自分の居場所。7

 ふわふわの柔らかい生地で作られた寝巻きを着替え、エリアスさんと外に出る。

 体がまだ小さく僕のサイズの外套は無いので、防寒対策で毛布を羽織っている。


「……どうみても門しまってますよね?」


「当然だろ。開いてる方がまずいっての」


 上の方にはエリアスさんの魔法の光が届かない、それほどに大きい門。僕が小さいから余計に大きく見えるのもあると思うが。

 城門は完全に閉じられており、その頑丈さと重さがひしひしと伝わってくる。


「いや、じゃあどうやってここを出るんですか?」


 ここから出るには何かしらの方法でここを超えなければならない。当然抱く疑問。

 エリアスさんはよくぞ聞いてくれた、とニヤッと笑って……


「飛び越えるんだよ」


 僕が何かを言うまもなく、僕を肩に担ぎあげ


「口閉じてろよー、あと、声も出すんじゃねぇぞー」


「……え?あっ、ちょっと…… 」


 エリアスさんは何歩か後ろに下がると助走を始め


「飛ぶぞ」


 と、一言言って───


「むぐ────!!」


 急に下方向の強い力を感じる。

 体の中にある内臓や骨肉が無理やり引っ張られる感じ。

 無意識に目を閉じる。

 口は閉じていたので大声をあげることは避けられたが、呻き声が出ることは抑えられなかった。


 すると、ふっと浮き上がる感覚を感じる。

 そっと目を開く。

 眼下には、月明かりに照らされた城があった。

 城壁のはるか上……中央の塔が4階まである城よりも少し高いところまで飛び上がっていた。


「いいか?絶対口を開くなよ?」


 ここから急降下、なぜ閉じる必要があるのかは言わずとも分かる。


 空中散歩は一瞬だった。

 先程とは逆の方向に体が引っ張られる。


「────っ!」


 大丈夫か!?こんな高さから落ちたら普通に死ぬぞ!?


 頂点から辺りを見下ろしていた時には忘れていた恐怖心が、ここで蘇ってくる。


 そんな僕に構わず落下速度はどんどん増していく。


「(光よ)」


「───?」


 エリアスさんが小さく何かをつぶやく。


 それに反応したのか、あたりが眩しい光に包まれる。


「───!?」


「大丈夫だ。これは、俺の精霊魔法だ」


 ふわり、と何かに包まれるような感覚。

 だんだん落下の速度はゆっくりになって行き、やがて止まる。


 またゆっくり目を開く。


 まず視界に入るのは、当然だが地面だ。

 顔を上げてみると、先程とは違い視界は開けていた。


 坂の上にあるここからも月明かりに照らされた街が見渡せる。

 広い広い街。僕の知らない街。


 僕らは、間違いなく城壁の向こう側の地面に着地していた。


「……はぁぁ……」


 思わず大きく息を吐き全身の力が抜ける。

 無意識のうちに、かなり力が入っていたみたいだ。


 エリアスさんが僕を地面に下ろしてくれながら聞いてくる。


「どうよ?空の旅は?」


「最悪ですよ……」


 着地はゆっくりだったとはいえ、それまでに内臓を掻き回されている。吐き気が……


「(ありがとな)」


 またエリアスさんがなにか呟くと、僕らを包んでいた光は小さい球状に変化し、エリアスさんの肩の上で止まる。


「あの……今のは……?」


 明らかに不自然な落下の減速。

 何かの魔法だろうか?


「ああ、さっきも言ったが精霊魔法だ。光の精霊に頼んで、落下速度を落としたんだ」


 エリアスさんがそう言うと、チカっと光の玉が明滅する。


「……明らかに専門外のような……」


 何をどうすれば光の精霊が落下速度を落とせるのか。さっぱり分からない。


「ああ、それは簡単だ」


 と、肩の光の精霊を指差し


「こいつが俺らを支えてたんだよ。精霊は空を飛べるからな」


「……」


 いや、まぁそうだろうけどさ……

 それなら別の魔法を使えば良かったんじゃ……

 というか、それもはや魔法ですらないよね?


「……俺をそんな目で見るなって」


 ……僕が思っているより、大雑把な性格なんだろう。

 全く、ディオと言いエリアスさんと言い……僕はそういう人と縁が有りすぎる……


「すみません」


 ぷいっと目をそらす。


「ぷぷ、いい気味でし!」


 急に、僕でもエリアスさんでも無い、女の子の声が聞こえる。


 声が聞こえてきたのは、エリアスさんの方。そこにいるのは、当然エリアスさん。……いや、光の精霊もいるか。

 肩にのっていた光の球体が徐々に人の形へと変化していく。


「こんな小さい子供でも、お前が私をしょうもない使い方するから軽蔑してるのですし。ざまぁみろでし」


 変化した光の精霊であろう女の子は、肩にかかる毛先を払い、足と腕を組む。


 彼女は明るい黄色の髪に、黄色の瞳。白いワンピースを着ていた。

 外見の年齢は中学生くらいだけど、サイズが小さい。体の大きさのバランスはそのままに、全体的に縮小した感じ。


「あー。こいつが俺の精霊。光の精霊で名前はヒカリ」


「……まんまですね」


 また、僕の目が冷たくなっていく。

 やっぱりテキトーな人なんだな、この人。

 長髪にしているのも、案外切るのが面倒だから、かもしれない。


「そうなんですし!コイツは本当にテキトーな男なんですし!しょーもないことで私を使うな!」

 その思考を読んだのか、光の精霊が強い口調でエリアスさんを非難した。

 ガシガシ、とヒカリは隣にあるエリアスさんの頭を掴んで髪の毛を引っ張る。


「だいたいお前はいつもいつも……!」


「はいはい、わかったわかった!いいからもう引っ込んどけって。まだ夜なんだぞ?」


 両手を軽く上げて、降参のポーズ。

 これ、この世界でも通じるんだな。


「こんな時間に私を呼び出したのはお前ですし!言われなくても引っ込むですし!」


 最後に、ヒカリはこちらを見て


「あなたは、コイツみたいにテキトーな男になってはダメですし! 肝に銘じておくですし!」


 と言って、再び光の玉に戻り、スっと消えた。


 辺りに静寂が流れる。

 冷たい風が吹き抜けていく。


「あー……とにかく!行くぞ!」


「……はい」


 この人について出てきて大丈夫だったのだろうか。


 今僕は、ものすごく不安でいっぱいです。

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