自分の居場所。1
ウィンドミリナ王国の国王であるユーリと王妃であるリナは、護衛の騎士や侍女、執事のサイモンを引き連れて馬車で友好国でありリナの故郷でもある南のソーマ王国から自国へと帰っていた。
「ほんとうに馬車の旅は退屈ですね。どうにかならないものでしょうか」
リナは不満そうに口をとがらせて言う。
「まぁまぁ、もう少しの辛抱だから」
そう苦笑いして答えるユーリ。
ユーリは、黒髪黒目の美しい彼女と共にいるだけで退屈を感じないのだが……
辺りは生い茂る木々ばかりで景色は変わり映えしない。それに、馬車は揺れが大きくお世辞にも快適とは言いづらいものだ。
だから、彼女の言うこともわかる。
「そうだ、どうせあと少しの道のりだ。御者をさせてもらわないかい?」
「そうね、ちょうど外の風にも当たりたいところだったし、良いかも」
2人は共に王族だが、時折城を抜け出して狩りをしたり、農民の畑仕事を手伝ったり、商店街を歩いたり……それをバレバレの変装でするものだから、最早国民は分かっていても知らん振りをするのが慣習になっている。
そんな自由な性格を持っているふたりは、服が汚れるとか目立つとか、そういうことを気にしない。
「なぁ、君。残りの道のりの御者を、僕たちに変わってくれないかい?」
肩を叩かれて、ユーリにそう言われた御者の男は、諦めたようにため息をついて
「はぁ……分かりました。どうぞ」
ソーマ王国に向かう際にも、御者を変わるよう言われたのだが、その時は断った。
しかし、頑として譲らない彼らに負けて結局変わってしまったのだ。
なので、ここで抵抗することが無意味なのを、男は既に学習していた。
「ありがとう、あなたは後ろでゆっくり休んでいなさい」
まして、美しいと評判のリナに満開の笑顔でそんなことを言われるのだ。
……普通の男が、逆らえるわけないだろう。
「は、はい!喜んで!」
男の顔がだらしなく緩んでいたことは、言うまでもないだろう。
○
2人が御者を変わってもらって数十分が経ち、ウィンドミリナ王国の関所まであと少し、という所で
「……ねぇ、あそこに誰か倒れてない?」
「……そうだな。小さい……子供?」
2人は同時にその影に気づいた。魔法による探査に、小さな人間の影が映ったのだ。
「すまない!この先に小さな子供が居るようだ!馬車を止めたい!」
前を走る騎士に伝えると、その騎士は後ろに止まる合図をする。
2人は馬車を止めて御者台から飛び降りると、泥が跳ねて服が汚れる事も気にせず、その子供の元へと走る。
命に関わる事なのだ。自分の服なんて気にしてどうする?
「……明らかに意識がないわよね、この反応」
「あぁ、間違いない。だが……」
微かに感じる、意識の波。
凪いだ水面に、水滴が落ちるような微かな波。
……大丈夫。間違いなく、あの子は生きている……!
そして、2人は道端に倒れている子供を見つけた。
ユーリとおなじアッシュブラウンの髪を持つ、小さな男の子を。
急いで脈と呼吸を確認する。
魔力を薄く伸ばし、男の子を包む。
小さいが呼吸をしており、弱々しいが心臓の鼓動も感じる。
「ねぇ、この子の髪……」
リナはこう言いたいのだろう。
我・が・王・家・の・一・族・に・し・か・現・れ・な・い・こ・の・髪・色・を、どうして彼が持っているのか、と。
「……王族に、この位の年の男児は、居ないはずだ」
不審に思いながら、ユーリはその男の子を抱き上げる。
すると、自分の首元から眩い光が漏れ出す。
「まさか……この子は……!」
首から掛けていたペンダントを取り出す。そのペンダントは間違いなく……光っていた。
「……『神子』かしら」
それは、この世界で語られている伝承のひとつ。
ただの、おとぎ話。
……そう思っていた。この瞬間まで。
「あぁ、王族でもないのにこの髪色。しかもこのペンダントがこんな反応をするんだ。……信じ難いが、間違いないだろう」
ペンダントは、ウィンドミリナ王国に伝わる『精霊魔法』の契約に用いるものだ。そのペンダントは、資格を持つものに反応し光を発する。
……そして、精霊魔法はウィンドミリナ王家の一族にしか使えない。
こんなことがあり得るとすれば、それは神子である事くらいだろう。
……『神子』文字通り、神の子供。
ある日突然、身綺麗な誰の子でも無い子供が倒れていることがある。その子供は神の子供であり、保護して養育すると、神の祝福を得られるという伝承。その子供は、何かしらの特異な技能や能力を持つことがあるらしい。
つまり、王族では無いのに、アッシュブラウンの髪、そして精霊魔法の適正。
どうしたって、伝承にある『神子』だろうと言う結論にたどり着く。
「……我が子として、この子を育てよう」
ユーリは、男の子を抱いて立ち上がり、馬車へと戻る。
リナは、そっと微笑んであとをついて行く。
「あなたは、そう言ってくれると思ってました」
子供が1人増える……まずは養育係のメイドを決めないとな。きっと優秀な子だ、優秀なメイドを付けるべきだろう。
想像する。
ユーリとリナ、男の子と娘やメイド、執事や使用人達がみんな笑って暮らす日々を。
「……さて、帰ったら忙しくなるぞ!」
雨上がりの空は、まるで彼等を祝福するかのように青く青く澄んでいた。
リナは、彼のそんな様子を見つめる。
公務続きで疲れの出ていた彼の笑顔は、少し前までより晴れやかになっている気がした。
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