自分の居場所。10
「エリアス様、彼が足跡の発見者です」
サイモンさんが連れてきたのは、簡易的な鎧を着た兵士。エリアスさんの正面へ来て敬礼。
指先をしっかりのばし、胸を張って真っ直ぐ立つ姿は、さすが城内の警備を任される兵士と言ったところか。
「出身地と名前は?」
「はっ!教会の孤児院出身のアントンであります!」
エリアスさんは眉をひそめる。
「……歳は?」
「20であります!」
スっと、周囲の気温が下がった。
彼は「孤児院」出身と言った。つまり、この国の孤児院、今朝の教会が出身地という事だ。
そして、エリアスさんはその孤児院に頻繁に出入りしていた。歳の近い彼のことを知らないはずがないのだ。
要するに、彼は自分の身元を偽っている。
「お前の見た足跡と周りの状況を詳しく教えてくれ」
「はい。私は朝6時頃に門番を交代するために、裏側通用門へ向かいました。声をかけたのですが、返事が無く、不審に思って近づいてみると、門番が倒れており、地面には門を通り抜けたと思われる小さな足跡がありました」
後ろで控えているサイモンさんは頷いている。エリアスさんが視線を送って確認していたのだろう。
この兵士の見たと報告した内容は間違いないみたいだ。
「眠っていた、か。カレン嬢が眠らせたのかな?まさか一流の兵士が居眠りするわけがないだろうからな」
「あいつは仕事に忠実な人間でした。姫様がそのような所業をなさるとは思いませんが……それ以上に、彼が居眠りなどする訳がありません」
兵士は心の底から彼を信頼している……ように見える。
しかし、彼は自分の名前と出身地を偽っているのだ。仕えるべき王族の前で。
「アントン、お前は昨日の夜から朝俺が起きてくるまで、俺の私室の警備を任せていたはずだぞ?なんで職務を放棄して門へ向かったんだ?」
僅かに、兵士の目に動揺が走る。
凪いでいた水面に、小石を投げ入れたような小さな波だったが、僕には見えた。
多分、エリアスさんも気づいただろう。
「実は……私の暮らしていた孤児院のシスターが病に臥せってしまいまして……同僚に仕事を変わってもらって孤児院に帰っていたのです。私が眠っている門番の兵と足跡を見つけたのは帰ってきたと……」
それは一瞬の出来事だった。
エリアスさんは兵士の胸ぐらを掴みあげてそのまま床に叩きつけ、押さえ付ける。
「ぐっ……かはっ……」
兵士は痛みに苦しみながらも、信じられないというような目でエリアスさんを見上げる。
その兵士を見下ろすエリアスさんの双眸には、僕の見たことの無い、激情の光がさしていた。
「その猿芝居もいい加減にしろよ。お前が孤児院を利用することも、うちの大切な兵士達を利用することもこれ以上許せない」
自分の身を守るために、シスターの名や孤児院を使った。僕には想像が付かないが、孤児院との関係の深かったエリアスさんの怒りは頂点に達しているだろう。
でも、大声で怒鳴ることは無く、冷静に、静かに怒りの炎を燃やしていた。
「……お前がここで言い訳した時点で、お前がうちの兵士じゃないことは証明されたんだよ」
「は?何をおっしゃって……」
怒りに任せて怒鳴りつけ暴力に訴えるのではなく、あくまでも冷静に相手を追い詰める。
あたりを走り回っていた人たちも、その騒ぎに気づいて足を止める。
「なぁ、クラウス。俺の私室の警備なんて任務、誰かに任せたことがあったか?」
突然呼ばれたクラウスと呼ばれた兵士は、戸惑いながらもしっかりと答えた。
「い、いいえ!ありません!」
「上出来だ」
その答えを聞いたエリアスさんは、口元だけをニヤリと歪ませて、押さえ付けていた兵士を持ち上げ
「わかったか?そ・も・そ・も・存・在・し・な・い・仕・事・であるにも関わらず、お前は言い訳をして逃れようとした。お前がうちの兵士じゃない証拠だ」
兵士は顔を強ばらせ目を逸らす。
それでも、エリアスさんの追撃は続く。
「……お前、帝国の間諜だろ?」
「……!」
兵士の顔に先ほどとは違った明らかな動揺が走る。
図星、なのだろう。
「最近城の周りをチョロチョロてるやつがいたんでな。ちょっと調べさせてもらった。お前さん、遠距離連絡水晶であちらさんと連絡取り合ってただろ?真夜中やってればバレないと思ったのか?」
「……」
兵士はただ黙って目をそらし続け、相手に情報を与えまいとしている。しかし、その日隊には隠しきれない量の汗が流れており、エリアスさんの言っていることを言外に肯定してしまっていた。
……今思えば、今朝エリアスさんが僕の部屋に来ることが出来たのも、それを調べていたからかもしれない。
「で、門番を眠らせて城に侵入、兵士になりすまして第1発見者を装ったってわけだ」
兵士はついにその目を閉じ、口を開く。
「……後は……任せた。フフ……ククク……」
そう呟いた兵士は、急に笑い出した。
まるで……いたずらが成功して忍び笑いを漏らしている子供のように。
「おい、何笑ってるんだ?」
「いや、お前たちが滑稽でな……ムグ……ゴフッ……!」
口から吐き出される真っ赤な鮮血。
喉をかきむしりながら苦しむ兵士は、床に倒れこむと白い大理石の床を赤く染め……絶命した。
「おい……嘘だろ……?」
その光景が理解できず、ただただ呆然としている人達。
でも、僕はその死に方に心当たりがあった。
もしも、それが本当にあの毒ならば。
危険を承知で匂いを嗅ぐ。
手で仰ぐと、漂ってくるのは甘酸っぱい香り。
僕の推測が正しいなら、やはり危険だ。
「皆さん!この兵士から離れてください!」
すぐにその場を離れるように促し、自分も離れる。
今、兵士が吐き出しているこの息は、間違いなく猛毒なのだ。
飲み込んだカプセル。
時間差で苦しみだし、死に至る毒。
そして、所謂アーモンド臭。
青酸カリ。
この世界にそんなものが存在しているとは思えないが、状況から推測できるのは、青酸カリを使った自殺。
兵士は、尋問拷問等から情報を取られるのを防ぐために、サイモンさんに呼ばれた時に飲んでいたのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます