自分の居場所。5

 どうやら、僕はカレンに嫌われているらしい。


 まぁ当然かな、とは思う。


 突然親が連れてきた男の子が自分の家族だとか言われて、自分だけを見ていた親が新たにやってきた僕を見始めたら、嫌いになってもしょうがないだろう。


 カレンは7歳らしい。


 ならば尚更僕は嫌われるだろう。

 まだまだ親にかまって欲しい年頃なのだから。


 でも、僕は知っている。

 ユーリとリナ様が僕を執拗に構うのは、この家族に早く馴染んで欲しいからだ、と。

 決してカレンのことが嫌いだとか、そういうことじゃないんだ。


 でも、彼女は僕を見るといつも睨みつけるか背を向けて、話も全くしようとしない。


「カレンさん」

「……」


 こうやって、完全に無視。


 僕等に読み書きを教えてくれているパトリシアさんも呆れている。


「ま、まぁまぁ、ゆ、ゆっくり仲良くなっていけばいいんですよ!陛下もリナ様もそう仰っていますし!」


 そう言って虚しく言葉が空を切ってばかりいる僕を慰めてくれているのは、もう1人の養育係のリリィさん。彼女も読み書きや算数を一緒に勉強している。

 孤児院から引き取られた子供らしく、まだまだきちんと教育を受けていなかったからだ。


「(ボクもいつもカレン様にアオイ君と話をして欲しいと頼んでいるのだが……あの子はキライって聞き入れてくれないんだよ。ごめんな)」


 僕のそばに来て耳打ちをするのは、カレンのお付のメイドの、クロエさん。

 紺色の髪の毛をショートカットに切っていて、中性的な顔立ちの人だ。

 不思議なことに、この人は『メイド』なのに執事服を着ていることだ。クロエさんは、男装が好きなんですよ、と言っていた。


 なんか、この人もすごいけど、それを許可するユーリもメイド長もすごいな……


「(クロエさんのせいじゃないです。謝らないでください)」


 僕とカレンの距離が縮まるのは、まだまだ時間がかかりそうだ。




 この世界の言語は、大陸で統一されているらしい。なので海を超えない限り言葉が通じる。方言はあるけれど。


 海を越えた先にも国があるが、あまり情報が入って来ないらしい。東の方にある国に関しては海の向こうから来る船を追い返してしまっているみたいで、本当に情報が無い。

 なんかどっかで聞いたことある話だが、まぁ今は関係ない。


 文字に関しても、アルファベットと似たようなもので覚えやすかった。(ディオがなんで言葉を理解できるようにしたのに読み書きは出来ないようにしていたのか謎だけど)





 ○




 この世界には魔法が存在している。


 城で暮らし始めて2週間がたち、この生活にも慣れ始めたある日のこと。


「今日は、魔法の使い方を教えていきたいと思います」


 普段はカレンと一緒に勉強するのに今日は僕一人だけ。

 そして、いつもの勉強部屋では無く、城の中庭に出て来ていた。


 この国は魔法技術の高いことで有名な国らしい。それもあってか、この国では早くて5歳くらいから魔法の扱い方を学ぶ。

 僕も恐らく6、7歳位なので、この国では少し遅いが.それでも他国に比べると、早い方だ。

 1番近くにあり、リナ様の故郷でもあるソーマ王国を例に挙げると、読み書きは遅くても5歳位から、魔法は10歳から学ぶらしい。

 ソーマ王国には学校があり、そこで魔法も教えてくれるようだ。




「さて、魔力を感じる練習からしましょう!」


 普段の勉強は、パトリシアさんが教えてくれているけれど、魔法はリリィさんが教えてくれる。


『私は複雑な魔法は苦手なんです』


 と、パトリシアさんは言った。魔法で遠距離攻撃と言うより、自分の体を動かして拳で叩き潰す近接戦闘タイプだったらしい。


 その点、リリィさんは魔法が得意だ。普段はとてもドジなのだけれど、魔法に関してはとても器用で、その実力は国の魔法師団の上位にくい込む程らしい。

 ここでメイドとして働きながら教育を受けているのも、魔法師団に入る前に読み書きや礼儀作法を覚えるためのようだ。


「いいですか?魔力は自分の身体の中を常に循環しているんです!」


 そう言われても……僕の体には血が流れている、それだけしか感じない。ドクドクと心臓が鼓動して、血が全身に巡っている……そんな感覚。


 僕がなかなか分からないでいることを察したリリィさんは


「おおーきく息を吸って、おおーきく息を吐いて下さい!しっかりと、自分の身体を見つめるんです。そうすれば見つかりますよ!」


 すぅー……はぁ……


 自分の身体を流れる魔力。


 向こうの世界には無かった力で。

 感じたことの無い感覚のはずで。


 自分自信に意識を向け続ける。


 音が消えていく。

 吹き抜けていく風の感覚も、新緑の香りも全て、消えていく。

 ありとあらゆる感覚を全て内側に向けていくように集中し、外界の感覚が消えたその時。


 ドクン


 なんだ……これ……?


