自分の居場所。11

自分の居場所。11

「な……!死んだ……?」


 常に冷静でいたエリアスさんを含め、この一連の出来事に皆動揺を隠せないでいた。

 当然だ。目の前で突然人が死んだんだ。


 僕だって、全く何も感じなかったわけじゃない。


 でも……もっと重要なことが、解決していないじゃないか。


「皆さん!兵士のことは後にして、今はカレン様を探しましょう!」


 僕はあらん限りの大声で叫んだ。


 今大事なのはこの兵士じゃない。いなくなってしまったカレンだ。

 サイモンさんはあの兵士の証言は間違いではない、とのこと。


 つまり、カレンさんはこの城の敷地から外に出ている。

 門番が眠らされているところを素通りしたんだろう。


「……そうだな、アオイの言う通りだ、こいつのことは後で考えればいい。俺としたことが動揺しちまった。サイモン!捜索隊を結成して森の方を探してくれ!」


 さすがはエリアスさん。すぐに立ち直って周りの兵士達やメイド、執事達に指示を出している。


 今、僕にできることはなんだ?

 カレンを見つけるために、どうすればいい?


 そして、思い出す。


 この世界にもあるじゃないか、あれが。


 ナノマシン。


 科学の進歩の究極。

 こいつの力を使えば……でいるかもしれない。


 イメージする。この機能はあんまり好きじゃなかったから、使ってなかったけど。


 AR、起動。


 青い粒子は空気中だけではなく、僕の体の中にも流れている。体内を流れるこれらのナノマシンを利用することで可能になったのは、視界に映像や写真から、ネットに接続することでホームページなどを表示する機能。

 それを応用して自分の視力を高めたり、目の前にある物体の検索なども出来るのだ。


 これを使えば、カレンの足跡やわずかな痕跡を辿れる……!


「エリアスさん!裏門はどこですか?」


「ああ、そこの通路の突き当たりを左に、そのまま外に出て正面だが……おい!一人で行く気か!?」


 忙しそうにしているエリアスさんを必要以上に煩わせるわけにはいかない。


 ここまで分かれば、僕1人でも大丈夫だ。


「大丈夫です!彼女は、僕が必ず見つけますから!」


 方々に指示を出しているエリアスさんに背を向け、走りだした。





 ○





 裏門にたどり着く。

 正面の城門とは違い、裏門は大体馬車一台がギリギリ通れるかな?って大きさだ。

 その門は現在開け放されており、交代した本物のこの国の兵士が門番として警備をしていた。


 さて、足跡はどこだ……?


「視力強化」


 一気に視界がクリアになり、踏み荒らされた足跡もひとつひとつがみえるようになる。


 ……あった。

 一際小さな足跡。

 間違いなく、門を抜けて外へと向かっている。


 これを追っていけば……!


 裏門を抜けた先は森になっていて、日が昇っているが薄暗い。

 高い木々が葉を茂らせて、日光を遮っているのだ。


 地面は湿り気を帯びており、足跡は鮮明に残っている。

 これなら、うまく追いかけられそうだ。

 ちいさな足跡はどんどん奥へと続いている。


 ……彼女がいなくなってからもう結構時間が経っているはずだ。

 急いで見つけないと……!


 体力以上の力を出すには。


 ドクン……ドクン


 それは覚えたての魔法、身体強化。


 流れを、速く。もっと速く!


 走る速度はどんどん上がり、視界を木々がものすごい速度で流れていく。


 やがて道は二手に分かれ、僕はナノマシンのおかげで見失わずに追っている足跡が続く左の道へ入っていく。

 進んでいくとどんどん道に角度がついてきた。

 僕の進んでいるこの道の先にあるのは……城の裏手の山。


 ……カレンは何のために山へ……?


 いや、理由は今は関係ないだろう。


 とにかく、速く見つけ……


「ーーー!」


 森の中をこだまする、女の子の叫び声。

 まだ遠いようで、何を言っているのかわからない。


 でもこれだけはわかる。


 あの声は……カレンだ。


 もっと……もっと速く!


