自分の居場所。2
ウィンドミリナ王国。
大河ルーノ川の北の川沿いに細長く造られた王国で、川を挟んで南には広大な森と、世界でも指折りの大きなマナの源泉、セルビィの泉がある。
そんなこの王国は魔法技術の優れている国として有名で、その筆頭にユーリとリナが居る。彼らの馴れ初め話も王族同士の恋愛結婚ということでかなり有名な話なのだが、それはまた別の話。
何はともあれ、一行は無事に関所を越え王城へと帰ってきた。
まだ目を覚まさない男の子を娘の養育係のメイドに託し、2人は寝室へとまっすぐ向かっていった。流石に疲れているのだろう。
サイモンはそんな2人の背中を見送り、男の子の運ばれて行った扉を一瞥する。
寝室に向かう直前のユーリの表情を思い出して、ふっと微笑む。
さて、私も頑張らねばなりませんな。
2人の嫌いな事務仕事を片付けに、執務室へと歩いていった。
……あの男の子が、お嬢様の良い友人に……いや家族となることを祈って。
〇
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
僕は今、不思議な空間にいる。
真っ白。ただただ真っ白で何も無い。
自分の体も無く、感覚と言えるものは視覚くらいしかない。
もう一日こうしている気もするし、ひょっとしたらまだ10分も経っていないのかもしれない。
だが、先程から妙に温かいものに包まれている感覚を感じるようになってきた。
なんだ?
声、みたいなものも聞こえる。笑い声?
「───ぁ──」
「──って───」
声が聞こえるようになってくると、だんだん感覚が戻ってきた。
真っ白だった空間は、だんだん暗くなっていき、視覚が戻ってくる。触覚も戻ってきて、何か柔らかい布に包まれていることに気がつく。頭から爪先まで、心臓の拍動であたたかい血が流れている感覚。
「あっ、やっぱり少し動いてますよ!瞼まぶたがぷるぷる震えてる!」
元気そうな女の子の声が聞こえる。
ゆっくりとまぶたを開いてみると、そこには知らない天井があった。
「こらっ。そんな大声を出したら起きてしまうでしょう……って、起きちゃったじゃないの……」
声のする方を見てみると、いわゆるメイド服と言うやつに身を包んだ女性が2人立っていた。
「あわっ!ごめんね、起こしちゃったね……」
申し訳なさそうな顔でこちらを見る元気そうな女の子は、赤茶色の髪で腰まで長く伸ばしており、ゆるいウェーブがかかっている。大きな髪色と同じ色の瞳は、焦りからかうるうる揺れている。まだ若い12歳位の女の子だろうか。
「ごめんなさいね……この子、まだ新人なのよ……」
先程赤茶色の髪の子を窘たしなめていた女性は、明るい茶色の髪をポニーテールにまとめている綺麗な女性だった。こちらは多分20過ぎくらいだろう。
「……えっと……ここは……どこですか?」
言ってから気づいたが、こちらの世界の言語はあちらと違うようなのに、苦もなく理解出来、操ることが出来ていた。
ディオのおかげだろう。ありがとう、と心の中でお礼を言う。
ただ、とても長い眠りについていたせいか頭がぼーっとしていて上手く働かない。
体を起こして周りを見渡すと、僕は子供を寝かせるにはあまりに大きなベッドに寝かされていた。
……広いな……
だいたい、僕の家のリビング程の大きさだろうか。
日が昇ってきて窓から光が差し込み、思わず目を細め、掛け布団をどけてゆっくり立ち上が……
「あっ……」
足が……動く。
立てる。
「あわわっ、どどどどうしたんですかっ!?どこか痛いところでもありましたか!?」
そう言われて、頬に涙が流れていたことに気づいた。慌てて拭い
「いえ、だいじょーぶです。なんでもないですよ」
あっ……この服、明らかに借り物だ。とてもふわふわな、パジャマに近い服。自分の体にも目が行き、体が縮んでいることに気づいた。
……ほんとうに、転生したのか……
歩けることの確認と、窓の外の景色への興味から、窓際へ向かい、ベランダになっているようなので、両開きの窓を開き、外に出てみる。
ガチャリ、と音を立てて開く窓。
開けた途端に、涼しい風が吹き込んでくる。
ベランダの手すりは高く届かないので、下の柱を握り、隙間から外の景色をみる。
