誘惑の代償

( ※15歳以下は閲覧禁止 )


 朝日を見に行く習慣にしていたのに、こんな時間までうっかり寝入ったのは昨晩、全然寝られなかったせいだった。明け方になってやっとベッドに入った俺は、何となくこれでいいと思っていた。ガツガツと会いたい気持ちを表に出すよりも、時々、駆け引きの余裕が必要だろうと思っていた。


 追われることに慣れている俺は、そうやって自分の気持ちをわざと冷まして、そしてそのうち自然に熱が消えていくのを待った。いつものことだった。


 早寝早起きのBは、いつも決まった時間にベッドに入り、お前の夜更かしのせいで俺が寝られないんだが、と不平をこぼした。確かに。俺は夜型の人間だった。ふらりと夜中にドライブしたりと、ルームメイトに向かない。こんなに広いが、リビングのソファをベッドに寝るのは別として、メインのベッドルームは一つしかなく、望む望まないに関わらず一つのベッドを使うしかなかったが、実質的にホテルのスィートのような特注のベッドサイズだった。


 天井が高い、窓が大きい。ここのインテリアデコレーションは、映画で昔見たような世界で、寝室の薄いブルーのタイルはテラコッタのように鈍く素朴だった。元々が、靴を履く生活のせいで、日本とは何もかもが違う。何よりも光の色が全く違った。俺が日本には帰れないと感じるのも、当たり前な気がした。


 ふと、鍵のあいていた寝室に忍び足で女が入ってきた気配がした。不覚にも気づかなかった。


「お前、朝だぞ、起きろよ」


 Bの声が遠い枕元で聞こえる。女が「寝顔が可愛い」とくすくす笑いながら、ベッドの俺に遠慮なくまたがって、長い爪の指先で俺の胸を撫で回して、太ももで擦り上げた。


 「パジャマが可愛い」


 素早く白いボタンを全て外して、俺の体躯にキスしながら、朝の俺の暴れ具合を確かめようと、手を伸ばそうと俺に滑り降りてくる女。反射的に思わず、女を跳ね除けて起き上がった。「……なんだよ、俺、寝起き機嫌悪いの知らないの?」


 俺は脱げかけた邪魔なパジャマのシャツを脱いで、とっさに後ろ手に女の手首をそれで縛り上げた。


 決していつもはそんなことはなかったが、実際、俺は不機嫌だった。可愛い可愛いと言うな。馬鹿にされてる気になって、いつも柔和で優しい俺の突然の不機嫌に驚く女そのままを軽く裏返し、ベッドの上に組み伏せた。女が思わず短い叫びを上げる。俺を撫でまわした女への罰だった。俺は触られることが嫌いだった。お仕置きしてやる。



 裏返した女の首筋を舐めあげながら、「俺を起こした罰だから」と、組み伏せたまま、後ろから手を伸ばし、右胸の隆起を軽く右手で斜めに洋服ごと立てた爪で軽く刺激し始めた。左手で女の腰を浮かせて片足折らせた体制で無理をさせてから、俺は、「じゃ、遠慮なくお望み通り3人で」と、後ろから大胆に女の両肩の窮屈な光沢のあるドレスを思い切りストレッチさせ、両胸も露わに大胆に剥いて、枕元にいたBの前で露出させた。


 「おいおい、お前、今日はいつになく凶暴だな。手荒いのはダメだぞ」


 呆気にとられたみたいにBは苦笑したが、すぐに参戦する気になったのは、俺の功績だった。女はBに切ない顔を見せ、キスの嵐に応えながら「だめ、ちゃんと脱がせて」と、途切れ途切れに言ったが「ダメ」と俺は後ろから答え、女をそのままに黙らせる場所に窮屈に滑り込ませた。女はゆっくり自分で思わず受け入れ始める。ストレッチの袖のぴったりした上半身は、肩に引っかかって、手首の自由がない女をよりきつく身動き取れなくさせていた。女をいつまで以上に感じさせるらしく、すでにぼうっとしている。白い胸だけが弾けだし、地殻の隆起のように緩やかに女の全てと連動させ始めた。珍しくつけていたレースの黒いランジェリーを外すこともせず、俺は無理矢理に両の胸をその上に恥ずかしげもなく露出させ、後ろから支えて恥ずかしい形に吸い上げさせた。Bが胸の担当なのは、実は俺、Bはこの女のことが好きなんじゃないかと疑っているからだったが、俺は、ただただゆっくりと同じリズムを刻みながら、背筋のすぐ側をまっすぐにゆっくりと一直線に進む裏方を楽しんだ。


