「ウィンディ、しっかりして! どうしたら良いの? 私はいつもみんなに助けられてばかりで足手まといですわ。何か、私に出来ることはないの?」


 マリアはアーサーとバルトロの戦いを見守ることしかできなかった。何もできないもどかしさで涙を浮かべる彼女に、ウィンディは口にくわえていた物を差し出した。


「鍵……まさかこれはフランシスの?」


 ウィンディは頷き、真っ直ぐな目でマリアを見つめる。


「フランシス……必ず、あなたを助け出すわ」


 マリアが鍵を握りしめると、彼女のペンダントは緑色に輝き始めた。ペンダントの光に呼応するように、ウィンディの額についたストーンも光を放つ。


「そろそろこのやりとりも飽きてきたな……小僧」バルトロはアーサーに銃口を向けた。「死ね!」彼がそう言い放った直後――。


「何だ……うっ、き、傷が……」


 痛みをこらえきれず、バルトロは額を両手で押さえた。






「逃げて!」


 辺りに爆音が響き渡る。少年は必死に走った。ひたすら逃げ、たどり着いた先は鍾乳洞の中。敵軍の兵士に切りつけられた額の傷がひどく痛む。ぽたぽたと落ちる水の音が聞こえ、傷を洗おうと水を求めて更に奥を目指す。溜池にたどり着くと服の袖を破り、何度も水を浸みこませて傷を拭いた。


「クソッ……痛むな。あっ、痛っ‼」


 鍾乳洞の中で、こだまのように声が反響する。


「何だ、この感じ……額が、熱い……うっ……」


 額の傷から琥珀色の光が漏れ、鍾乳洞の中を照らす。光は池の奥底へ向かって伸び、黒い物体が浮かんできた――拳銃だった。痛みに耐えかねた少年は、うずくまりながら拳銃に手を伸ばす。


「おい、誰かいるぞ!」

「例の餓鬼かもしれん。るぞ」


 男たちの声が雷鳴のように響き渡る。


「――や、殺られる」


 少年は地面を這い、隠れる場所を必死に探したが、どこにも見当たらなかった。足音が次第に大きくなる。


「いたぞ!」

「民で生き残っているのはお前だけだ。あの世で家族と会わせてやる」


 などと、大声で男二人は詰め寄った。

 少年は男たちに向け、持っていた拳銃を構える。


「何だ何だ、物騒なもん持ちやがって。手が震えてんじゃねーかよ」

「殺れるものなら、殺ってみろ」


 少年は震える手で引き金を引き、二発の弾丸を放つ。弾丸はあらぬ方向へ発射されたが、急カーブを描いた後、二人へ命中した。


「うわっ!」


 男たちは悲鳴をあげてその場に倒れた。

 少年は倒れた男たちの顔をまじまじと見つめる。


「死んだ……のか?」それから恐る恐る自分の額に触れてみる。「……傷が塞がっている」


 少年が鍾乳洞から出ると、目の前には砂地が広がっており、木々はなぎ倒されていた。


「帰る場所もないか……」


 そう呟くと落ちていた小枝を右手に持ち、声に出しながらおもむろに文字を書き始めた。


「C、L、O、W、N……俺が、この国の王になれば、世界を変えることができるのか? 争いはなくなるのか? 継承戦争なんか、こんなくだらないもの……」


 背後から人の気配を感じ、ズボンのポケットに突っ込んだ拳銃へ左手を伸ばそうとした。


「道化にでもなりたいのか? 小童」


 声は枯れた老人のようだったが、静まり返った空気の中ではよく通る。


「小童のくせに物騒な物を持ち歩いているようだ。わしが枷を付けておこう」


 金属音が響き、少年は腰に重みを感じていた。


「小童じゃねーよ、おっさん。俺は王になりたいんだ。俺が王になったら、争いなんかなくしてやる。戦争なんてもう、うんざりだ」

「王冠はC、R、O、W、Nだ。お主、名は何という?」

「名前? そんなもの、とっくに……」






「――昔の、記憶……そうか、俺の本当の名は……」


 バルトロの左胸にはアーサーの剣が刺さっており、口からはぽたぽたと血が流れていた。


「――体が……鉛のように、重い」

「お前も所詮は人の子、ということですか」


 バルトロは驚愕した目で見つめた。


「……じい、さん……アンタ……」


 バルトロの視線の先では、カストが表情一つ変えることなく両手で剣を握りしめていた。


「カストさん、どうして――ルクレツィアに凍らされたはずじゃ……」


 突然の出来事に、アーサーはその先の言葉を失った。


「あなたに借りを返すため、地獄よりよみがえりました……というのは冗談ですが。私のストーンに宿る不死の力ですよ。今回ばかりは、その力に助けられたといっても、過言ではないでしょう。ルクレツィアたちがこの城に向かっていたことは、初めから分かっていました。私が城にたどり着いた頃には、あの若造がボロ雑巾のようになって、階段を上っていましたがね」

「ボロ雑巾は余計だ! 肩を貸せと言った覚えもない」

「ユー、無事だったのね……」


 マリアは大粒の涙を浮かべ、壁に寄りかかるリン・ユーの傍へ行った。


「それにしても、バルトロ……その姿、何とも滑稽ですね。この世に私の魂が縛られている間、まさかお目にかかれる日が来ようとは……先に地獄でお待ちを。直に、私もそちらへ行くでしょう」

「……相変わらず……おっかない、ことを……言うね。俺に、とっての……銀の、弾丸は……アンタ、だったか……」


 カストが剣を引き抜くと、バルトロは苦悶の表情を浮かべた。


「相変わらず、口が減りませんね。本来であれば、口を動かすことすらままならないはずでしょうに」

「ははは……参ったね、こりゃ……」


 床に倒れたバルトロは、天井を見つめていた。


「マリア様……ご無事で。クソ餓鬼、だからてめぇは甘いんだよ! 全滅していたかもしれねーんだぞ! うっ……」


 マリアは、その場に座り込んだリン・ユーの体を支えた。


「……ユー、大丈夫なの?」

「俺は、平気です……」


「若造、お前はまだおとなしくしていた方が良い」カストがたしなめる。


「……そうも言っていられん。まずは、奴を葬らなければ」


 リン・ユーはよろよろと立ち上がり、バルトロの近くまで行った。


「……楽にしてやるよ」


 指先から青い炎をバルトロに放った。炎はバルトロの体をゆっくりと包み込んでいく。

 バルトロはアーサーを横目で見やり、口角を上げた。


「……眩しい、ねぇ」


 彼はそう言い残し、炎の中で静かに目を閉じた。

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