「……ほんとうに、異世界なんだ」
メイドの2人に聞こえないように、小さく呟く。
まず気づくのは空気の綺麗さ。ここまで澄んだ空気を、僕は知らない。こうして息を吸って吐いているだけでも気持ちがいい。
眼下には、絵で見ることが多く、向こうの世界には僅かにしか存在しない古い城下町が広がっている。
……いや、これは僕から見ると昔の建物に見えるだけで、この世界ではこれが普通なのか。なんにせよ、僕は実際に見たことの無い景色に目を奪われ、時間も気温も忘れて景色に見入る。
あっ、向こうの方には大きな川が流れているな。港も見えるから、ここで交易とかしてるのかな。
川の向こうは森、とにかく広い森。そのさらに向こうは山脈になっている。白い雪を被っているので、それなりに高い山なんだろう。
ふと後ろを振り返り、上を見てみる。
「おお!」
最早、物語の世界にしかないと思っていた、城。
僕は今、そこにいるみたいだ。
メイドの2人はそんな僕を優しそうな目で見守ってくれている。
「……っくちゅん!」
自分が薄着な上、涼しい風をずっと浴びていたせいで、体が冷えてしまったみたいだ。くしゃみをして、やっと気がついた。
「そろそろお部屋にお戻りください。風邪をひいてしまいますよ」
「あっ、はい。ごめんなさい」
ポニーテールのメイドさんに連れられて部屋へ戻る。
さて、そろそろ状況を整理したい。
現実離れした異世界の空気と景色に我を忘れて見入ってしまったけど、この状況を把握することが一番大事だ。
……忘れてたけど。
「あっ、私、国王陛下をお呼びしてきますね!」
「ええ、お願いね」
……うん……?こくおうへいか?
そう言って慌てて部屋を出ていった赤茶色の髪のメイドさん。
「あわわ!」
ドテッ、と鈍い音が聞こえる。派手にコケたのだろう。
「はあ……大丈夫かしらあの子」
ポニーテールのメイドさんも聞こえていたのだろう、ため息をつく。
「えっと……」
いい加減聞いてみるべきだろう。
さて、女性とまともに会話するのは何年ぶりか……そう思うと、とてつもなく緊張してきた。
「あっえと、こっ、ここはどこですか?」
今更だけど、声も子供のものになっているみたいで、なんだか違和感がある。
当然か、なんて頭の中では冷静なつもりだけど、喋り方からして明らかに緊張している。
やばい何話せばいいのかわからないよ……
そんな様子の僕に笑いかけながら教えてくれる。
「ここは、ウィンドミリナ王国の王城よ。道に倒れていたあなたを、国王陛下とその奥様が助けてくださったのよ」
「そうなんですか……」
……あの似非えせ神、神子として転生とか言いつつ道端に放り出しておくってどういうつもりだよ……
最初はなんて優しい人なんだろう、と思っていたけれど、案外大雑把な性格の人なのかもしれない。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はパトリシア・ローズ、さっきの子はリリィ。彼女は平民出の子なので、名字は無いのです。私達は、あなたの養育係に任命されたこの城で働くメイドです。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、丁寧にお辞儀をする。
「あっ、えっと……ぼくの名前は……」
さて、なんと答えたものか
……本名?河野碧と名乗るのか?それとも偽名を名乗るべきか……
「……ぼくの名前は、アオイです」
結局素直に名字を言わずに、ただ名前だけ言った。
平民出の子は名字が無い、という事はここで名字を言ってしまうと貴族の子であるということになってしまう。
まだこの世界のことをほとんど知らない状況なので、遠くの国から〜なんて言うと要らない詮索を受け、転生者であることがバレてしまうかもしれない。
なので、出来れば波風を立てずに行きたいと考えている僕は、名前だけを名乗ることにしたのだ。
「アオイ様、ですね。よろしくお願い致しますね」
蕾が開いたように微笑むパトリシアさん。
嘘をついた訳では無いのだが、少し罪悪感を感じた。
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