自分の居場所。8
「そういえば、どこに向かってるんですか?」
城門から歩くこと30分。
道路は、魔法によって固く固められており、踏みしめる感覚はアスファルトに似ている。
古い西洋風の建物が並ぶ街並みを眺めながら歩いてきたのだが、城からだいぶ離れてきたので、疑問に思って聞いたのだ。
「まぁ、着いてからのお楽しみ、ってやつだ」
エリアスさんは、人差し指を口に当てながらニヤッと笑う。
この人とはまだ深く関わった訳では無いが、何となくわかってきた。
ニヤッと笑った時は大体、ろくなこと考えてないな。
だんだんと空が明るくなってきた。
山の稜線がだんだんとオレンジ色になってくきて、日の出が近づいてきていることを感じた。
僕らは大通りを東に向かって歩いていたが、何本目かの大きめの横道に入っていく。その道は、山の斜面へと続いており、だんだんと坂道に、途中からは石段になり、一段一段ゆっくり登っていった。
体が小さいせいで、石段を登るのにも一苦労だ。
やっと登り切った先には、石畳の広場があった。どうやら、教会のようだ。
石造りの教会の建物は、下の街並みよりも古く歴史を感じる雰囲気だ。3階ほどの高さにある鐘が印象的だ。
「おい、こっちだ」
エリアスさんが、広場の南側の端から手を挙げて僕を呼んでいる。
「東の方みてろよ?今日は空気が綺麗だ。良く見えるぞ」
「はい」
エリアスさんに言われた通り、東を見る。
先ほどよりも、さらに日が登っているようで、空は夜の紺色からオレンジ色へのグラデーションを描いていた。
山の稜線から、眩い光がもれだしてくる。
日の出だ。
「……すごい……」
日の出と同時に、どこからか鶏の鳴き声が聞こえてくる。
さーっと風が吹いてきて、朝を迎えた街が動き出すような、そんな感覚を覚える。
この広場は、城での僕の部屋よりも高い所にあり、尚且つ街全体が見下ろせる高台にある。昇ってきた陽の光が、街を照らし、川の水面も、反射してキラキラと光っている。
「あら、今日は小さなお連れ様がいらっしゃるのね」
振り返ると、そこには1人の老齢の女性。格好からして、この教会のシスターだろうか。
「おう、おはよう、シスターアテナ」
アテナって……
「その呼び方はやめておくれ、エリアス。それはもう昔の話なのだから」
シスターアテナ?は照れたように手を振って言う。
「えっと……」
僕が困惑していると、エリアスさんが紹介してくれた。
「シスター、こいつがアオイ、例の神子だ。アオイ、この方は伝説のシスター、シスターアテナこと、ターニャさんだ」
……?
エリアスさんは、シスターに僕のことを教えていたのか?
「ほぉ、この子がそうなのかい。なかなか賢そうな子じゃないか。よろしくね、アオイ君」
「よ、よろしくお願いします。ターニャさん」
挨拶はするが、まだいくつも疑問が残っている。
エリアスさんはシスターとどういう関係なんだ?なんで僕が神子であることを話しているんだろうか。隔世遺伝でアッシュブラウンの髪色が出た親戚の子を引き取ったことになっているはずだ。
そして、シスターアテナの意味。アテナはギリシャ神話上の戦いの女神だ。なぜ、その名前がこちらの世界で出てくるのか。そして、何故その名前が付けられているのか。
エリアスさんは、僕が見ていることに気づくと、また、ニヤッと笑った。
「お前の疑問、全部答えてやるよ」
そう言うと、エリアスさんは僕の抱いていた疑問を全て見透かして、話してくれた。
本当にすごいな、この人は。
……いや、僕が分かりやすいのかもしれない。
まず、シスターとエリアスさんの関係について。
エリアスさんは、小さい頃、よく城を抜け出しては遊びに出ていたらしい。ある日、街にいた孤児の子供と仲良くなり、彼らが暮らす教会兼孤児院のここに遊びに来るようになったようだ。シスターとは、その時からの付き合いだそうだ。
アオイが神子であることは、実は国民に普通にバレているらしい。なぜなら、外に嫁ぎに行った人間も、外で暮らす人間も、王家に一人もおらず、皆この国で暮らしているからだ。引き取らねばならない血の繋がった親戚など、いる訳が無いのだ。
「公爵になられてからは、毎月お金を寄付してくれて、あの頃より豊かに暮らせるようになったのですよ。本当にありがとうございます」
シスターは深深とお辞儀をして、お礼を言う。
「いいや、気にすんな。俺が好きでやってるんだよ」
エリアスさんは、微笑んで答える。
……いい加減なチャラい人なのか、とか思っていたけど、実はすごいいい人なのかもしれない。
人は見かけによらない、とはこのことだろうか。
僕の中で下がっていたエリアスさんの評価がかなり高くなった。
「で、シスターアテナって通り名の由来はな?」
「いいよ、恥ずかしいからやめとくれ」
そう言うシスターに構わず、エリアスさんは話す。
この世界でも、アテナは戦いの女神であるようだ。
そもそもの、この宗教、世界的に広まっていて、ほとんどの国の国教になっている。
曰く、この世界は、主神ディオニュソスにより創造された。そして、幾人の神とともにこの世界を見守っている。
簡単に言うとこんな感じ。
……何故ギリシャ神話なのだろう。内容は全く違うが、名前と役割がほとんどギリシャ神話とかぶっている。
