Ⅵ
図書館に着くと、アーサーは先ほどの本を探し始めた。
(確かこの辺に……あった)
本を手に、皆の待つテーブルへ向かう。仏頂面をしたリン・ユーと、彼をなだめるマリアが隣同士で座っていたが、シャルロットの姿はなかった。
「あれ? シャルロットは?」
「シャルロットさんは、近くの電報局へ行きましたわ」
「電報?」
「『きっとすぐには帰れないから』と。ご両親へ向けてお出しするそうですわ」
(そうだった……)
アーサーは、シャルロットが「家に帰るつもりだった」と言っていたのを思い出した。帰ってくるはずの愛娘が待てど暮らせど帰らないので、両親はさぞかし心配していることだろう。そう考えていた矢先、
「ごめんなさい、今戻ったわ」
息を切らしたシャルロットが、マリアの向かいの席に座った。
全員が揃ったところで、本を開き、目次を確かめる。
「第三の玉の出現、二十年戦争、ブラッディ・ストーン、水の国教会爆発事件……あった、さっき見た時にはなかった目次だ」
アーサーは「水の国教会爆発事件」のページを開き、読み上げた。
一七八八年、水の国南端にあるディアマーレという町で爆発事件が起きた。爆心地とされる場所は町の中心部に位置するセント・ナザリア教会。町の半分以上が破壊され、死傷者を多数出す大惨事に見舞われた。
当時、教会の通廊には五十トン以上の火薬が保管されていたと言われている。この日は町でおよそ三百年ぶりになる皆既日食が起こっており、真っ暗になった通廊で神父が火をつけたことが爆発の原因ではないかと考えられてきた。
だが、その後の調べで神父は最期を待つ信者への祈りをささげるため、病院に出向いていたことが判明した。
この事件が起こったのは、ストーンが飛び散ったとされる翌年である。地震や火事、落雷などの天災によるものでもないにも関わらず、これだけ甚大な被害に見舞われた。
よって、事件に何らかの形でストーンが関係しているのではないか、あるいはこの小さな港町のどこかにストーンの欠片が眠っていたのではないかと、歴史学者の間でも様々な憶測が飛び交っている。
「一七八八年……今から百一年前か。時計の指していた時代ともつじつまが合いますね。確証はありませんが、一度ディアマーレに行ってみましょうか」
アーサーの提案に異議を唱える者は誰もいなかった。
アントワーヌ駅から列車を一本乗り継ぎ、水の国ディアマーレを目指す。この日は祝日だったこともあり、車内は帰省客で溢れかえっていた。
「そういえば、マリア様は桃源郷の領主とおっしゃっていたけど、あそこにはマリア様たち以外にどんな方たちが住んでいるのかしら」
「かつて、風の国でしいたげられてきた者たちが住んでいます。ですが、彼らに非はありません。家柄、階層、ギルド、主従関係……古い体質を変えようと父フィリップも改革を推進してきましたが、実現には至っておりません」
「そうだったのね。リン・ユーは各地を流浪していたと言っていたけど、元は異国の人ってこと?」
「てめぇらに答えてやる義理などない」
リン・ユーはぶっきらぼうに答えた。
「まあ、呆れた。せっかく一緒に旅をしているんだもの、少しは仲良くしようとか、そうは思わないの?」
「仲良くだ? 勘違いしてんじゃねぇぞ、クソ女。俺はあくまでマリア様をお守りするためにここまで来た。てめぇ等がこの先どうなろうが、俺の知ったこっちゃねぇ。手助けしてやるつもりは毛頭ねぇからな」
「何よ、その言い方! こっちだって、願い下げよ」
マリアはリン・ユーを、アーサーはシャルロットをそれぞれなだめる。
シャルロットとリン・ユーはどうやら犬猿の仲らしい。この先、二人を一緒の空間に置いて旅を続けることにやや難がありそうだと悟ったアーサーは大きな溜息をついた。
「シャルロットさん、ごめんなさいね。ユーったら、私にも口では教えてくれないんですよ。五年前だったかしら……あなたがノワール渓谷へ迷い込んだのは」
と、マリアはリン・ユーの顔を見た。
「……そうです」
「元は東洋にある火の国の出身で、老師様や兄弟子の方々と一緒に武道の修行に明け暮れていたそうですわよ」
しだいに、リン・ユーの顔が引きつってきた。それを見たマリアは、くすくすと笑いながら、
「……あまり詳しく言うと怒られそうだから、この辺にしておきますわね」
「そっか、マリア様は心を読むことが出来るから、本当はリン・ユーの生い立ちを知っているのね。もう少し聞いてみたいわね、幼い時の話とか……」
シャルロットが笑っていると、リン・ユーの額に青筋が走る。
「黙れっっ‼」
風の国と水の国の境界にあるローレン駅で列車を乗り換えてから一時間あまり、辺りはすっかり暗くなっていた。線路の東側には空と同じく漆黒の海が広がっており、水面には橙色に光った月がゆらゆらと映っている。シャルロットがその光景にうっとり見とれている中、旅の疲れが最高潮に達したアーサーはしばしまどろんでいた。
列車がディアマーレ駅に到着した時には夜中の十一時を回っており、人影も疎らである。静寂に包まれたこの町には、冷たい海風と海岸に打ち寄せる波の音だけが遠く響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます