Ⅳ
「ウィンディ、しっかりして! どうしたら良いの? 私はいつもみんなに助けられてばかりで足手まといですわ。何か、私に出来ることはないの?」
マリアはアーサーとバルトロの戦いを見守ることしかできなかった。何もできないもどかしさで涙を浮かべる彼女に、ウィンディは口にくわえていた物を差し出した。
「鍵……まさかこれはフランシスの?」
ウィンディは頷き、真っ直ぐな目でマリアを見つめる。
「フランシス……必ず、あなたを助け出すわ」
マリアが鍵を握りしめると、彼女のペンダントは緑色に輝き始めた。ペンダントの光に呼応するように、ウィンディの額についたストーンも光を放つ。
「そろそろこのやりとりも飽きてきたな……小僧」バルトロはアーサーに銃口を向けた。「死ね!」彼がそう言い放った直後――。
「何だ……うっ、き、傷が……」
痛みをこらえきれず、バルトロは額を両手で押さえた。
「逃げて!」
辺りに爆音が響き渡る。少年は必死に走った。ひたすら逃げ、たどり着いた先は鍾乳洞の中。敵軍の兵士に切りつけられた額の傷がひどく痛む。ぽたぽたと落ちる水の音が聞こえ、傷を洗おうと水を求めて更に奥を目指す。溜池にたどり着くと服の袖を破り、何度も水を浸みこませて傷を拭いた。
「クソッ……痛むな。あっ、痛っ‼」
鍾乳洞の中で、こだまのように声が反響する。
「何だ、この感じ……額が、熱い……うっ……」
額の傷から琥珀色の光が漏れ、鍾乳洞の中を照らす。光は池の奥底へ向かって伸び、黒い物体が浮かんできた――拳銃だった。痛みに耐えかねた少年は、うずくまりながら拳銃に手を伸ばす。
「おい、誰かいるぞ!」
「例の餓鬼かもしれん。
男たちの声が雷鳴のように響き渡る。
「――や、殺られる」
少年は地面を這い、隠れる場所を必死に探したが、どこにも見当たらなかった。足音が次第に大きくなる。
「いたぞ!」
「民で生き残っているのはお前だけだ。あの世で家族と会わせてやる」
などと、大声で男二人は詰め寄った。
少年は男たちに向け、持っていた拳銃を構える。
「何だ何だ、物騒なもん持ちやがって。手が震えてんじゃねーかよ」
「殺れるものなら、殺ってみろ」
少年は震える手で引き金を引き、二発の弾丸を放つ。弾丸はあらぬ方向へ発射されたが、急カーブを描いた後、二人へ命中した。
「うわっ!」
男たちは悲鳴をあげてその場に倒れた。
少年は倒れた男たちの顔をまじまじと見つめる。
「死んだ……のか?」それから恐る恐る自分の額に触れてみる。「……傷が塞がっている」
少年が鍾乳洞から出ると、目の前には砂地が広がっており、木々はなぎ倒されていた。
「帰る場所もないか……」
そう呟くと落ちていた小枝を右手に持ち、声に出しながらおもむろに文字を書き始めた。
「C、L、O、W、N……俺が、この国の王になれば、世界を変えることができるのか? 争いはなくなるのか? 継承戦争なんか、こんなくだらないもの……」
背後から人の気配を感じ、ズボンのポケットに突っ込んだ拳銃へ左手を伸ばそうとした。
「道化にでもなりたいのか? 小童」
声は枯れた老人のようだったが、静まり返った空気の中ではよく通る。
「小童のくせに物騒な物を持ち歩いているようだ。わしが枷を付けておこう」
金属音が響き、少年は腰に重みを感じていた。
「小童じゃねーよ、おっさん。俺は王になりたいんだ。俺が王になったら、争いなんかなくしてやる。戦争なんてもう、うんざりだ」
「王冠はC、R、O、W、Nだ。お主、名は何という?」
「名前? そんなもの、とっくに……」
「――昔の、記憶……そうか、俺の本当の名は……」
バルトロの左胸にはアーサーの剣が刺さっており、口からはぽたぽたと血が流れていた。
「――体が……鉛のように、重い」
「お前も所詮は人の子、ということですか」
バルトロは驚愕した目で見つめた。
「……じい、さん……アンタ……」
バルトロの視線の先では、カストが表情一つ変えることなく両手で剣を握りしめていた。
「カストさん、どうして――ルクレツィアに凍らされたはずじゃ……」
突然の出来事に、アーサーはその先の言葉を失った。
「あなたに借りを返すため、地獄よりよみがえりました……というのは冗談ですが。私のストーンに宿る不死の力ですよ。今回ばかりは、その力に助けられたといっても、過言ではないでしょう。ルクレツィアたちがこの城に向かっていたことは、初めから分かっていました。私が城にたどり着いた頃には、あの若造がボロ雑巾のようになって、階段を上っていましたがね」
「ボロ雑巾は余計だ! 肩を貸せと言った覚えもない」
「ユー、無事だったのね……」
マリアは大粒の涙を浮かべ、壁に寄りかかるリン・ユーの傍へ行った。
「それにしても、バルトロ……その姿、何とも滑稽ですね。この世に私の魂が縛られている間、まさかお目にかかれる日が来ようとは……先に地獄でお待ちを。直に、私もそちらへ行くでしょう」
「……相変わらず……おっかない、ことを……言うね。俺に、とっての……銀の、弾丸は……アンタ、だったか……」
カストが剣を引き抜くと、バルトロは苦悶の表情を浮かべた。
「相変わらず、口が減りませんね。本来であれば、口を動かすことすらままならないはずでしょうに」
「ははは……参ったね、こりゃ……」
床に倒れたバルトロは、天井を見つめていた。
「マリア様……ご無事で。クソ餓鬼、だからてめぇは甘いんだよ! 全滅していたかもしれねーんだぞ! うっ……」
マリアは、その場に座り込んだリン・ユーの体を支えた。
「……ユー、大丈夫なの?」
「俺は、平気です……」
「若造、お前はまだおとなしくしていた方が良い」カストがたしなめる。
「……そうも言っていられん。まずは、奴を葬らなければ」
リン・ユーはよろよろと立ち上がり、バルトロの近くまで行った。
「……楽にしてやるよ」
指先から青い炎をバルトロに放った。炎はバルトロの体をゆっくりと包み込んでいく。
バルトロはアーサーを横目で見やり、口角を上げた。
「……眩しい、ねぇ」
彼はそう言い残し、炎の中で静かに目を閉じた。
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