ナノマシンのことといい、なかなかにあちらの世界とこちらの世界は、結び付きが強いのかもしれない。
さて、シスターがアテナと呼ばれる理由。
昔、シスターがまだ妙齢の女性だった頃、この地に魔物の大群が押し寄せたらしい。その時、獅子奮迅の戦いを繰り広げ、街を守った英雄の1人だったようだ。当時、シスターは美しいことで有名で、その戦いぶりからも戦いの女神、アテナのようだった、と街で話が広まり、いつの間にか、シスターアテナ、と呼ばれるようになったようだ。
ちなみに、魔物の大群が押し寄せた原因は、東の山に現れたドラゴンだそうだ。そのドラゴンは、有力な冒険者が討伐したようだ。
「すごい人なんですね、シスターは……」
「昔の話だよ」
シスターは、また照れたように頬をかいて笑う。
気が付くと、日は山の稜線から完全に顔を出し、街にも活気が出始めた。
頭上には、綺麗な雲ひとつ無い蒼空が広がっている。
この世界の空は、本当に綺麗な青色をしている。環境破壊の進んだ、あちらの世界のくすんだ青空とは違って。
僕が、空を見上げて目を細めていると
「アオイ、お前の疑問は答えた。だから、一つだけ、俺の疑問に答えてくれないか」
エリアスさんが、初めて見る真剣な表情で僕を見据える。
……何だろう、疑問って。
なんでも見透かすエリアスさんが抱く疑問、それ自体に興味がある。
「ええ、なんでも聞いてください」
シスターは、いつの間にか教会に戻っていたみたいで、この場からいなくなっていた。
今思うと、シスターはエリアスさんが秘密の話をするためにここに来たことを気づいていたのかもしれない。だから、察して、二人きりにしてくれたんだろう。
「お前、誰だ?」
エリアスさんの質問を聞いた瞬間。
世界から音が消え去るような感覚を覚えた。
その質問は単純だ。
でも、エリアスさんが聞いているのは神子の『アオイ』ではなく、『河野碧』の事だろう。
なんでも見抜いてしまうその目を持っているエリアスさんは、僕の些細な行動や言動から、見た目と中身の年齢が一致しないことに気づいたのかもしれない。
僕を射抜いている、エリアスさんの全てを見抜く眼差し。
嘘をつけば、すぐにバレるだろう。
「……どうして、そんな質問を……?」
質問で返す、僕。
それは、僕が本当は7歳の子供ではないことを、言外に認めるものだった。
「最初の違和感は、その喋り方だ。7歳の子供にしては、敬語が出来すぎだろう。それに、神子ということは、貴族流の教育だって受けてないはずなんだ。まぁ、これは神子だから、で片付けられるかもしれない。現に、あの時点では俺達は全員そう思っていただろう」
……確かに、生まれた時から王家の一族として暮らすカレンは、そういった言葉遣いなんかを学んでいるから、丁寧な話し方ができるんだ。だが、僕はその教育を受けていない。普通の7歳児が、完璧とは言わずとも、まともな敬語を使えていたら、違和感があるかもしれない。
「次に、食事の仕方だ。お前、ナイフやフォーク、ナプキンなんかを正しく使っていたよな。テーブルマナーなんていつ学んだんだ?」
……僕の父はそれなりに有名な画家だった。そう言ったテーブルマナーを要する食事をする機会が何度もあったため、何も考えず、自然に出てしまっていた。
「今朝のステータス魔法についてもだ。あれを教えるのは、必ず10歳になって、学校に通い始める時だ。お前が知っているのは不自然だ。たまたま見つけたとか言っていたが、あの画面は間違いなくステータスだった。ステータスなんて言葉、魔法でしか使わないのにどこで知ったんだ?」
……やはり、あの場面の言い訳はかなり無理があった。知らなければ、ステータスなんて言葉、出てくるはずがない。
「アオイ、お前は何者なんだ?」
朝の冷たい風が、あたりを吹き抜けていく。
僕は、どうするべきだろうか。
間違いなく、言い逃れは出来ない。正直に話すべきなのかもしれない。
だが、この人を僕は完全に信用できるのか?
僕は、何も答えられず、ただ立ち尽くしていた。
「……1人で秘密を抱えて生きるのって、苦しくないか?誰にも打ち明けられず、心に負い目を持ったまま、この先、生きていくのか?」
1歩1歩、こちらに近づいてくるエリアスさん。
僕は、そのエリアスさんの顔を見ることが出来ず、俯いてしまう。
僕の側まで来たエリアスさんは、しゃがみこみ、僕に目線を合わせて話しかけてくる。
「アオイ、お前が邪な考えを持った人間じゃないことは、これまで見てきてよくわかってる。なんにでも一生懸命取り組んで、カレンお嬢とも、仲良くしようと健気に努力している」
エリアスさんは、僕の頭に手をのせる。
温かく、大きな手。
「別に、お前を
それに、と彼は続ける。
「1人くらい、何一つ気兼ねなく話せる奴がいてもいいんじゃないか?事情が分かってれば、お前を助けてやれるかもしれないし」
俺を、頼ってくれないか。
エリアスさんは、僕の頭を撫でながら言った。
頼っても、いいんじゃないか?
そうだ。
僕がいつか、エリアスさんに恩返しをすればいい。
孤独というセメントに固められた心に、少しずつヒビが入っていく。
そして、僕は。
「……僕は……この世界では無い所から、転生してきたんです」
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