「おい、旦那。そんなところで寝ていたら風邪ひきまっせ」


 気が付くと、私は店の入り口で倒れていた。辺りは薄暗く、目の前には新聞配達の男が立っていた。


「はい、新聞。しっかしまあ、昨日の爆発は凄かったっすね。なんでも、教会が爆発元らしいっすよ。昼間の皆既日食で神父が明かりをつけようとして、火がついちまったんじゃないかって。火薬のある場所で火をつけるなんて、言語道断だと思いますがねぇ」


 新聞の一面には「ディアマーレ、町の半分以上が焼失。原因は教会にあった火薬か」と書かれていた。


「夢では……なかったのか」

「夢じゃないっすよ。昼寝から目覚ました時にはこのざまだ……って、旦那顔色悪いっすよ。なんかありました?」

「……いや、何も。ありがとう」


 新聞を受け取り、私は店の中へ入った。作業台に行くや否や、新聞を広げ、食い入るように記事を読んだ。


「昨日二十三日三時半頃、ディアマーレで爆発事故が発生した。町の半分以上が焼け、瓦礫の山が広がる。爆発元はセント・ナザリア教会にある火薬と見られる。火薬は通廊で保管されていた。この日は町でおよそ三百年ぶりになる皆既日食が起こっており、真っ暗になった通廊で神父が火をつけたことが爆発の原因ではないかと考えられる」


 記事を読み終えると、いつものように顔を洗いに行った。タオルに冷水を染み込ませ、顔を拭くが、まるで感覚がない。私は鏡を見て愕然とした。


「こ、これは……」


 陶器のような白い肌、関節などの至るところには継ぎ目があり、真後ろを見たり、普段なら動かせない方向にも体が動いた。


「これは夢だ。神よ、未だ私は悪夢に魘されている……そう仰って下さい」


 だが、それは紛れもない現実。決して夢などではなかった。

 それから五年、十年、二十年とたち、事件当時十五歳だった私も三十五歳を迎えた。

 だが、外見は幼い少年のまま、壮年の男とは程遠かった。この頃から自殺未遂を繰り返すようになった。ある時はナイフで己の喉をかき切ろうとし、またある時は入水を試みたが、ことごとく失敗した。体はいくら急所をついても、傷ひとつつくことはなく、水に入ったところで何ら感覚もない。私は自らを化け物と称した。


「何故だ……私は歳をとることは愚か、死を迎えることすら出来ないというのか!」


 その時だった。右手に付けていた指輪が光った。


「そういえば、この指輪……ことあるごとに光っていた覚えがある。もしや、この指輪さえ外すことが出来れば……」


 引き抜こうとするが、指輪はびくともしなかった。






 それから、どれくらいの月日が流れただろうか。私がいつものように人形を制作していると、


「いらっしゃい」

「また会いましたな」

「また? お客さん……どちらで?」

「私をお忘れになったか……まあ、無理もない。あれから何十年も経ったのだ」


 その男といつ会っていたのか、まったく考えが至らなかった。

 だが、男が当時、私に注文したという人形の内容を聞き、ようやく思い出すことが出来た。


「そうか、あの時の……だが、そうだとすればあれから何十年も経ったというのに、見た目はどう見ても四十歳ぐらい。ご冗談がお好きなようで……」

「驚くことはなかろう。そなたも似たようなものだ」


 私は己の耳を疑った。


「……お客さん、なぜそのような話を?」


 その時、男に以前言われたあの言葉が頭の中をよぎった。


 ――いずれ、お前もそうなる……。


 あの言葉は、私の未来を予言していたというのだろうか……私の中に、あの時の恐怖にも似たあの感情がよみがえる。


「申し遅れましたな。わしの名はジャックウェル・フォンテッド。フィラネッツェ横丁の代表だ」

「ジャックウェル・フォンテッド? あの錬金術師の……」


 私はまだ、その男の言うことを信じてはいなかった。いや、信じたくなかったという方が正しいのかもしれない。この男の手のひらの上で踊らされているような感覚がしてならなかったのだ。