 ドク……ドク……


 体内を巡る魔力はどんどん加速し、森を駆け抜ける僕の速度も目に見えて速くなっていく。


『魔力切れ』


 そんなこと、どうだっていい。


 僕のせいでカレンが危険な目にあうくらいなら。


 魔力切れになろうが、大怪我をしようが構わない。


 とにかく、早く……!




 すでに道は細く、獣道のようになっていた。

 細い隙間を縫うように走り抜けていく。


 頰や袖をまくった腕にいくつもの切り傷ができているし、なんだか息も苦しくなってきた。


 でも、止まるわけにはいかないんだ。




「こっちに来ないでよ!」


「ギャン……!」


 放たれる氷塊、まともに食らって怯む黒い塊。


 そこには、1匹のオオカミのような生き物とカレンがいた。


 気付かなかったが、だいぶ高いところまで来ているようで、周りには背の高い木がほとんどなく、ひらけた場所になっていた。


 ……息苦しいのは、標高のせいか。


「……グルル……」


 先程の攻撃を警戒してか、オオカミは迂闊に近寄らず警戒している。


 ……今なら……!


 僕は再び走り出し……


 握り締めた右手の拳を黒い塊に叩きつける。



 まず伝わってくるのは硬い毛のチクチクした感触。

 そして拳はそのまま体まで達し、柔らかい肉にふれる。


 人よりも高い体温、筋肉の硬さ、骨の感触。


「ギャウン……!」


 衝撃でオオカミは数メートル吹っ飛ぶ。


 右手の拳から肩にかけてズキズキと痛むのを我慢して、カレンの方を向く。


「だ……大丈夫……?」


 普段のドレスではなく、白シャツに茶色いベストにキャスケットという格好。

 山登りに関しては素人の僕にもわかる、軽装。


「……なんで……」


「足跡を追ってきました。無事でよかった……」


 腰が抜けたのか、へなへなと力なく座り込む彼女。

 恥ずかしそうにキャスケットで顔を隠す。


「さぁ、はやく城に戻……」


 一瞬、何が起きたかわからなかった。


 反転する視界、腕に走る激痛、後頭部を強打し意識が飛びかける。


 ポタリポタリと顔に落ちてくる温かな液体に気づき、意識が戻ってくる。


 僕は……先ほどのオオカミに噛み付かれ、地面に押し倒されていた。


「ぐぁああぁあああああ!」


 左腕から伝わってくるのは硬い牙が肉に食い込み骨と当たる感覚。

 痛い痛い痛い痛い。

 脳内は痛覚に埋め尽くされる。


 オオカミはどんどん噛む力を強めていく。


 このままじゃ……腕を噛みちぎられてしまう。


「ぐあぁぁぁああああ!」


 あらん限りの力を込めて、オオカミを蹴りあげる。


 靴越しに伝わってくるオオカミの体温と腹部の柔らかい肉。


「ぐっ……!」


 オオカミは僕の腕の肉を牙でえぐりながら吹き飛ぶ。


 大量の赤。


 鉄の味。


 血がどんどん流れていくことで視界は緑色の砂嵐が薄くかかり、耳は遠くなっていく。


「は…はやく……にげて」


 左腕はもはや感覚と呼べるものがない。


 ぼーっとする頭で、カレンを逃がすことを考える。


「ーーーーー!」


 ああ、何か言ってるけど、もうわかんないや。

 全然聞き取れない。


 自分のことを、外から眺めているようなふわふわした感じがする。


 ふいにオオカミから鋭いナイフを突きつけるような視線を感じる。


 ……この感覚には覚えがある。間違いない、あの時のーーー




 恐怖。


 絶望。


 黒く塗りつぶされた記憶の数々。


 痛い。


 苦しい。


 そう、これはーーー



 失った記憶。

 その時の感情の数々が蘇ってくる。


 それらは僕を飲み込んで……


 なにかが、ぷつんと切れる音がした。

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