#7 つゆ

なんやかんやで、このペンギンハウスにも

慣れてきた。不自然な事は多々あるものの、そんな気にしていなかったので、

気付けば6月だ。


ニュースでは平年より早く梅雨入りしたらしい。やることも無いので、不自然な事をあげてく。


今まで感じた不自然な事。


ジェーンは家にいる時は結構ベタベタするものの、絶対にデートには誘わない。

ストーカー疑惑はあるが...。


フルルは週に1回は何かを買ってきてくれと頼む。しかし、何故かそれが自分の手で買えそうな安価なお菓子類であっても自ら買おうとしない。


プリンセスは買い物に誘っても何故か用事があると言って出掛けないし、


コウテイは毎朝僕にゴミ出しを頼んでくる。


いや、なぜ今までこれらの不自然な点をスルーしてきたのか。多分、当たり前だと思っていたからだ。


これらの事柄に共通することは、

“外に出る”という行為。


だが、あくまで推測でしかない。

この5人の中でハッキリとした理由を教えてくれるのは、彼女しかいない。

僕が、唯一まともだと思っている...、

イワビーだ。


外は雨が降っている。

リビングは丁度イワビーだけだ。


つくづく、僕は運が良いと感心する。


「なあイワビー」


「ん?」


「ずっと前から気になってた事があるんだけどさ...、君達が外に出てるとこ見た事無いんだけど、何で?」


何気なく尋ねたつもりだったが、何故か彼女は顔を強ばらせ、その口は開く気配を見せない。


「あ...、いや、ごめん...、その...」


「いいんだ。お前が謝る事じゃねーよ」


「...」


「オレらが悪いんだよ...、謝るべきはこっちだ」


意外な事を口走る。


「どういう...」


「オレの口じゃ詳しく言えねえけど...。

色々とすまねえな」


「ああ、えっと...、まあ...」


「そういやもうすぐ、夏だな 。

そうすればみんな外に出たくなると思うぜ」


「夏...」


唐突に話題を変えた。


「旅行にでも行きてえなあ。

6人で行くか、2人で行くか...」


旅行の話をした瞬間、僕は自然に口が開いた。


「...あのさ」


「なんだ?」


「正直に言うけど、僕は、君達の事を家族だと思ってる。ちょっとジェーンとか、クセが強いけどさ、僕は、みんなと仲良くしたい。誰かと付き合うとかそういう考えは甚だ無い。それが僕の気持ちなんだ。

もし、旅行に行くなら、皆と行きたいな」


そう言うと彼女は鼻で笑った。


「嬉しい事言ってくれるじゃねーか...。

他の奴らにもその気持ち、伝えてくれよ」


「やっぱり、誰が1番かなんか決められないよ...」


「因みに、仮に“1番”を決めるとしたら誰だ?」


「えっ...?」


意地悪な質問をぶつけて来る。

ここはお返しに意地悪に回答してあげようか。


「うーん...、君かな?」


「...」


どうした?その反応...。え、マジで?

ひ、引かれた?


「アハハハ!オレを推してくれんのか!

変わったヤツだなぁ!」


一瞬心臓が止まると思った。


「あ、あはははは...」


「...サンキューな」


小声でそう呟いた。






ある日


「雨ばっかりでつまんないなー」


フルルがぼやく。

その横でジェーンは黙って何かの本を読む。


“外に出る姿を見た事がない”


僕は彼女達にそういう共通点がある事を見出していた。


(という事は...)

「なあ、フルル。やる事無くて暇だろ?」


「...うん」


「近所の、公園に行かない?」


「えっ?」


驚いた声を出したのはジェーンの方だった。それは嫉妬の声なのか、はたまた別の原因か...。


「ジ、ジェーンも...、どうかな?

こんな雨だし、外に出てる人いないよ」


「...行きたい!ジェーンも行こー!」


フルルもそう誘った。


「まあ、あまりこんな天気ですし外に出たくないですが、春弥さんだけだと心配ですから」


外に出るのを渋っていたペンギンを連れ出す事に成功した事で僕は一時の達成感に包まれていた。


(よしっ...!)


外に出すのは成功したが、傘が僕の持ってるもの1つしかなかった。


3人で1つの傘に入る。

ジェーンはカップルの様に僕の右側で腕を絡ませる。

フルルは何故か僕の空いた左手を握る。


少し歩きにくい。

すぐ着くはずの道のりが遠く感じた。




雨の日の公園。

人はいない。水溜まりが出来ている。

道路を隔てる垣根には紫陽花が植えてあり、紫色や青色の花が咲き乱れている。


「わぁー...」


フルルはそんな感嘆に似た声を出した。


「久しぶりに来たかも...」


ジェーンは声を潜めながら言った。


「遊んでいい?」


(こんな中で...?)


