第十一章 レクイエム

 アーサーたちは気が付くと、元いた伯爵の部屋へ戻っていた。

 マリアとウィンディがその場に倒れ込む。


「マリア様! ウィンディ!」


 アーサー、シャルロット、リン・ユーが駆け寄る。

 フランシスは、ウィンディが倒れた拍子に床へ投げ出されたが、依然として目をあけなかった。

 伯爵の持つ黒いストーンからは煙のようなものが渦巻いている。伯爵が長年抱き続けた憎しみや怒りの感情を表しているようだった。


「今お主たちに見せたのは、わしの持つ記憶の断片……その後、わしは地下牢へ投獄されたが、国王の奥方のおかげで翌日に釈放された。奥方は、わしの作る若返りの水をいたく気に入っておられた。だが、わしがどんなに願おうとも、娘は帰らない。帰るはずなどないのだ。劇場の火災が革命主義者どもの仕業と知ったのはそのおよそ一ヶ月後……それからほどなくして、わしはあの宮廷を去ったのだ」


 アーサーは、眠るフランシスの体を支え、伯爵を睨むような目で見る。


「だからと言って……歴史を変えてもいいことにはならない! ディアマーレの事件で、あなたの憎んだ革命家だけではなく、何の罪もない多くの人々の命が奪われたんだ! そして、ここにいるマリア様やフラン兄さんの命までも狙った……」

「ならば革命も同じことだろう。王族や貴族だけではなく、多くの民衆の命をも奪った……皆が理想を求め、当時の体制を覆そうと一念発起したが、結局のところはどうだ? 革命主義者どもが意のままに操る政治……何も変わってはいないだろう。わしに言わせれば、あやつらは国家転覆を目論むテロリスト集団でしかない。わしにとって、ミラーネ劇場での事件は屈辱以外の何物でもなかった。じゃが、あの事件を歴史から消し去れば、娘を奪われたことに対する報復という意味がなくなってしまう。これでようやく、娘の無念を晴らせるというもの。わしが王位につき、国を動かす。歯向かう者は皆、容赦なく地獄へ送ってやろう」

「あなたがやろうとしていることは、娘さんの無念を晴らすためなんかじゃない! 自分のために、自分の思いどおりに国を動かしたいだけだ!」

「憎しみはまた、次の憎しみを生む。バルトロ、ルクレツィア……お主たちの敵、このわしが必ず討とうぞ!」


 伯爵はおもむろに立ち上がり、両手を広げる。すると、左手には琥珀色のさざれ石、右手には水色の石が現れた。


「……シャルロット嬢、お主には失望した」


 彼がそう言うや否や、水色の石がきらりと光る。

 すると、シャルロットの周りを水の膜が覆い、内部に水が流れ込んだ。


「シャルロット!」


 アーサーはフランシスをウィンディに預け、剣を膜に突き立てるが、まるで歯が立たない。

 シャルロットも中からカードを投げるが、膜に弾かれて落ちるだけだった。


「そんな! 私のカードが……」

「成程、ルクレツィアの得意とした技だ……どうやら、早々にけりをつける必要があるようですね」


 カストは取り乱すことなく両手に小刀こがたなを持ち、その場で構える。


「ウィンディ、マリア様を頼む。俺はアイツを片付けて来る……もうひと暴れしてやるぜ」


 背負う大刀へ手をかけたリン・ユーに、ウィンディは頷き、マリアの前に出た。体中の毛を逆立て、うなりの声を上げる。

 バルトロとルクレツィア――二人のストーンが伯爵の持つ黒いストーンに融合される。

 伯爵は懐から透明な小瓶を取り出し、飲み干した。みるみるうちに、彼の顔、体が若返っていく。


「やはりあなたは――シャルトーだったのですわね……」


 マリアは開いた唇を手で押さえ、伯爵――かつて自分たちを城から追い出した宰相の姿をじっと見つめていた。


「お久し振りです、王女様」


 伯爵は不敵な笑みを浮かべた。

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