自分の居場所。9

 僕はエリアスさんに正直に話した。

 僕が異世界から来たこと、何故来たのか、そして能力のこと。


 僕が抱いていた罪悪感の正体は、僕が異世界から来た転生者である事を隠している事だ。

 エリアスさんの言う通り、人に話せない大きな秘密を1人で抱えていることはつらかった。


 だから僕は、あらゆることを全力でこなしたんだ。


 そのつらさを忘れるために。


 いつか、異世界から来たことすら忘れてしまえるように。



 僕の秘密の告白を聞いたエリアスさんは静かに微笑んだ。

 いつものニヤッとした笑いじゃない、優しい微笑み。


「打ち明けてくれて、ありがとう」


 僕射抜いていた琥珀色の双眸は優しげに細められ、何だか温かい物が込み上げてきて。

 エリアスさんは何も言わずに僕の頭をぽんぽんとたたいて立ち上がると、直ぐに背を向けた。


「さて、そろそろ帰らねぇと怒られちまう。行こうぜ、アオイ」


「……はい!」


 そうして歩き出す僕達。


 彼は優秀な魔法使いであり、1人の公爵でもある。

 その彼が、僕に背中を見せた。

 それは僕に対する信頼の証で。

 その大きな背中は、僕を導き助けるという想いを語ってくれているような、そんな気がした。


 全く、いちいちカッコつけないでよ……


 頬を伝う温かい涙。


 初めて心から信頼できる人に会った喜びと、重すぎる秘密を吐き出せた安堵と。


 あたりを吹き抜ける爽やかな風と、何処までも透き通った青空の下。

 涙を拭った僕は、前を向き胸を張り……走った。

 そのまま大きな背中を追い越して


「ほら!早く帰らないと!朝ごはん食べられなくなっちゃうよ!」


「それもそうだ。よっしゃ、俺に任せろ!また担いで今度は走ってやるよ!」


 ……それは勘弁してくれ。


 それに、きっとこの人の事だ。

 減速するためにまたヒカリを使うんだろう。

 止められるこの状況で止めなければ、あの子にイヤミを言われるに違いない。


「それは勘弁してください!」


 この世界に来て初めての、心からの笑顔で。


「しょうがねぇな!遅れたら置いていくからな!」


 と、エリアスさんは長髪をはためかせて僕を追い抜いていく。




 そうして、僕達は朝の城下町を駆け抜けて行った。


 しかし、当然抜け出したことはバレていて。


 城門の前で待ち構えていたパトリシアさんにこっぴどく叱られた。

 叱られた後、お互いに顔を見合わせて笑う僕達。


 それは、孤独だった僕に初めて友達が出来た瞬間だった。




 〇




「おい!居たか!?」

「ダメだ!こっちには来てねぇ!」


「ユーリ様とリナ様は!?」

「だめだ!お二方とも魔法師団の兵を何人か連れて南の森の調査に行っておられる!」


 3人で帰ってくると、城内はとても慌ただしく、そこかしこで大きな声が聞こえる。


 ここは、全ての塔へ続く玄関ホールのような場所なので、とても広く声が響く。

 たくさんの声が反響して騒がしい。


「あ、お帰りなさいませ!エリアス様、アオイくん!」


 黒い執事の格好のクロエさんがこちらに駆け寄ってくる。

 額には汗が浮かんでおり、その表情からは焦りが見て取れる。


「何があった?」


「その……カレン様が……」


 クロエさんが言い淀む。

 その表情はとても苦しそうで、まるでなにかを後悔しているようだ。


「裏に小さな足跡が残っていたそうだ!城外を探せ!」


 ひときわ大きな声を発したのは執事のサイモンさん。


 うん……?探せ……?


「まさか……カレンさんが居なくなった……?」


「……はい。私が寝ている間に部屋を抜け出しておられました……全ては私の責任です……申し訳……」

「はい!そこまで!」


 苦痛に歪んだクロエさんの謝罪を遮ったエリアスさんは、こちらに気づいたサイモンさんを呼びつつ


「謝罪は後回しだ。今は見つけることが最重要事項だ。違うか?」


 そう言われたクロエさんは言葉をつまらせ、こちらに一礼して走り去って行った。


「お帰りなさいませ、エリアス様、アオイ様」


「足跡を見つけたのは誰だ?連れて来てくれ」


「承りました。少々お待ちくださいませ」



 カレンが、居なくなった。


 顔から、血がどんどん引いていき、音が遠のいていく。

 心臓の鼓動はどんどん早くなり、視界が揺れる。


 きっと僕のせいだ。

 僕が、ここに来てしまったから。

 僕が、転生してしまったから。

 僕が……僕が、僕が!


 体の奥深くから、冷たいものがこみあげてきて、震えが止まらなくなる。


 僕が……見つけないと。

 僕のせいなんだ、僕が解決しないと!


「はい、待った」


「うわっ!」


 走り出そうとしたところを襟を掴んで止められる。


「何するんですか!」


 早く行かないと。

 早く見つけて、僕が謝らないと。


「アオイ、お前の気持ちは分かるが、ちょっと待て」


 僕の真っ直ぐ見る、琥珀色。


「俺の言った事を忘れてねぇか?こういう時こそ、俺を頼るべきだろ?」


 ……そうだ。

 僕一人でなにができるって言うんだ。


 僕はちょっと特別な力が使えるだけで、何も出来ない無力な人間じゃないか。

 僕があてもなく探しに行って、今度は僕が……なんてことになるかもしれないじゃないか。


 頭を冷やせ、落ち着いて考えろ。

 僕一人じゃ何も出来ないならば。


 ───誰かを頼ることは、悪いことじゃない───


「……エリアスさん!」


 それは、きっと僕の心の叫びで。

 想いを察したエリアスさんは、ニヤッと笑う。


「俺に任せろ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る