Ⅱ
伯爵の言葉に、カストは鼻で笑った。
「おやおや……お言葉ですが、扉を開けたのはあなたの方では?」
「屋敷のあちこちで騒ぎを起こされたのだ……気付かぬわけがなかろう。おまけに小娘だけではなく、お主までが裏切り者になろうとは。黙って欠片の回収と人形を作っていれば良かったものを」
「ディアマーレでの真実を知ったゆえ……そして、この老いぼれが言うのもなんですが、そこにいる若者に、一歩踏み出す勇気をもらったまでのことですよ」
「小童一人のために心が揺らぐとは……お主はもう少し頭のいい人間だと思っていたが。所詮はただの人形ということか」伯爵は嘆息し、アーサーの方へ視線を向ける。「バルトロ、ルクレツィア、この分だとお主らはもう……」
「あなたがフラン兄さんをさらい、歴史を変えた理由……そこにいるオッタヴィアが関係しているんですよね? 本来起こるはずだった風の国の革命が、ある事件によりなくなってしまった。それがディアマーレで起きた、水の国教会爆発事件。この時に、本来であれば革命の中心となるはずの人物たちを事故に見せかけて一斉に殺害したんだ。その動機は恐らく、オッタヴィアが殺されたことに対する復讐――」
「直接手を下したのはバルトロの方じゃがな」
「ですが、指示を出したのはあなたですよね。だったら、あなたがやったのも同然です」
「小童が利いた風な口をききおって……しかし、よく分かったな。革命がなくなったと。歴史が変わったことが分かるとしたらせいぜい、わしの他にアイビス殿ぐらいだと思っていたが」
「あの時、僕たちは時空の狭間にいました。時空の狭間では、時間の影響を受けることはありません。本来ならば、革命の後にいくつかの体制を経て再び王政に戻るはずですが、革命がなくなったことで、王政がずっと続いている。時の狭間にいなかったフィリップ王が他界したのも、この影響だと思います。フラン兄さんは……皮肉ですが、あなたの影響下にいたおかげでいなくならずに済んだ、ということでしょうか」
「庶民の出のようだが、頭の方は利口なようだ。さすが、アイビス殿が送り込んだだけのことはある」
「マリア様とフラン兄さんを風の国の宮廷から追い出したのは、自分が王位につくため。病に伏したフィリップ王が、あまり長くはないことも見込んでいた。けれど、僕にはひとつだけ分からない。なぜ、フラン兄さんでなければならなかったのか……」
伯爵は嘲笑を浮かべた。
「死ぬ前にかようなことを聞いてどうする? まあもっとも、お主らに教えたところで今更何も変わりはせんか。マリア王女とフランシス王子の二人は初めから殺すつもりだった。だが、二人はわしの放った追手から逃れ、王女は聖域であるノワール渓谷へ、王子は時の民の集落へとたどり着いた。聖域に入ることは出来ないが、時の民の集落に行くことは出来る。迷いの森も、空から行けば何のことはない。だからこそ、オッタヴィアを向かわせた。時間を遡るためには、時の民の持つ懐中時計が必須だった。だが、ディアマーレの言い伝えにある『時の後継者』が誰を指すのかまでは見当がつかなかった。アイビス殿が誰を後継者と考えているのか、それはこのわしでも知る由のないこと。とはいえ、誘拐されたとなれば、何も手を打たないような
「ガチャ」と扉の開く音がし、アーサーは振り返った。
「どうやら、当たりのようだな……」
リン・ユーが先陣を切って入り、後ろにマリアとウィンディが続いた。ウィンディの背中にはフランシスが横たわっている。
「フラン兄さん!」
アーサーが近寄ると、ウィンディが腰を落とす。アーサーはフランシスを抱き起こした。
「兄さん……」
返事はなく、胸に耳を当てて鼓動を確かめる。
「生きている……兄さん、どうしたら目をあけてくれるの?」
「王子がそんなに大切か? ならば、これを見せればわしの気持ちも少しは理解出来るであろう」
伯爵は、黒くいびつな形をしたストーンを掲げる。
「王女の力を……」
黒い光は、まっすぐにマリアとウィンディの持つストーンへ向かった。
「きゃっ!」
「マリア様!」
マリアの悲鳴を聞き、リン・ユーが光を断ち切ろうと大刀を振りかざしたが、光は途切れることなく続いている。ウィンディも険しい表情を浮かべていた。光はやがて、床に五芒星の形をした陣のようなものを描き、アーサーたちの周りを囲んだ。
「見せてやろう……わしの身に起こった理不尽な出来事を」
伯爵が言い放つと、辺りは闇に包まれた。
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