#4 ゆけむりのこくはく

学校の帰り、俺は不動産屋の前に来ていた。あの家を紹介した、例の。

今日はやっている。


何しに来たのかと言うと、あの家の事を伝えるためだ。


扉を開け中に入った。


「すみません」


声を掛けると少し遅れて僕にあの家を紹介してくれた男が出てきた。


「ああ、お客様。その節はどうも」


「あの...、聞いてくださいよ。

別に文句を言いに来た訳じゃないんですけど、あの家人が住んでるじゃないですか」


「...はい?」


「えっと、信じられないかもしれませんけど、ペンギンの女の子が5人いて...」


不思議そうな顔をして、こちらを見てくる。


「あの...、失礼ですが少し僕の事をバカにして...」


「いえいえいえ!」


すぐ様手を縦に振った。


「決してそんなことはないですよ。

お客様は神様ですから」


彼は笑いを堪えてながら言ったようだった。


「だから、本当なんです!」


改めて強く言うと、咳払いをした。


「とりあえず、落ち着いて、お座り下さい」


言われるがままに椅子に座った。


「やはり、あの家には何かしらのモノがおりましたか...。

あの家に住んだ方はそれぞれ違うモノが出たと、言われます。私も対策の仕様がないのですよ。そのペンギンですか...。

精神的苦痛を感じたり、実害があるようであれば、引越しされますか?」


「...ああ、いえいえ。今の所大丈夫です。実害は、あんまり無さそうなので。

今日は報告をしたかっただけですから」


今更何言っても、仕方ない。


「...まあ、お気を付けください。

ああ、そうだ」


懐から名刺を取り出し、裏にボールペンで番号を書いた。


「私の個人的の携帯電話番号です。

何かありましたら連絡してください」


「ありがとうございます...」



そういうやり取りをして、不動産屋を後にした。あの家に辿り着いたのは、18時半頃だった。


「ただいまー...」


「遅かったなあ、春弥」


イワビーが言った。


「プリンセスがまだ来ないのかって言ってたぜ?お前、今日プリンセスに料理教えるとか約束してたんだろ?」


「あっ!やっべぇ...、忘れてた」


「アイツの部屋はお前の部屋の向かいだから、呼びに行ったらどうだ?」


「ああ!!」


急いでプリンセスを呼びに行った。

自分の部屋の向かい、扉をノックした。


「ごめん!30分くらい遅れちゃって...」


扉が開き、プリンセスが顔を覗かせた。


「あ...、全然気にしないで!

フルルもお腹空かせちゃうから、早く作りましょう」


「うん」


部屋を出る時、一瞬彼女の部屋の中が見える。女子の部屋にしては一見薄暗いようにも見える。それに...。


(何だ?この異臭は?)


「春弥君?」


扉の前に立ち尽くしていた自分に、声を掛ける。


「ああ、行く」


「どうしたの?」


「あっ...、何作ろうかなって」


咄嗟に出た言い訳だった。


「...早く行きましょう」


いつもより声のトーンが低かった。

彼女の部屋に、一体何があるんだろうという疑問を消し去り、下に向かった。


今日の夕飯のハンバーグを一緒に作った。

やっぱり、素直でいい子だ。

子供っぽいフルル、大人っぽいジェーン、

男まさりなイワビーと異なり、真面目で誠実といった印象を受ける。


彼女達は普段は肉をあまり食べないらしいが、みんな美味しいと言って食べてくれた。プリンセスには、“また、料理教えるよ”と約束した。


片付けや学校の勉強やらをリビングでして、気が付けば23時になっていた。

殆どみんな部屋に戻って寝ているだろう。


「ふぁあ~...」

(風呂でも入ろうかな...)


ここの風呂場は洗面所と脱衣所が一体になっている。

僕以外は怪異にせよ女子であるから、

デンジャラスゾーンなのは間違いない。


トイレの方にも洗面所があるので、洗顔や歯磨きの場合はそちらの方を使う。

だいたい、風呂に入る時は全員がいない事を確認して慎重に行って早めに出るを徹底してきた。

そんなこと面倒なので使用中を示す紙か看板を今度用意すべきだ。今度用意しよう。

まあ、この時間だし誰も居ないだろう。

そう思い込んで、扉を開けた。


「あっ...」


(見られたか...!?ギリギリセーフか?

落ち着け、落ち着け...。い、今起こったことをありのまま話すぜ...、フツーに誰もいないと思って扉を開けたら、う、後ろ姿だけど上半身に何も身に付けていない...)


