Ⅳ
「……お客さん、先ほども問いましたが、何の目的でこの場所へ?」
「この声……さっきの人形職人か。さっさと姿を現せ!」
リン・ユーが声を荒げた。
「ならば、お望み通り」
崩れ落ちた塔の前にカストが姿を現す。
「やはり、てめぇだったか……」
今にも大刀を引き抜かんばかりのリン・ユーにアーサーは「待って」と一言声をかけ、カストに対峙する。
「僕たちは大切な人を探しています。もしかしたら、この場所が手掛かりになるかもしれません。この場所のことを詳しく教えてはもらえませんか?」
「生憎でしたね。お前たちを片付けるよう、上からの命が下ったものでね。恨むのなら、伯爵様を恨むが良い」
「伯爵様って……あなた、もしかしてバルトロの仲間?」
シャルロットの問いかけに、カストがせせら笑う。
「だとしたら? お前たちの今置かれている状況が変わるわけでもない。だが、案ずることはない。おとなしくしていれば、命までは取りませんよ」
「おとなしく、だと? そいつは聞き捨てならねぇな」
リン・ユーは手から橙色の炎を放出させ、自身の体に巻きついていた糸を焼き切った。
「おやおや、これはまた……炎の能力を持った者がいるとは」
「マリア様に仇なすものは、何人たりとも許さん。このリン・ユーが相手になってやる」
「何とも血気盛んな若造、ですね。私の名はカスト。まさか、私相手に一対一でやり合うつもりはあるまい?」
カストはアーサーの方に目を向けた。
視線を感じたアーサーは、リン・ユーに訴えかける。
「リン・ユー、僕たちの糸も解いてください!」
「こいつはさっきまでの移動で体力を消耗しきっている。てめぇの相手は、俺一人で十分だ」
リン・ユーは大刀を構えて跳んだ。カストの頭上を目がけ、勢いよく刀を振りかざす。
辺りに砂ぼこりが舞い、アーサーは互いの姿を見失った。
視界が晴れた時には、リン・ユーが舌打ちをしていた。
カストは軽やかに宙を舞い、リン・ユーの背後へ近づく。気配を感じ取ったリン・ユーは、地面に刺さった大刀を引き抜き、相手の間合いから素早く遠ざかった。
「おや、もう終わりですか?」
「なわけねぇだろ。余裕ぶっこいていられるのも今のうちだ、餓鬼」
「私を餓鬼呼ばわりするとは……先ほども言いましたが、見た目が若いだけに過ぎない。人を見た目で判断しない方が良い。でないと、思わぬところで足を掬われることになりますよ。ところで、先ほどの光は――どうやら、間違いないようですね」
ルクレツィアから得た情報を思い返し、確信を得たカストは不敵な笑みを浮かべた。
「その減らず口、すぐに黙らせてやるよ」
リン・ユーは大刀に炎をまとわせ、何度もカストを目がけて振り回すが、カストは再び宙を舞い、リン・ユーの攻撃を次から次へと避けていく。
「私と違い、お前の動きは無骨。繊細さの欠片もありませんね」
「この餓鬼、さっきから生意気な口を叩きやがる」
「ユー、感情的になっては駄目ですわ! これでは、相手の思う壺よ」
マリアが叫ぶが、リン・ユーの耳にはまったく届いていない。
その後も彼は、大刀を振り回し続けるが、カストに掠りもしなかった。
「何とか敵の動きを止めないと」
アーサーは懐中時計を使って反撃を試みようとするが、巻きついた糸が体に食い込むばかりで、腕一本満足に動かすことが出来ない。懐中時計に触れようとするたび、腕全体に痛みが走る。
「どうしました? 若造、お前の力は、この程度のものか?」
「……うる、せぇ」
息を切らし始めたリン・ユーに、カストは
リン・ユーはどうにかかわそうとしたが、うち一本が顔をかすめ、表情を歪める。
「ストーンを持つ者とはいえ、所詮は人の子。体力に限りがあるでしょう。遊びはこの辺で終わりにしましょうか。これ以上、この聖地を汚すのは本意ではない」
カストは糸でアーサーの体を手繰り寄せ、持っていた瑠璃色の玉を奪い取る。アーサーは、引っ張られた勢いで糸が体に食い込み、全身に痛みが走った。
「……た、玉が!」
カストは嘲笑を浮かべ、リン・ユーに視線を向けた。
「若造、私の目的は玉を回収すること。そして、お前たちを生け捕りにすることだ。どうやら見誤ったようですね」
「何、だと……」
リン・ユーは眼光鋭く、カストを睨みつける。
