女神様からご提案!

東風

女神様からご提案!

 気が付くと男は見知らぬ空間に立っていた。辺りには地平編が見えてしまうほどに何もなかったが、いったいどうやって来たのか全く見当がつかない。地面はひどく固く、床と呼んだほうが良いかもしれない。掘るのは難しそうだ。もっとも、掘るための道具もなかったが。


「ようやく、気が付かれたようですね。」


 背後で声がしたので、男は慌てて振り返った。ほんの少し前までは誰もいないはずだった。立っていたのは女性だった。あまり見たことがないような恰好をしている。服装の名前もわからない。


「ふふっ、お困りのようですね。そうでしょうとも。いきなりこのようなところに連れてこられては。」


 女性は少々演技がかった風にしゃべっている。男にとって困っているのはそのことだけではないのではあるが。ともかく、突然現れたこの女性は知り合いではなかったので、男の戸惑いはますます大きくなった。しかし、目の前の女性は男に構うことなく話を続ける。


「端的に申し上げましょう!私は運命と転生の女神です!そして佐藤さん、残念ながらあなたは不慮の死を遂げてしまわれました...。」


 男、すなわち佐藤は目を丸くした。気が付いてから一言も発していなかったが、驚きのあまりなお一層声が出なくなる。


「驚かれていますね。ええ、そうでしょうとも。死の直前から死までの記憶は曖昧にさせていただきました。少しは思い出せるのでは?どうしてもというのでしたら記憶をお返ししますが。」


 佐藤は目をつむって記憶をたどった。女性の叫び声と衝撃。それだけで十分だった。少々気分が悪くなる。


「どうやらお返ししなくても大丈夫なようですね。まあこんな記憶なんてない方がいいです。」


 佐藤は改めて目の前の女性を見る。彼女は転生の女神を名乗った。ということは...。


「さて、佐藤さん。ここからが本題です。不慮の死を迎えてしまった方にたった一度だけ与えられるもの...。そう、異世界転生の権利です!」


 ついに自分にも来たか、と佐藤は思わずこぶしを握り締めた。彼が呼んできた異世界転生小説は100はくだらない。いつか自分にも来ないものかとよく現実逃避していた彼にとっては願ってもいない幸運であった。自然とにやりと笑ってしまう。


「おやおや、あまり戸惑いはなさそうですね?まあ、こちらとしてはその方が話が早くて助かりますが。」


 女神は、佐藤に背を向けて何やらゴソゴソし始めた。いつのまにか事務机が彼女の近くに出現している。いったいどういう原理なのだろうか。


「あったあった。ありましたよ。こちらをご覧ください。」


 女神が差し出したものを受け取る。「後悔の無い転生を!コース別チート付き転生プラン!」と書かれた紙だった。やたらと装飾が施されている。それにしてもコース別転生プラントとは何だろうか?佐藤は首をかしげた。


「これにはさすがに戸惑っていらっしゃるようですね。大丈夫です、ご説明しますとも。一口に異世界転生といっても様々な種類と方法があります。佐藤さんの場合、死後転生という方法になりますので、そこは変えることはできませんが、代わりに転生先でどのような人生を送るのか、ということを自ら決めていただくことができるのです。」


 それは佐藤にとって夢のような話だった。物語の主人公でありながら作者の立場で自らの人生を決めることができる、こんなにおいしい話があるだろうか?


「興味津々といったところですね。私としても仕事冥利に尽きるというものです。では早速ご紹介していきましょう。全体としては4コースあります。まずはAコースからですね。世界名「シ―ファン」に行っていただきます。転生時点ですでにかなりのスキルを持つことができるようになっています。破邪、抗魔、魅了、不死、攻撃力倍増etc...などなどですね。誰も使うことができないような魔法を次から次へと習得でき、美男美女とウハウハやりたい放題!なプランになっています。一応魔王とかもいますが、多分出会う頃には適当にあしらえるくらいにはなっているでしょう。敵をプチプチやっつけていく感じの人生になりますね。」


 よく見る転生小説だな、と佐藤は理解した。誰もできないことをやすやすとやってのけることができるのは気持ちが良いだろう。


「続いてBコースです。世界名「コルトス」に行っていただきます。魔法は使えませんが、現在佐藤さんが身に付けている知識で無双できるくらいの文明レベルです。佐藤さんの世界でいう「中世」あたりでしょうか?最終的には一国のお姫様を射止めることができます。オプションとして、たとえやたら体が頑丈になるという能力がつきます。」


 確かに転生後に色々身に付けるのは面倒かもしれないから、これはこれで良さそうだと佐藤は考えた。


「Cコースは世界名「タリカ」に行くプランです。こちらも魔法などはありませんが、佐藤さんの世界の道具などを持ち込むことができます。では、Bコースと何が違うのかといいますと、この世界では佐藤さんには一国の軍隊の将軍になっていただき、持ち込んだ道具で無敵の強さを誇ることができるようになっています。片手間でだいたいOKです。空いた時間にぶらぶらするのも良し。何か別のことに励むもよしというプランになっています。オプションとして不死がつきますので、万が一にでも戦闘で死ぬことはないでしょう。」


