アーサーは靄の中にいた。


「ここはどこだ? あれ? あそこに見えるのは僕の家。列車に乗っていたはずじゃ……」

「アーサー、どうかしたか?」


 アーサーは振り返った。


「フラン兄さん、無事だったんだ」

「無事って? アーサー、もしかして寝ぼけているのか?」

「違うよ、僕は兄さんを助けるために」


 アーサーがフランシスの手を触れようとしたが、触ることが出来ない。何度やっても感触はなかった。


「兄さん? フラン兄さん?」


 フランシスは寂しげな表情を浮かべている。


「アーサー……待っている」


 そう言い残すと、アーサーの目の前から立ち去った。


「兄さん!」


 アーサーは必死に追いかけたが、フランシスの姿は見えなくなってしまった。


「フラン……兄さん……」






「アーサー……アーサー、しっかりして!」


 シャルロットに体をゆすられ、アーサーは目を開けた。


「……僕は、いったい」

「アーサー様、気が付かれましたか」

「はい、いったい何が起こったんでしょうか」


 アーサーは背中を押さえながら立ち上がった。


「近くの山が崩れ、線路を塞いでしまったようです。私は他のお客様方の様子を見に行きますので」


 車掌は慌てて寝台車へ向かった。

 アーサーとシャルロットが窓から外を眺めると、乗務員三人がスコップで岩を避けている。


「これでは埒があかんぞ。救援はまだか?」

「次のアミア到着まで定刻で後三十五分。辺りも真っ暗だ。仮に駅員が遅れを不審に思ったとしても、救援を寄越すとなると明日の朝になると思うぜ」

「おい、冗談じゃないぞ。乗り換えのお客だっているんだ」


 休む間もなく辺りに響き渡るスコップの音が、彼らの焦りと苛立ちを現しているようである。


「昨夜の雨で地盤が緩んでいたのかしら」


 アーサーは先ほど崩れた山の斜面と線路を塞ぐ岩とを見比べる。


「それにしては崩れ方が不自然だ。直前の銃声音も気になる……自然に起こったものとは考えにくい」


 懐中時計の針を反時計回りに動かし、窓から半分体を乗り出すようにして文字盤を前方の山へと向けた。


「アーサー、危ないわ! どうしたの? ……何かあるの?」

「山の方を見て。少し、外の時間を戻すから」


 シャルロットが隣の窓から顔を出すと、スコップを持った乗務員が列車に乗り込む。岩は斜面を登り始め、あっという間に山頂付近へと達した。


「外の時間が巻き戻されていく……何なの? あれは……」


 シャルロットは息をのんだ。

 やがて、月に照らされた人影を一つとらえた。


「誰かがあの岩を落としたに違いない。さっきの銃声音はこれだったのか? けど、あんな大きな岩を一発の銃弾で落とせるとは思えない……」


 アーサーは懐中時計の針を戻し、考え込んだ。


「私にはあなたの方が手品師に見えたわ。その懐中時計、ただの時計ではないわね?」

「今のように時間を戻したり、逆に進めることも出来る。時間を止めることも出来るけど、止められる時間は空間や物などによって左右されるんだ」

「つまり、効果は一時的というわけね」

「仮に時間を戻したとしても、過去を変えることは許されない……村の掟に背くことになるから」

「ということは、今起こった土砂崩れをなかったことにすることは出来ないのね。便利そうに見えるけど、色々な制約があるのね」


「コツ、コツ……」と、食堂車の方から足音が近づいてくる。


「車掌さん?」


 シャルロットが声をかけたが、返事はない。

 車両前方の扉が開き、一人の男が立っていた。


「やあ、お客さん。いや、小僧……また会ったな」

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