「言ったはずですよ。おとなしくしていれば、命は取らない、と。お前の敗因は、この私に一対一で戦いを挑んだこと……東洋の人間によく見られる傾向ですね」
カストが再び小刀をリン・ユーへ放とうとした時、
「コーン……」
辺りにそよ風が吹き、玉が再び強く光り出した。
「前が見えない――これは、バルトロの見た光と同じか。だとしたら、あの言い伝えとは……」
カストは持っていた小刀を地面に落とし、腕で目を覆った。アーサーたちを縛っていた糸が緩み、シャルロットがその場に座り込む。玉の光は徐々に消えていった。
「金縛り……何とか間に合った。カードであなたの動きを封じたわ」
シャルロットの宣言どおり、カストは身動きをとることが出来なくなった。
「……何故だ。お前たちの動きは封じたはず」
カストが足元へ目をやると、ウィンディが彼をじっと見上げていた。
「そうか……この小動物が」
続けてカストは、マリアの胸元に視線を移す。
「あなたの胸元のペンダント、そして、これを飼いならしているところを見ると、風の国の後継者か……」
アーサーはカストから玉を取り返し、両手で包み込んだ。
「ラニーネ急行でもそうだったけど、忘却の丘へ来てからより反応が強くなった。特に、あの噴水の近くを通った時に強く光った気がする。やはり何か関係があるのだろうか」
「そうかもしれませんね。それだけではなく、私には玉がアーサーさんを守っているように見えましたわ。それからユー、単独行動は慎みなさい」
「……申し訳ありません、マリア様。……だが、なぜだ。俺の攻撃があそこまで当たらなかったことなど、そうはなかったはずだが……」
リン・ユーはその場で座り込み、俯いていた。
カストはアーサーの顔をまっすぐ見つめ、
「お前の言った通り、聖地とその玉には密接な関係がある」
「やはりご存知だったんですね。教えてくれませんか? この街で起こったことを。そして君は……いや、あなたは――人間ではありませんね」
「人間ではないって、どういうこと?」
「どういうことだ、クソ餓鬼」
シャルロットやリン・ユーたちは、話を飲み込むことが出来ないでいた。
カストが冷笑を浮かべる。
「人間ではない、か……」
「戦っていたリン・ユーが一番分かっていることだと思います。彼の関節はあらぬ方向に動いていた。それに、人間の動きとしては、どこか違和感がある。あなたの体は他でもない、人形そのものだ。ルーチェ人形専門店は代替わりなんかしていなかった。あなたがずっと経営している……違いますか?」
アーサーに問いただされると、カストは小さく頷いた。
「強ち間違いではないでしょう……どうやら、そこにいる木偶の坊よりは頭が働くらしい」
リン・ユーが「何だと! このがらくた人形が!」と悪態をつくが、アーサーは構わず話を続けた。
「リン・ユーの攻撃が当たらなかったのは、相手の動きが予測できなかったからだと思います」
「いわゆる、経験則っていうこと?」
シャルロットの問いにアーサーは頷いた。
「チッ、今回はそれが仇になったということか」
リン・ユーは大刀を引きずりながらカストの傍へ寄った。
「なるほど、そこまで見抜かれたのは初めてだ。だが、お前たちに簡単に教えてやるほど、私はお人好しではないものでね」
リン・ユーはカストの喉元へ大刀を向けていた。
「さっさと吐き出しておいた方が身の為だぜ。でなけりゃ、てめぇをこの場で叩き切ってやる」
「無駄だ、若造。どんな手段を用いようが、私を死に追いやることなど出来やしない。それが叶うならば、とっくに望んでいたことだろう。私は生きる屍……そのものだ」
カストは表情一つ変えることなく、大刀の刃先をじっと見つめている。
「せめて、彼の記憶に触れることが出来れば……」
アーサーの呟いた一言に、マリアが「私にお任せください」と告げ、カストに近づいた。
「危険です、マリア様」
リン・ユーが制止しようとするが、彼女は首を横に振り、カストの額に触れる。
「ご無礼をお許しくださいね」
――何だ、この感じは……。
カストが目を閉じた時、四人はカストの記憶にある世界へといざなわれた。
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