 身体の中をゆっくりと流れている、血ではない何かがあることに気づく。とても大きな流れ。


 流れを1度感じ取ったら、意識を向けなくても分かるようになった。


 これ、動かしたりできないかな。


 簡単そうな……そうだな、流れを速く出来ないかな。


 もう一度、意識を向ける。


 流れがどんどん速くなるイメージ。


 ドクンドクン


 まただ。

 最初は心臓だと思っていたけど、これ心臓じゃないな。

 なんだろう。この音は頭の中に響いてる気がする。


 音を聞いた瞬間、流れが速くなり始めた。


「わぁ!すごい!もう魔力を熾おこせるようになったんですね!」


 リリィさんが驚きの声を上げる。


 流れが速くなるにつれて、なんだか力が溢れてくる。


「アオイ様!それが全ての基本、身体強化ですよ!でも、熾しすぎると暴走するので気を付けてくだい!」


 えっ!?暴走!?


 どんどん加速させていた魔力を、減速させないと危ないか。


 遅く、緩やかな流れをイメージする。


 すると、流れはだんだん緩やかになっていき、元の速さ……イメージした速さに出来た。


 すると


「……っ!」


 視界がぐらりと歪み揺れる。

 並行感覚を失い立っていることが出来ない。

 貧血の時のような、そんな感覚。

 遂に視界が真っ暗になり、音が消えていく。


「危ない!」


 ガシッと身体を支えてくれたパトリシアさん。


 離れたところにいたはずなのに、一瞬でそばまで来てくれたようだ。


 意識も途切れたのは一瞬のことで、今はなんともない。

 ただ、身体が思うように動かせない。


「それが魔力切れの症状ですね。軽かったので良かったですが、下手すると3日くらい辛い頭痛や吐き気と戦いながら動くことも出来ず寝込んでしまうので気を付けてくださいね……」


 リリィさんの言葉にに実感がこもっているのは、自分がそうなったからだろうか。


「それに、見た所アオイ様は魔力量がかなり多いみたいです。流れが大きすぎて、熾す時に魔力をロスしていました。丁寧に、綺麗な流れを作る練習が必要ですね」


 リリィさんは普段とは違って、優しげな微笑みを浮かべると


「一緒にがんばりましょうね、アオイ様」


 太陽に照らされて輝く向日葵のような、そんな笑顔だった。



 ○




 中庭の物陰から、彼のことを見ていた。

 彼はアオイと言うらしい。突然増えた、私の家族。

 南の王国から帰ってきた両親は、私ではなく、連れて帰ってきたあの子のことばかり気にしていた。

 あんなに長い間会えなくて、私すごくすごく寂しかったのに。

 お父様もお母様も、あの子のことばかり。


 クロエも私にいつもいつもアオイと仲良くするよう言ってくるけど、私はそんなの嫌だよ。

 だって、あの子は私の大切なお父様とお母様を奪ったんだもの。




 彼は、今日は魔法の練習をするようだ。

 どうやら、彼は7歳で私と同い年だと言うのに、未だに魔力さえ感じることをしていなかったらしい。


 彼のショッボイ魔力操作でも見て、笑い飛ばして馬鹿にすれば、このイライラもおさまるかも。

 そう思って、私は部屋を抜け出して中庭の物陰に隠れたのだ。




「───!」


 リリィが声を掛けている。何を言ってるかは分からないけれど、上手く魔力を感じられないに違いない。


 私はたった3日で魔力を感じ取れたんだ。そう簡単に出来るもんですか。


 そう思って、彼を見続けると


 あれ?なんか魔力が大きく……?


 ゆったり停滞していた魔力が、少しずつ少しずつ、それでもハッキリと大きくなっていく。


 彼はこの短時間で魔力を見つけたようだった。


 そんな……まだ1時間も経っていないのに……!


 それだけでは無い。魔力がもっと大きく、どんどん速くなって行く。


 えっ……!?魔力操作をしてる……!?


 それは、私が1ヶ月の間暇さえあれば練習して、やっとできるようになった技術。

 それでも、凄く早く習得できたようで、みんながみんな褒めてくれた。


 それなのに。


 彼はこの一・瞬・で魔力操作を覚えてしまった。


 無意識に拳を握って、唇を噛む。


 爪が手のひらにくい込んで痛い。


 見てなさい。私だって魔法が得意なんだ。


 もっと大きなことを成し遂げて、みんなにもう一度私を見て貰いたい。


「……お父様、お母様……私、がんばります」


 物陰から立ち上がって、その場を離れる。







 もし、この場に彼女の他に誰かが居たのなら、心配して彼女を止めたはずだ。

 それほどに、彼女の瞳は爛々らんらんと剣呑な輝きを放っていた。

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