第二話 彼女が使った魔法とは?


 サーシャが大イチョウの後ろから現れた。

 それを聞いても俺は反応しなかった。

 それが不満だったらしい。ガリウスは大袈裟なため息を吐いてみせた。


「なんでおまえは驚かないんだ?」

「むしろどこに驚く要素があるんだ?」


 ガリウスはわかっていないというように大きく首を振る。


「俺は寄り道をせずに真っ直ぐに帰ってきたんだぞ。そしてヤーン婆さんの店は混んでいて、サーシャはしばらく接客に忙しかったはずだ。そもそも閉店時間までにもまだ時間があった。なんでサーシャがあの池にいるんだよ?」


「理由はともかく、おまえより早く池に着くことは不可能じゃない。彼女は俺たちとおなじ魔法使いなんだからな。おまえは魔法をかけられたんだよ」


 するとガリウスは不思議なものを見るような目を俺に向けた。


「なんだ?」

「いや、サーシャと同じようなことを言うんだなと思ってな」


 ガリウスが語るところによると、二人の会話はわずか一言だったという。


   ◇


 驚いて立ち止まるガリウスの元に、サーシャは木の陰から歩み出るとゆっくりと近づいてきた。


「どうしてここに?」


 そう問いかけるガリウスにサーシャは微笑みながら、


「あなたは魔法にかかっているの」


 それだけを言い残してそのまま寮の方へと歩み去った。

 ガリウスはその後ろ姿を呆然と見送ったという。


   ◇


「なぜ追いかけなかったんだ?」

「わからん。ただ、今思い返すとあれは夢魔に化かされていたんじゃないかという気がするんだ」

「どうしてそう思う?」


 ガリウスは困惑しているかのように力のない声を出した。


「あの時のサーシャの微笑みが、なんというかな。あまりにも綺麗だったんだ」


 俺は黙ってガリウスの顔を見つめる。

 ガリウスは慌てたように手を振った。


「別にノロケているんじゃないぞ!」

「俺はなにも言ってない」


 ガリウスは誤魔化すように空咳をひとつして話を戻す。


「おまえもサーシャも、魔法を使えば俺を先回りするように池にいたことは不思議じゃないと言うがな。俺はそれは不可能だったと断言する」


「ほう、大きくでたな。魔法の力は偉大だぞ」


「これでも一晩考えたんだ。たしかに机上の可能性ならいくらでもあるだろう。だが実際にそれが可能かというと話は別だ」


 ガリウスは挑むようにこちらを見た。

 いつもなら受け流す俺だったが、今回のことに関してはガリウスを納得させるつもりだった。

 口を開こうとした俺に待ったをかけるようにガリウスは手で制した。


「大前提としてサーシャはあの時に居た客をさばいてから店を出たということにしよう。俺が店を出た直後に彼女も出発すれば魔法なんか使わなくても先回りすることはできるが、責任感の強い彼女がそんなことをするとは思えないからな」


「わかった」


「それと馬などに乗ったとも考えられない。夕方の人通りの多い時間帯だ、馬を走らせれば目立って騒ぎになるはずだ。そもそもサーシャは馬に乗れないはずだ」


「ようするに彼女は魔法を使ったはずで、それが何かということだな?」


 ガリウスが頷く。


「じゃあまずは手っ取り早く《瞬間移動テレポート》はどうだ?」


 それを聞いたガリウスは顔をしかめる。


「サーシャがそんな高位の魔法を使えるわけがないだろう。そもそもこの国で《瞬間移動テレポート》が使えるのなんて、うちのサイラス校長に筆頭宮廷魔術師のヴァレリー師。あとは氷血の魔女リサンドラぐらいじゃないのか?」


