それでもこの冷えた手が
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
ボクは、釣りが嫌いだ
ボクは、釣りが嫌いだ。
遊ぶところが何もない。
生きたエサを付けるなんて気持ち悪い。
竿は重いし。
よりにもよって、ポータブルゲーム機の充電も切れてしまった。予備バッテリーも持ってきていない。
今のゲームは乾電池じゃ動かないし。
スマホを動かす。
でも、動画を長時間見るにはギガが足りなかった。
格安スマホじゃ、Wi-Fiがないとまともにサイトを見る事だって難しい。
ボクの気持ちをよそに、父は投げ釣りに励んでいる。
防波堤に竿をひっかけ、缶コーヒーを飲んでいた。
「かかんねえなぁ」
ひとりごとを言う。
正確にはボクに話しかけているんだけど。
ボクはふてくされて、スマホを触るフリをした。
無視された父は、ボクに話しかけるのをやめて、スマホの電子書籍に目を移す。釣り雑誌を読んでいる。
ボクも電子書籍を買えば良かった。
マンガモデルなら、ないよりましだ。今度からは検討しよう。
なにかにつけて、父はボクを家から外に連れ出そうとする。
釣りだけじゃない。アスレチック施設やバーベキューなど、アウトドア全開だ。
ナイトキャンプに向かったときは、12時間も車に揺られた。
本当に勘弁してほしい。
「おまえのとーちゃん、色んな所連れて行ってくれてうらやましいな」
クラスの誰もが、ボクの父を尊敬している。
どこが、うらやましいもんか!
ボクは家でゲームがしたいんだ!
釣りなんて待ってるだけじゃないか。
インドア派を貫いているボクを心配して、母は父に頼んで、ボクを無理矢理ここへつれてきたっていうのに。
かといって、小学生のボクに拒否権などなく。
楽しくない。
時刻はもう昼を回ろうとしていた。
けれど、この辺りに食事処なんてない。
みんな近くのコンビニで買った、おにぎりやサンドイッチで済ませている。
なんでみんなは、あんなに楽しそうなんだろう。
竿に大物が掛かってるわけじゃないのに。
コンビニで立ち読みも考えた。
けれど今の時代、どの雑誌も封がされている。
ため息をついていたら、お腹まで鳴り出す始末。
「メシにするか」
父は車から、カセットコンロを出した。
水の入ったヤカンを火にかける。
沸騰するまでに、カップ麺を用意した。
ボクは唯一のワガママとして、カレー味を要求した。
「よし、待ってろよ」
父の分は、オーソドックスなしょうゆ味だ。
やかんのお湯を、容器へ流し込む。
できあがるまで、ボクは容器で手を温める。この瞬間だけは、なぜか癒される気分になってくる。
何の娯楽もないときは、食べることだけが唯一の楽しみだ。
待つこと三分、フタを開けた。
むくれていても、食欲は正直だ。
ボクはお箸を容器に突っ込み、豪快にすする。
今までの憂さが、カレーの味に溶けていく。
ただ「うまい」という感覚だけが、脳を支配した。
スパイスの香りが、ボクを活性化していくのが分かる。
外で食べるカップ麺って、どうしてこんなに美味しいんだろう……。
「あっ」
竿が激しく上下していた。大物が掛かっている。
あのままでは、竿の方が魚に持って行かれるだろう。
「とーちゃん! 竿、竿!」
ボクが叫ぶと、父は一目散に竿の方へ。
父のカップ麺は、まだ半分ほど残っている。
相当大物が釣れたらしく、父ははしゃいでいた。
カップ麺のことなど、頭から抜け落ちたみたいに。
容器に顔を近づけると、しょう油のほのかな香りが、ボクを誘惑してきた。
麺がのびるといけない。ボクが責任を持って処理するとしよう。
それがボクの、ささやかな抵抗だ。
(完)
それでもこの冷えた手が 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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