第三編 帰還

第七章 襲撃

 アーサーが目を開けた時、目の前には廃墟が広がっていた。


「元の場所へ戻ったようだ。この地を更地に変えたのは決して神などではなかった。不老不死……これを得たことが、あなたにとって幸せだったのかどうか。代償があまりにも大きすぎる」

「記憶を読まれるなど、まさに愚の骨頂……言わずもがな、望んでこの体になったわけではない」


 カストは表情一つ変えることなく、淡々と語った。


「だったら、なぜ……」アーサーは唇を噛みしめた。「伯爵とバルトロに対して復讐心を抱いている今、あなたはなぜ彼らに加担するのですか?」


「情けない話ですが、今の私に彼らを倒す手の内がない。あるとすれば、二つの玉をそろえること……だがそれも、今となっては阻まれてしまいましたがね」


 カストはアーサーの持つ瑠璃色の玉に目を向ける。


「僕はそう思いません。何か方法があるはずです」


 アーサーが間髪入れずに答えると、カストは乾いた笑いを浮かべた。


「今のお前たちに何が出来るでしょう。私を含めたギルドのメンバーは既に欠片の多くを探し当て、伯爵へ手渡している。容易に太刀打ち出来る相手ではありませんよ」

「たとえそうであったとしても、諦めたらそこで何もかもが終わってしまいます。ここにいる全員が協力すれば、奇跡を起こすことはきっと……いや、必ず出来る。僕はそう信じています」

「奇跡? 笑わせてくれますね。では、一つお前に問いたい。お前の中にあるその思いの原動力とは、いったい何でしょう? 根拠のない自信はただのうぬぼれに過ぎませんからね」

「大切な人を――フラン兄さんを助けて家族の待つ集落へ帰りたい……ただそれだけです」


 カストは無言でアーサーの顔を見つめ、嘆息した。


「……剣を守る番人としては、もはや失格のようですね。先ほどの光からするに、その玉はどうやら、持ち主を選んでいるようだ。お前たちを……いや、あなた方を見込んで頼みがあります。私と一緒に、ジャックウェル・フォンテッドを倒してもらいたい」

「あ? おい、調子に乗るな。そいつの命令で、俺たちを捕まえようとしたのは他でもない、てめぇだろう!」


 リン・ユーはカストの胸倉を掴み、怒りをあらわにした。


「およしなさい!」


 マリアが止めようとするが、リン・ユーはなおもカストを睨み、彼の胸倉を掴んだまま離さなかった。


「少々虫が良過ぎましたか……当然の反応と言えば、当然か」


 まもなく辺りは冷気に包まれ、氷の「ミシミシ」と言う音が響き渡った。


「何だ⁉」


 アーサーたちが辺りを見回すと、氷でできた高い岩の上に女が立っており、カストをまっすぐ睨んでいた。


「見損なったわね、カスト。お前のことは嫌いだったが、まさか裏切り者になるなんて……夢にも思わなかった」

「ルクレツィア、か……」


 金縛りで身動きが出来ないカストは目だけを彼女に向けた。


「随分と情けない姿ね。拍子抜けした。だが、裏切り者の最期なんて、そんなものよ。伯爵様に代わり、この私が鉄槌を下してあげる。覚悟なさい!」


 戦慄が走る。ルクレツィアは、長さ一フィートはある氷柱を数本、カストへ目掛けて放った。

 リン・ユーはすぐさまカストから離れ、アーサーは懐中時計に手をかざす。氷柱は宙に浮いたまま動きを止めた。

 宙に浮いた氷柱を見るなり、リン・ユーは眉間にしわを寄せる。


「何の真似だ、クソ餓鬼。なぜ守る必要がある? まさか、こんな奴の言うことを信用したわけじゃねぇだろうな。俺たちを騙して、例の錬金術師の前に差し出そうって魂胆かもしれねぇんだぞ!」

「たとえ罠だったとしても――彼から手掛かりを聞き出す必要がある。この貸しは、後できっちり返してもらいますよ……カストさん」


 カストは身動きの取れない体で小さく頷いた。


「馬鹿な子ども」


 ルクレツィアは体中から冷気を発し、辺り一面を凍らせる。


「まずい! このままだと全員足から凍るぞ!」


 リン・ユーが叫んだ時には、既にアーサーたちの足が凍てつき始め、逃げることが出来なかった。リン・ユーは体から炎を放出させ、マリアの足についた氷をゆっくり溶かす。


「お前の能力は厄介なようね、炎使いの紳士さん」


 ルクレツィアは崩れ落ちた塔を氷の塊に変え、リン・ユーとマリアの頭上へと放つ。

 リン・ユーがマリアの氷を溶かし終えた時には、氷の塊が頭上約五フィートのところまで迫っていた。


「マリア様――手荒な真似、お許しください」

「ユー……あなた、いったい何を……」


 リン・ユーはマリアの体を強く押し、氷の塊から遠ざけた。


「嫌! ユー!」


 辺りにはおびただしい数の小さな氷の粒が雨のように降り注ぎ、霧が立ち込めている。

 シャルロットが二人へ向けてカードを飛ばすが、氷の粒が邪魔をしてわずかに及ばない。


「間に合わないわ!」


「あの塊をぶっ飛ばすとなると、周りがただではすまない。破片がマリア様に飛んでは元も子もない――最後まであなたを守れないことをお許しください」そう覚悟を決めたリン・ユーは、その場で目を閉じた。


「あなたらしくない! 何を弱気になっているんだ!」


 アーサーの叫び声を聞き、リン・ユーは再び目を開けた。


「こ、これは……」


 氷の塊がリン・ユーの頭上からわずかな位置で止まっていた。アーサーの方へ目を向けると、彼は歯を食いしばりながら時計をかざしている。


「流石に、重い。早く……逃げてください!」


 リン・ユーが離れた直後、アーサーは止めていた氷の塊の時間を動かした。氷の塊は大きな音を立てながら崩れ落ちる。


「子どもだと思って甘く見ていたが、意外とやるようね。どおりであのバルトロも、お前たち相手に手こずっていたわけか――だが、あの男の場合、遊ぶ癖がある。その悪い癖が、この先仇にならなければ良いが」

「マリア様をお守りする……谷を出る時、あなたはそう誓いましたよね? 違いますか?」


 真剣な眼差しを向けるアーサーに、リン・ユーははっとした表情を見せたが、すぐに我に返る。


「クソ餓鬼に言われるまでもない。おい女、いつまでもお前の好き勝手にはさせん」


 両腕に炎をまとい、ルクレツィアの元へ駆けた。


「こちらに」というカストの声で、アーサーは足元に時計をかざした。地面が凍る前の時間まで戻す。


「噴水の側面に一か所くぼみがあります。そこに手を」


 カストに言われたとおり、アーサーはくぼみの部分に手を触れた。噴水は地面に沈み込み、円形の台座が現れる。噴水に引き込まれぬよう、アーサーはその場から一歩下がった。


「玉を、こちらの台座に」


 円形の台座には鏡のようなものが付いており、台座を囲む大理石には幾つも円形の穴が開いている。アーサーはカストに言われるがまま、瑠璃色の玉を台座に乗せた。

 すると、玉は先ほどまでの鋭い輝きとは一変して美しい紺碧色に輝いた後、太陽に向かって一筋の光を放つ。やがて光は球形となって太陽を覆い、辺りは夜のように暗くなった。

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