 私は男に動揺を見せまいと、「どうせ、ただの冗談でしょう」

 そう言って笑い飛ばしたのだが――。


「嘘か真か……そなたの指輪、わしが外してしんぜよう」

「指輪を?」


 私は身に付けていた指輪に目をやった。


「その指輪に付いている石はただの宝石ではない。ストーンと呼ばれる巨大な力を宿した石の欠片だ。それがそなたの魂をこの世に縛りつけているのだ」

「魂、だと?」

「人間としてのそなたは死んだのだ」

「死んだ? いや、そんなはずは……」


 私は記憶をたどった……ディアマーレから店に戻るまでの過程を。


「まさか、あの時の爆発で……」

「そう、そなたが爆発に巻き込まれた時、そのまま昇天するはずだった。だが、ストーンの欠片がそなたの作った人形へ魂を縛りつけたのだ……不死の能力だ」

「この指輪が外れたら、私の魂は解放される……つまり、成仏出来る、ということか」

「左様。但し、条件がある」

「条件?」

「そなたの能力をわしのために使え」


 突拍子もない男の言葉に、私は思わず鼻で笑ってしまった。


「はっ、何を言い出すかと思えば……成仏するための対価、ということですか。まさか、永遠ではあるまい?」

「これを永遠ととらえるかはそなた次第だが、世界中に散らばったストーンの欠片を全て回収するまでだ。手段は問わん」

「世界中……ですか。気が遠くなりそうな話だ。何年、いや、何十年かかることやら。ところで、目星はついているのですか」

「残念ながら全てではない。だが、そなたにとって悪い話でもなかろう。あの世で家族と再会することが出来る。違うか?」

「家族……」


 父と母、そして、メラトーニの顔が私の脳裏をよぎった。


「……その話、お受け致しましょう」


 こうして私は、「ルーチェ」と名付けられたギルドへ加入した。というより、フィラネッツェ横丁で店を開いたその日から、私はギルドに加入させられていたと言っても、過言ではないだろう。

 その後、ルーチェではジャックウェル・フォンテッド、すなわち伯爵を始め、多くの者たちと活動を共にすることになった。

 そして、伯爵の言葉通り、ストーンを回収するための手段は厭わなかった。歯向かう相手は容赦なく命を奪った。

 表向きは人形職人としてギルドの資金稼ぎと欠片のありかに関する情報の収集、裏の顔は暗殺者として任務を全うしたが、ある夜、ローレンにある伯爵の城で晩餐会が開かれた際に思わぬ事実を知ることとなった。

 大広間での集会の後、部屋に戻って作業をしていると、廊下から酒に酔ったバルトロの声が聞こえて来た。


「ちょいと飲み過ぎたな。眠いね、こりゃ」

「あんなに飲むからだろう。お主、ワインだけで何杯飲みおった?」

「は? 忘れたよ。そんなの、いちいち数えていられないしさ。それはそうとフォンテッド卿、例のディアマーレの言い伝えとやらは謎が解けたのかい?」


 「ディアマーレ」という言葉を耳にするなり、私は足音を立てぬよう扉に近より、耳をそばだてた。


「いや、まだだ。欠片も集まりきっておらんからな。二つの玉も」

「この間見つけた欠片も結局、海の底から引き上げる羽目になったからな。やっぱ全部は無理があるんじゃないの? けど、あれはあれで楽しかったな。船を沈めた時の感覚、今でも忘れられないね」

「ディアマーレの時も似たようなことを聞いた気がするが?」

「そういえば、そうだったかもな。町に向かって銃を連射、最後には教会の火薬に目掛けてドカーン……最高だったよ」

「わしは全焼させろと言った覚えはなかったがな。剣さえ見つかれば後はどうだって良かったものを」

「アンタが好きにしろって言うから、こちらは好きにしてやったのさ。最大の火力ってのに興味もあったからな。それに、欠片を見つけたのはアンタにとっても収穫だったんだろう? まして、呼応型って奴だったんだからさ」

「お喋りはその辺にしておけ。あやつに聞こえたらどうする」

「どうってことないだろう? もう奴は引き返せないところまで来たんだ。俺たちと同類。それに万が一、ここから足を洗おうとした時には、この銃で破壊してやるよ。指輪を奪い取って、な」


 あの時の爆発は事故ではなかったと言うのか……。

 二人の会話を聞き、私は凍りついた。バルトロの笑い声が異常なまでに大きく聞こえた。耐えきれなくなった私は耳を塞ぎ、その場に座り込んでしまった。

 そして同時に、彼らに対する復讐心が芽生えたのだ。

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