 ガリウスは少し怒った様子をみせる。


「頼むから真面目に考えてくれ。だいたいアラン、おまえにだって《瞬間移動テレポート》は無理だろう?」

「……ああ」

「おい、なんだ今の間は!? まさか使えるのか!?」

「試したことはある。失敗して酷い目にあったがな」


 ガリウスは呆れたように首を振った。


「やっぱりおまえは天才だよ。その歳で不完全でも詠唱に成功するんだからな。とにかくおまえにすらできないならサーシャには無理だ」

「あくまでも可能性をひとつずつ潰していっているだけだ」

「それならいいが」


 懐疑的な表情を浮かべるガリウスを無視して続ける。


「次に思いつくのは《飛行フライ》だな。基本的な魔法だからサーシャでも使える」


「おい本当にどうしたんだ? いつものキレがまったくないぞ。王都の上空は防衛警備のために無許可の《飛行フライ》は禁止されている。バレたら退学だし、下手をすれば射落とされるかもしれないんだぞ」


「そのまま飛べばな。だが《透明化インジビリティ》と併用すればいい。警備の射手が《魔法感知センスマジック》を使っているはずはないからな」


 ガリウスは顎に手をあてて考え始めたが、しばらくしてから首を振った。


「いや、無理だな」

「ほう、どうしてだ? 《飛行フライ》も《透明化インジビリティ》も基本的な魔法で、サーシャが使えないとは言わせないぞ」

「たしかにどちらも使えるだろうさ。だが魔法の併用はおそろしく精神力と集中力が必要だ。彼女にそれができるとは思えない」

「そんなことはない。片方に意識を集中さえしなければいいんだ。あとは単体で魔法を使うのとなんら変わらない」

「おまえは自分を基準に考えすぎる。俺やサーシャにとっては、おまえにとっては簡単なことでも難しいんだよ」


 俺がそれに対して黙り込むのを見てガリウスが慰めるように続ける。


「もちろん魔法の併用が絶対に無理だとは言わない。だが《飛行フライ》の使用中に集中力が乱れて魔法が解けてみろ、墜落して怪我ではすまないかもしれない。いくらなんでもそんな危険を冒すとは思えないんだ」


 しばらくの沈黙の後に俺は口を開いた。


「空が駄目なら地を行こう。単純だが《加速ヘイスト》を使えばいい」

「それはどうだろうな。馬が無理だと言ったが同じじゃないか? あの時間は仕事帰りや晩飯の買い出し、一杯ひっかけた酔っ払いと、とにかく人が多い。普通に走るのも危ないぐらいだ」

「表通りならそうだろう。だが裏道なら人は少ないはずだ」

「そのぶん道が狭いし入り組んでいる。邪魔な障害物も多いぞ」


 再びしばしの沈黙が流れた。


「……考え方を変えよう。そもそもサーシャは店にいなかった」

「どういうことだ?」


 ガリウスは不審な表情を浮かべる。


「おまえとサーシャは池では会話をしたが店では話をしていないんだったな?」

「ああ、店の扉を入ったところから姿を見ただけだ」

「しかも最初は姿が見えなかったが、しばらくしてから倉庫から出てきた」

「よく覚えているな。そのとおりだ」

「ならおまえが見たのは《幻影創作クリエイト・イメージ》だ」


 ガリウスは驚愕したように固まったが、すぐに立ち直った。


「ちょっと待て。もしそうだとしたら唱えた術者は誰なんだ?」

「当然ヤーン婆さんだろう。あの人も魔法は使えるからな」


 薬草を取り扱うのに魔女が多いのは知られたことだ。


「いったい何のために?」

「理由は知らん。俺はあくまでもサーシャが池にいた可能性を追求しているだけだ。だが婆さんがおまえを邪険に追い払った理由はそれで説明がつく。長居されたり近づかれたら《幻影創作クリエイト・イメージ》だというのがバレるからだろう」


 ガリウスは唸りながら考え込んでいたが、しばらく待っても反論は返ってこなかった。


「納得したなら教室に戻るぞ。そろそろ昼休みが終わる」


 ガリウスは不承不承ながらも腰を上げ、先に立って歩き始めた。

 俺はその背中に向かって素早く詠唱した。

 しかし呪文が完成した瞬間、ガラスの割れるような高い音が温室に響き渡った。

 ゆっくりと振り向いたガリウスは制服の胸元から首飾りを取り出す。

 その首飾りの中央には、たった今砕けたばかりの水晶の残骸が収まっていた。


「……対抗呪文カウンター護符アミュレットか」

「やっぱりおまえだったんだな。アラン」


 ガリウスは悲し気に俺のことを見つめた。


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