「まあいいけど...」


フルルは嬉しそうにブランコの方へ駆けて行った。

雨とか、関係ないのかも知れない。


ベンチはビショビショ。

座れるはずがない。


遠くで彼女を見守る事にした。


彼女は濡れていようがお構いなしに、

座ってブランコをこぎ始めた。




「ジェーンはフルルと仲良いの?」


「まあ...、仲良いってよりは世話役みたいな感じですかね」


「そうなんだ...。しかし...、いい意味で子供っぽいから大変じゃないか?」


「元々甘えん坊な性格でしたからね、彼女は。けど以前に比べて“酷くなった”と私は思いますけど」


「酷く?」


「あなたをヒモに使おうとしたってのも、そう思う要因の1つ。けど、前々から彼女には障害的な物があるんじゃないかって。

総合的に色々、加わった結果、今の彼女がいる...」


彼女の話を聞きながら、雨の中ブランコで遊ぶフルルを見る。

確かに、見た目より行動が幼く見える。

しかし僕は彼女の台詞の所々に腑に落ちない箇所があった。僕はそれを問いた。


「...過去に何があったの?」


「...それを聞きますか。

いくら春弥さんであっても少し答えにくい事ですね...」


「何で答えたくないんだよ」


「...まだ、あなたと居たいから...」


耳元で囁かれたその言葉は、雨上がりの虹の様に徐々に一言消えて行った。

何故だろう。

僕は、隣の彼女に一瞬心を奪われた。

男を揺らすのが上手い。完敗だ。






別の雨の日


「クッキー焼いたの...、どうかしら?」


「うん、悪くは無いよ。

ただ...、少しサクッとした食感が足りないかな...。作る時さ、どうやって作った?」


「えっ...、えっと...」


僕は一応実家が食堂の料理人だ。

と言っても、スイーツに関してはあまり

詳しくない。だが、クッキーだけは

作れる。多分叔母が趣味で作っていて、

なんかの機会で学んだんだと思う。


「粉量とオーブンの調整だろうね。

今度は少し粉は少なめにして焼く時間を

短くしてみたらどうかな?」


「ああ...、なるほどね!」


最近、プリンセスはお菓子作りに凝っているらしい。女子だなぁ、と感心する。


僕はプリンセスに対し、真面目と言う印象を受ける。

何時ぞやの“あの異質さ”が嘘の様だ。

僕はジェーンに弄ばれる程だから、

騙されてるのかもしれないけど。


彼女がメモを終えた時に話しかけた。


「ねえプリ、旅行に行くなら何処に行きたい?」


「行きたい所...、海がある所がいいわね」


即答だった。

やっぱペンギンだからか?


「思い出の場所が海なの」


理由を尋ねる前に彼女が言った。


「コウテイと出会った、思い出の場所

私達が夢を誓い合った場所...」


「夢?」


「アイドルになる...、って言うね。

訳あって色々ダメになっちゃったんだけど」


ペンギン...、アイドル...。

カタカナばかりで関連性が見い出せない。

アイドルなら別にペンギンである必要性は全く無いような気もする。


「もし、行くとしたら、海かしらね」


「海か...、ありがとう」


僕は少し、彼女の思い出を知りたくなった。その為にも海は、良い舞台かもしれない。






その日の夜。

食事を終え、風呂に入る。

全員の行動パターンは確認済みだ。

使用中を知らせる紙なんて要らない要らない。言い訳の為じゃない。資源節約の為だ。


風呂場の扉を開ける。


「あっ...」

(何だよデジャブかよ...。よりによって...)


「ああっ...、えっ、えっと...、あー...。わ、悪い、すぐ出るよ!」


「いやいや、そんな気使わないで、ゆっくりどうぞ!」


「...そ、そんな待たせたら申し訳ないよ...、か、身体も冷えるし...」




ああ、なんかまた申し訳ない...。

ジェーンは強引だったが...、こちらはこちらで...、んー、気遣いと言ったらよいのだろうか?よくわからない。

ただ、気恥ずかしい。それが当たり前のことだけど。


「そ、そうだ。プリから聞いたけど、アイドルが...、夢だったの?」


「えっ?あ...、まあ...」


少し驚いた顔を見せた。


「ちょっと、作詞をしたり、振付を考えたり...、なぁ...」


「...君たちの曲聞きたいな」


「ええっ...?」


「ゆ、夢を叶えることは悪い事じゃないさ!今からでも遅くないよ。

も、もし、君らがその夢を叶えたら、僕がファン1号になるよ」


「...春弥」


一度目を閉じ、深く息をした。


「ありがとう。でも...」


「でも...?」


「その日が来たら...」


突然首を振った。


「...ごめん。先に出てるよ」


「あっ...」


僕は 別の意味で罪悪感が芽生えた。

彼女は少し涙を堪えた様な言い方だった。

何か悪いことを言ったのか。


僕には全く、理解が出来ない。


曇り空が晴れ、太陽が輝くような日は来るのだろうか?



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