 Cコースにするなら、空いた時間はぶらぶらしようと佐藤は心に決めた。余計なことはしないに限る。ほどほどに戦い全力で休むのは、性に合っているかもしれない、と佐藤は感じた。


「最後はDコースですね。こちらは我々神の力の10%ほどの力を与えられながらも、特に世界の危機などと関わることのない隠遁生活を送るプランですね。世界名は「パーリャ」となっています。」


 必要最小限の人間関係で済みそうなところを佐藤は気に入った。が、どのコースも一長一短である。魔法などに興味がないわけではないが、苦労はしたくない。ぶらぶら生活するのもいいが、面白味がないのもいかがなものか。すっかり長考状態に入ってしまった。


「かなり悩まれていますね。それでしたらスペシャルプランはいかがですか?」


 佐藤の顔には疑問の色が見えた。スペシャルプランとはいったい何だろうか?


「えーとですね、世界名「ファルカーン」に行くプランなのですが、能力と仲間を地道に集めながら世界の謎に迫っていく人生になります。魔法もありますし、毎日に張り合いも出ますよ?」


 女神の提案に、佐藤は顔をしかめた。佐藤は「労」というものが本当に嫌いだった。どれほど嫌いなのかといえば、「労」という文字を見る労すら惜しみたいほどであった。彼が求めるのは面白味であって張り合いではない。それではただのファンタジーではないか、何がスペシャルプランだ、と佐藤は毒づきたくなった。


「とてもいやそうな顔をしていらっしゃいますがちょっと待ってください。このプランを選ばれたのなら、特典としていつでも「神託」が受けられるようになります。まあ要するに神様に助言をしてもらえるということですね。つまり面倒な仕事や重要な決断は全て神様の言うとおりにしておけばOKなのです。」


 なるほど、それは楽かもしれない、と佐藤は考え直した。もしこのプランなら常時「神託」を使えばまず間違いはないだろう。魔法も使えるらしいから楽しく異世界を過ごせるのではないか。


「それに、オプションとして改名もできます。」


 これに佐藤の心はかなり動いた。かねてから彼は自分の名があまりに平凡で、名乗る人間も多いことに辟易していたのだ。改名するなら「ルーキリアス」にしようと決めていた。


「さらにさらに、なんと!「二つ名」も自分でつけることができます!」


 佐藤の心は踊りに踊った。次の瞬間には二つ名を「漆黒のルーキリアス」にすることを固く心に決めた。同時に、スペシャルプランにすることも決めていた。


「お決めになられたようですね。それではスペシャルプラン、世界名「ファルカーン」でよろしいですか?」


 女神の確認に、佐藤はしっかりとうなずいた。すると、光の粒が彼の周りに現れ始め、あっという間に彼を覆い尽くすほどに増えた後、フッと消えた。もちろん佐藤の姿もなかった。


 佐藤の姿が消えた後も、女神は少しばかりの間笑顔を張りつかせていた。しかし、すぐに真顔になると備え付けの椅子にドカッと座り、事務机に突っ伏した。そして怒涛のように小声で文句を言い始める。


「あーあ、毎度のことですが本当に疲れちゃいますよ。なんだって私がこんなことやんなきゃなんないんですか。あのクソ主神が「お前運命の女神だし、転生もいけるんじゃね?」とか言い出すから割り振られちゃったじゃないですか。そういうのどうなんですかほんと。そりゃいくつか掛け持ちはあり得ますよ神様だし。でもよりによって転生だなんて。面倒くさすぎて誰もやんないのを押し付けられるんですから腹も立ちますよ全く。おまけにパリスの奴、「大変だね、僕も手伝おうか?」とかしょっちゅう言ってくるし...。おめーの専門海運だろーが!全然違うし!自分が人のストレスになっていることに気付いてくれー。大体そもそも、転生者がいけないんですよ。転生者が。こっちが転生させてやってんのに、次から次へとやれこれはどうするべきかだの、もっと権能よこせだの。なんであんなに偉そうなんですかね?こっちはクレーム係兼お手伝いさんじゃねーっつーの。あーあ、イライラしてきた。今の、えっと、佐藤?でしたっけ?あいつもなんで「スペシャル」とか考えなかったんですかね?与えられるがままされるがままでしたけど。何その信用度。まあ相手は神なんで仕方ないかもしれないですけど。私としてもそっちの方が助かりますし。はぁーあ、さぁーて、そろそろ転生のほうも完了しそうですかね。うまく所定の位置に転送できてるといいですけど。たまーにミスるんですよねー、慣れてないから。あ、終わったっぽいですね。それじゃ、あとは運命の女神らしく、不慮の事故でも起こしますかね。」


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