Ⅱ
「……君の言っていたロンターニュ家の夫人っていうのは、君のひいおばあさんだったってこと?」
「ようやく気付いた? アーサー……あなたって本当にお人好しのお馬鹿さんね。私の目的は一族の復興。伯爵から話を持ち掛けられた時は半信半疑だったけど、賭けてみることにしたのよ。あの時引いたカードは、悪いカードではなかったから」
シャルロットは念力で一枚のタロットカードをアーサーの手元へ投げた。カードの中心には車輪のような絵が描かれている。
「これは……」
「『運命の輪』よ。数少ないチャンスをものにしなさい……そう言われている気がしたわ。だから、彼らに協力したのよ。ノワール渓谷に入った時は、計画がばれてしまうかと思ったわ。リン・ユーに、悪人は入り口まで戻されてしまうって聞いていたから。それとも、このペンダントについたストーンの力で、あの四大天使でも私の心は見抜けなかったのかしら」
シャルロットは嘲笑を浮かべてみせたが、目は少しも笑っていない。
「それは違いますわ! 何を正義とし、何を悪とするのか……それは立場によって違います。あなたの目的はあくまで一族の復興……少なくとも他人に対し、直接害悪をもたらすものではありません。あなたは、あなたの正義を成し遂げようとしただけ。誰もあなたを咎めることなど出来ませんわ、シャルロットさん。四大天使にはすべてお見通しです」
まっすぐこちらを見つめてくるマリアの目を、シャルロットは直視することが出来なかった。
それを見たバルトロが手を「パンパン」と叩き、茫然とするシャルロットを我に返らせる。
「おっと困るね……横から茶々を入れられると。なあ、嬢ちゃん……いや、シャルロット嬢、今回の一連の任務、成功したら、君たち一族も再び歴史の表舞台に上がることを許される。そういう存在になれるんだからさ」
シャルロットはアーサーの方に視線を移した。
――本当は君を信じたかった。
アーサーの悲痛な叫びが彼女の頭の中でこだまする。
「私はどうしたらいいの? 一族を復興させることが私の目的。だからここまで……そのための手段は選ばないわ。でも、私のやっていることは――ただの裏切り者?」
目を閉じ、彼女は頭の中で自問自答を繰り返した。気持ちを落ち着かせようと何度か深呼吸をする。そして――。
「……バルトロ、そろそろ私をここから解放してちょうだい。もう良いでしょ? アーサーたちをおびき出せたんだから。長いこと実家を空けてしまったから、家族の顔が見たいわ」
「良いだろう……と、言いたいところだが、そうもいかない」
「何よ、話が違うじゃない!」
「まだ終わっていないだろう? 任務が終わるまで、そこでおとなしくしていな。それに、俺は端から君を信じちゃいないんでね。人間なんていつ情がわくか分からない生き物だからな。まあ俺の場合、誰のことも信じちゃいないけどさ。正直者は馬鹿を見る……今のお前がそうだろう? 小僧。どうだ? 信用していた人間に裏切られる気分は」
「……黙れ」
アーサーの目つきが変わり、持っていた剣をシャルロットへ向ける。
「良いね、その表情……醜い争いの始まりだな」
「黙れって、言っているだろう!」
アーサーは飛び上がり、剣を振りかぶった。
シャルロットは、恐怖で体が震えている。「裏切り者として殺されるんだわ」目に涙を浮かべた彼女が顔をそらした時、彼女の手足を縛りつけていた縄の切れる音がした。
「きゃっ!」
落ちてきたシャルロットをウィンディがくわえてマリアの元へ連れて行く。
「なぜだ?」と、困惑するバルトロ。
アーサーはシャルロットをまっすぐ見つめ、毅然とした口調で、
「君を許したわけじゃない。けれど、君にも事情があるのは分かっている。前にノワール渓谷で話してくれたよね。それに、裏切る人間と裏切られる人間、二つに一つだとしたら……僕が選ぶのは裏切られる人間の方だ」
「……アーサー……ごめん、なさい」
シャルロットは声を震わせた。
「どこまでもお人好しな人間だな。まあともあれ、おかげで探す手間が省けたよ、マリア姫。いや、フィリップ王が亡くなった今、最も王位に近しい人物だったわけだが、国民の大半は国外へ逃亡したと思っている。そんな君に果たして王という立場が務まるかな?」
「お父様が……」
マリアは魂が抜けたようにその場で座り込んでしまった。
「悪人は黒い谷に入っても門前払いされるらしいからな。だとすれば、俺は姫のいた集落にたどり着くことは出来ない。だが、小僧は違う……まっすぐな目、正義感に満ちた心、訪問者としての条件は悪くなかった。つまり、あの時の出来事は、俺にとっては他愛のないゲームだったのさ」
「……最初からそちらの計画どおりだったってことか」
アーサーは剣を握りしめ、バルトロの方に向き直った。
「そういうことさ。どうだ、俺と本気でやり合う気になったか? 小僧」
「あなたを倒して、絶対にフラン兄さんの元へたどり着いてやる!」
「さて、その威勢の良さがいつまで続くかな? 悪いが、ラニーネ急行の時のような小細工は受け付けないぜ」
バルトロはおもむろに銃口をアーサーの方へ向ける。
「俺たちにたてついたこと、精々あの世で後悔すると良い」
バルトロの持つ銃から一発の弾丸が放たれた。彼の放った漆黒の弾丸は以前対峙した時よりも遥かに速度と威力を上げている。
「逃げて!」
マリアは可能な限りの大声で叫んだ。
アーサーは表情を変えることなく剣で弾丸を弾く。弾かれた弾丸はバルトロの方へ向かった。
「小僧……。――逃げて、だと? 忌々しい記憶が……」
だが、弾が到達したときにはバルトロの姿はなかった。
「消えた⁉ ……いったいどこに?」
アーサーは辺りを見回す。
「拳銃ぶっ放しているだけが俺の能力じゃないぜ。メインはむしろコイツさ。変幻自在――お前をいたぶるにはちょうどいい」
「……声だけ聞こえる。人間が消えるなんて、そんなことは……」
「後ろですわ!」
マリアの声でアーサーは後ろを振り返る。背後に現れたバルトロから素早く距離を取った。
「よく弾き返したな。まあ、今のは偶々だったんだろうが……次はないぜ、小僧」
バルトロは五発連射してから弾を装填し、再び構える。辺りは煙に包まれた。
「……やったか?」
煙が晴れると、アーサーは肩で息をしながら剣を構え、立っていた。彼の周りには五個の弾丸が散らばっている。
「こりゃ驚いたな。その剣……ただの飾りじゃなかったんだな――弾丸のスピードからするに、そう何度も弾き返せるわけがない。さっきのは、ただの偶然ではない……ということか?」
アーサーは自身の持つ剣に目をやる。
(……この剣は、僕の意思に反応して勝手に動いているのか?)
「小僧、どこでそいつを手に入れた? ――あれはまさか、フォンテッド卿の言っていたディアマーレの……」
「すぐにフラン兄さんを解放して伯爵の居場所を教えてください。歴史を変え、多くの犠牲を出したあなたたちの罪は大きい。けれど、これ以上無駄な争いは避けたい」
「ぷはっ、何を言い出すかと思えば……小僧、とんだ甘ちゃんだな。戦争を経験したことのないお前にとっては到底分からねぇだろうな。それは、そこにいる姫も、シャルロット嬢も同じだろうけどさ。仲良しこよしですむ話なら、最初からこんなことにはならない。
バルトロは再び銃の引き金を引き、アーサーに向かって連射する。
「小僧、その剣……その内折れるぞ。どんな良物でも、使い方を誤れば脆く崩れ去る」
「僕の心が折れない限り、この剣が折れることはない!」
アーサーは、バルトロの放った五発の弾丸を再び弾き返す。バルトロの懐を目がけ、剣を思いっきり突いた。
だが、まるで手応えはない。刃先が到達する前にバルトロは再び姿を消した。
(どこだ? 後ろか? それとも……)
アーサーが辺りを警戒している時だった。
「だったら、その剣と一緒にお前の心もへし折ってやるよ!」
バルトロの声で、アーサーが振り返る。
「ダメ! 逃げて!」
マリアの叫び声の後、一発の銃声が響き渡った。
「間に、合った……みたい、ね……」
「シャルロット⁉」
「――良か、った……」
シャルロットは口角を上げた後、膝をついてアーサーの前に倒れた。
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