「この辺のお店、大分入れ替わってしまったのね。事件の影響かしら」

「そうかもしれませんわね。せっかく教えていただいたのですから、その方に話を聞いてみましょう」


 マリアの意見に従い、ルーチェ人形専門店を目指す。店に入ると、亭主と思われる男がせっせと人形を作っていた。


「いらっしゃい」


 男は一瞥をくれることもなく、黙々と作業をこなしていた。


「わ、若い……」


 シャルロットは瞠目した。見た目はどう見ても十五歳ぐらいにしか見えない色白の美男子で、茶色の髪を時折掻き上げていた。作りかけの人形の顔を眺め、丁寧に塗料で表情を描き入れている。


「お孫さんとは聞いていたけど……あなた、ここのお店のオーナーさん? 随分とお若いのね」

「見た目は、ね」


 男は一言返しただけで手を休めなかった。


「あの、僕たちはあなたにお聞きしたいことがあって、この店を訪ねました。忘却の丘について、何か知っていることはありませんか?」


 アーサーの言葉を聞き、男はぴたりと手を止めた。それから四人の顔をまじまじと見つめ、


「忘却の丘? お客さん……何の目的であの場所のことを?」


 男の鋭い視線に一種の畏怖の念とも取れる感覚を抱いたアーサーはしばらく口をつぐんでいた。


「……俺たちは観光でこの街へ来た。街のことを知りたいだけだ」


 リン・ユーが慌てて話を切り返したが、男は鼻で笑った。


「観光? 観光で態々あの遺跡のことを知りたがる輩なんざ、そう居ませんよ。店に用がないなら、お引き取りを。冷やかしは、御免ですね」


 男に言われるがまま、やむなく四人は店を出た。中でも肩を落としていたのがリン・ユーだった。


「……さっきは悪かったな。だが、あの男の眼からただならぬ殺気を感じた。数多の死線を潜り抜けていると見て間違いない」

「まさか、バルトロの仲間とか?」


 シャルロットが勘繰る。


「その可能性も捨てきれん。いずれにせよ、派手な行動は慎んだ方が良いだろう」


 四人が店の前から立ち去った直後、店の扉が開き、軒先に掛かっていたベルが鳴った。


「いらっしゃ……何だ、ルクレツィアでしたか」

「何だ、はないじゃないの、カスト。お前の人形を目当てに、客人がぞろぞろと来たようね。少しは売れたか?」

「さっきの客は手ぶらでしたが、午前中に五体売れたのと、制作注文が二体入りましたよ」

「売れ行きは相変わらずのようね。でも、私には人形の価値など分からない。いつかは壊れゆくもの、そして、こんな脆い物のために金を出す者たちの気持ちが到底理解出来ないわ」

「毎度のことながら、言ってくれますね。あなたの暴言は、耳に胼胝ができるほど聞かされている。いい加減、言葉を慎んだらどうですか……雪の国皇后ゾフィー様」


 この言葉を聞くや否や、ルクレツィアは鬼の形相で持っていた傘から冷気を放出させ、ものの数秒で氷の刀を作り上げた。それをカストの喉元へ突きつける。


「その名で私を呼ぶなと、過去に何度も言ったはずよ……次はないものと思え!」

「くわばら、くわばら……相変わらず恐ろしいお方だ」


 カストは眉一つ動かさず、彼女をじっと見据えている。


「おやおや、そう言いながらこれっぽっちも恐れている様子などないじゃない」


 ルクレツィアは不満げにこぼし、言葉を続けた。


「私とお前は所詮水と油……馬など合いやしない。伯爵様はギルドの資金稼ぎのため、お前を寵愛しているに過ぎない。粛清のお達しがあれば、お前などいつでも葬り去ることが出来るのよ」


 カストは構わず人形を弄り始める。


「くだらないお喋りを続けるのもよろしいですが、あなたがこの店にまで足を運んだのは他でもない、伯爵様からご命令が下ったのでは?」


 ルクレツィアは舌打ちをした。


「勘が良いのも相変わらずのようね。バルトロがラニーネ急行で玉が光ったのを目撃したと言っていた。持ち主は時の民の子ども。ノワール渓谷で風の国の王女と謁見した後、この横丁へ向かったはずよ」

「なるほど……では恐らく、先ほどのが……」

「居場所の察しはついているの?」

「忘却の丘ですよ。東洋風の男にしつこく聞かれましたからね。伯爵様に遂行するとお伝えください」


 カストは、店の奥にある部屋へ一人入っていった。

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