 B、この女と時々寝てるんじゃないのか。適度なところで俺は消えてもいいと思ったが、Bはこういうの、悪くないと思ってるのが伝わった。


 女が今までにない顔をしてBを見つめるというのは、俺の縁の下の努力と思ってくれ。


 なんだ、その変な友情はと自分で苦笑したが、とにかく女は、ありえないくらいに興奮し、なんでこんなにすごいの、こんなの初めてと遠い場所から途切れ途切れのつぶやきのように繰り返した。


 俺も初めてだよ。お前のせいだ。Jさんが言うように、こんなことでもなければ3人なんてありえない。


 女は今日はランジェリーをつけていて、これも同じ黒のレースだった。いつもつけないんじゃなかったのか。どういう心境の変化か知らないが、俺には好都合だった。軽く脇に避けるついでに、動けないように芯を撫でるのに良い道具。


 俺は、最後まで脱がせないのが好きだった。なのでもちろん、ランジェリーなしというのは、がっかりだ。頑張ったつもりが、この女の誘惑は、ことごとく外れてた。


 俺は、寝起きを起こされた不機嫌と、朝の欲求不満と、好きな女ができた鬱屈で、あっさり理性が吹き飛んでいた。俺はこういう俺は嫌いだった。上半身をBに任せられる気軽さで、俺はある意味、機械的なほど無情に女を感じさせ続けた。


 感じすぎる女のパジャマの手錠を解いて、女の右の足指を掴み、ぞろりと長い脚を引っ張り、少しずつストレッチで無理をさせ苦しくさせてから、より深く楔を打つようにじわりと柔らかい刺激を大切な場所に送り込む。女はなぜこんなに感じるのかわからない。理解不能な刺激が全て、快感に変わる震えに俺は満足して、右足を俺の肩にかけさせ、様子を見ながら俺がもっと負荷をかけると女がより高い声を上げ始めた。俺はほっといても溢れる自動運転になったのを見計らい、勢いよくさっきまで引っかかっていたぴったりした肌に吸い付く短いボディコンシャスなドレスを上から両足首を通り、鮮やかに引き抜いた。


 確かに圧巻だが、女はもうすでに完成間近だった。乱れに乱れて、そういう意味で、冷静さがないのは残念だ。黒いレースの薄い紐のようなブラがまだ食い込んでいて、俺は通常運転を続けながら、Bのものにしがみつき貪る女に、手綱のように敏感に震える丘を引き上げてその紐を無理させて、刺激をし続けた。その甘い代償を背後から弛ませた弓のようになった女は、俺に知らぬ間の画策を受け、狂い跳ね、止まらない加速をし続ける。制御する俺はゆっくりと届くリズムを右上方に弧を描いて、女とそのBへの貪りとを綱を引くようにリズムをつけ続けたままに、疾走し始める女をあっさりと引き抜いて、裏返す。


 Bから引き離された女が、引き絞るような激しい叫びで我を忘れる。死んじゃってもいいよと俺は心の中で呟く。驚いたがBはポーカーフェイスで、乱れ、暴れる女をさりげなくフォローする。それを見て、俺はちょっと救われた気がする。こんなの後で気まずいからな。なぜ始まったのか、俺はとにかく寝ていただけだ。


