から三人のシェアハウスの女たちに戻った彼女たちの笑顔は、どこか白々しかった。自分たちがもし、勇者と出会わなければハーウィンが語っていたあの教授とやらと同じように籠りっぱなし、反発しっぱなしで生涯を終えていたのかと言う恐怖が魔王の息子のたくらみの順調な進行と共に彼女たちの笑顔を曇らせていた。

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