場所は再び、国王に伯爵が謁見した部屋――国王の間へと戻る。


「お呼びでしょうか? 陛下」

「お前の娘は確か、ミラーネ劇場で歌うことを望んでいたな?」

「そうですが……まさか、私の娘を劇場に……」

「ああそうだ、娘の歌で我が国が芸術大国であることを世界に知らしめる。当日は各国の重鎮を多く招くのだ。余も妻や子どもたちを連れて同席しよう」


 伯爵は咄嗟のことで言葉を失いかけたが、すぐに切り返す。


「大変ありがたい話ですが陛下、近年霧の国では新大陸にて独立戦争なるものが起き、先月にはとうとう独立宣言が発せられたと聞きます。その影響もあってか、国内でも貴族の館が襲撃され、食料だけでなく、宝石や衣服を奪われるなど不穏な動きが見られます。恐らくは革命派や、彼らに感化された国民が盗みを働き、革命のための資金稼ぎを行っているのでしょう。そのような時に一国の主が国外に出たとあれば、宮殿の守りは手薄となり、あっという間に革命派の手の内に落ちかねません。もしくは、行った先で陛下やご家族が襲撃に遭う可能性もあるのです」


 伯爵の言葉を聞いた国王は、肩を震わせ、みるみるうちに肌を紅潮させる。それから目の前にあったテーブルを思いきり強く叩き、立ち上がった。


「余の命令が聞けぬというのか、フォンテッド卿!」


 これまでの穏やかな表情と打って変わった国王の様子に、伯爵は動揺したように一歩その場から後ずさりしたが、すぐに跪いた。


「ご無礼をお許しください、陛下。陛下やご家族の身を案じたあまり、出過ぎた真似をいたしました。陛下のご命令とあらば、謹んでお受けいたしましょう」

「案ずるな。ミラーネ劇場のある水の国は同盟国、いや、我が国に従属しているといっても過言ではない。それに余は、森の国を見返してやりたいのだ」


 国王は、折りたたまれた一枚の紙を伯爵に手渡した。


「こ、これは……」

「余がかつて森の国の大使から受け取った親書だ」


 親書には、「森と風が手を結び、森は風と水を照らす太陽となろう」と書かれている。


「これはつまり、森の国が風の国と同盟を結び、四大国の一つである太陽の国に並び称する、と。いや、それだけではなく、風の国と水の国を我が物にしようというのか」

「森の国は代々、王家の娘を同盟国の王の元へ嫁がせ、繁栄を築いてきた国。今や太陽の国を凌ぐほどの国力を蓄えているといっても誰も驚きはしないだろう」


 国王の言葉に伯爵は頷いた。


「陛下のおっしゃる通りです。太陽の国はかつて『太陽の沈まぬ国』と他国から呼ばれ、一目を置かれていましたが、それも今となっては昔の話。霧の国が無敵艦隊を破って以来、太陽の国の勢いは衰えていく一方です」

「だからこそ余は、森の国に国力の差を思い知らせてやりたいのだ。どちらが上かということを」

「わかりました、陛下。当日は私も同行させていただきましょう」

「ああ、頼むぞ、フォンテッド卿」






 伯爵は、オッタヴィアを連れてミラーネ劇場へ向かった。劇場では一足早く到着していたオーケストラの一行が本番前のリハーサルを行っている。それからほどなくして、国王一家も到着し、二階にある特別席からステージを見下ろした。

 開演開始の合図とともに幕が上がる。壇上にはオッタヴィアが一人で立っていた。冒頭のアリアを堂々と歌い、観客席から歓声が沸き起こる。

 その時――。

 オッタヴィアの頭上に黒い影が映りこむ。ステージの上にあるシャンデリアだった。歓声が悲鳴へと変わる。


「逃げろ、オッタヴィア!」


 伯爵の叫び声を聞いたオッタヴィアは、ようやく自身の置かれている状況を理解した。

 だが、気が付いた時にはもう遅かった。彼女の上に落ちたシャンデリアは音を立てて割れ、あっという間にステージの全体へと燃え広がる。

 伯爵は、夢中でステージの方へ駆け出した。


「オッタヴィア!」


 国王一家や貴族たちを外へ逃がした警備員が伯爵に気付き、制止する。


「離せ! 私の娘がステージにいるんだぞ!」

「伯爵殿のお気持ちはわかりますが、これだけ燃え広がっていてはもう手遅れです。残念ですが……」

「何を言っている、早くそこをどけ!」

「おやめください、死にに行くようなものですよ!」


 警備員二人がかりで伯爵を押さえ、外へと連れ出した。

 火が消えた頃には、辺りがすっかり暗くなっていた。劇場の大半部分は焼失し、焼け跡からオッタヴィアの遺体が見つかった。


「私の娘だけ……なぜだ、なぜなのだ。神は私を、娘を見放したというのか?」


 伯爵は、ステージのあった場所へ足を踏み入れ、オッタヴィアの遺留品を探していた。木の棒で周囲をかき回す。瓦礫の中から、見覚えのある形状の金属片が出てきた。真っ黒で、元の色の面影はないが、それは紛れもないオッタヴィアが生前身に着けていた髪飾りである。


「オッタヴィア……」


 彼は胸元からハンカチを取り出し、髪飾りを包む。懐にそれをしまうと、何かが靴先にぶつかった。


「何だ?」


 恐る恐る持ち上げる。小型の銃だった。全体的に焦げて黒ずんでいたが、持ち手には小さな花と剣のような模様が彫られている。


「これはまさか……風の国王家の紋章? あの火災は、事故ではなかったというのか?」






 後日――。


「この銃に見覚えはございますか?」


 国王は銃を手に取るなり、大声で叫んだ。


「なぜ、お前がこれを⁉」

「娘の遺留品を探した際に、焼け跡から見つけました」

「劇場に行く一週間ほど前、武器庫から消えていたのだ」

「では、今回の火災は、武器庫から銃を盗み出した者による犯行であると?」


 国王は頭を抱えた。


「おかげで面目は丸潰れ。森の国を見返してやるどころか、各国から批判の嵐……その上、犯人を取り逃がしたとなっては、余は世界の笑い者だ」

「陛下に非などございますまい。国の威信をかけ、犯人を捕まえましょう。私も娘の仇を討つための協力は惜しみません」


 国王はおもむろに顔を上げる。


「いや、その必要はない……フォンテッド卿」


 国王は冷たく言い放つと、部屋の入り口に待機している衛兵二人に目で合図を送った。


「フォンテッド卿を捕まえろ」

「陛下? わ、私を疑っておられるのですか?」


 後ずさりする伯爵の背後から衛兵が取り押さえる。


「余の前によくもまあこんな物を……王家の紋章が入っているとならば、真っ先に疑われるのは宮廷の人間。それこそ、革命派の人間に好機を与えるようなもの。劇場には各国の重鎮が出入りしていたのだ。話が世に出回れば最後、必ずや国際問題に発展する。そうなれば余だけではなく、国の存続にもかかわるのだ」

「まさか陛下……私を身代わりにするおつもりですか?」

「悪く思うではないぞ、フォンテッド卿」

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