「どうしました?」


扉の向こうから声が聞こえる。


「いや、何でも無いです。ジェーンさん...」


「遠慮しなくて良いですよ。もしかして、お風呂ですか?」


引き戸の隙間を開け、小さく声を掛ける。


「いや...、そうだけど流石にまずいから...」


「誰にとってまずいんですか?」


「だ、誰って...」


変な質問だ...。

とか、思ってると。


ガラッ...。


「...っ!?」


カチャッ。

鍵を閉められた。


「えっ...」


「一緒に入りませんか?」


笑顔で尋ねられる。

可愛いというより、少し狂気じみてる。

こんなの拒否出来るわけない。

拒否したら何をされるか...。


「は、はい...」

(頼むから命だけは取らないでくれ...)





「背中流しますね」


ああ...、何なんだこの状況。

破廉恥な奴なら大興奮だろうけど、

素直に歓迎できないし、嫌だセクハラじゃないかと大声を上げるのも出来ない。


もう残されたのは、変な衝動を極力抑えつつ冷静に対応する事だ。だが、その目標とは裏腹に心臓がバクバクしまくって、僕の心情を掻き乱す。


「あ...、どうも」


その声も強ばっていた。


「ふふっ...」



勿論それだけやって上がるなんて出来ないので、彼女も湯船に入ってくる。足を屈める。湯船の大きさから必然的にお互いの距離が近くなる。


異性と入るのは小2以来、親と一緒に入ったのが最後。


この歳で入るのは思いもしなかった。

ずっと水面を見つめる。

彼女の方を向けない。

向いたら色々な意味でヤバい。


(何だよこりゃあ...、風俗店かよ...)


ふと、思い出した。

高校の時のクラスの中でチャラい奴がいて

未成年なのに年齢詐称してやらしい店に行った、“バブルヒーロー”と呼ばれた彼の事を...。確か、停学か退学か...。あいつ今何をしてんだろう。妙な記憶が蘇る。


「春弥さん」


「はぇっ!?」


「一々驚かないでくださいよ」


呆れた声を出した。


「す、すみません...」


「でも、そう言うのも、可愛いですね」


「え、今なんて...」


「私、春弥さんのことが好きです」


やめろやめろやめろ!

これ以上色仕掛けはマジで洒落になんねえって...!


「じょ、冗談はよせよ...」


「ホントですよ。嘘はつきません」


「...」

(熱いなあ...。お湯が熱いぞー...)


「だから、私は味方になりたいんです」


「味方?」


「みんな春弥さんのこと狙ってるんです。

美味しい思いをしようと思って...」


「どういう意味...」


思わず顔を顰めた。


「出掛ける時、毎回フルルに何か買い物を頼まれてますよね?」


「確かに、ドーナツだったりポテチだったり...」


「それは、彼女は春弥さんをヒモとして使おうとしているんです」


「まさか...」


「甘え上手な、悪いヤツですよ。

後、プリンセスの部屋から異臭がしましたよね」


「何でそれを...」


「あれは血の匂いです。彼女はメンヘラを装っている。今日あなたがもし1時間くらい遅れて帰ってきていたらキズを見せつけてあなたを精神的に追い詰める魂胆だったんでしょう」


「...」


どれも、信じ難い話だが、妙に説得力があった。


「じゃ、じゃあ...、

コウテイやイワビーも...?」


「コウテイは私に近付くなと、忠告してきませんでしたか?」


ゆっくりと頷いた。


「彼女はそうやって周りの印象を下げて、自分だけを振り向かそうとする、クズですよ。イワビーの方は友達と見せかけてベタベタくっつくのが恒例です」


「みんな、僕が...」


「そういうことです。

だから、春弥さんが危険な目に会わないように私が味方になると言ったんです」


「で、でも君だって他の人やってる事がそんなに変わらない様な...」


「こうでもしないと取られちゃう」


彼女の声は真面目だった。


「良いですか?私の言う事をちゃんと聞けば、みんなあなたにちょっかい出す事はなくなります」


「...」


「私、春弥さんのこと、守りますから」


微笑んで、顔を近付けて...


「それじゃあ、おやすみなさい。

今度やる時は“静かになったら”、お願いしますね」




「ハァァー...」


一気に息が漏れた。


(アイツ、完全にストーカーだろ...。アイツもやべーやつなんだ...。そもそもここにまともな奴なんて居ないんだよ...)


でも、そう思う一方で...。


『私、春弥さんのことが好きです』

『私、春弥さんのこと、守りますから』


女子からそんな事を言われたのは生まれて初めてだったし、ドキッと来るものがあった。


僕は彼女に魔性の酒を飲まされたのかもしれないが...。


“彼女”ならそれでも良いかもしれない。

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