「思いとは皮肉なものだ。憎しみほど強いものはない。その証拠に、人々の憎悪を吸い込んだストーンは絶大な力を発揮する」

「違う! 人々との絆が、人を、人の思いを強くするんだ!」


 アーサーは剣を構え、伯爵の方へまっすぐに駆ける。


「馬鹿! 考えなしに突っ込むな!」


 リン・ユーが叫んだが、アーサーは止まることなく突き進む。リン・ユーは舌打ちをし、アーサーの後に続いた。

 伯爵がまた両手を広げると、左右の手にヴァイオリンの本体と弓がそれぞれ現れる。


「お前たちに希望などない。この私が身をもって教えてやろう。今からお前たちのレクイエムを奏でてやる! オッタヴィア!」


 オッタヴィアは背中の羽根を広げ、宙に浮かんだ。彼女が歌い出そうとした瞬間――。


「あなたに歌われると、色々と面倒なことになりますからね……悪く思わないでください」


 カストがオッタヴィアに向かって小刀を投げつけるが、


「そうはさせん」


 伯爵がヴァイオリンの演奏を始めると、カストの放った小刀は床に落ちた。


「弾かれましたか」


 オッタヴィアの歌で、ヴァイオリンを演奏している伯爵と、水の膜に閉じ込められたシャルロット以外全員の動きが止まる。


「金縛り……シャルロットのタロットカードと同じだ」


 アーサーは振りかぶった剣をどうにか動かそうとするが、びくともしない。


「だから言ったのだ。お前たちに希望はないと」


 そんな中、「希望はありますわ! 皆で力を合わせれば、どんな困難でも突破出来るはずです」と、マリアが力強く鼓舞する。「ウィンディ、あなたの力を貸して」


 ウィンディは、彼女の真剣な眼差しに答えるように、マリアの持つストーンと光を呼応させた。

 アーサーは振りかぶっていた剣の重さで重心が傾き、尻もちをつく。


「わっ、動けた!」

「マリア様とウィンディの力だ。二人ともあの錬金術師どものせいで力を消耗している――俺たちの手で、奴を倒す。あまり時間はない」

「分かっています」


 リン・ユーの言葉にアーサーとカストが頷いた。


「まずはあの二人を引き離す必要があるようですね。オッタヴィアの歌声と、伯爵のヴァイオリン……二人の力がシンクロすることでより大きな力を発揮しているとみて違いない。人形は人形同士で決着をつけることにしましょうか」


 カストは再び小刀を構え、オッタヴィアの方へ向かう。


「僕たちも……シャルロットが危ない!」


 カストが小刀を放つと、伯爵は「無駄なことを」とせせら笑い、再び小刀を弾こうとするが、


「あなたの相手は僕たちです!」


 アーサーとリン・ユーがそれぞれ剣と大刀を振りかざす。


「生意気な餓鬼どもが!」


 伯爵はその場から姿を消した。


「消えた! 今度はバルトロの力……」


 アーサーとリン・ユーが周囲を見回す中、カストはオッタヴィアに何度も小刀を投げつけ、追いかけていた。


「逃がしませんよ」


 彼の放った小刀を避け、オッタヴィアは無言で部屋の中を飛び回る。

 伯爵はアーサーとリン・ユーの前に姿を現し、嘆息した。


「錬金術でよみがえらせたものの、はあくまで人形……いわば器だ。感情など、少しも持ち合わせていない……私を守る盾に過ぎないのだ」

「何てことを……あなたにとって、娘さんは物なんですか!」


 伯爵の言葉で怒りをあらわにするアーサー。


「私から言わせれば、あれはまがいものに過ぎない。娘に模した体に、私は魂を入れた。だが、あれは失敗作だった。お陰で、を奪われたのだからな。そうだ……今からお前たちにも分からせてやろう。お前たちなら、どう行動するか」


 伯爵は再びヴァイオリンの演奏を始めた。


「耳が……」


 アーサーとリン・ユーは耳を塞ぎ、その場に座り込む。


「何だ、この高くて耳障りな音は……チッ、目眩までしてきやがる」

「僕にも分かりません。あのヴァイオリンの高音が、僕たちの聴覚に働きかけていることぐらいしか。あれが恐らく、伯爵の持つストーンの力……」


 アーサーとリン・ユーの前が突如暗くなる。二人は揃って見上げた。


「……フラン兄さん? マリア様と一緒にいたはずじゃ……もう、大丈夫なの?」


 フランシスは目を閉じたまま、無言で二人の前に立っていた。手には氷の剣を握りしめ、アーサーの頭上へ振り下ろす。


「兄さん!?」

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