 女の赤い爪の指先は宙を描いてまたBの目当てのものを探して手に入れようと必死になる。俺は知らない振りををして、こっちでは立ち上がって女の右足首を天に向ける。


 貪られる意識を眠らせず、Bはうまく女にアクロバティックなギリギリの角度で左足首をベッドで立たせた。女の求めに応じて自身を貪らせ、支えた上体を仰向けに反らさせても、女は咥え込んだ獲物を逃すまいと激しい感覚のストロークをBに送り込み続けた。奴は仰向けで逆さ吊りブリッジになる女に自由にさせたまま、さっと間に真っ白の大きなクッションをいくつも女の背にあてがった。Bはその間も、女に思うように自らを与えながら、涼しい顔で絶え間なく優しく二つの頂きを開いて円周に問いかけながら、探し当てるように弄り続ける。気まぐれに緩急をつけて電気的に弾く遊びを下方でインプロビゼーションし続ける俺は、さすがに本能で、流れるように女の真逆に吸い寄せられた。


 吹奏楽で叫ばされ、息継ぎできなくなったかの女が断末魔の叫びのように声にならない叫びで我慢できない。白いシーツを引きちぎるように、天馬のように暴れる女を押さえ込むのはもっともっと感じる場所だった。

 

 ベットから片足を下ろして高い腰に女を持ってきて、俺が容赦なく続ける甘い繰り返しの水の遊びを受けて、女は無意識の歓喜で単純な賞賛のキーワードを叫び続けたが、もはやどの国の言葉かわからない。


 女は当てずっぽうにつかめるものを求めようとしたが、うつ伏せから奴に抱きとめられ、まだ叫び続けようとしたが、狂いに狂って甘い地獄の渦に溶け、息も絶え絶えになっても自然に自動的に奴の激しいキスに身悶えても、叫びは収まりきれない 。


 暴れるように掴む白いクッションが裂けたのか、白い羽毛が辺りに飛び散って舞った。


 争う魚のようにびくりびくり時々跳ねて、感じ続ける女の叫びは止まらず、俺たち二人は仕方ないと現実に引き戻す作業に粛々と入りつつあった。そのうちにだらりとだらしなく、ぐったり落ちた女を仰向けに裏返し、奴がそっと上下逆さまのままにまた唇を寄せる。女は無意識に貪るが幸せそうに何処かに行ったままだ。


 俺はその隣にごろりと転がって、乱れに乱れたシーツを女の肩まで引き上げた。舞い散る羽毛に、くしゃんと、小さなくしゃみをした。


 俺はうつ伏せになり、全裸のまま、5分ほど寝たふりをした。これはどう考えてもスポーツだよな、後で掃除が大変だと、床に浮かんで風で頼りなく動く白い羽毛の波を見た。女の逆の隣で同じく眠りに落ちたBを置いて、俺は忍び足で、キッチンへと向かうブルーのドアを開けた。



 俺は顔を洗って、そこにあったキッチンペーパーで顔を拭いた。普段はそんなことしないが、そこにあったジーパンだけ、そのまま直接、履いた。ゴワゴワするが、仕方ない。さっさとシャワーを浴びたかった。


 気持ちいい遊びとか、不毛で俺は嫌いだ。


 いくらでもどんなことでもやってあげられるが、俺の心は満たされることがない。


 むしろ地獄の遊びのようだ。強烈な罪悪感に襲われたが、俺の寝込みを襲ったのは女。触られるのが嫌いな俺だから、ほとんど自業自得だ。


 思わずしてちゃんと着替えた奴が降りてきて、俺の隣で水を飲む。


 寝てたんじゃないのか。


 俺は微妙に気まずく、それだけ言って、他の言葉を探したが思いつかなかった。


 ビタミンCは朝しか取れないんだよ、Bは笑ってそう言った。冷蔵庫の野菜室を覗くと、オレンジ切らしてると呟いた。まるで何事もなかったみたいに。


 鈴のついたキャデラックのキーをチリンチリンと俺に向かって軽く鳴らして、後はよろしく、とご機嫌にBは長身の軌跡を描いてキッチンを後にした。


 キャデラックの派手な発進音を聞いて、俺は初めて長いため息をついた。なんでほっととしたのかわからなかった。


 


 

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